第97話 セイレーンの使役を解く方法

 史郎と合流して、ダンジョン内を巡る瑠衣。

 エネの作ってくれたマップと、ダンジョン内を調査していた史郎の助言があれば、迷うことなく進む事ができた。

 ちなみに瑠衣は、魔除けの効かない階層に入ったので、フワリの衣装のフードを被るのは止めた。


 目当てであるミント昆布の自生地にも難なくたどり着き、手に取った昆布をカプリと一口。

 すぐさまそれを後悔した。


「うわぁ・・・噛めば噛むほど昆布のうまみ成分と、ミントの爽やかさが主張しあって、喧嘩してる・・・お陰で物凄く不味いです。うえー・・・でも、あの薬よりはまし・・・まし?・・・うぅ」

「ミント昆布かぁ。それって確か煮出した汁を飲むんだよ。」

「え!? そういうのは先に言ってくださいよ・・・煮汁にしたらこの味マシになるんですか?」

「さぁ? どちらにしても、目を覚まさせるものだから美味しくないんじゃない?」

「うぅ・・・っていうか私、ミント味が大嫌いでした・・・」

「瑠衣ちゃん子ども舌だもんね。ミントって確かハッカでしょ? 瑠衣ちゃん、小さい頃に一度咳止めにハッカ入りの薬湯飲んで、泣いて吐いてたよ。それで翔が毒草と勘違いして大騒ぎして・・・ま、あいつはいつでも騒いでるけどね。そんなわけで僕は軟膏にしか使ってないかな。はい、飴なめる?」

「ごほうび飴! ありがとうございます。」


 別に何も頑張ってはいないけれど、口の中の不快感が消えるならそれで良い。

『こういう時にも使えるのか』と関心しながら差し出された飴を口の中へ入れると、すっと不快な味が消えていく。 


「これを煮出さないといけないって言いましたよね? そういった課程は知らなかったので、用意がありません。どうしましょう。」

「ま、さっきの様子じゃ、そのまま口に放り込んでも目は覚めそうだったけどね。」

「それは、最終手段にしましょう。そもそもこの昆布、ゴムみたいに弾力あって、かなり噛みしめないと味ないですし・・・兄様、タコ嫌いだから、きっと口に入れた瞬間反射で吐き出しますよ。」

「あはは。んーじゃぁ、煮出す方法でも考え・・・」


 と、そこで急に史郎が言葉を切った。


 どこかに意識を集中しているような、声を出してはいけないような空気が流れてから一瞬。

「翔の目を覚まさせたいだけなら、別に昆布いらないかも」と、史郎が軽く口角を上げた。


「昆布なしで、セイレーンの使役を解けるんですか?」

「もしかしたらね。やってみる?」


 あきらかに何かを企んでいる顔だけど、ここは信じてコクンと頷いた。


「そう、じゃぁ―――っ」


 突然、史郎が瑠衣の顔の横にダンッと音を立てて腕を伸ばす。

 すぐ後ろにあった壁に背中を押しつけられるほどに史郎の身体が間近にあって身動きができない。

 これはいわゆる壁ドンというものではないだろうか。

 なんというか、気恥ずかしい。

 そして、近い。


「え、あの?」

「いやぁ、ずっと考えていたんだよね。この先どうするのが一番いいのかなって。それで思ったんだけど、瑠衣ちゃんが僕のお嫁さんになるってのはどうかな?」

「へ? あの、それはどういう・・・」

「言葉通りだけど?」

「今は冗談をいっている場合ではないですよ史郎さん。」

「やだなぁ。大真面目だよ。確かに僕は遊び人だから、信用できないかもしれないけど・・・じゃぁ、瑠衣ちゃんの為に皆とはすぐにでも縁切りするよ。」

「そういう問題では・・・」

「僕はさ、力もお金も知識もあるし、約束も守るし、我ながら優良物件だと思うんだよね。本当に家族になっちゃえばいい。そうしたら、一々瑠衣ちゃんを守る理由を探す必要もないでしょ? あ、そうだ。ここに良いものがあるよ。」


 史郎が懐から光り輝くリングを取り出した。

 そういえば、エタニティリングを拾い上げてたっけ。


「これ、ローランドでは婚姻の儀式で使うんだよ。」

「知ってます。エタニティリング・・・永遠誓う指輪ですよね・・・え? 史郎さん、本気なんですか?」

「だからそう言ってるじゃない。はい、手貸して。」


 翔を目覚めさせる策はどこへやら。

 有無を言わさず手をとられる。

 どうやら本気で指輪をはめるつもりのようだ。


「いやいや、それは何か違う気が。というかそれはセイレーンのモノですから!!」

「確かに、拾いものじゃ格好つかないね。この宝石小さいし。じゃぁ、面倒事が片づいたらもっと良いもの買ってあげる。」

「史郎さん、そこじゃなくて・・・」


『誰か状況を説明して!!』


 そんな言葉を叫びたいくらい、意味がわからない状況。

 さらに史郎の奇行は続くようだ。


「じゃぁ」とつぶやいた史郎は、指輪はあきらめた様子で、今度は瑠衣の顎をくいっと持ち上げる。


「今は誓いの口づけで我慢してもらおう。」

「はひ!?」

「っていうかさっき「同盟組めるなら何でもする」っていってたよね? 僕のモノになってくれないなら、同盟止めちゃおうかな。」

「・・・あー・・・それは・・・困ります・・・けど」

「ね?「何でもする」なんて軽々しく言うもんじゃない。まぁ、でも今の僕には追い風。瑠衣ちゃんは、僕の事嫌い?」

「嫌いじゃないです。どちらかと言えば好きですよ。とっても大切です。でも―――っ」

「じゃ、そういうことで。」


 否定する間もなく、身体を引き寄せられて思わず目をつぶった。

 


