第107話 死神の領域にて
一方その頃、ユーメルの身体に無事収まった瑠衣は、多少の違和感を感じながらも神界にちゃんと存在できていた。
レンの集めた英霊達が対陣を組んで先導してくれている後ろを、レンと史郎と歩きながら、まだ馴染まない体をどうにか整える。
事前に色々試しているのでそれなりに動ける事は分かっているが、ガーリェの前では不安一つ合っても命取りになると思うのだ。
幸い、周囲に沸いた敵は英霊達がすんなり倒してくれているから、気にせずいられる事は頼もしかった。
「あの、ところでずっと伏せってたユーメル様が急に動いてたら驚かれないですか?」
「大丈夫だよ。瑠衣ちゃんはユーメルの人間界の姿ってことになってるから。」
「え・・・?」
「だから、今まで神界で活動してなかったのは、人間界に居たからって事になってる。ちょっと無理して人間界へ降りたから記憶とか飛んでおかしくなったって説明しておいた。そのうち神界に帰って来て活動始めるから黙って見ててって。」
「まさかシュロ・・・議会はそんな
「信じたよ。真実の口が証言したからね。ユーメルの御霊を感じるって。」
真実のみを話す、神具【真実の口】
瑠衣がユーメルだと証言したわけでは無いところから察するに、多分史郎が誘導したのだろう。
真実の口は、質問に対して真実を口にするものだから。
とにかく神界的に大丈夫ならそれでいいやと開き直る。
今回ばかりは、何も分かっていない無能な神達によって、作戦が無駄にされることだけは許せないのだ。
「・・・にしても、すごい要塞。完全に敵視されてるね。」
突如目の前に現れた禍々しい空間の歪み。
踏み込めば最後、その場から出られなくなりそうな圧が、この場に立ち入ってくれるなと本能に訴えかけてくる。
ガーリェに永遠に力を供給する霊石は、史郎が壊してくれた。
ガーリェの力は確実に弱まっているはずなのに、足が竦む。
「ま、まぁ、敵ですからね。・・・でも・・・」
ガーリェは中にいる。
だから進む。
それは変わらないけれど、瑠衣は違和感を覚えていた。
そもそもどうして、未だに引きこもっているのだろうか。
史郎は霊石を破壊するのが精一杯で、ガーリェからは命からがら逃げてきている。
既にその存在は露見している事を知ったのなら、そのまま攻撃して来たって良かったはずなのに、ガーリェは何故か未だに死神界の辺境閉じこもったまま。
まるで、倒されるのを待っているような、或いは・・・
『自分の存在を、外に出さないようにしてる・・・? ・・・まさか、ね・・・』
嫌な汗が背中をジワリと滑り落ちるのを感じた。
実は史郎とレンにはまだ言っていない事がある。
それは、ゲームでの
RPGじゃよくある話。
倒したと思ったら変化して襲ってくる、そういう類の敵なのだ。
その現実の扱いについて、他ゲームの設定なども含めてエネと協議した結果、2つの可能性を頭に入れた。
1つはただ、純粋にパワーアップする系。
これなら大した問題はない。
簡単ではないが、頑張って倒す。
やるべきことは変わらないのだ。
問題は2つ目。
何かに憑依されていて、本体が出てくる系。
ゲームにそんな設定は無かったから、こちらである可能性は極めて低かった。
だから、余計な心配を増やさないように史郎やレンには黙っておいたのだけれども。
『もし、ガーリェ神が自ら引きこもることで何かの露出を抑えているのだとしたら・・・』
「この要塞はガーリェ神を守るものではなくて、世界を守るものなのかも・・・・?」
「何か言った?」
「え? あ、いえ何でも無いです。」
「本当に?」
「はい・・・・」
史郎の疑いの目。
それをそらして隣にいるレンの横顔を見あげる。
いつもと変わらない綺麗な顔立ち。
『もし、ガーリェ神自体が悪じゃなかったら・・・レンはガーリェ神を救いたいのかな?』
こんな状況になってでもガーリェを主神と呼ぶレン。
