第84話 予言の神、ユーメルの死

「お前の話をする前に、私の話を少しだけ聞いてほしい。」

「レンの話?」

「あぁ。私と、私に世界を託したユーメルの話だ。それは自ずと、お前の話に繋がっていく。」


 どこか遠くを見つめながら、静かに語り掛けてくるレンに向かい、

 こくん。と、瑠衣が頷くと、その頬がすこし和らいだ気がした。


 予言の神、ユーメル。

 それは、物語の冒頭に出て来て、レンに世界の終焉を唱える神の名前。


 ――― 世界の終焉が近づいています。死神王ガーリエを打ち倒しなさい。 ―――

 ――― 死神レン、あなただけが頼りなのです ―――


 そうして登場した冒頭から物語中盤まで、お助けキャラとして、チュートリアルを案内してくれたユーメル。


 この世界でも、ユーメルがレンに予言を授け、世界の救済を願ったのならば、ユーメルはレンにとって、とても大切な存在なのだろう。



「・・・神は、生まれた時から力と、役割を得ている。私は魂を司る死神、ユーメルは予言神としこの世生まれ落ちた。世界に混沌など無く、穏やかな均衡が保たれた温かい世界。当時はまだ、死神の領域も開かれた場所であり、同時期に産まれた私たちは、多種神ではあったが、それなりに交流があった・・・」


 レンがゆっくりと言葉を紡ぎはじめる。


 それが、どう瑠衣の出自へと繋がるかは分からないが、今はただ、レンの話に耳を傾けようと、瑠衣はレンを遠目で見つめ、あらゆる言葉を飲み込んだ。




 ***




 ユーメルは、その殆どを眠って過ごし、夢の中で未来を見ては、目覚めたとき、その夢を予言として語る神だった。


 珍しい存在ではあったが、神の力の使い方は、神に準ずるものであり、それにとやかく言うモノは居ない。

 自身の存在は、潜在的に分かるもの。

 力さえ発揮していれば、その方法に文句を言う者など居ないのだ。


 そして、次々と的確に未来視する予言の力は、その他大勢を黙らせるのには十分な力だった。


 予言の神として、未来を読み、有事に備える。

 世界の均衡を図るのに、これほど有能な力は無く、多くの神がユーメルの予言を頼った。


 しかし、そんな自身の存在に、ユーメルは異議を示していた。


「ねぇ、レン。私は、予言の神ではないのかもしれないわ。」

「なにを言う。ユーメルは間違いなく予言神ではないか。君の言葉はいつだって真実だった。」


 ある日、何気なく告げられた、ユーメルの疑問に、レンはさほど興味を持たなかった。

 ユーメルが予言の神である事に疑う余地は無かったから。


 しかし、思いのほか、ユーメルの悩みは深刻だったらしい。

 友人や、議会や、同神、あらゆる神々に、同じような事を問いかけていたのを後から知った。

 それでも誰からも相手にされずに、ずっと悩みながら数百年の時を生きていたらしい。


 そしてユーメルは、ある大きな決断をする事になった。


 忘れもしない、ある夏の日の出来事。


「レン。大切な話があるの。」


 そのころ、殆ど目覚めることがなくなってたユーメルが、突然そう言ってレンを庭園へと呼び出した。


「単刀直入に言うわね。あなたの手で、私を【冥府の泉】に送ってほしいの。」


 生命を終えた死せる魂たちが浄化され、生まれ変わりを待ち眠る【生命の泉】その対となる【冥府の泉】は、いわば魂の粛清の場だ。

 人間の魂は、現世から回収された後この泉に落とされ、清らかな魂へと生まれ変わり【生命の泉】にて安らかな眠りにつく。


「何を言うかと思えば・・・私の一存で、予言の神を粛清できるわけないだろう。」


【冥府の泉】は人間の魂を迎え入れる場所。

 しかし、イレギュラーな使い方として、時に神を泉に落とすことがある。

 それはが、神の粛清。


 人間と神は作りが違う。

 その魂は膨大であり、泉の浄化力では力不足。

 それでも、浄化が終わるまで、泉の水は魂を決して逃がさない為、永遠ともいえる時を泉の中で彷徨う事になる。


 一部の悪神を、封印する時などに、使われる手法であり、太古の昔に世界を混沌に貶めた悪神も、今だ【冥府の泉】から逃れられず彷徨っていると言われている。


「それに、頼む相手を間違えている。私は人間の魂を司る神。神殺しはお前の弟、シュロの仕事だろう。」

「シュロちゃんに私は殺せないわよ。あの子は優しい子だもの。それに、レンでないと駄目なの。私は死ぬわけにはいかないから。」


 微笑んだ口元に似合わず、真っ直ぐ貫く強い視線に、ユーメルの本気がレンに伝わる。

 本気で、レンが手を下さなければならない理由があるのだと、レンは深くため息をついた。


「訳を、聞こうか。」

「えぇ。是非。」


 そして、「どこから話そうかしら。」というように小首を傾げながら、まるで世間話でも話すように、ユーメルは世界の終焉を告げるのだった。


「私はやっぱり予言神ではなかったのよ。残念だけど。私が見る夢はね、ただ見ているだけじゃなかったの。大小さまざまな窮地が訪れる度、私は夢の中で選択をせまられてきた・・・。」


 はじめは小さな選択だったらしい。


 「どちらの道を選ぶのか。」のような、予言には全く関係ない選択。

 それが次第に、「どうしたい?」「どうなりたい?」

 ・・・できることが増えていった。


「私の力は、予言ではなく、未来を創造する、「創造の力」だったのよ。」

「創造神・・・?」


 そんなことがあるのだろうか?


