第102話 第1回ガーリェ神対策会議

「では、第1回ガーリェ神対策会議を開始します。」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


 集まったメンツに意気揚々と声をかける瑠衣。

 その声に応える者はいない。

 事情も知らず集められた史郎、エネ、レンの3人は、ただ怪訝に瑠衣の事を見つめるだけだった。


「・・・ん?」

「ん? じゃないわよ。あんた何始めようとしてんのよ。」

「だから、ガーリェ神を倒すための作戦会議。色々考えたんだけど、エネと、レンと、史郎さんが持っている情報全部詰めないと、この世界を救えないと思って皆を集めることにしたの。」

「したの。って・・・あのねぇ、基本的に妖魔は神界の事柄には干渉しないものなんだけど?」

「本当に。只でさえ未だに家族ごっこしてる事に対して上が五月蠅いのに、今度はレンお尋ね者と仲良しごっことか、笑えないんだけど。」

「私にもやる事があるのだがな・・・」

「でも、皆集まってくれるんだから優しいよね。うん。私愛されてるなぁ・・・ってことで、始めるね。」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


 口々に不満を漏らす3人を無理やり押し黙らせて話を始める。


 怪訝な顔をしながらも、誰も席を立たないで、それどころか部屋を結界やら何やらで、厳重に包み込んでくれているのだ。

 この人たちには、感謝してもしたりない。


 いつかその恩は必ず返すと心に誓って、その機会を作るためにも、今は存分に甘えようと瑠衣は前進した。


「それでね、根本的な所を整理するけど、倒すべきはガーリェ様でいいのかな?」

「そうね。私は、そう認識しているけれど。実際どうなの? ガーリェ神におかしな所ってあるの? えっと・・・でいい?」

「あぁ。・・・我が主神、ガーリェ様はもう長いこと死神界の辺境に引きこもったまま。おそらくそこで、恨み辛みを特に強く抱いて死んだ人間の魂を喰らっている。少なくとも、第一世界ではそうであった。それ故に、今は極力ガーリエ神の元へ魂を運ばないようにはしているが、連れてこいと命を受けているのは私だけではないからな・・・邪悪にまみれたガーリエ神が露見するのはそう遠くないだろう。そして、止める手段は・・・今はない。」


 ガーリェが喰らっている魂、それを開放するのが翔の役割だった。

 代わりを務める人員は居ない。


「兄様ほど身軽で強い人、中々いないもんね。次点で似たような性能を持つレナルドさんだったんだろうけど、レナルドさんも生きてる今、レンの手元に適任者はやっぱり居ないんだね。」

「なら、レナルドをレンの元へ送る? 明日花とレナルドの関係性は、物語からそう変わっていないし、場所がローランドから倭ノ国に代わるくらい。明日花も最近じゃ他方から命が狙われるくらいには成長したし・・・不可能じゃないわよ。」

「だ、駄目だよ、そんな兄様の身代わりみたいなのはっ! 大体それじゃ明日花様や萌生さんにも危険が及ぶし。」

「あら、嫌なの?」

「嫌に決まってるでしょ!! 何言ってるの。代わりに誰かが死んじゃう案は却下。」


 甘いかもしれないが、できることなら必要以上の犠牲は出したくない。


 だからといって、そう簡単に代案が浮かぶわけもなく沈黙が流れはじめると、「あのさ・・・」と申し訳なさげに史郎口を挟んだ。


「僕だけ話についていけてないんだけど・・・君達はガーリェ神の所で何をしたいわけ?」

「死神の領域にある【神の棺かみのひつぎ】へ行き、人の魂が捕獲されている霊石を壊したいんです。悪神化したガーリェ神の力の源は、その霊石に捕らえられた魂。只でさえ、死神界を統べる程強大な力を持つ死神の王を倒すには、霊石を破壊し魂を解放することが必須なんです。本当なら、その役目を担うのは兄様だったのですが・・・」

