第104話 魔法の修行

 史朗とレンが、ガーリェ戦の準備を進めてくれている中、瑠衣も準備を進めていく。


 少しでも魔法の精度をあげるために、明日花と萌生に頼み込み、泊まり込みで魔法の修行をさせてもらっているのである。


 本当は山ごもり宜しく、演習場で野宿するつもりだったのだけれど、何故かそれは皆に反対されてしまい、お城の美味しいごはんとふかふかのお布団、それに温泉入り放題付きの贅沢な待遇に成ってしまった。


 修行に付き合えない萌生の代わりに、キールに魔法の練習を見て欲しいと頼んだら、二つ返事で断られた後、練習メニューを組んでくれた。


 その殆どは、魔法の基礎練習。


「今更?」


 と怪訝に思ったが、


「根源が魔力であろうと、神力であろうと、基本的な事は変わらないですよ。そもそも基礎のなっていない人間が、どうして応用を使いこなせますか?」


 と、至極当然の事を返された。


 だから今は初心に立ち返る思いで、キールからの練習メニューをこなしている。


 自分の中に流れる神力。

 それを認識するためにひたすら坐禅し、自分の内側に意識を向ける事数時間。


 ここ数日の間で、創造の力は、一見すると何でも出来る便利な力であるが、余計な雑念一つでその精度ガクッと落ちる事が分かった。


 今まで何となく使えてしまった魔法を確実なものするために、一つ一つの魔法のイメージをより正確に持って、神力を丁寧に練り上げていく練習を続けた。


「ホーリー・・・っ ・・・駄目だ。今日はこのくらいにしよう・・・」


 そうして過ごす間に、自身の限界も掴めてきた気がする。

 根源が自分の中にあるという事は、体調、体力、精神力、全てが威力に直結してしまうので、何よりも体調管理が大切であると学んだ。



「あ、明日花様、あちらに。瑠衣様!」


 疲れで地べたに横たわっている瑠衣を、やってきた萌生が呼ぶ。

 となりには明日花姿もあった。


「あ、明日花様、萌生さん。どうされましたか?」


 積極的に公務に出ている明日花と、それについて回る萌生は、目まぐるしい日々を送っていて、瑠衣の修行に付き合ってはいない。


 ただ、二人は瑠衣を気にかけて居てくれて、一緒に食事をとってくれたり、時々こうして覗きに来てくれる。


「今日の修行はもうお終いなんですの?」

「はい。今日はこのあたりにしておこうかと。」

「そう。でしたらちょっと、瑠衣にお願いがあるのですわ。」

「何ですか?」

「今から茶席の練習をするのだけれど、付き合って欲しいのですわ。」


 茶席の・・・

 そういえば、少し前にパンケーキを食べに行った時に、風鈴がお茶に詳しいという話が出たのを皮切りに、明日花が風鈴にお茶の稽古を頼み込んでいたのだった。


 その場で了承した風鈴が、偽名を使って変装していた明日花の正体を知り、

「サツキさんが明日花様だなんて聞いていません!!」と、後日瑠衣の元に抗議に来ていたけれど、結局引き受けることになったと言っていた。


「実は、私がお茶を習い始めたことがお父様のお耳にはいったらしくて・・・今度のご帰宅の際には是非茶を点ててほしいと手紙が届いたんですわ!!」

「それは、素敵な事ですね。」

「素敵!? 何処がですの? お父様は、私を試しているに違いないですわ!」


 ですから、完璧な茶席にしなければ!!

 と、意気込む明日花の横で苦笑している萌生。


 何か事情がありそうだ。


「えっと、練習。私で良ければ、お付き合いさせていただきます。」

「瑠衣ならそう言ってくれると思っていましたわ!!」

「そうと決まりましたら、瑠衣様は私がご案内いたしますので、明日花様はお先に戻って用意を進めていてください。」

「えぇ、任せましたわよ、萌生!!」


 足早に屋敷へと向かっていく明日花を見送り、場を片づけた後に瑠衣も萌生と屋敷へ向かう。


「実際には、お茶を始めたと聞いたので、領主様行きつけの茶の湯へ一緒にどうか。とのお誘いだったのですよ。ですが、明日花様もご多忙のなか酷くお疲れでして、何故かあのような勘違いを・・・」

「それは、凄い勘違いですね。領主様、驚かれるのでは?」

「それについては、私の方から説明をさせていただこうと思ってます。実は明日花様がお茶を始めたのは領主様の為でもあるんですよ。」

「領主様はお茶がお好きなんですか?」

「どうなんでしょう? 私には分かりかねます。ただ、まだ奥様がご健在だった頃に、遠征から帰ってきた領主様に、奥様が茶を点てて差し上げていたのを、覚えているそうです。いつも険しい顔をしてピリついていた領主様が、その時ばかりは微笑んで、明日花の頭を撫でてくれたそうで。」

