第101話 呆れるくらい大切な場所
セイレーンに閉じこめられていた沢山の魂が、天へと登っていく。
直近で沈められていた船が次々に浮上し、魔物に変えられていた者たちは人間に戻った。
まだ混乱している人間もいるが、彼らの為に船上ではミント昆布が煮出されている。
強い香りだけで目覚めている人間もいるから、飲めばきっと、皆の頭もさえ渡ることだろう。
各船には医術に長ける人間が居て、彼らの方が船員達との絆も強い。
ならば必要以上に手を出す必要はないと、最低限の介入を終えた史郎は甲板から海を眺めている翔の元へと近づいた。
翔の視線の先には、何故か未だに海から上がらずに海を漂う瑠衣の姿がある。
元々瑠衣は泳ぎが得意ではあるが、よくもまぁ、ひらひらふわふわの服で漂っていられるものだと感心する。
「ところでお前、何でセイレーンの使役が解けたんだ?」
海を漂う野生のフワリに紛れて泳いでいる瑠衣を、ずっと目で追っている翔に話しかけると、面倒くさそうに眉間にシワをよせて翔がこちらをちらりと見てくる。
「あの茶番の時すでに、解けてただろ? 先回りして敵片付けたくせに、知らないふりしちゃってさ。」
「・・・瑠衣が俺を真っ直ぐ見たからな。」
うっとりと表情を崩した翔に、興味本位で聞いた事を一瞬で後悔した。
「瑠衣の視線は、いつだって俺を正気に戻す。真っ直ぐ芯のある綺麗なあの目は、真理を宿しているからな」
「あそ・・・。」
翔にとって、瑠衣の目は特別らしい。
それはもう、ほんの子どものころから同じ様なことを言っている。
セイレーンの魅了より、瑠衣の魅了の方が、翔にとっては強かったという事なのだろう。
にしても、この面倒な流れはしばらく続くだろう。
それを止められるのは瑠衣だけだ。
『瑠衣ちゃーん! 早く戻ってきて!!』
ひとまず、そう心の中で叫んでおくことにした。
「凄いよな瑠衣は。これだけの人間が手も足もでない問題を一人で全て解決してしまう。あと、何だあの服は、可愛いすぎるだろう・・・瑠衣は、フワリ妖精だったのか・・・?」
「そ、そう。」
「フワリになり切ってマーマンと話す瑠衣は特に可愛さが溢れていたからな・・・マーマンすらも骨抜きにしていた。」
「何それ? 人間が魔物になり切れるものなの?」
「そうか、お前あれを見ていないのか。あんな可愛い瑠衣を見れなかったなんて・・・可哀想な奴だな。」
「・・・・・・はは」
少し前までの翔は、公私をキッチリ分けていた。
だが、最近は瑠衣との行動も増えてきて、公の方にもう瑠衣が度々登場する。
そのせいか、瑠衣への溺愛が抑えられなくなると、いつでもどこでも【瑠衣語り】が勃発するようになった。
仕事はしっかりやってのけるからまだ良いが、正直そんなのは酒の席だけにしてほしいものだ。
とはいえ、瑠衣本人の前ではもちろん、そんなことは絶対に言わない。
冷静で頼りがいのある兄で居たいらしい。
「お前は思春期の子を持つ親なのか!!」と突っ込みたい気持ちでいっぱいだ。
まぁ、似たようなものだけど・・・
『っていうか。フワリ妖精って何?』
史郎が呆れながら、男ばかりの船上で可愛すぎる瑠衣を守る算段を呟く翔の話を聞き流していると、突然、思い出したように翔が睨みを効かせて来た。
「あぁ、そういえばさっき、ケダモノが一匹瑠衣に言い寄っていたな。」
「そうだっけ? 気づかなかったなぁ。見間違いじゃない?」
「んな訳あるか史郎。あれは何のつもりだ? 返答しだいじゃ今すぐにでも・・・」
「いやぁ、僕もびっくりしたよ。なんか受け入れてくれそうだったよね? だからどこで止めて良いか分からなくなっちゃって、それもいいかなぁ、なんて思ったよね。止めてくれてありがと。」
「なっ、キサマ!!」
「案外僕も嫌われてないかも。少なくとも、
「なっ・・・・・・」
瑠衣と翔は実の兄妹で無いが、それを瑠衣が知った事を翔はまだ知らないから、思いのほかダメージが大きかった翔の勢いが弱まった。
「お前ら、何かあっただろ?」
「さぁね、瑠衣ちゃんにでも聞いてみれば?」
含ませてニャリと笑って見せると、翔はどこか悔しそうだった。
「兄様、史郎さん、何話してるんですか? 何か私の名前が聞こえた気がしたんですけど・・・」
いつの間にか海からあがっていた瑠衣が、そこに立って首を傾げている。
服も髪もすっかり乾いているのは、どんな仕組み何だろう・・・?