「【神の棺】は死神の領域の最奥にある、世界創世から存在した特殊な領域。中は罠だらけの複雑な迷宮になっていて、空間には歪みもあってな。足を踏み入れた途端に、あらゆる力が無効化されしまうため、無闇に入れば神とて亜空間に吸収され消滅する。ガーリェ神はもうかなりの間そこに姿を隠し、誰も近づけさせてはいない。」

「つまり能力に頼らず、純粋に頭と腕だけで中を進んで、ガーリェ神に気づかれないように霊石を壊さなきゃいけないって事ね。なるほど、魂化した翔が担がれる訳がようやく理解出来た。」


 もし、異物として吸収されてしまえば、それはガーリエ神に敵襲知らせるようなもの。

 失敗は許されないからこそ、人選は慎重に行わなければならない。


 とはいえ、翔が攻略するパターンしか知らないから、他の適任者などいくら頭を捻っても出てきやしない。


「私が行けたら良かったけど、無理だよね。・・・兄様と同等に動ける人なんて知らないしなぁ・・・」

「あ、そうよ、その手があるじゃない。」

「え? 私?」

「力の塊みたいなあんたが行ったって、生命維持すらままならないまま溶けるでしょ。そうじゃなくて、いるじゃない。適任者が目の前に。」

「え? あ・・・。」


 エネが目配せした方にみんなの視線が集まる。

 その先で、史郎が何とも言えない顔をしていた。


「・・・同じ事が出来るかと聞かれれば、翔に出来ることが僕に出来きない訳がない。でも、じゃぁやるかっていわれたら、答えは嫌だね。魂だけになっているレンの手駒と違って、僕は神としての実態を持ってる。領域へ気づかれずに侵入することが出来るかどうか分からないし。」

「そんな事言って、ヘマするのが怖いだけなんじゃないの?」

「あのねぇ、僕は真面目に・・・」

神殺しを置いていけばいい。それがなければ、人間同然のお前など、狂ってしまったガーリェ神は気にもとめないだろう。」

「・・・レン?お前言動には気をつけろよ。お前を生かしておいてやる義理はないんだからな?」

「あら、あながち冗談でもないでしょ? あんた、魂は人間同然らしいじゃない?」

「身体置いてレンこいつの手駒同然になれって? 酷い屈辱だ。」

「御託はいいから、 やるの? やらないの? 話が進まないじゃない。」


 しばしの沈黙。


 今一番の最善策に、ここで改めてお願いする事が自分の役割であるとは思うのだけれど、瑠衣は言葉を上手く発せ無かった。


「・・・はぁ。わかったよ、やればいいんでしょ、やるよ。どうせ、遅かれ早かれやるのは僕だろうし。」


 場の雰囲気に諦めた史郎が、大きなため息とともに事を了承してくれた。


「で? 僕がガーリェ神の弱体化を成功させたとして、次は?」

「あ・・・えっと、そうですね。ガーリェ神を倒しに行きたいです。」

「随分とざっくりだね。・・・お前の方の下準備とやらはどれだけ進んでるんだよ? レン。」

「第一世界では、ガーリェ神が弱体化が成功した時点で勝利を確信できるだけの力があったが、今はまだそこまでの力は英霊達に無い。」

「こっちも時期尚早なわけね。」

「あぁ。さらに言えば、第一世界はガーリェ神と争う前に消滅した。故に、確信はあったが実際に勝利を収めたわけではない。ガーリェ神がどのような手に出るかは私には分からない。」

「成程ね。戦力不足は否めないんだ。でも、ガーリェ神を引きずり出すのなら、すぐに叩いたほうがいい。どうする? こちらの戦力の増強を待ってから仕掛ける?」

「それは危険よ? 下手すれば間に合わなくなるわ。」

「うん。史郎さんとレンの心配は尤もだけど、エネの言う通り、それは危険。出来るだけガーリェ神の力が弱い状態で打ち倒さなければ、戦況は悪くなる一方だと思ってる。」

「・・・瑠衣ちゃんには、何か考えがあるんだ?」

「はい。それなんですけど、私が行けば問題解決だと思います。・・・だよね? エネ。」

「・・・・・・・・・。」


 どう言うことだと瑠衣を見つめる史郎とレン。

 反対に、苦湯を飲むような顔で目を背けたエネは、黙り込む。

 その沈黙は、瑠衣にとって何よりの肯定。


 ガーリエ神との戦闘は、途中にガーリェ神が【私怨の焔しえんのほのお】という神具による特殊攻撃を行うことによって、レンとメロディーナ以外キャラクターが戦闘不可になるという負けイベントが挟まる。

