第103話 優しい人
居間にて、翔と向かい合わせで座っている。
隣にいる史郎が、淡々と説明していくのを横目に、瑠衣はただ黙っていた。
倒さなければならない敵が居ること。そのために瑠衣が神界へと向かうこと。そして何よりそれが、瑠衣の意志であること。
それらを顔色一つ変えず、これまた淡々と聞いている翔。
その心は何を思っているのだろうか。
「話は分かった。要は、ここに残される瑠衣の身体に、誰も近づけなきゃいいんだな?」
「そういう事。器がなければ帰って来れないからね。そこ、宜しく。因みに、何が来るか分かったもんじゃないから、エネも付くってさ。仲良くやってくれ。」
「分かった。じゃ、必要な時に声掛けてくれ。いつでも動けるようにしておく。」
「うん、よろしく。」
「・・・話が以上なら、席を外せ史郎。後は瑠衣と二人で話したい。」
「はいはい。じゃ、そういう事で。」
思いのほか あっさりと話がつき、手をヒラヒラさせて部屋を後にする史郎。
部屋に残って向かい合わせの瑠衣と翔の間には、妙な空気が流れていた。
「隣に座ってもいいか?」
「あ、はい。」
淡々と、仕事としてそれを請け負った翔を見てしまうと、どうしても自分が枷である気がしてきてしまう。
『これでやっと自由になれる』
今の翔の心情がそんな風に感じていたらと思うと、瑠衣は何を話していいのか分からなかった。
「そう萎縮するな。別にお前は、何も悪くないんだから。」
「そんな事は、無いです。・・・私は・・・」
世界を壊す破壊者で、自分のエゴにたくさんを巻き込んで、運命をねじ曲げて・・・
「
「え・・・?」
「瑠衣の意志だと言われたら、何も出来ない。だから、教えてくれないか?どうしたら、瑠衣の背負う荷を軽くできるのか。」
瑠衣を見おろす、ただただ優しい翔の瞳。
深い愛情を持って、心配してくれるその瞳に、自然と涙がこぼれそうになる。
「俺に出来ることがあるのなら、何だって聞く。だから、一人で抱えるのは止めろな、瑠衣。」
そう言って、瑠衣の肩を抱き寄せた翔は、頭を撫でてくれる。
いつもより、ずっと優しくて温かい、大きな手。
「・・・私・・・兄様に嫌われたくない・・・です・・・。」
「何だ、そんな事を心配してたのか? 安心しろ、俺が瑠衣を嫌う事なんて、これからもこの先も無い。」
「本当に? ・・・私、帰ってきて良いですか? まだ、兄様の妹のままで・・・」
「当たり前だろう。瑠衣の身体は傷一つ付かないよう、必ず守り通す。だから、ちゃんと帰ってこい。瑠衣が帰ってこなかったら困る。」
「・・・うん・・・・・・」
流れに身を任せて、翔の胸に頭をうずめたまま、瑠衣はその素直な気持ちを翔に伝えた。
その一つ一つをすくい取って、包み込んでくれる翔。
どこまでも一心に、優しさをくれる翔。
翔はそういう人だ。
その理由がどんなモノだって、
命がけでずっと、ずっと瑠衣の為に一人戦ってくれた事実は変わらない。
そう教えてくれる優しさに包まれて、安心した瑠衣の身体から自然と力が抜けていくと、翔は頭を撫でるリズムをゆっくりと変えていく。
「瑠衣がずっと気を張っている様だったから、心配していた。嬉しい知らせではなかったが、理由が分かって少し安堵している。」
「そうでしたか? ・・・私、普通に過ごしていたつもりですけど・・・」
「日中はな。だが、夜は酷く
『あぁ・・・気付かれないようにしていたのに、兄様の前では無意味だったんだね・・・』
そう、瑠衣はレンとの話し合いから第一世界での記憶を取り戻した。
自身の行った殺戮と終末世界のおぞましい光景が、昨日のことのように鮮明に思い出せるようになった。
生々しい体の痛みを、感じることが出来るようになった。
ふとした瞬間にそれは襲って来て、胸をえぐられて、ずっと、心休まらずにいたのだ。
「話を聞くくらいなら出来る。言いたくなければ無理には聞かないが、それでも瑠衣の側にいることはできる。・・・俺の存在が鬱陶しいと言われたら傷つくがな。」