大切なユーメルの遺言だったとはいえ、どんな気持ちでガーリェを倒す準備をしてきたのだろうか。
「何も無いなら、集中するがいい。足下にに流れるのは冥府の泉へ繋がる命の川。落ちれば魂は泉に溶けて永遠を彷徨う事になる。」
瑠衣の視線に気づいたレンが目を合わせた直後に落とした視線の先を、瑠衣も追う。
「それって、ユーメル様が?」
「あぁそうだ。ユーメルの御霊もここに溶けて彷徨っている。」
「そっか・・・」
足元には今にも崩れそうな崖。
そのさらに下に流れる、驚くほどに透明な綺麗な川に、たくさんの魂が流れていると思うと何とも言えない気持ちが沸き起こった。
落ちたら二度と、這い出てくることは出来ない場所らしい。
人間の魂は、浄化されれば命の泉で眠りについて再び生まれ変わる時を待てるが、生まれ変わる事の無い神の御霊はその泉で粛清の時を永遠を彷徨うのだ。
「――― 瑠衣ちゃんっ、危ない!!」
川を眺めていると不意に、叫んだ史郎に身体を引かれる。
禍々しい空間から飛び出した真っ黒いスライムが、瑠衣の足元にボタッと落ちて来た。
次いでスライムが吐き出したドロリとした液体が、瑠衣を庇った史郎の袖にかかると、着物が溶けて穴をあける。
「ホーリブレス」
すかさず誰かが唱えた魔法が、スライムの行く手を阻む。
光の粒子に包まれたスライムにレンが向かっていくのに合わせて、援護の魔法が飛んで来ていた。
「感慨深さに浸ってる場合じゃないよ。ここは敵陣なんだからね!? そんなんじゃガーリェ神倒す前に瑠衣ちゃんが消えるよ!!」
「ごめんなさい。」
史郎からのお説教を食らっている間に、レン達がスライムを倒してくれた。
「あ、ありがとう、レン。」
「お前が消えれば計画は全て無駄になるのだぞ。ここまで物語を破綻させたのだ。その責任は取るまでは消える事は許されない。」
「は、はい・・・」
怒りの入り混じったレンの声は静かで冷たかった。
「おいおい、てめーら、喧嘩してる場合じゃねぇぞ!?」
先頭を進んで居たはずのジェイコブが、顔をしかめて目の前に現れた。
その後ろから、同じく第一陣だったメロディーナとキールも姿を見せて口々に言葉を発する。
「この先に不死身を持つ敵が4体いるの。今は第二陣に抑えてもらっているけれど、このまま戦ってても意味が無いわ!?」
「メロディーナ、アレは不死身ではないですよ。妙な魔法を使ってお互いを瀕死状態から回復させてしまうだけです。」
「こんな時にまで揚げ足取らないでよキール! キリが無いのに変わりはないでしょう!? 倒せないんだから。」
「こういう時だからこそ正確な情報が必要だと思いますが?」
言い合っているキールとメロディーナは置いておくとして、ジェイコブがその敵の特徴を手短に説明してくれる。
その話から瑠衣は、おそらくリヴァイブロックという敵だと推測した。
一見すると大きな眼球のフォルムの敵。
直径が人間の身長と同じくらいあるゴツゴツとした丸い岩の中心に、一つの大きな目が見開いているリヴァイブロックは2-4体で現れ、味方のHPが8割を切ると「リヴァイブ」という特殊スキルの蘇生魔法を使って完全回復させてしまう。
しかも厄介な事に基本攻撃が強力な闇魔法であるリヴァイブロックは、十数ターンに一回大魔法を放ってくる、かなり骨の折れる敵なのだ。
「って事なんだが嬢ちゃん、このままじゃ時間だけが過ぎちまう。ズルいかもしれんが、ソレについて何か知らねぇか?」
「えっと・・・私が知る限りでは、リヴァイブロックが使う蘇生魔法は発動に条件があって、味方が瀕死にならなければ使えません。ですからギリギリ瀕死にならない程度に全部の体力を削って、その後に聖属性魔法の大魔法を放つことで一気に消滅させる事が攻略法でした。」
「瀕死ギリギリて、んなもんどう見極める?」
「確か目の黒目部分が、ちょっとだけ下向きになるんです。岩で出来た瞼みたいな部分が閉じて目を瞑ったようになるともう瀕死なのでリヴァイブ使われちゃいます。」