 何故メロディーナが無事なのかは一旦おいておいて、その時メロディーナは、【神に抗いし愚か者の詩かみにあらがいしおろかもののうた】という、特殊なスキルを使ってガーリェ神の術を跳ね返し、弱体化させ、更には味方を完全回復させた状態で戦闘が再開するのだ。


「だって私、ガーリエ神の倒し方を知っているんですよ。ゲームでなら何度も倒してますし、負ける気がしません。」

「そんな安易な・・・」

「安易じゃないですよ史郎さん。えっと、レン。さっきの英霊がまだ・・・って話ですけど、一つはガーリエ神の【私怨の焔】対策のことですよね?」

「あぁ。純粋に第一世界以前より能力が低いと言うのもあるが、それは致命的に足りていない部分だ。」

「なら私は、それを防いで好機変えるすべを知っています。そして、メロディーナが習得していない以上、今それができるのは世界で私しかいないです。」

「・・・よく分からないけど、確かに創造の力を持つ瑠衣ちゃんに、出来ない魔法は理論上ない。それを知っているのであれば、その問題はクリアできそうだね。」

「はい。それに私はどの魔法も完成度に自信があります。誰よりも強力な魔法をガーリェ神にお見舞いする事ができると自負しています。ですから、私が術師として上手く立ち回れば、そこにレンと史郎さんが居て下されば、今ガーリエ神打ち倒すのは不可能ではないと思うんです。」

「育ち切ってはいないとはいえ、英霊たちは元々にかなりの手練れ。そこに創造の力と神殺しが加わるならば・・・確かに勝算はある、か。」


 この戦を、一番よく知るレンがそう肯定してくれることに安堵する。

 方向性は間違っていない。

 やってやれない事ではないのなら、やってやろうではないか!


「でも瑠衣? 水を差すようで悪いけど、どうやって神界で動くつもりなの?」

「あ・・・そっか。私が神界へ行くって事は、この間みたいに魂を抜いてもらわないといけないんだもんね。・・・死せる英霊は、レンが創る仮の器を介して具現化させてあげるでしょう? 私もそれじゃ駄目なの?」

「それでも現存させることは可能だが、おそらく発揮できる能力が限られるだろう。それよりも適任なのは・・・ユーメルの身体だ。」

「ユーメル様の身体って・・・御霊が抜けて、力の塊なんですよね? そんな所に入って、私発作起こさないですか?」

「本来ならば、他者の、しかも神の器になど入れはしないが、ユーメルの一部であるお前なら、おそらくユーメルの身体に収まることが可能だ。力を最大限使えた方が、好都合であろう?」

「それは・・・そうですね。」


 最強にはなっていなくとも、相手はラスボス級の神。

 こちらだって、妥協している場合ではない。


 今は借り受けている状態のユーメル神の力を、最大限に使う事は戦う上での必須条件とも思えた。


「あのさ、魂と器の関係は複雑だから、やってみなければ分からないと思うんだ。その結果、適合性があるのならユーメルの身体使うのは構わないと思う。でも、レンが瑠衣ちゃん狩るのはどうにかならないの? そもそも魂と器は、そう何度も離れるものじゃないでしょ? 普通は一度でも乖離したら元には戻らない。今まで戻ってきているのは、単に運が良かっただけだ。」

