Ep.03 ドキドキしたし、恋って感じだった

 学校を出て、最寄り駅から快速電車で20分の距離。

 そこに伊吹さんの家はあると聞いた。

 夕ぐれの教室の中で、盛大に二度寝をした彼女が再度目を覚ましたのはそれから1時間後で、日はとっくに沈んでいたこともあって、暗がりのなか彼女を家まで送ることにした。


「ごめんね、俊也くんは駅とは逆の方向でしょー?」

「いいよ、まだふらふらしてるし。見てて危なっかしいから」


(本当は、通学は自転車なんだけど、1日くらい駐輪場に置きっぱなしにしとくか)


 なぜ、わざわざ遠回りしてまで、彼女を家まで送ることを決めたのかというと。

 

 見事にはじけ飛んだ第二ボタンによって、ぱっくりと胸元があいたままの彼女を一人にはしてはおけないという使命感だったり。

 その地雷原のような女の子に、すでにもう俺が惹かれてしまっている。ことにほかならなかったり――。


 そういう、優しさとやましさの、境界線のような心からだった。


「あと……雨合羽も借りちゃってごめんね」

「ウィンドブレーカーな」

「えっと、あー、ウィンド……ごめん、なにそのゲームの呪文みたいなの」

「いや、気にしなくていいよ。とりあえず前、隠しとけよ」

「まえ? あ、……うん。俊也くんは紳士だね!」


 華奢な女の子には一回りも二回りも大きなナイロン製の上着を、そのちらつく胸元を隠すように交差させる。

 ぎゅっと抑えつけるように添えた彼女の腕に無数の傷跡が見えたのを、俺は見てみないふりをした。


 訳ありなのは百も承知の地雷系女子だからな――。


「別に紳士とかじゃねーよ。クラスメートなんだから、当然だろ」

「クラスメートだったら、胸を見ないものなの?」

「……ッ// 見ねーだろ、フツー」

「わかんないよ普通なんて、ずっと寝てるもん。配信で見たプレイ動画だと、けっこークラスの子と教室でそういうことやってるんだけどなー」

「どんな動画見てんだよ」

「えっちなゲームとか? あ! ちゃんとシーンは飛ばされてるから! でも下着が見えるのはふつーだし? あれ……でも。だからって……わたしは俊也くんに見られるの恥ずかしいから、見せたいわけじゃなくて――じゃあいいんだ。見せなくて。うん!」


 なんだか、わからないうちに納得したようだった。


「いつも寝てるのって……夜中ずっとYoutubeとか見てるからか?」

「んー、それもあるけど。ツイキャスしたりー、ディスコードで喋ってたり。友達の配信見にいったりもするし? いろいろ。やることだらけなのですよ」


(それにしても――体はふらふらなのに、元気だな)

 

 伊吹さんは想像よりもよく喋る子だった。

 朝はすこし不機嫌な感じで机にうつ伏せているし、日中は寝ているから、その性格や起きてからの表情の変化とか、知らなかったし。

 すべてが新鮮に思える。


「徹夜で、ずっとネットやってるのか?」

「うん。だって眠れないもん」

「寝れない?」

「寝れないの。怖くなっちゃうからねー、夜に目を閉じると怖くなるの。でも昼は明るすぎて苦手。あはは、この星で生きるのに向いてないんだよ私」


――あ、でも白夜とかがある国なら、生きていけるかもね。アイスランド? とかそっちのほう。


 そう付け加えて話す伊吹さんは、饒舌でいて、どこか寂しそうにも見えた。

 でも……笑って話すところがアンバランスだったりして。

 

「ずっと境界線だったら、いいなって思うね!」

「たとえば、昼でも夜でもない。夕方みたいな、か?」

「そう。夕ぐれは好き! やさしさと畏怖がまじりあってる感じ! 目を覚まして、誰もいない教室の窓から見るオレンジ色はけっこーロマンチックなんだよ」

 

 いままで以上に明るい顔で、その長い髪を翻しながら。

 そして、手にもつ校章の入る茶色の鞄をふりまわしながら、ただただ楽し気にそう語っていく。

 好きなアイドルを語るような口ぶりは、まるで恋をしているようだった。


「あー、なんか悪かったな。今日は邪魔したみたいで」


 大事な時間を邪魔してしまったことを、少しばつが悪く感じて俺は謝りながら、頭を掻いてしまう。

 そのとき、俺が鞄を持つもう一方の左腕に伊吹さんがしがみ付いた。

 がさがさと音をたてるウィンドブレーカー越しに、彼女の胸のふくらみが主張している。


「ううん。そんなことないよ! ふたりだったからもっと、もっとロマンチックだった! ドキドキしたし、恋って感じだった」


 その一言に、俺は間違えなく射抜かれてしまったのだろう。 

 そのあとに続く言葉がなければ、俺たちは幸せなままだったのだろうとも思った。


「このまま死んじゃってもいいって思うくらい、ちょうどいい幸せだったよ」

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