第108話 ガーリェ戦

 漆黒のローブに漆黒の鎌、禍々しい邪気を全身に纏ったその神の表情は、人の頭蓋骨から造られたらしい仮面で取り繕われていて、読みとることは出来ない。


「よもやが貴様が我の寝首をかかこうとはな。」

「本当に。無様なものです我が主神よ。以前のガーリェ様ならば、このような失態を犯す前に私を消していたでしょうにね。」

「随分偉くなったものだな。死神王の座に興味でも出たか?」

「それも良いですね。大人しくその座を私に譲ってくださるのならば、あなたの処遇も考え直しましょうか? ・・・いえ、やはり辞めましょう。狂った神などこの世に不要。ご退場くださいガーリェ様。」


 玉座に深く腰掛けたガーリェと、そのガーリェを睨みつけるレンの対話。


 ここだけを切り取ると、レンの方が悪役にすら感じるけれど、余裕を見せつけるように優雅に微笑を浮かべるガーリェと対峙するのだから、悪態つける余裕ぐらいなくてはいけない。


 それが例え表面上のものだったとしても。


 ゲーム画面で何度もみた光景。

 戦闘開始前の、一句一言違わない対話。


 違うのは空気感が感じられるという事。

 肺を押しつぶされそうな程の敵の威圧感に、身体が震えてしまっている事。


「なーに震えてんの?」


 そんな瑠衣を鼻で笑う様に、軽い口調を弾ませるのは隣に居る史郎。


「ま、瑠衣ちゃんここまでがんばったし? 体調悪いなら帰っても良いよ?」

「違いますっ。これは武者震いってやつです!!」

「武者震い? ホントかなぁ。」

「史郎さんこそ、私に構ってる暇あったら集中してください。ふざけて負ったけがは治してあげませんからね!!」

「あはは。瑠衣ちゃん翔みたい。」

「え?」

「安心した。瑠衣ちゃんの中に翔が居るなら、大丈夫だね。」


 瑠衣の肩をトントン叩いてくれる史郎。

 余計な力が抜けて、途端に呼吸がしやすくなった。



 外では英霊達が戦っている。

 側にはレンと史郎がいる。


『そして何より兄様が、私と一緒に戦ってくれている。』


 目の前にいる禍々しい悪神は、変わらず瘴気を振りまくどころか、纏う邪悪なオーラを増加させて居たけれど・・・


「うん。大丈夫。」


 冴えた頭で、瑠衣は静かにやるべき事を見定めた。




 ***




 ガーリェが振るう漆黒の鎌は、リーチが長いうえに不規則な動きで踊る。


 妖艶に輝く鋭い刃は容赦なくレンや史郎を切り裂き、時に黒い靄の悪の化身に姿を変えて、2人に噛みついた。


「その程度で我を倒そうとはな。」


 攻撃を防ぐのに必死なレンと史郎を、鼻で笑うガーリェはそうしている間にも、闇魔法を唱えて放って来る。

 そのスピードはあまりに早く正確で、瑠衣もそれを跳ね返すので精一杯だった。


 劣勢に次ぐ劣勢。

 だけど、それは予想通りでもある事だった。

 この戦闘は、開始数ターンは耐えゲー。

 史郎とレンには悪いが、何とか堪えてもらうしかないのだ。


「あの武器面倒くさい・・・どうにかできない?」

「ガーリェ様の神具であるあの鎌を壊せるとしたらお前の神殺ししかないだろう。」

「じゃぁ、あいつの方どにか止めてよ。」

「私とガーリェ様は同族性、力は圧倒的にガーリエ様の方が上だからな。容易な事ではないが?」

「けっ、役立たずが。お前何しに来たんだよ!?」

「頼もしい仲間が手に入ったからな、高みの見物を。」

「あぁ!? 冗談言ってる場合かよ。っつーかその顔で抜かすな」

「冗談言ったつもりはないが?」

「なおさら悪いだろ、あー、腹立つっ!!」


 何だかんだと喧嘩しながら、特攻していく史郎を一歩引いた場所から援護するレンは割と良いコンビネーションを発揮している。

 ガーリェに押されている状況に変わりはないが、なんとか踏ん張っていられそうである。


 ちなみに、あのレンのらしくない軽口は翔のせい。

 史郎との共闘はおろか、まともに対峙したこともないレンは、史郎の手腕を熟知しているであろう翔に少しばかり話を聞いていたのだ。


「あいつはおちょくれば勝手に火がついて色々片付ける。苛つかせておけばいい。」


 それが、翔の放ったたった一つのアドバイス。

 その言葉に何故か妙に納得した顔をしたレンは、それ以上誰に何を聞く事は無かった。


 そんな光景を目の当たりにして、流石に瑠衣は「そんな訳ないでしょうに・・・」と思っていたけれど、自分の中の苛立ちをガーリェにぶちまけるように技のキレが上がっている史郎を見ると、案外単純なのかもと思ってしまった。



