第96話 優しい近所のお兄さん

「史郎さん! ありがとうございます。」


 キャスパー達に襲われかけていたのを助けてくれた史郎にお礼を言う。


「あ、うん。えっと・・・」

「・・・・? あ!」


 言葉に困っている史郎を見て、変装していることを思い出した瑠衣は、急いでフードを脱いで顔を出した。


「急にごめんなさい。私瑠衣です。これはあの、エネが用意してくれてて。別に魔物の格好する趣味があるとかじゃないですからね?」

「うん・・・知ってる。」 

「ここにいるアンデットはアンデットなのに術が効かないんです。それに、この服に施された魔除けも下級魔にしか効果ないって言われてたから、隠れてやり過ごそうと思ったんですけど、なかなか居なくなってくれなくて。史郎さんが倒してくれて助かりました。」

「そっか・・・。」

「・・・?」

「・・・。」


 何だろう、返答がどうも煮え切らない。


「史郎さん、大丈夫ですか?」

「え? 何が?」

「エネが、史郎さんは私を置いてすぐ出て行ったって言ってました。もしかしてあの後、休まずここへ来たんじゃ? 」

「・・・・・・変わらないんだね、キミは。」

「何の話ですか?」

「だって僕はキミを・・・」


 そうか。

 そういえば、史郎に殺されそうになっていたんだった。


「あ、とりあず保留にしてくださってありがとうございます。」

「保留?」

「処分、一時保留にしてくださったんですよね? だってまだ私生きてますし。だから今は、生かされている事に感謝して、早急に私に世界が救えることを証明する。それが恩に報いると信じて突き進もうと思ってます。きっとそんなに猶予はないのでしょうけれど、私の命がある限りは、そこに全力投球していきますからね!!」

「・・・そっか。」

「だから私の事、引き続き監視してください。それでももし、私では駄目だと判断したなら、その時は史郎さんが。」

「そうだね。その時は・・・僕は僕の仕事をするよ。もう二度と、キミに世界は壊させない。」

「はい。」


 知ってしまえば、知らなかった頃に戻る事は出来ない。

 それは、瑠衣も史郎も同じだ。


 今までのように瑠衣に接するつもりは、史郎にはないもかもしれない。


 それは少し寂しいけれど、仕方のない事だとも思う。


 それでも、今までに与えられてきたモノは決して悪意や敵意じゃなかったと自信を持って言えるから、だからこうして史郎に感謝を伝えられる事は素直に嬉しい。


「ところで史郎さん。兄様を助けるに当たって・・・ごらんの通り、ちょっと困ってまして・・・お手伝いをお願いする事は可能なんでしょうか?」


 出来ることなら、今までと同じように見守っていて欲しいと思いながら、自分の甘さを再認識する。


 心のどこかにある、史郎は助けてくれるという期待がぬぐえない。

 だけど、史郎の答えはそれをあっさりと切り捨てた。


「確かに、今の僕はキミの力量を見定める立場であって、助ける立場にはないね。そもそもあの時キミを処分しなかったことで結構反感を買っててさ、あんまり肩入れしていると煩い奴らがまた騒ぎ出しそうだから、もう仲良く家族ごっこはしてられないんだよね。」


 「家族ごっこ」その言葉が胸を抉る。


 当たり前に呼ばれていた名前ももう、呼んでもらえない。

 それがこんなにも苦しい事だとは知らなかった。


「・・・とはいえ、もともとこの仕事は僕の仕事で、それを翔に押しつけたのも僕なんだ。だからもしここで翔が消えて、キミの負のトリガーが外れた場合、その結末の一端を担うことになるじゃない? それはちょっと遠慮したいわけ。だからまぁ・・・条件次第で同盟組むなんてのはどう?」

「同盟・・・条件はなんですか? 私に出来ることであれば何でもします!!」

「「何でも」ねぇ・・・そういう事を、軽々しく言っちゃだめだよ。」

「そんなに難しいことですか?」

「いや、難しくはない。ちょっと教えてほしいことがあるの。キミが知る、世界崩壊と救済の物語を知りたいんだ。実のところ、僕には情報がまるでなくてね、このままじゃ、誰につくかも決められない。だから、今回協力する代わりに情報を頂戴よ。 話次第では、世界救済まで同盟関係を延長してあげてもいい。 あ、その場合だけど、僕の島は一々移動が不便だから、キミの家に居候させてもらうよ。あと、時々でいいから食事も作ってもらえると助かるかな。変わりに、僕はこれでも医者の端くれだから、怪我や病気になった場合は診てあげる。」

「史郎さん・・・。」

 

 その言葉の意味を理解して、泣きそうになる瑠衣に、「どうする?」と問う、史郎の口元が悪戯に緩んでいた。

 断る理由なんて微塵もない。

 だってそれは求めているものだから。だけど、だったら・・・


「それなら我が儘を承知で・・・もう一つお願いが。」

「何?」

「私は捨て子だから、身分がないんです。それで、何かするのには保証人が必要で・・・だから、だからその、私まだ「史郎先生のところの瑠衣ちゃん」で居ていいですか?」

「それは本当に随分な我が儘な願い事だね。翔がいるでしょうに。でも、どうしてもっていうなら・・・・・・仕方ないかぁ。」

「じゃぁ!?」

「これまでの書類も皆僕の名前で使ってるしね。仕方ないから、引き続き保護者してあげる。・・・・・・あれ? じゃぁ何が変わるんだろうね。」


 わざとらしく史郎が言うから、瑠衣もふっと笑ってしまう。


「・・・そうですね。少なくとも今の私は、前より史郎さんが大切です。史郎さんと敵対して、史郎さんの偉大さを知りました。自分で思っていたよりずっと、史郎さんの事も好きだったみたいです。」

「殺されかけててよく言えるよね。僕は瑠衣ちゃんのそういうところが、とても怖いよ。」

「名前・・・」

「子どもの名前はちゃんと呼ばなきゃ駄目だって、昔から翔が煩いんだよ。あ、そうだ。なんなら、お父様って呼んでくれていいんだよ?」

「史郎さんはお父様って感じではないんですよ。なんていうか・・・」


「近所のお兄さんです。」

「近所のお兄さんでしょ?」


 二人同時に言って笑いあう。


「じゃ、さっさと翔を回収しにいこうか。」

「ですね。」


 そうして、歩き出した足取りはさっきよりずっと軽くて驚く。

 史郎が味方であることがこんなにも心強い。


「あ、そうだ史郎さん。史郎さんが私を斬った事、兄様には絶対に言わないでくださいよ? そんな事でお二人が怪我されたら困りますから。」

「あ、黙っててくれるんだ。まぁ、翔が知ったら本気の翔と殺れるんだろうけど・・・誰も得しないしね。身体はどう? エネが送り出したって事は大丈夫なんだろうけど、何かあったらすぐに言うんだよ?」

「・・・じゃぁ言いますけど、あの薬は駄目です。あれは薬を通り越して毒すらも通り越した危険な不味さでしたよ!?」

「じゃぁ、一周回って薬だ。良かった良かった。」

「史郎さん!! もうっ・・・。あの薬は味の改良を望みます。」

「はいはい。だからちゃんと飴も置いていったでしょ。正直僕も、これはないなぁって思ったよ。よくあんな酷いの飲めたね。」

「もぅっ!! 史郎さんの悪魔!!」

「残念、僕は神だよ。」


 いつものように、軽口多めの会話をしながら、史郎と瑠衣は先へと進むのだった。





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