「なるほど・・・な。」
瑠衣の話を聞いて、ジェイコブ、メロディーナ、キールがレンの元に集まって作戦会議を始める。
「黒目の位置なんて見分けられると思う?」
「ホーリーブレスからのクレイドルソングを放てる術師を温存に回しましょう。何人いましたっけ?」
「前衛の隊列はこれでいいな?」
その間も、近くで他の英霊達が交戦している音が響いている。
せめてこの間だけでも彼らの手伝いをしたかったが、今の瑠衣の役割はガーリェを倒すことに全力を尽くすことのみ。
味方の誰が瀕死になろうとも、手を出すくらいならばその力は全てガーリェにぶつけてくれと多くに言われている。
・・・何も出来ない事がもどかしかった。
やがて、方針が決まったのかジェイコブ達は姿を消し、レンが瑠衣と史郎に向き直る。
「おいレン、手こずってるみたいだけど大丈夫なのか? お前が選んだ英霊様は。」
「問題ない。先の戦闘は英霊達が引き続き請け負う。私たちは先へ。」
「道くらいは作ってくれるんだろうな?」
「無論だ。」
何故か喧嘩腰の史郎が、やれやれと手を広げて首を振ったのを無視して、レンが歩き始める。
至る所に争いの跡が残る道なき道。
その跡を辿るように進んでいくと、暫くして英霊達とリヴァイブロックの交戦している戦場にたどり着いた。
行き止まりの少し手前。
丁度空いていた小部屋のような空間の四隅に1体ずつリヴァイブロックを追いつめて、中心に術師を集めたフォーメーション。
術師を取り囲むように前衛を張る騎士達は、片手剣・大剣、銃火器など様々だ。
「おし、ここまで追い詰めりゃ後は手はず通りだ。てめぇら、ヘマすんじゃねぇぞ!!」
ジェイコブが号令をかけると、各々が武器を掲げてリヴァイブロックに向かっていく。
リヴァイブロックもまた、魔法で防戦したり、目くらまし効果のある黒い霧を放ったりしている。
「瑠衣、こっち!」
術師陣の中心にいたメロディーナが瑠衣を呼び、何かを指を指した。
その先は瑠衣達が立つ小部屋の入り口の対面。
そこに、先へ続くであろう道があった。
「あの先に我が主神、ガーリェ様がいる。」
「本当かよ?」
「お前は感じないのか? あの奥から流れ出る、おぞましく強大なガーリェ様の力を。」
「残念ながら。んなもん死神の領域に来た段階から感じてるんでね、今更どっから来てるかなんて分かんないよ。」
「わ、私も・・・」
残念ながら、強い圧に圧倒されすぎて、何処からなんて認識出来そうにない。
でも、他ならぬレンがそう言うのだから、その先にガーリェが居るのだろう。
グッと拳に力を入れながら、戦ってくれている英霊達の横を進む。
やはり進まれては困るのか、瑠衣達に意識を向けたリヴァイブロックが攻撃を仕掛けてきたけれど、それをも英霊の術師が防いでくれた。
ターン制のシステムで動くのではない、リアルな戦闘。
その中で、微々たる敵の変化を見分けて畳みかけなくてはいけない厳しい戦闘。
ここに来るまでに、敵は何度蘇生して、そのたびに何度挫折して、道を切り開いてくれたのだろうか。
傷だらけで、満身創痍で、それでも道を切り開いてくれた英霊達。
「ヒーリングドロップ・・・」
戦場を抜けて先へ進む道へと踏み込む一瞬手前。
瑠衣はその部屋全体に継続回復魔法を唱えて、せめて皆が無事であるように祈った。
***
――― 我の邪魔立てをする忌々しい奴らめ・・・さぁ来るが良い・・・なぶり殺してやろうぞ・・・―――
真っ暗な細道の奥から響く、風なりのようなかすれた声。
レンと史郎の顔つきが厳しく変わる。
「どうやら我が主神が待ちくたびれているようだな。」
「ホント、随分ご機嫌斜めみたいだけどね。」
「・・・行きましょう。」
高鳴る鼓動を沈めるように、一歩ずつゆっくりと踏みしめながら、3人はその一本道を進むのだった。
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