第98話 セイレーンの悲しい過去

 たどり着いた部屋は、さっきまでいた敵が一匹もいない空間だった。

 だだっ広い部屋の中心に、小さな墓石。

 そこに刀が一本、地面に突き刺さるように立っている異様な光景。


 翔と史郎が2人でかかっても、ピクリともしない刀。


 抜くのは早々に諦められた刀を、瑠衣は黙って観察する。


『ゲームではスルっと回収できたのに・・・現実では必要ないって事なのかな? それともレンじゃないと駄目とか・・・?』


 そんな事を想いながらじっくり観察していると、美しい刀の柄の装飾部に、不自然なカタチの穴を見つけて、ふと瑠衣の中の記憶が蘇った。


 このダンジョン攻略の少し後のイベントで仲間になるキャラの屋敷には「朽ちた手記」というものが存在した。


 攻略上、読む必要はないのだが、数冊あるその手記には、各ダンジョンの裏設定などが書いてあり、セイレーンの海底島についても、その成り立ちが書かれていたのである。


『そうだ、この刀の持ち主はセイレーンの恋人の物だ・・・』


 それが分かって、同時にやるべき事も分かってしまった。


 ゲーム上では割愛された細かい設定。

 それが現実では活きていて、全てが繋がっていくのだと理解できると、作品ファンとしてはやっぱり嬉しくて、不謹慎ながらもワクワクしてしまった。



 その手記の始まりは、セイレーンがまだ、ルーナという一人の女性だった頃に遡る。


 その頃の彼女は、現在のローランドのある場所にあった小国の片隅で静かに暮らすお姫様だった。

 日々の些細な出来事を日記に書くことが唯一の幸せなほど、退屈な彼女の日常。

 それが一変したのは、ある嵐の夜の事。

 眠れぬ夜を過ごしていたルーナは、屋敷の庭に、異国の男が生き倒れているのを発見したのだ。


 瀕死だった男を、使用人が止めるのも聞かずに必死で看護したルーナ。

 そのおかげもあって、男はみるみる回復していく。


「何故、異人である私を助けたのですか?」


 男は問うと、ルーナは顔を赤らめて「一目惚れでしたのよ」と小さく答えたという。


 穏やかに流れる月日の中、男が動けるようになる頃、二人は恋仲になっていた。

 しかし、一国の王であるルーナの両親がそれを許すことはなかった。

 両親との話し合いが上手くいかず、ついにルーナは男と駆け落ちする事を決意する。

 けれど、そううまくは行かなかった。


 2人が用意した船の船員は、全てルーナの父が買収した者達で、男を殺してルーナを国に戻すよう仰せつかっていたのである。


 そして男は、送り込まれた刺客によって殺されてしまう。

 それは無情にも、2人が結ばれようとしていた日の出来事だった。


 船上で挙げる予定だった婚姻の儀式の場に現れない恋人に不安を覚え、そこにいた者を問いつめ全てを知ったルーナは、その深い絶望から海に身を投げたのだが、死にきれずセイレーンという化け物になってしまう。


 そして、乗っていた船員を魔物に変え、船を沈め、そこにセイレーンの島を築きあげた。


 ――― 彼女は今も婚姻の儀式の場で、恋人が来るのを待っているのだ。

 

 手記はそう締めくくられていた。



「・・・史郎さん。あれください。エタニティリング。」

「ん? 何? 僕と結婚」

「しません。っていうかその冗談はもういいですから。」


 余計な一言で翔を怒らせている史郎は放っておいて、受け取ったリングを持ってその刀に触れる。 

 エタニティリングは、柄の装飾部に空いた穴にピタリとはまった。


 ――― あぁ、我が花嫁よ。来てくれたのか ―――


 どこからともなく聞こえた声。

 それはルーナの恋人であり、この刀の持ち主だった者の声だろう。


「ごめんなさい。私はルーナさんではないのです。」


 ――― あぁ、小賢しい。まだ我々の邪魔をするものが・・・なればその首、切り落としてくれる ―――


 ピリッと刀に電気の様なモノがはしり、触れていた手がはじかれた。


「・・・確かに。この船にはあなた方の味方は居なかったんですものね。でも、私はあなたの敵ではありませんよ。私はただ、あなたにその指輪を返したかっただけです。大切なものでしょう? 確か、お母様の形見なんですよね?」