「ダーククロス」


 そんなよそ見をしていると瑠衣の足元が地面に黒い穴が開く。

 間髪を入れずに穴から突き出て来る闇の剣を、なんとか避けると、続けざまに宙に現れた闇の短剣が瑠衣を左右から突き刺そうと襲う。


「ガードウォール」


 短剣が防御壁に突き刺さると、魔法は効力を失くして消えていった。


『えっと・・・今ので何回目だっけ? ・・・そろそろかな?』


 現実の戦闘でターン数は計れないけれど、魔法の回数で大体のタイミングは分かるはず。


「来るぞ! 引けっ!!」

「分かってる!!」


 初めに反応したのはレン。

 応えるころには、特攻していた史郎もガーリェから距離を置いた。


 ガーリェは持っていた鎌を自身の目の前に突き立て、両手を天に広げた。


「小賢しい奴らめ、闇に呑まれよ!」


 鎌の刃先が球体となり、漆黒の光が天を突き刺す。


 直後、紫がかった黒い焔の柱が天から降り注いだ。

 音もなく地に突き刺さったそれは、八方に分かれて大地を這う。


 これが【私怨の焔しえんのほのお】である。


 そこから感じるのは熱ではなく冷。

 存在感がまるで無いそれは、一つ一つが更に幾枝にも分離して、その場にある全てを飲み込もうとしているようだった。


 史郎が神殺しを振るっても少し揺らぐだけの焔。


「ガードウォール」


 なけなしの防御壁も、1分と持たずに焔に打ち消された。


「くっくっく。残念だがお別れの様だなレン。お前はよく働いた。消える前に我の糧となることを許そう。」


 焔上で踊るしか出来ない瑠衣達を、ガーリェは愉快そうに嘲笑い、黒煙を纏った鋭い鎌を振り下ろす。


 足場が不安定な上にスピードが上がったガーリェの攻撃は、レンと史郎の身体を容易に引き裂いていった。


『マズイマズイマズイ・・・何とかしなきゃ』


 この参事を止めるために来たのだから震えている場合じゃない。

 チラリと脳裏に浮かんだ惨劇を頭から吹き飛ばそうとしても高鳴り続ける胸の鼓動。

 圧倒的な恐怖に灰が押しつぶされそうになると同時に、何度でもパニックになれそうなギリギリの心境。


「息を・・・吐く・・・吐くことだけ・・・集中・・・」


 言い聞かせるようにして、とにかく乱れる呼吸をゆっくりと整え、ボロボロになって戦うレンと史郎の方は見ずに、冷静に物事を分析する。


『私に出来る事は創造すること。全て打ち消せ、全てを癒せ・・・出来る。ちゃんと出来るから。』


「闇には光。焔には水。冷には温。私怨には慈愛。」


 全てを打ち消す、温かな優しい光の雨を創造する。


「これが私の紡ぐ、【神に抗いし愚か者の詩】っ!!」


 ありったけの力を込めて魔法を放つ。

 瑠衣の前に現れた大きな光が爆発して、周囲に光の雨粒となって降り注いだ。


 立ち上る焔を沈静させていく光の霧雨。

 それに打たれたガーリェは怯み奇声をあげたが、レンと史郎はその雨によって傷を癒やした。


「小賢しい小娘がっ!」


 ガーリェの敵意が一気に瑠衣へと向いた。

 しかし、言葉と行動が伴わないガーリェは、立ち向かった史郎とレンによってここぞとばかりに畳みかけられている。


 本当ならばこの好機は喜ばしくて、勝利に向けて気分が高揚していくはずなのだけれど、瑠衣はただただ不安に苛まれながらその行く末を祈る様に見守った。


