第99話 セイレーンの歌

 ボス部屋までの道のりは、そう険しくなかった。

 部屋に近づくに連れて、何故か魔物たちの数が減っていったのである。


 これには翔も史郎も、様子がおかしいと警戒していたが、特に何かが起こるわけでも無く・・・

 そうこうしている間に、一行はセイレーンの部屋までたどり着いてしまった。


 部屋の玉座に腰掛けて、一行を一瞥したセイレーンはとても美しい姿をしている。


 直にでも襲いかかって来るのかと身構えるも、セイレーンは呆けたようにその口を開いた。


「カイ・・・様・・・?」


 ――― あぁ、ルーナ。遅くなってすまなかった ―――


 セイレーンの呼びかけに、翔が手にしていた刀が反応する。


「本当です。待ちすぎて待ちすぎて私はこんな・・・悍ましい化け物に・・・。」


 ――― すまなかった。だが、それも今日で終わり。 共にいこう、ルーナ ―――


「出来ません・・・。私は、今もあなたを奪った奴らが憎くて憎くて仕方がない。もう私は、あなたが愛してくれた私ではありません。あぁ、カイ様、どうして私を残して逝ってしまったのですか? 私はあなたが憎くて仕方がない。 全てが憎い。憎くて・・・誰も・・・ダレモシアワセニナンテサセナイ !!!」


 部屋の中の空気が変わる。

 美しい容姿だったセイレーンが、途端に悍ましい化け物へと姿を変えた。


「――― キエェェェェェ ―――」


 耳をつんざくような叫び声が部屋中に響き、地面を揺らす。


 揺れが収まると同時に、翔と史郎が頷き合った。


「仕方ない、瑠衣はそれを見張っていろ。」


 カイと呼ばれたルーナの恋人の刀が瑠衣の横に突き立てられる。


「危ないから、頼むから無暗に触るな?」


 心配そうに言って、瑠衣の頭をひと撫で。

 自身の刀を抜いた翔は、セイレーンへと向かっていく。


「えーっと、セイレーンも魔法効かないカンジ?」

「はい・・・でも、物理攻撃はほぼ防がれません。セイレーンは魔法を使いますが、防御魔法は使わないので。」

「その情報、あると便利だね。じゃぁ、魔法をどうにかして近づけば何とかなるかな。瑠衣ちゃんは出来る範囲で援護してくれる? 体調万全じゃないんだし、くれぐれも無理しないように。」

「分かりました。」

「後、翔がセイレーンに魅了されたら、その口に昆布放り込んでね!」


 笑顔でそう言い残し、史郎も翔に続く。


 セイレーンが放つ魔法による、水や重力による攻撃は、そんな2人を容易には近づかせなかった。


「もう、史郎さんは・・・」


 最後の一言に苦笑しながら、瑠衣も万が一を考える。


 設定上では、魅了を解く方法はミント昆布だけであって、状態異常解除魔法では魅了状態は解除できないことになっている。


 セイレーンの歌で魅了状態になる可能性は、女キャラと男キャラで確率が違う。

 なりやすいのはもちろん男キャラで、確かその確率は60%

 男キャラだけでパーティーを組むと、かなりの確率で味方が魅了状態となり、その都度アイテム使用が挟まるため、戦闘は長丁場になることが必須だった。


『でも、戦闘が長引くのは危険だな・・・』


 既に一度、魅了に掛かって、数日間このダンジョンでセイレーンの為に力を尽くしてきた翔と、神界での出来事の後、すぐさまこの場所へ来て、動き回りながら動向を探っていた史郎。

 いくら戦場に慣れしているとはいえ、彼らだって長丁場で万全な体制ではない。

 しかも今日の瑠衣は全くの役立たずで守ってもらう側。

 合流してからの戦闘は、全て翔と史郎の2人に任せてしまった。


 そんな瑠衣が今の出来る事と言えばせいぜい、攻撃力増加魔法パワーアシスト魔法防御力増加魔法スペルアシストをかける事くらいだ。


 どちらも効果は5ターンで、重ね付け無効だったから、実際にはどこまでの効果があるかは知らないけれど、やらないよりはましだろうと、2人に補助魔法をかける。


 離れて戦う翔と史郎が、少し驚いた様子で顔を見合わせていたから、何かしら感じるものがあったのだろう。


 ついでに継続回復魔法ヒーリングドロップもかけておく。

 微々たるものではあるが、戦闘中は恩恵にあやかれるから、かすり傷くらいならすぐに無かったことになるはず。


 後は、セイレーンが歌わない事を祈りながら、ガードウォールで防げる分の攻撃を防ぐくらいしか、出来ることは無い。



 セイレーンの攻撃をかわしつつ、何とか間合いを詰めていく翔と史郎の姿。

 しかし、玉座に鎮座しているセイレーンには未だその刀は届かない。


 そんな中、場を嘲笑うようにセイレーンが攻撃の手を緩めた。

 スッと背筋を伸ばし、美しい立ち姿でまとう気迫は、何かが予兆。


 それは瑠衣が今、最も恐れている、セイレーンの歌だ。


『2人が魅了に掛かりませんように・・・』


 手を合わせて祈る瑠衣の胸元で、何かがシャランと揺れた。


 そういえば、優しいマーマンがくれたアクセサリーをかけたままだった。


 繋がれた何かの鱗は、よく見ると虹色に光り輝いている。


「これ、花火魚の鱗だ!?」


 花火魚の鱗は、火をつけると線香花火の強化版のような火花がパチパチと燃える。

 花火屋さんで見せてもらった時は、その火花よりも音が、小さな鱗からは考えられない程大きくて、少し怖かった。


『これで、セイレーンの歌、邪魔できるかもしれない!!』


 上手くいく保証はないけれど、何もしないで祈っているよりはましだ。


 ――― ルルーラララー ―――


 さっきまでの甲高い、耳障りな鳴き声とは打って変わって美しいセイレーンの歌声が響き渡り始めた。


「急がないと!!」


 動向は気になるけれど、集中して、ファイアランスをイメージする。

 今日の炎の矢は大きくなくていい。

 指先から、それこそ火花でも散らすようなイメージで、必要最低限の火をそこに放つ。


「 ファイアランス 」


 小さな魔法を想像すると、つい声まで小声になってしまう。

 けれど、イメージで大きさを変える事には成功したようだ。


 小さな火矢が指先から飛び出て、うまい具合に鱗に着火する。


 瑠衣はすぐさま、火のついた鱗のアクセサリーを、セイレーン放つ謎の波動に足止めをくらっている翔と史郎の近くに投げつけた。


 ――― ララララールールルルー ―――

 ――― パチッ パチパチ パチパチパチパチ ―――


 セイレーンの歌が最高潮に盛り上がっている中、負けないくらい花火が盛り上がる。


 コンサートの演出間違えた感が否めないが、そう感じるということは妨害としては成功だろう。


 策が功を奏したのか歌い終えたセイレーンは、明らかな怒りを露わにして瑠衣を睨みつけ、瑠衣に向かって攻撃を仕掛けて来るのだった。

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