 ――― 何故それを・・・・・・お前は誰だ ―――


「少しだけ事情を知っている、通りすがりの赤の他人です。」


 ――― 望みは何だ ―――


「ルーナさん、儀式の間で今もあなたを待ってるんです。あなたからその指輪を、貰う瞬間を。迎え行ってあげてくれませんか? あなた方の物語を見届けたいんです。」


 ――― 彼女の元に・・・行けるのか・・・ ―――


「はい。一緒に行きましょう。」


 ――― ・・・ ―――


 返事の代わりに、一筋の風が吹いた。

 同時に地に突き刺さる剣を纏う何かが解けた気がして、そっと手で触れてみると、刀は先程までとは打って変わってするりと抜けた。


「瑠衣、止めろっ!!」

「駄目だよ瑠衣ちゃんっ!!」

「え・・・?」


 刀が瑠衣の手に収まったと同時に背後から焦った二人の声が飛んできた。

 それがあまりに鬼気迫っていたので驚いて手を離すと、カランと音をたてて刀が地に落ちる。


「大丈夫か?」

「何ともない? 大丈夫??」


 左右から顔をのぞかれ、状況が飲み込めずにただ頷くと、ホッと息をつく2人。


「あ・・・あの?」

「あー、や、駄目だよ。ああいうよく分からない物を触ったら。」

「そうだ瑠衣。呪いがかかっていたり、毒が塗ってあったり、罠だったら取り返しがつかない。気をつけろ。」


 そう言うわりにはさっきまで、刀が地面に刺さっていた時は、好き勝手触っていても何も言わなかったのに・・・


 別段警戒する様子もなく刀を拾い上げて確認し「案外いい刀だな」などと言っている翔を見るに、焦りの原因はそれに留まらない気がするのだが、教えてくれる気配はなく、2人は話を進める。


「にしても、急に抜けたね。」

「あぁ。一瞬で空気が変わった。」

「っていうか瑠衣ちゃんは何独り言つぶやいてたの?」

「あ・・・声、聞こえませんでした? その刀の持ち主とお話ししてました。エタニティリングこれのおかげで、私をセイレーンと思ったみたい。」

「何も聞こえなかったけど・・・翔は?」

「いや、何も。瑠衣、何を話したか聞かせてもらえるか?」

「あ・・・はい・・・その刀を、セイレーンの元へ届ける約束をしました。」


 どうやら声が聞こえたのは瑠衣だけだったらしい。


『刀を持つことは心配するのに、見えない何かと会話していることは心配しないんだ。普通はそっちのほうが、気が触れたと思われるところなんじゃ・・・?』


 何だかやっぱり腑に落ちないが、瑠衣の話を聞いて、刀についての考察と、セイレーンの元へそれを持って行く危険性について真面目に話し合っている2人に、とりあえず起きた事を説明する事にする。


 セイレーンの事は、まぁ書物で知った事にでもしておこう。

 史郎は察するだろうから、適当に合わせてくれるだろう。


「―――というわけです。それでですね。兄様、史郎さん。私、この島の秘密と攻略法が分かってしまったかもしれません。」

「攻略法? どういう意味だ?」

「セイレーンを倒せばいいんじゃないの?」

「はい。もし今からセイレーンを倒してこの場が解放されても、それは一時的なものであって、セイレーンは再びここに戻ってきて、また船を沈めると思います。」


 翔と史郎は、話し合いを止めて顔を見合わせてから、話を続けるようと瑠衣に頷く。


「書物によれば、セイレーンは死んでも死にきれないほどの絶望から化け物になってしまった人なんだそうです。だから、ただセイレーンを倒したって、根本的な問題は何も解決しません。むしろ彼女の絶望が増すだけです。セイレーンを倒す方法は、彼女の願いを叶えてあげる事なんですよ。今もなお絶望の淵にいる彼女の魂を救ってあげることだけが、この場所を正常化する方法です。」

「そのために、これをセイレーンに届けるのか?」

「はい。そもそも、セイレーンはずっとその方を捜しているんです。2人を引き合わせないという強い執念が、刺客彼らにもあったから・・・会えなかったんだと思います。正直、上手く行くかはわかりません。2人が引き裂かれてしまってから、時間がかかりすぎてしまっていますから。でも、それらを引き合わせないことには、何も始まりまらないと思うんです。」


 『愛した人と添い遂げたい。そのためならば国も親も命だって投げ出したって構わない。』


 そんな想いで、船に乗ったルーナは、船にいる刺客にだって気がついていた。

 それでも、結ばれるその一瞬だけを夢見て海に出た。


 化け物と死者になってしまった彼らを引き合わせたとして、納得してもらえるかは分からない。

 怒りを買う結果になってしまうかもしれない。

 けれど、彼女の願いは叶える方法は、もうそれしかない。


「・・・分かった。それで瑠衣の気が済むのなら協力しよう。どうせセイレーンの所へ行くわけだしな。刀一本道連れにすることなど造作もない。史郎お前もそれでいいな?」

「いいんじゃない? それで済んだら幸運だし、駄目なら倒せば良いだけの話でしょ。一時的だとしたって、こんな場所にずっといる義理ないし。それを見つけたのは瑠衣ちゃんなんだから、好きにすればいい。けど、管理は僕か翔がするよ? 慣れない場所で、持ち慣れない物を持って、何かあったら困るからね。」

「そうだな。ひとまずこれは、俺が預かろう。いいな?」

「はい。お願いします。」


 別に刀を持ちたいとは思わないけれど、こうまで頑なに取り上げられると、なんだか怪しい。


『まだまだ、瑠衣の事、知らされてない事が沢山ありそうだなぁ・・・』


「では、行くぞ」と、先を歩き出した翔と史郎の背中を、何となく疑いの眼差しで見てしまう瑠衣なのであった。

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