「同感だ。いつまでこの幸運が続くかは分からない。私の鎌が、うっかり全ての魂を刈り取ってしまえば、その瞬間に器はその役割を終える。」


 史郎の心配に、レンも「出来れば鎌は入れたくないのだ」と、後ろ向きの発言をする。


「え、じゃぁどうすれば!?」

「瑠衣ちゃん自身が、自分で人間を使いこなせるようになるのが一番良い。僕らが神界と人間界を行き来しているようにね。」

「あぁ。しかし、我々は神である存在を人間界に害のないよう器ごと変化させているが、お前にそれは無理だろう。なれば、人間が【今際の庭園いまわのていえん】を訪れる際に自ら器を置いて来る所業。その術を身につければ、そこから私がユーメルの元へと導くことはできる。」


 史郎の横で、レンが説明をしてくれた。

 だけど理解しきれない瑠衣に、エネが答えを出してくれる。


「イメージ的には、幽体離脱出来るようになればいいって事じゃない?」

「・・・あ、成る程。」


 それが正しいのかは分からないが、とても分かりやすい例え。

 そして、それなら少し自信があった。

 この世界のとある場所には、仮死薬があり、ゲーム中それを使って【今際の庭園いまわのていえん】に頻繁に訪れたキャラがいたのである。


「分かった。私、自分でどうにかしてみます。なので、上手く言ったらユーメル神の身体に入るの、練習させてください。」


 仮死薬の事を史郎に知られると、ちょっと面倒な事になりそうなので、ここは自分で頑張る態で話を進めておいた。


 後で、エネに話して取りに行くなり作るなりしてみよう。


「了解した。しかし、器の方はどうする? 今の状況で、器だけを無防備に置いていくわけにもいくまい。器が壊されれば、魂は戻れず・・・死ぬ事になる。」

「それは、翔に守ってもらえばいいよ。」

「え!? 兄様にですか?」

「何? 嫌なの?」

「嫌っていうか・・・兄様に色々説明しなくちゃいけないじゃないですか・・・。私が神界に行くなんて言ったら・・・」

「説明も何も、翔は知ってるよ。瑠衣ちゃんが神の子だって事も、いつか神界に戻るかもしれないって事もね。瑠衣ちゃんと翔が会った時の翔、もう7歳とかだったし。」

「あ・・・う。」

「だから、問題ないよ。どうせあいつは神界に行けないんだ。瑠衣ちゃんがらみなのに仕事くれてやらないと、拗ねて煩いだろうからね。丁度いい。」

「そ、そうですね。では、そういう事で。」


 粗方の方向性が決まり、今日の会議は終了した。

 やはり、こうして集まるのは危険が高いとのことで、ガーリェ神の元へ突撃するまでは、各々が連絡を取り合いながら準備を進めていく事となった。




 ***




『・・・そっか、そうだよね。兄様が知らない訳ないんだもんね・・・』


 レンと史郎が去ったエネの家のキッチンに立って、お茶を淹れながら瑠衣は一人考え込む。


 翔が瑠衣の面倒を見ることになったきっかけは、両親を亡き者にした島の人間に復讐するだけの力を得る事との交換条件が、瑠衣の面倒を見る事だったかららしい。


 瑠衣を預かってすぐ、史郎は人間界へと降りてユーメルが加護を与えたという人間の元へ降り立った。

 ユーメルの残した希望を、その目で見て見たかったらしい。

 話に聞いた通り、死にかけのほんの子どもは、それでも復讐に燃えて生きようとしていた。

 正直そんな物騒な子どもの何処が希望なのだと呆れはしたが、だからそんな翔を利用してやったのだと、史郎が話してくれた。


 どの道人間の育て方など分からない上に、神界との行き来も頻繁にあった史郎一人では、到底瑠衣を見てはいられなかったからだ。



 何も知らなかったのは自分だけ。

 翔ですら知っていたことを、知らされないままに生かされて来たことに、胸が苦しくなる。


 翔の復讐は、とっくの昔に終えている。

 それでも瑠衣が生きる限り、面倒をみなくてはならないのだろうか。


『だとしたら私は・・・兄様にとっては枷なのかもしれない・・・』


 大切にしてもらって来たその思いは嘘じゃないと思うのに、

 翔にとってはそれすらも「義務」だったのかもしれない。


 そう思えてしまう不安を、瑠衣は消せないでいた。

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