第105話 魔法書探し
魔法の修得を目指して、瑠衣はメロディーナの故郷であるパピルの近く、古代遺跡へとやってきた。
流石に瑠衣一人ではどうにもならないので、レンに付き添ってもらうと、案内役にとメロディーナも同行してくれることになった。
イベントでは遺跡の最深部にて、巫女であるメロディーナが
物語通りにメロディーナが魔法を修得するのならばそれが一番だし、だとしても保険として瑠衣自身も魔法の理解は深めておきたいと思う。
「話は分かったけれど、私があの場で弔いの舞をしたのであれば、それが
「鎮魂の祭日?」
「年に一度、亡くなった人たちの魂が現世に帰ってくるとされている期間の最終日よ」
「あぁ、お盆!! もしかして、それはまだ先?」
「えぇ。少し早いわ。だから舞う意味もない。瑠衣が求めるモノが手に入るかは微妙よ?」
「分かってる。でも、手掛かり一つでも見つけたい。あと、メロディーナの巫女としての話も出来たら聞きたいな。」
この古代遺跡は、チュートリアル的なダンジョンで、今更敵らしい敵は出てこない。
ただ、序盤には入ることが出来ない、最深部へ進む為には、その資格を証明するために守り神と対話しなければならない。
だから、そこまでの道のりは魔物の処理をレンに任せて、メロディーナと話ながら進んだ。
「メロディーナは、どうして歌を歌い始めたの? 神の掲示?」
「まさか。私の国では、歌う事は神に祈る事であって、別に特別な事じゃなかったのよ。親に連れられて神殿へ行き、見様見真似で、教わった通りに歌っていただけ。」
「自然な事だったんだね。」
「えぇ。でも、歌うことは好きだったから、それとは関係なしに歌っていたけれど。そうしたらね、いつの間にか巫女になっていたわ。」
「歌に力がある事に気づいたんだ?」
「そう、周りがね・・・。実は私ね、産まれる前の記憶があるのよ。」
「産まれる前の?」
「透き通る綺麗な声のお姉さんに、金色の綺麗な光をもらったの。「あなたの歌が、多くを救うでしょう」って、言われて、その光は私の中に入っていった。」
メロディーナは、自身の左胸をそっと触る。
「私のここには、生まれつき大きな痣があってね、両親は心配していたんだけど、今は綺麗な紋様になっている。綺麗な光を思い出させる紋様は、きっと神の加護の証。そう思ったから、多くを救えという想いに応えようと努力したのよね・・・」
だけど、戦火の中ではメロディーナが救ってきた小さな命は一瞬で失われ、親しかった人々は心を病み、メロディーナ自身も裏切られてその命を終えた。
「裏切った人の事、憎んでる?」
「自分が彼らに抱いていた物が憎しみだったのかすら、今となっては分からないわ。あの時は心底疲れていたの。だけどね、正直今はまだ、彼らのために弔いの舞を舞う気にはなれないわ。」
「そっか。」
全てのことが、時期尚早なのだろう。
それを勝手に進める事で、そこに有る全てのモノを歪めてしまっている事を再確認する。
『ガーリェ神を倒せば世界は救われる・・・として、そこで生きる人間達は、救われるのかな・・・』
メロディーナの話を聞いて、瑠衣はそんな事を考えていた。
***
「この先は危険だ。気を引き締めて進め。」
際深部へと続く扉の前に立ち止まり、レンが声をかけてきた。
コクリとうなずきながら、瑠衣は背筋をスッとのばす。
守り神は部屋へ進もうとする全ての人間の資質を問う。
有る者には戦闘、有る者には哲学のような問いかけを、その内容は人によって違う。
つまりここからは個人戦となるのだ。
とはいえ、レンとメロディーナの試練内容は知っている。
ゲームと同じならば、彼らにとってそれは大して難しいものではないと思うし、何ならメロディーナは生前この場所を出入りして居るので全く問題ないだろう。
問題は瑠衣自身。
どんな試練が待ち受けているかサッパリ分からない上に、この試練は不合格だと先へ進めないどころか、即死魔法を放ってくる魔獣、デスバレットの住処へととばされる。
『絶対に通過しないと・・・』
なんて思っている間に、隣にいたメロディーナとレンの姿が見えなくなっていた。
試練が始まったのだ。
「動じないとは珍しいですね。」
スゥっと現れたのは緑色の目を持った黒猫。
「成る程、数奇な運命を持った者という訳ですか。」
猫はまるで人間のように2本の足で立ち上がり、手を広げて首を振った。
「残念ですが、この先にあなたを行かせることは出来ません。」
「え?」
「どうかこのままお引き取りを。そうすれば、あなたをデスバレットの住処へは送りません。」
「それは困ります!」
「そうですか。とはいえ別に、お願いしているわけでもないのですよ?」
猫の目がキラリと光る。
その宝石のような輝きに魅入ってしまったのは一瞬。
意識を戻すと、そこは空だった。
足下に広がるのは、深く青い海。
そして目の前には、ブラックホールのような空間の歪み。
唸る闇に飲み込まれるように、空が浸食されていく。
この光景は、ゲームで力を持ったガーリェ神が、世界に姿を表した時のイベントムービーと同じ。
間近で見ると、あまりの事に身体が震える。
そこにあるのは、紛れもない無。
――― おや、あなたはこのまま、見ているだけですか? ―――
横にいた猫が、肩に飛び乗り、耳元で囁く。
『そうだ・・・これを止めるのが私の役目・・・』
そう思うのだけれど、上手く身体が動かない。
そのうち、空を飲み込んだ歪みは、大地をも浸食していく。
その行き先は倭ノ国だった。
「ダメダメっ!! そっちには翔様がっ」
そっちには・・・?
