第85話 瑠衣の出自と終焉の砂時計

「―――これが。お前の生まれだ。」


 付け足されるように呟かれたレンの言葉に、瑠衣の身体が少しだけ震えた。


 話の途中から、何となく感づいて、それでもあくまで他人の物語だと言い聞かせて平静を装っていた分、その一言は、瑠衣から逃げ場を失くした。


「お前を託されたシュロは、その足で神界を去った。その後の事は私は知らない。ただ、再開はそう遠くは無かった。その後私がお前を知ったのは、如意宝珠にょいほうじゅにお前が願いをかけた時だった。」

「如意宝珠・・・。」



 ***



 それは、瑠衣が呪いを受けた日の、翔の仕事だった。

 その頃の瑠衣は好奇心旺盛で、我儘で、翔にも史郎にも、たくさん迷惑をかけていたと思う。


「私も兄様と一緒に行きたいです!」

「駄目だ。大人しくここに居ろ。」


 危険だからと、何度もそう言われたのに、どうしてもその日は一人で居たくなくて、瑠衣は翔を追いかけたのだが・・・

 案の定、途中で迷ってしまい、気づくと翔より先に如意宝珠の前まできてしまっていた。


 森の奥深くにある、洞窟の深部で台座に座っていたそれが、何なのかも分からないまま、瑠衣はためらいもなく持ち上げた。


「きれい・・・」


 神々しいその宝石の光が、なんだか懐かしい気がして、気づくと瑠衣は光に包まれていた。


 ――― 我を呼び覚ますとは、異端の子よ。そなたの望みはなんだ?


「望み・・・? うーん、力が欲しいかな!」


 ――― 何故なにゆえか?


「何でってこと? あのね、兄様はいっつもひとりで行っちゃうからつまんない。私にも力があれば、ずっと一緒にいられるでしょ?」


 ――― ふはははは。これはなかなかどうして・・・。その願い叶えてやろう。その代償は・・・


 瑠衣の記憶はそこまでで、代償がなんだったのかも覚えていない。

 次に目が覚めたとき、酷く頭と左目が痛くて、それが呪いを受けたせいだと史郎に告げられた。



 ***



如来宝珠アレが何故、お前に姿を表し、その願いをかなえたのかは分からない。だが、お前の願いは叶えられた。その小さな人間の身体に、ユーメルの力が流れ込んだ。」

「ユーメル神の力? え、何で? それは神様の力・・・だよね?」

「そうだ。あの日・・・お前を見て驚いた。お前の中には、ユーメルによく似た御霊が育っていたのだ。だから、如意宝珠に力を望んだ時、自らと良く似た力を回収しに回ったのだろう。ユーメルが残した身体は、彼女の膨大な神力の塊。お前はその全てと繋がった。だが、その力は人間には重すぎる。ましてや生まれて間もない小さな子どもだ。際限なく湧き出る力に押しつぶされ、お前の命はつきかかっていた。だから、こちらから力をかけるよりほかなかった。」


 いうなれば、瑠衣はユーメルのクローンのような存在となっていて、

 だからユーメルの力を自分の力として使う事が出来る。

 しかも、今のユーメルは意思があるわけではなく、その身体は膨大な力の貯蔵庫。

 瑠衣はそこから、いくらでも力を引き出せるようになってしまったのだ。


 しかも無意識に際限なく。


「あれ? じゃぁ呪いの正体って・・・? この目にあるの、死神の刻印に似てるんだって史郎さんが言ってたのは・・・」

「あぁ。無意識に力を引き出そうとするお前と契約を結び、過剰な力を供給したお前から、強制的に力を引き抜いていた。その都度苦痛をしいただろうが・・・その器は人間のもの、本来神の力などを宿せる代物ではないからな、お前自身を崩壊させないためには有効な手段だった。シュロは、嫌がっていたが、他に方法が無かった。」