 創造神は、その力と自らを使ってこの世界を創造した、すべての始まりの神。


 その席は世界が始まってからずっと不在だ。

 その理由は明らかで、創造神は、己の為に産み落とした世界に溶け込んでいるから。

 お目通り叶う事は生涯ないが、その席に未だ君臨し続けている絶対的な存在。


 それが何故、再び生まれ落ちたというのだろうか。

 神が生まれるのは、世界がそれを必要とした時。


 よもや創造神が2人も必要な事態など、考えられはしなかったが、ユーメルはすでにその答えにたどり着いているようだった。


「たぶん、世界を壊す為なのよ。この世界を作り替えるため。・・・夢を見たの。世界の終焉を。」

「世界の・・・終焉?」

「何度も書き換えようとしたのよ。今まではそれも可能だったから。だけど、これだけはどうしてもできなかった。私は、世界の終焉を望んでしまったのね。もう、どちらの世界にも綻びが出始めている。なのに、誰も相手にしてくれなくて。困っちゃうわ。」

「・・・だから、私に殺せと?」

「ただ殺すだけじゃ、すぐにまた、新しい創造神が生まれてしまうかもしれない。それじゃ意味がないの。だから私を殺さず、生かさず、世界を救う手立てを考えてほしいの。お願い。もうレンにしか、頼める人がいない。」


 その頃すでに、ガーリェ神はおかしくなっていた。

 一部の神達が力を振りかざすようになっていた。

 神を殺す神が生まれていた。

 人間界に戦や天災が増えていた。

 豊かだった大地が荒れ地になっていた。

 世界の均衡が崩れて、砂時計の砂が落ちる速度が、早まっていることを・・・レンは知っていた。


 ユーメルの言葉を聞いたとき、それらすべてが腑に落ちてしまった。


「分かった・・・」


 理由を挙げればいくらでもある。

 けれど、何より、ユーメルの願いをかなえたいと思った。


 きっとユーメルは、レンが手を下さなければ別の方法で命を絶つつもりだと分かっていたから。

 ユーメルは、決めたことは必ずやり遂げる性格なのだ。


『ならばせめて、私がこの手で、その御霊を【冥府の泉】に溶かしてやろう・・・』



 ユーメルの持つ、世界終焉における情報を出来るだけ共有して、

 最期に、2人並んで人間界を覗いた。


 ユーメルは人間界が大好きだったから。


「私ね、さっき初めて人間に加護を与えたの。世界を救ってくれそうな人間に。」

「そいつは、そんなにも強いのか?」

「ううん。まだほんの子ども。それも死にかけでね。両親が命を賭して守って、やっと命を繋いだ子ども。」

「理解できんな。」

「シュロにも同じこと言われちゃった。死にぞこないに加護なんて、無駄な事って。でも・・・未来を見たのよね。死の淵にいながらも生きようともがくあの目に。」


 ユーメルは人間が好きだった。

 短い生を懸命に生き、死してなお生まれ変わり命をつなぐ、弱く愚かで儚い人間を慈しんでいた。


「神は、神でしかない。生まれ落ちた瞬間に私は私でしかありえない。でも人間は違う。失敗し、成長し、不可能を可能にしていく。彼らの成長はいずれ神を超える。これは、予言じゃないけれど。私の希望。」