 ――― カキンッ


『えっと・・・カキン? ・・・口づけの効果音がカキンってことある!?』


 恐る恐る目を開けると、そこにあるのは史郎の背中。


「史郎、キサマいい加減にしろ。殺すぞ。」

「急所一点狙いしといてよく言うよ。っていうか危ないでしょ。瑠衣ちゃんに当たったらどうするの。」

「そんな事にはならん。俺が斬るのはキサマだけだ。」


 至近距離で、史郎と刀を交えているのは翔。

 しかも、さっき連れてたマーマン達はおらず、史郎と普通に会話をしている。


「兄様!? あの・・・私のこと分かります?」

「当たり前だ瑠衣。さっさとその獣から離れ―――」

「兄様っ!!」


 名前を呼ばれて、思わず翔に抱きついた。

 驚きながらも翔はそんな瑠衣をしっかり支えて抱き留めてくれる。

 瑠衣が動いた時、ちゃんと避けて道を開けてくれた史郎が「良かったね、瑠衣ちゃん」と、一歩離れて呟くのが聞こえた。


 良かった。

 本当に良かった。

 翔がそばにいる。

 それだけで、肩に入っていた力が、不思議なくらいにスット抜けていく。

 だから


『やっぱりこの人がいないと駄目だなぁ・・・』


 そう、本能的に知るのだ。


「瑠衣?」

「あ、ごめんなさい。・・・兄様に会えたら安心してしまいました。」

「あぁ、泣くほど怖がる様なことを、史郎このアホにされたわけだ。安心しろ。今すぐ史郎こいつの息の根を止めてやるからな。」

「あ、や、違います違います! 史郎さんは助けてくださっただけですから駄目です!! 駄目ですよ!! 二人で斬り合わないでって約束してるじゃないですか。 史郎さんは、約束守る男らしいですけど・・・もしかして兄様は破る男なんですか!!?」

「・・・っ」


 翔がこっそり舌打ちするのが聞こえた。

 これは本当に、史郎と対峙したなどとは口が裂けても言えない。


「ね、昆布いらなかったでしょ?」

「あはは・・・本当ですね。」

 

 史郎は、瑠衣に危険が及べば翔が正気に戻るとふんで、一芝居うってくれたみたいだ。

 もくろみ通り翔は正気を取り戻した翔は、いったいいつからやりとりを見ていて、どこで正気に戻ったのか。

 聞くのも考えるのも恐ろしかったので疑問ごと頭から消去してしまった。



「で、お前等なんでこんな所にいる?」

「出来の悪い弟子が、セイレーンなんかに捕まっているから喰われる前に助けに来てあげたんだよ。文句ある? ったく、この程度もロクにでいいないなんて、お前もまだまだだな。あ、一応言っておくけど、瑠衣ちゃんは置いてきたんだからね。」

「あ、はい。置いてかれて、エネの家にお泊まりしていたんですけど・・・事情を知って居ても立ってもいられずに来ちゃいました。でも、この服、エネが魔除けのかかった魔物なりきり服を用意してくれたので、魔物さんと交流しながらこの島の探

 索してて、ちょっと楽しかったです。」


 翔と会ったことは秘密にしておこう。

 あんな事が知れたら恥ずかしすぎるから。


「全く無茶なことを・・・だが、来てくれて助かった。礼を言う。」

「いえいえ。実はまだ何も出来てなくて・・・というか、どちらかと言うと足手まといなんですけどね。でも、ここに居る以上は力になれるように頑張ります。」

「瑠衣は偉いな。」


 そう言って、翔は頭を撫でてくれた。

 それが心地良くて身を寄せていると、しばらくしてパンパンと手をたたく音。


「はいはい。感動の再開時間はそろそろお終いね。いつまでもイチャ付いてないで、さっさとセイレーン倒しに行くよ。沈んだ船の乗員助けなきゃ。」

「あ、すみません。つい和んで・・・」

「なんだ、嫉妬か見苦しい。心配しなくても、キサマにだけは瑠衣はやらん。」

「ふわぁっ」


 翔が史郎から守るように肩を抱き寄せてくれる。

 それに深い意味が無くたって、こんな事をされたら「好き」が止まらない。


「ったく、見苦しいのはどっちだよ。ま、冗談が過ぎたのは謝るよ。でも、瑠衣ちゃんがその気なら、僕はいつでもウェルカムだよ。」

「史郎、キサマまだ言うか・・・」


 史郎と翔が何か言い合っているけれど、何か言う度に肩を抱く翔の腕に力が入るせいで、会話が頭に入ってこない。


 高鳴る鼓動を全身で感じながら、赤面した顔をフードで隠して、仲の良い二人のじゃれ合いを懸想に、瑠衣はただ幸せを感じていた。


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