「言いませんよ。兄様が側にいてくださるなら、ゆっくり眠れそうな気がしますもの。優しい夢がみられそうです。」
「なら、このまま眠ってしまうといい。瑠衣を傷つける全てから、俺が守ってやるから。」
気づいていて、何も聞かずにただ、寄り添ってくれる。
翔の腕の中で目を瞑った瑠衣は、撫でられるリズムと、翔の鼓動、その温かさに抱かれてうつらうつらしながら胸の内を吐き出した。
「あのね兄様、たくさんの記憶が、私の中でぐちゃぐちゃしてるんです。」
「たくさんの記憶?」
「そう。商家の奴隷だった記憶と、世界を壊しちゃった記憶。私ね、前に一回、この世界の全部を消滅し掛けちゃったんだって・・・」
夢現のまま、ポツリ、ポツリと言葉を発する。
前世の事、第一世界の事、だから、この世界は瑠衣が救うと決めたこと・・・
もちろん、翔への想いは伏せたままで、記憶にある自身の行いを話せる事だけ話した。
翔はただ静かにその話を聞いてくれた。
顔は怖くてみれなかったけれど、頭を撫でるその手が止まる事はなくて、ずっと翔の温もりに包まれていた。
「兄様と、史郎さんが死んじゃって、悲しくて、我を忘れて・・・人間も、神様もみんな、私が手に掛けちゃった。大地が割れて、赤い海が出来た。・・・思い出したら聞こえるようになったの。耳の奥に、沢山の断末魔。ずっと鳴ってる。私を睨みながら息絶えた人の顔が目の裏に焼き付いて・・・苦しくなるの。・・・勝手だね。」
「・・・」
「この世界でガーリエ神を打ち倒したって、そうした事実が消える事はないんです・・・。私が、破壊者だって事実は消えない。」
「・・・そうだな。」
ポツリと置かれた言葉。
同時に頭を撫でていた手がピタリと止まった。
「理不尽に死んでいった奴らは、どれだけ償おうがお前を許すことはないだろう。何故なら、奴らはもう死んでいて、許せる立場に居ないからな。」
「私が、殺したから?」
「あぁそうだ。だから、お前も俺も、壊した者に許されることはない。」
「あ・・・」
「それでも、俺は瑠衣に側に居てほしい。お前が、こんな俺を必要としたように、例え破壊者であろうと、俺はお前が必要だ。この世の全てがお前の存在を悪だとして襲いかかってきたとしても、俺はお前を守るよ。瑠衣。」
「何で・・・何でそんな事が言えるんですか? 私は―――」
「瑠衣を大切に想う事に、理由なんているのか?」
ギュッと肩を抱きしめてくれる。
どんな慰めの言葉より、ずっと響く翔の言葉。
「・・・私の事、嫌いにならないですか?」
「なる要素が無い。お前は俺を生かしてくれた。それに、さっきも言っただろ? 今までももこの先も、俺がお前を嫌う事なんて無い。だから、瑠衣が正しいと思う事をしたらいい。きっとそれは、間違いじゃない。」
「どうしてですか?」
「瑠衣が凄い奴だって、知っているから。」
そんな事はない。
翔の存在に生かされた、翔が居なければ、どうしようもなく弱くて情けない存在なのに・・・
「俺は、そんな瑠衣の役に立ちたい。何か出来る事はあるか?」
「・・・じゃぁ、一つお願い・・・聞いて欲しいです。とても我儘な。」
「あぁ、勿論。」
「私、兄様の事になると、感情が抑えられなくなる事あるんです。でも、第一世界を壊してしまったように、世界を壊したくはないんです。だから兄様、どうか死なないでください。私に世界、壊させないでください。私と一緒に戦ってください。」
「瑠衣・・・分かった。瑠衣を残して死んだりしないと約束する。」
「絶対ね?」
「あぁ。」
そうして安心させてくれるように、再び頭を撫でてくれる翔。
「兄様大好き・・・」
その温もりに包まれながら、瑠衣は目を閉じ眠りについたのだった。
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