「・・・今も私の中にはユーメル神の力があるんですか?」

「ある。そして、お前はそれを使っている。」


 思い当たることは多々あった。


 幾度となく死にそうな目にあっても、奇跡的に生き延びてきた事もそうだけれど、

 魔法の発動に魔石を使わないのも、あらゆる魔法を展開して発動できてしまうのも、それが魔法ではなく、創造の産物だったからだ。


 そしておそらく・・・



「【終焉の砂時計】を巻き戻したのは、私なんですか?」

「あぁ、そうだ。その力があればこそだった。」




 ***




 砂時計が巻き戻る前の世界で、瑠衣を想い死んだ翔の魂に呼ばれたレンは、翔を導き仲間に加えた。


 翔は素晴らしい活躍を見せる英霊で、ユーメルが彼に加護を与えた事は間違いではなかったのだと知った。


 ガーリェ神を討つまでもう少し。

 他の英霊たちの活躍も申し分なく、全ては順調に進んでいた。

 世界は崩壊を進めていたが、もうすぐ夜明けがくるのだと信じて疑わなかった。


 レンは、ユーメルから託された使命を全うすることしか考えていなかった。

 だから、気づかなかったのだ。

 その裏で産まれていた世界の異変に、崩壊の元凶に。


「あなたが、レン?」


 その目に復讐の炎を抱いた少女ソレは、そう言ってレンの前に立ちふさがった。


 現れた少女ソレは、初めに見た希望の光も、後に見た純粋な輝きも全て消え失せた。

 闇そのものだった。


 少女ソレの後ろに人間界が見えた。

 少し見ない間に、見るに耐えないほどに酷く荒んで、死体が積み上げられていた人間界。


「兄様を返して。あなたが連れて行ったんでしょ? 私・・・約束したの。」

「それは出来ない。冥府に送られた魂を呼び戻すことは不可能だ。」

「そう・・・ならもう、全部いらない。なにもかも。こんな世界はいらない!!」


 無理に力を使いすぎて、少女ソレの身体は引きちぎれ、少女ソレの自我はもう無くて。

 少女ソレはただ、破壊だけを求める力の塊となっていた。


 終焉を告げる鐘が鳴り響き、人と神のおぞましい叫びが響く。



「返してよ! 私は兄様と一緒にいなきゃいけないの。そう約束したの! それが幸せって・・・だから、お前だけは許さない。私が殺す。こんな世界壊してやるから!」


 支離滅裂に言葉を並べて襲いかかってきた少女ソレを止める手段はもうなかった。

 たとえ、翔が説得したとしても、少女ソレは聞き入れはしないだろう。


 少女ソレは、破壊を願ってしまった。

 世界の終焉を願ってしまったのだ。


 強大な力を、純粋な暴力に使う少女ソレとの死闘の末、レンは膝をついた。

 少女ソレの持つ、似つかわしくない刀がレンの首元に突き付けられた。


 ――― ユーメル・・・

 もし、この世界の破滅を望む者がいたとしたら、それは私だったのかもしれない。

 何故、私はあの時、少女コレを生み出したのだろう。

 何故、こんなになってしまった少女コレを、それでも愛おしく思ってしまうのだろうか。

 私にはコレが壊せない。

 お前が命をかけて守ろうとした世界を、私は・・・―――



 断末魔の叫びに、大地が震えている。


 砂時計の砂が滝のよう下へと落ちる。


 こぼれ落ちるその砂を止められる者はもう、いない。


 全てを諦めた一瞬、少女ソレの姿がユーメルに重なった。



 ―――・・・否、一人だけいた。



 あらゆることを具現する、創造の力。


 目の前で今、半狂乱で笑いながら私にトドメを刺そうとしている少女ソレ

 世界を破壊している少女ソレが再び希望となった。



「・・・お前が兄を取り戻す方法なら、ある」

「命乞い? どこまでも勝手だね。死んだ人間は生き返らないし、壊したものは二度と戻らない。私の大切な人はもうこの世界からいなくなった!! ・・・今更遅いの。だから全部、全部壊す。全部壊して無くしちゃえばいい。あなただけは許さない。大人しく死―――」

「事実だ。【終焉の砂時計】の砂を巻き戻せばいい。」

「・・・終焉の・・・砂時計?」

「あの砂が全て流れ落ちる前に、世界が終わる前に、砂を戻せ。時を戻せ。そして望め、お前が兄を失わない世界を創造しろ。」


 少女ソレは、しばし砂時計を見つめていた。

 今にも底をつきそうな砂を。


 しばらくして、レンの首に突き付けられていた刀がカランと音を立てて地面に落ちた。


「・・・そうしたら・・・みんな助かるの・・・? 兄様と一緒に居られるの? 私は、兄様と一緒にいなくちゃいけないの・・・約束したの・・・」


 少女ソレは涙を流していた。

 大切なモノを想うあまりに、暴走した力。

 その悲しみは、レンの呪印すらも破壊するほどに強く神の力を求め、自身ごと世界を呪ってしまったけれど、本意ではなかったのも事実なのだろう。

 引き返せない後悔の念見て取れた。


「・・・私に出来る?」

「出来る。それは私が補償しよう。その力の持ち主は、この世界を愛していたのだからな。」

「そんな彼女を、あなたも愛していたんですか?」

「あぁ・・・」


 

 それを聞いて、何を思ったのだろう。

 少女ソレは全ての破壊行動を止めた。


 そして、いとも容易く砂時計の砂を巻き戻した。


 世界が歪み、目の前から少女ソレが消えた。



 気づくとそこは、瑠衣が如意宝珠に接触する直前の世界。

 そして、世界は何事も無かったように動き出す。


 少しの異変に気づいた神もいたけれど、核心的な部分には誰もたどり着かなかった。

 レン以外の誰もあの惨劇は覚えていなかった。

 

『それが、彼女の望み・・・ならばいずれ来るその日まで、この記憶とともに彼女を見守るとしよう。』


 そうしてレンは、2度目の少女瑠衣の物語を見守ることにした。


 瑠衣がユーメルの力に干渉する事は阻止出来なかったが、1度目と2度目では、レンの知る僅かな部分ですら大きく違っていた。


 それが何処へ向かっているのかは未だにわからない。

 その選択が正しいかったのか、間違っていたのかも。


 ただ言える事は、翔が死んだ日あの日を過ぎてもまだ、この世界は終わっていないという事。


 今はまだ、世界は滞りなく動いているという事。


 

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