「お茶は家族の思い出なんですね。」

「はい。ですから、酷く勘違いするほどに嬉しかったんだと思います。明日花様がお茶を習う事を肯定的に捉えてくれた事が。」


 それは、明日花が意気込むのも頷ける話だ。


「では、厳しい目で練習につき合わないとですね。」

「是非お願いします。私ではどうにも甘いと感じるようで。「萌生では練習になりませんわ!」って、言われてしまうんですよ。美味しいものは、美味しいのですけれどね。」


 はにかんで苦笑する萌生だが、確かに萌生は明日花を少々甘やかしすぎる所があるので、何とも言えなかった。


「ところで瑠衣様、魔法の修行は順調ですか? あまり顔を出せずに申し訳ないのですが・・・困っていることがあったら遠慮なくおっしゃってくださいね。」

「今のところは・・。あ、でも一つ聞いても良いですか?」

「はい。分かる事でしたら。」

「例えばなんですけど、名前は知っていて、その効果もなんとなーくは知っていて、でもそのじつ、よく分からないような魔法を、ぶっつけ本番で使える確率ってどのくらいだと思いますか?」


 この先で瑠衣が使わなければいけない、【神に抗いし愚か者の詩】は、メロディーナ固有のスキルであり、【私怨の焔】を打ち消す唯一の魔法。


 イベントで修得するこの魔法はスキル説明に「【私怨焔】が発動したときのみ使用可能」とあり、練習しようとして出来るものではない。


 しかも、メロディーナが術師であったから、一応魔法に属してはいるけれど、属性魔法である他の魔法とは違い、その仕組みがよく分からない。


 話し合いでは出来ると言ってしまったが、試し打ちが出来ないので、その時に発動できるのかは実のところ不明なのである。


「ぶっつけで放った事はないですが・・・そうですね。私が初めてホーリーブレスを試した時には、光一粒が3秒程灯り消えました。」

「その時は、名前やイメージは何処まで分かっていたんですか?」

「1度、偶然に見聞きしていた程度です。じっくり見た訳でもなかったのですが、完成形を見ての試みでしたね。そこから色々とイメージを膨らませて行き、最終的には瑠衣様に指導いただいた事で修得できましたが。」

「イメージって・・・やっぱり大切なんですね。」

「そうですね。偉大な術師は、詠唱を省略したという噂もあります。その場合、どの様に魔法を放つのか、全く想像もできませんが・・・。結局は手順よりも、魔力をどの様に変化させるかという事が重要なのでしょうね。」


 魔法を放つ時に手や杖をかざすことも、声高らかに詠唱することも、結局はその場に魔法を構築するイメージ力をあげるための手段でしかないという事。


『と、なると・・・ちょっと厳しいかもなぁ』


 なんて、言ってる場合でも無いのだけれど、ここへ来て不安要素が増してしまったのは痛手だ。


「瑠衣様は既にかなりの魔法を修得されていらっしゃるようですから、これ以上の魔法の修得はおすすめしませんが?」

「分かっています。でも、この先どうしても必要なものなので。」

「そう・・・ですか・・・」


 瑠衣が平穏に過ごす事を望んでいる事を、理解している萌生が難色を示す。


 どのみち、【神に抗いし愚か者の詩】の事を萌生が知っているわけもない。


 魔法の師匠である前に、友人でありたいと言ってくれる萌生の優しさに感謝し、この話は終わりにしようと思ったところで、萌生が「参考になるかは分かりませんが・・・」と静かに言った。


「全ての魔法には、魔法書が存在します。倭ノ国ではその殆どが陰陽寮に納められていますが、それが原本では無い可能性もあります。また、そもそも魔法は、何かしらの因果によって生まれたとも言われています。瑠衣様が望まれている魔法のゆかりの場所へ行かれれば、何か手がかりが掴めるかもしれませんよ?」

「縁の場所・・・」

「例えばファイアーランスが生まれたという炎の神が祀られた異国の火山は、今も天から炎が降り注いでいるらしいです。そういう物を肌で感じることで、魔法を深く知る事が出来ると思います。そう簡単に諸外国へはいけないでしょうけれど、倭ノ国の中にもそういった伝承ある場所はありますから、行ってみてはいかがですか?」

「成る程・・・。確かにそうですね! 流石萌生さんです。」

「いえ・・・たまには師としての教えの一つでも。気持ちは複雑ですが、ここへ泊まり込んで修行する事を、あの2人が許すほどの事情があるようですし。私にはそれくらいしかお手伝い出来ませんから。・・・くれぐれも無理はなさらないでくださいね。」

「はい。ありがとうございます。ちゃんと考えて行動します。」


 くれぐれもよろしくお願いしますね。

 と、念をおす萌生にはにかんで答える瑠衣。


 そんな話をしている間に、屋敷に着いた。


 招かれた練習の茶席は、明日花の動きこそガチガチだったけれど、風鈴とはまた違ったお茶の甘みと高級なお茶菓子の慈味深い味に舌包みを打つ、とても柔らかな時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る