Ep.05 やっぱなんかあったんじゃん 

「ちょっと! 俊也! あー……そっか。……えっと、こっち来れる?」


 朝礼そしてそのまま1限、2限の授業を終えたあと、中休みに入るとわざわざ俺の席の前まで声をかけにきた、おせっかいな女がいた。

 来るとは思っていた相手ではあるけど。


(どうせ、痴漢のことをあーだ、こーだといわれるんだろなぁ)


 その女は、俺にとっては幼馴染にあたる、冬坂柳とうさかやなぎだった。

 昔から大きな声と態度で、その男勝りなところが中学くらいからモテる要因になってたりする。

 そう。思春期を迎えてから柳はモテる、要するに陽キャなのだ。

 いつまでたっても彼女の一人もできない俺とは真逆になってしまった存在だ。

 柳がどう思ってるかはわからないけど、俺はそう思ってる。


 たしかに見た目も可愛い。

 生まれつきの亜麻色の髪はショートカットにしてて、ボーイッシュではあるけど編み込まれたヘアスタイルはやっぱりガーリーで。


 細身の体つきなのだけど、出るとこは出てるスタイル。

 なにより昔から陸上部なだけあって、足が細くて――


「痴漢さん。そろそろ、こっちきてもらっていいかな?」

「あ……わりぃ。って、俺はやってないからな!」

「はいはい。てか、あまり大声だすと蜜柑ちゃん起きちゃうよ」

 

 柳とは何の因果か、小中高と常に同じクラスという。見知った仲ではあるのだけど。そんな柳が先ほどちらっと目線を向けたのは、眠っている蜜柑のほうで……。

 その睡眠中の彼女に配慮してあえて声のトーンを下げるなんてことは、彼女の行動としては不可思議なものだった。


「で……なに?」


 廊下まで連れ出されたついでに、一緒に購買前の自販機で飲み物を買う。

 お釣を取り出すために屈んだ状態の柳に向けて声をかけた。

 

「あー。蜜柑ちゃんとなんかあったのかなーって」


 俺は一瞬息をのむ。

 深呼吸ほどじゃない程度に呼吸を整えてこう返した。


「いや、とくに、なにも」


 てっきりもっと茶化してくるかと思ったけれど。

 どうもそういう空気じゃなくて。

 何か深刻めいた雰囲気を察したからこその、ムーブだったわけなのだけど。

 

 まさか、蜜柑とのことをわざわざ柳が聞いてくるとは思わなかった。

 いや……訂正しよう。


 。俺の恋愛事を気にするなんて、思わなかった。というほうが正しい。


「嘘! 俊也は嘘をつくときいつも息継ぎするもん。さっきもしてた!」


(めざとい……。そこまで俺のこと知ってて、俺の気持ちをわかっていて、中学のときに振ったのは誰だよ)


「なんもねーよ。いや、あったんだけど。本人が覚えてないんじゃ、つまりないってことだろうし」

「やっぱなんかあったんじゃん」


 プシュッと俺たちの険悪なムードにそぐわない、軽快な音を立ててコーラの缶が開けられた。

 

「わりぃーな、邪魔したか?」

「亮かよ……。邪魔でもなんでもねーって。なんか柳がつっかかってきててさ」


 わざとに、俺と柳のまえでプルタブを開けてさえぎったのは、クラスメートで俺の親友ともいえる男子。中嶌亮なかしまりょうだった。


「つっかかってなんか……ッ! もぅいい。こんな嫌なこといいたくないけど。あの子はやめておいたほうがいいよ、言いたかったのは、ただそれだけ!」


 それだけ言って柳は一人、早々に戻っていった。

 あからさまな不機嫌をあらわした姿に、俺は妬いているのだと思ったし。

 それと同時に、それならどうして――あのとき、俺を受け入れてくれなかったんだっていう。未練のような憤りを思い出さずにはいられなかった。


「なるほどなー。ありゃ妬いてるな。素直じゃないな、冬坂」

「そういう性格なんだろーよ」

「俺からすると、お前もだけどな? に、しても伊吹さんかー。スリーピングビューティーの寝顔はそんなに良かったわけだ」


――3日間、付き合ってみよ? わたしはもう十分なくらい俊也くんでいいって思ってるけど


 俺は寝ている蜜柑に、じゃなくて起きているときの彼女の笑顔に完全に撃ち抜かれてしまったのだけど。

 それを正確に亮へ伝えるのはこっ恥ずかしいし、何よりそこまでの義理はない。


「そういうのじゃ……ねーよ」

「付き合ってるのか?」

「3日お試しで……って、昨日は言ってた。覚えてないみたいだけど」

「こじらせてんな―。青春しやがって。お、そろそろ戻らないとまずいぞ」


 今度、詳しく聞かせろよ。

 今度、な。


(3日後、本格的に付き合うようになったら……にしよう)


 そんなやりとりで互いに教室へ足を向けた。

 そのがあまりにも遠く、儚いものになるとは思いもしないままで。

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