 ユーメルらしい発想に心が和らいで、レンはらしくない事を口にした。


「・・・なら、その希望の種を我々も撒こうか?」

「え?」


 レンの持つ死神の鎌がユーメルを掠めた。


「この、ユーメルの御霊みたまの一部をつかって、人間を生み落とそう。」


 本来、人間の魂を狩るための鎌。

 神の魂など刈り取ることはもちろん出来ないが、存在しないそれを手に持って見せると「それは素敵ね」とユーメルは微笑んだ。


 神は生まれ変わる事などしない。

 神の器を創れる者などどこにもいないからだ。

 例え禁忌を破り、人間の身体に御霊を宿したとしても、脆弱な人間には神の御霊の大きさを支えることは出来ずに狂乱し、身体を引きちぎられながら、消えていくのが定め。


 人間を生むなど、不可能な気休め。

 それは、ユーメルも分かっていただろう。


 私とユーメルは、【アーダの泥濘】から失敗作の器を一つ盗み出し、その器にユーメルの御霊を静かに納めた。

 何も起こらない予定だったそれが、水を流し込まれる風船の様に少しずつ大きくなっていく。

 ならばせめて、いずれくる破裂の瞬間を見届けようと、見守った。


 しかし、予想は裏切られ、その器は破裂することは無かった。

 それどころか、それは一人の赤子の形となって、小さく、けれどはっきりと産声をあげたのだ。


 神は、神として生まれてくる。

 だから、赤子を育てるなどということは本来ありはしない、その手段すら知らない。

 だが、ユーメルは違った。

 ユーメルのか弱い弟が、生まれ落ちて暫く入っていた神の揺り籠の存在を知っていたのだ。


「あの中は、弱い神でも存在できるの。力と体が滅茶苦茶で、消えそうになっていたシュロちゃんも、あの中にいる間に成長して、外で活動出来るようになったのよ。神の揺り籠の中は、それに最適なんですって。この子を入れてあげましょう? 」


 レンとユーメルは、急いで神の揺り籠に赤子を納めた。

 赤子が今後成長するのか、そもそも人間なのか、神なのか、そんな事はどうでもよかった。


 あの瞬間、レンとユーメルの間では、今にも消えそうな吐息が本当に希望だったのだ。


「ふふふっ。生まれてから眠って、起きて、夢の話をして、また眠りに落ちての繰り返しだったけれど、私今とっても・・・」

「幸せか?」

「そう、それ。幸せだわ。初めて人間に加護を与えて、こんな綺麗な光を見つけられて。器を盗むなんて悪いこともしちゃったけど。器、返さなくて大丈夫かしら?」

「アーダ神に気づかれたら、器を死神に託すのを辞めるだろうな人類存続の危機だ。それは世界の終焉に直結するだろう。」

「あら、それは困るわ。レン、どうにかしておいて頂戴ね。」

「そういうのを人任せという。」

「だって、私はもうすぐ消えちゃうから。それに、あなたが言い出したんじゃないっ。」


 ユーメルは終始穏やかに赤子を見つめていた。


「・・・ねぇ、この子をシュロちゃんに預けてもいい? どうせレンには面倒見きれないでしょ?」

「好きにしたらいい。それは、お前なのだからな。」

「うん。」


 その時は近づいていた。

 神の御霊を【冥府の泉】へと送る。

 それは、そう簡単な事ではない。

 レンは所詮、人間の魂を狩る死神だ。

 だから、ユーメルの願いが果たされないかもしれない事を、ユーメルは理解していただろう。

 だから、彼女は最後に謝罪を残した。


「ごめんねレン、こんな事を頼んで。」

「・・・後悔はないのだな?」

「全く。だって、私はんだから。」

「・・・。」


 返す言葉は見つからなかった。

 だから私は無言のまま鎌を振り下ろした。


 ユーメルの弟、シュロがその場に駆け込んできたのは、その時だった。


「ユーメルっ!! レン、お前ユーメルに何しやがった!?」

「見てわからないのか? 破滅の神など、この世界に必要ない。役不足のお前の代わりに、私が処分しただけだ。」

「レン、てめぇ・・・」


 今にも飛びかかってきそうなシュロを、ユーメルが止めた。


「ふふっ、相変わらず優しいのね。2人とも。でも喧嘩はダメよ?」

「ユーメル! よかった。無事なの? だから言ったんだ。レンなんて信じちゃ駄目だって。」

「ありがとうシュロちゃん。でも、違うのよ。私が頼んだの。それに、私の魂はもう殆どが【冥府の泉】へ溶けだしているわ。どうしてまだ話せるのかはよくわからないけれど・・・でも、よかった。シュロちゃんが来てくれたから、直接託せる。」 


 もう動けないでいユーメルの代わりに、レンは神の揺り籠をシュロに差し出した。


「・・・人間の子ども? でも、微かにユーメルの気配がする・・・この子は・・・何?」

「人間の器に、私の一部を移したの。その子は私の最後の希望であり、破滅の始まりかも知れないわね。だからシュロちゃんにその子を監視してもらいたい。」

「言ってる意味が・・・分からないんだけど・・・?」

「その子が生き延びられるかは分からない。でも、せっかく灯った光なら、少しでも幸せになってほしいと思うの。でも、その子は私だから、世界を滅ぼそうとしてしまうかもしれない。その時は今度こそ、あなたの手でその子を殺しなさい。・・・それが、私からあなたに命じる、最初で最後の仕事だわ、シュロ。」

「ユーメル・・・」 

「そんな顔をしないでシュロ、あなたは立派な神よ。だから己を信じなさい。後は・・・頼むわね・・・」


 それが最期の言葉だった。

 気付けばそこにはユーメルの身体だけが残っていて、その姿は今まで何度も見た、眠っているユーメルなのに、もう二度とその瞳は開かないのだと知るのだった。

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