「あぁ瑠衣、ちょうど良かった。ひとつ聞いて良いか?」
「何ですか?」
「お前と史郎は好き合っているのか?」
本当に、瑠衣に聞いていることに、「ぶっ」と思わず吹き出す。
訳もも分からず瑠衣が「はいっ!??」と訝しい顔で叫んだ。
「そんなわけなっ ・・・あぁ、また史郎さんですか? しつこい男は嫌われますよ。全く・・・私は史郎さんと結婚なんてしません。そんなことしたら、世の女子から送られてくる毒と生き霊によって早死にしそうですもん。優良物件とか言ってましたけど、どう考えても事故物件です。」
「えー、酷いなぁ・・・」
でも、それだけの苦労を掛けているのだから仕方がない。
「あ、それより聞いてください! フワリさんたちから良いものをもらいました。」
瑠衣が手の平ほどの大きさの木箱を開けて見せてくれる。
中身は珊瑚に真珠に
どれも高値で取り引きされる装飾材料だ。
一目ではよく分からない石も大量に入っているが、瑠衣にとってお宝であることは間違いないだろう。
「良かったな。」
「はい! あの場所、元々フワリさん達の住処だったみたいです。けど、セイレーンに主導権握られてしまって困ってたんですって。だから住処を取り戻してくれたお礼ですって。」
「フワリと話せるのか。瑠衣は凄いな。」
「えへへ・・・」
翔に頭を撫でられながら、おずおずと「これ、私がもらっても良いですか?」と、伺いを立てる瑠衣に頷くと、瑠衣は大切そうに小箱をしまった。
「でもさ、変な島だったよね。アンデットに魔法が効かないなんてね。」
「確かにな。下手したら、鬼神島の二の前になっていた。・・・というか、それが今まで船が沈んだ船理由だろうな。経験があるほど、アンデット相手に斬り込もうとはまず思わない。」
「セイレーンは、カイって奴に敵を取ってもらいたかったのかもね。」
カイが倭人だったのかは分からないが、あの刀は良く手入れのされた、質の良い物だった。
カイという人物も、かなりの手練れだった事だろう。
「敵討ちは違うと思いますよ。史郎さん。っていうか、史郎さんがそれ言うんですね。」
「え、僕、変なこと言った?」
「だって、全てはセイレーンがカイさんに殺して貰うためにやってた事じゃないですか。だから、来るのをずっと待ってたんでしょう?」
「あぁ、そういえば元からそのつもりだったと、
「そうですか? 最期はせめて、愛した人に殺してもらいたいってその気持ち、私はちょっと分かる気がしますよ。・・・史郎さん、女心ってそういうものです。」
瑠衣の言葉で、ふと頭の中にユーメルがよぎる。
「レンがいい」そういえばユーメルは、そんな事を言っていた。
思い出すと腹立たしいけれど。
「だから史郎さんが力不足だった事なんてないんですよ。そういうものです。」
なんてこっそりと言葉を続ける瑠衣の頭の中は、ユーメルとレンが仲むつまじく寄り添っているのだろう。
なんて腹立たしいことだ。
気を使ってくれたのは分かるが、それは今じゃない方が良かったかもしれない。
何故なら、若干置いていかれている翔が、動揺で震えているから。
まぁ、史郎からすれば、面白いからいいのだけれど。
「人の心配より、自分の心配をしたほうがいいよ瑠衣ちゃん。絶対に誤解してるから。」
「誤解? 何を?」
「瑠衣・・・?」
首を傾げている瑠衣に対して、平静を装いきれない翔が、頬をピクピクさせながら声をかけた。
「何ですか、兄様?」
「お前、やはり史郎を好いているのか?」
「はぃ!? いや、何でそうなるんですか!?」
「そうでなければ、今のはどう―――」
「他の誰にそう思われて嫌がらせを受けても我慢できますが、兄様にそう言われるのは我慢なりません! そんな事言う兄様は嫌いですっ!! 大体私、好きな人いますから!!!」