じゃぁ、何処ならいいんだろう。
歪みの行く先は、虚無でしかないのに。
「どうしたら止められる?」
――― 私は答えは知らないが、答えのない問いは出さないさ ―――
瑠衣問いかけに、そう答えた猫は忽然と姿を消した。
守り神の試練が見るのは、その人の内面。
そこには確実な正解なんてなくて、方法だってない。
幻影だと手を出さず見守ったって、力の限り足掻いたっていいのだけれど、ここで恐怖足をすくませているようじゃ、本物になんて渡り合えるはずがない。
『落ちつけ・・・大丈夫。出来るよ・・・』
ゆっくりと息を整えて、空間の歪みに向き直った。
『歪みが消えるイメージ・・・消えて、全てを元に戻すイメージ・・・』
それ即ち、砂時計の砂を巻き戻す行為であると知り、瑠衣の口角がニッと上がった。
「再び禁忌を犯すのかと問われるならば、犯すと応えるよ。それで兄様を救えるならねっ」
強い意志を持って、歪みの中へと飛び込んだ瑠衣の身体を、光の粒子が包み込む。
真っ暗闇の中が、眩い光で照らされていく。
眩しさに目を閉じ、再び目を開くと、そこは薄暗い洞窟内。
「・・・戻ったか? 」
顔をのぞき込むレンの声に身体を起こすと、そこは遺跡の際深部である神殿だった。
御神体とされているスフィンクスを模した何かの像が祀られているだけの、狭くてシンプルな部屋。
その中心でメロディーナが美しく舞っていた。
「綺麗・・・」
手指の先まで意識した洗礼された舞いとは反対に、その身体をまとうドレスは、無造作にふわりと揺れて。
それが不思議なまでの一体感を生み出したメロディーナの舞いは、素人目から見ても唯一無二の、神聖な舞いに違いなかった。
やがて、ゆっくりと勢いが落ちていき、静止してから祭壇に一礼をしたメロディーナ。
その様子を見届けて大きく息を吸い込んだ瑠衣は、そこでようやく、息を吸うのも忘れていた事に気づいた。
「あら、戻ってたの?」
「うん。それより今の凄かった!! 今のが弔いの舞い?」
「違うわよ。あれは日常的に舞う、「今日もみんなが元気に過ごせますように。」みたいな奴。村にいたときは毎日舞ってたし、何処かに招かれたときにも舞ってた。巫女っぽさが出るでしょ?」
「うん!! 巫女様だった!! あんな素敵なモノを生で見られるなんて、ここに来てよかったぁ。」
「大げさねぇ・・・」
メロディーナは困惑の表情を浮かべているが、興奮醒めやらない瑠衣の胸はまだドキドキしていた。
「ところで、あの鳥に会った?」
話を逸らそうとしたのか、メロディーナが壁面に書いてある絵を指さす。
尾の長い鳥、角の生えた獣、牙のある竜。
神獣と呼ぶに相応しい者達の凛々しい姿が描かれてた壁面。
その鳥は、メロディーナの試練でなぞなぞを出してくる神獣なのだ。
「私が会ったのは、目が緑色の猫だった・・・けど、書いてないね。ところでメロディーナ、これって何て書いてあるか読める?」
瑠衣は首を振って、所々に書かれている掠れた文字のような物を指でなぞる。
絵にも字にも見える謎の文字は、古代文字であって、もう遠い昔に失われた文字だと、メロディーナが教えてくれた。
「だから読めないけど、内容は聞いたことがあるわ。 ―――祈りを歌に込めなさい。祈りを舞に込めなさい。あなた自身が祈りとなりなさい。さすればその力は全ての救いとなるでしょう――― だったかしら。」
「祈り・・・」
確かにメロディーナの舞いは、その身体全てで祈りを体現していた様に思う。
だからこそ、何か心に響くモノがあった。
『私はどうだろう・・・心の底から世界の救済を、全ての命の平穏を、祈れるかな・・・?』
きっと、メロディーナは出来るのだ。
今はまだ出来なくとも。
何かが彼女自身の心を溶かし、裏切った人間を含めた今は亡き隣人に、弔いの意を向けることが出来た時に。
だけどそれは、瑠衣には到底出来そうもない。
だって助けたいのは世界じゃない。
人類でもない。
たった一人の愛しい人だ。
「ところで瑠衣、ここは、これだけの場所よ? まだ何か見る?」
「ううん。もう大丈夫。知りたいことは知れたから。」
「え!? そう・・・悔しいわね。元は私が得る詩だったんでしょ? 瑠衣に先越されるなんて。」
メロディーナは悔しそうにはにかんで、「やっぱり弔いの舞しようかしら?」なんてつぶやいている。
それに対してブンブンと首を横に振る瑠衣。
「違う。違うよ。あの詩はメロディーナのモノだよ。私は、私がメロディーナには代われないって事を知っただけ。私、あんなに綺麗に舞えないし、実は結構音痴なの。」
「じゃぁ、どうするの?」
「メロディーナの見様見真似じゃなくて、私自身の方法で
このやり取りには、ずっと黙っていたレンも、「大丈夫なのか?」と眉間にしわを寄せていたが、それに瑠衣は満面の笑みを返す。
「私に出来ないことは(多分)無いから大丈夫だよ!」
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