「どいつもこいつも、小賢しいっ! 我を止められるものなどあってはならぬ!!」


 ガーリェの怒号が響く。

 それでもガーリェは大した攻撃をするわけでも無く、致命傷となるであろう史郎の攻撃だけをなんとか躱す程度。


 おかしい、明らかにおかしい。

 何かがガーリェの攻撃を阻止している。


 それが瑠衣の魔法の副産物だと思っている史郎とレンが、この違和感を感じ取ることはないだろう。

 だから故意に攻撃を仕掛けてこないガーリェに、瑠衣は恐る恐る問いかけた。


「・・・あなたは、誰ですか?」


 どういうことだと、レンと史郎の意識がこちらに向くのが分かる。

 だけど、それには答えず瑠衣はもう一度、こちらを睨みつけるガーリェの目をじっと見つめて同じことを問いかけた。


「あなたは誰ですか?」

「くっくっく・・・貴様こそ何奴だ? 異形なる者よ。」

「聞いているのは私です。」

「ふっ、残念だな小娘よ。我はその答えを持ってはおらぬ。しかし面白い。我の策を狂わせたのが貴様のような小娘だとはな。」


 祈りが通じる事は無かったらしい。

 最悪な展開。

 疑いは革新へと変わった。

 ガーリエは、に取りつかれている。


 それでもガーリェはずっと、世界をから守り、死神界の片隅に引きこもっていて、今も、こんな状況下でも、の勝手を許さないよう行動を抑えようと尽力してくれている。


「全てはガーリェ様の意思ではなかった・・・のか?」

「だとしても、取り付かれてる以上殺すしかないだろ。やることは変わらないぞレン。」

「それは・・・そうだが。」


 会話から事態を把握した史郎とレン。

 自らが主神と慕うガーリェの真実に、レンは明らかに動揺していた。

 多分、本当はずっと疑問であったのだろう。

 どれだけそれが事実を目の当たりにしても、ガーリェが世界を崩壊させる因子になるという事に。


「さて、お遊びは終わりだ。」


 突然ガーリェが立ち上がり、不敵な笑みを浮かべながら漆黒の鎌を自分自身へと振り下ろした。


「グェェェエエエエアアアアア」


 悍ましい悲鳴と共に、黒煙がガーリェを包み込む。


 大地が揺れ、天が揺れ、眩暈似た感覚に思わず手で顔を覆った瑠衣。


「瑠衣ちゃん―――っ!!」


 耳に、史郎の悲痛な叫びが届いたのはその直後。

 瑠衣はその呼びかけに、答える事は出来なかった。


 身体の中に、何かが入り込んでくる。

 見れば身体は真っ黒な黒煙に包まれていて、身動きが取れない。


「あ・・・・あ゛ぁ・・・」


 声にならない声を口から漏らしながら、ただ異物が体の中に入り込むのを全力で拒否するけれど、そんな抵抗も虚しく、は容易に瑠衣の中へと入り込んできた。


「そ奴の身体はお前たちの手によってボロボロだからな。返してやろう。くっくっく、しかし案外この体は良い。この世など指一本で崩壊させてしまえそうだ。」


 そんな邪悪でご機嫌な言葉が、自分の口から発せられたことに絶望するしかない瑠衣。

 それでもなんとか身体の主導権を手放すまいと、必死で抵抗を続けるのだった。






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