「好きな!? いつの間に、おい、それはどこのどいつだ。」
「あ、や。それはその・・・それこそ兄様には関係ないです! でも史郎さんじゃないです。もう、いいでしょ、兄様の・・・分からず屋!!」
勢い余って墓穴を掘ったのは自分なのに、恥ずかしくなった瑠衣は翔に暴言をはいて逃げるように立ち去っていく。
対して、翔は意味が分からないと立ち尽くし、珍しく浴びせられた暴言を真に受けて灰のようになっていた。
こうなれば史郎のやることはたった一つ。
翔にとどめを指す事だけだ。
「お前、本当に瑠衣ちゃんに弱いな。」
「・・・・・・・・・」
「でも、ムキになる瑠衣ちゃんも可愛いよね。」
「・・・・・・・・・キサマ、殺す。」
「えー、とばっちり。」
「いや、元はといえばお前が悪い。全部お前が悪い。だからお前を殺す。」
「そんなことしたら、一生瑠衣ちゃんと仲直りできないと思うけどね。お前の事は「嫌い」らしいけど、僕のことは「どちらかと言えば好き」っていってたし。それにしても、好きな人ってだれだろうね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
可哀想に。
翔は哀愁感を漂わせて、海の向こうを遠く遠く見つめたまま灰になってしまった。
これはしばらく使い物にならなさそうだ。
それは困るので後でフォローしておこう。
「兄様っ!!」
と思ったら、すぐさま瑠衣が戻ってきて頭を下げた。
「先ほどは言い過ぎました。ごめんなさい。売り言葉に買い言葉というか・・・兄様が嫌いな事は絶対ないです!! だから、ごめんなさい。でも史郎さんが好きとかもないです。絶対の絶対にないですから!!」
前言撤回の早さは一級品。
そして、そこまで否定されると流石にちょっと寂しい。
「いや、妙なことを聞いた俺が悪い。瑠衣が無事ならそれでいいんだ。すまなかった。」
翔も相変わらずの立ち直りの早さで、2人はすぐにいつも通りに雑談を初め、頭を撫で、撫でられて寄り添っている。
その辺の恋人同士よりよっぽど恋人らしく仲睦まじい2人。
なんとも微笑ましい絵だ。
それが今、当たり前に手元にあることを喜ばずにはいられない。
瑠衣の危険性と対峙した時、そこから選べる正解は処分一択だった。
けれどそれを選ばない理由をずっと捜してた。
それは答えが守る一択だったから。
手のかかる2人の成長を見守れるこの小さな居場所が、なんだかんだ好きなのだ。
偽物の家族が大切で仕方がない。
だから、守ろう。
細い糸であったとしても、繋がっている限り、諦めることなく戦い抜く。
『まだ、生きてる。瑠衣ちゃんも、翔も、僕も・・・』
だから、大丈夫。
きっとまだ、やれることはあるはずだ。
十数年眺め続けてきた、飽きること無いその絵を、飽きるまで見続けたいと、そう願いながら、史郎は翔と瑠衣をからかいに戻るのだった。
――――――――――――― 4章完
お読み戴きありがとうございました。
本話で4章、神界編が終わりになります。
何だかんだで登場人物達のお話がひと段落した第4章、いかがだったでしょうか?
面白かった、このキャラ好き! この展開はっ!! などありましたら
★・フォロー・感想・応援コメント等でアクション頂けると凄く励みになります♪
次回5章は、世界救済に向けて、それぞれが動き出す内容となる予定です。
ゲームのラスボスであるガーリェ神を瑠衣は打ち倒す事ができるのでしょうか!?
全てを知って、やるべき事を見定めた瑠衣ちゃんと、それを見守る温かい人々に、是非会いに来てくださいね。
それでは次話でお会しましょう。
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