第83話 器と魂 

「はい、瑠衣。また会ったわね。」

「あなたは一体何者なんです?」


 明るいメロディーナと、怪訝そうなキールが出迎えてくれる。


 この場所は、レンが導いた死者の魂だけが居られる、レンの領域【死者の楽園】だ。


「私、死んじゃったって事ですか?」

「ううん。違うみたい。これは緊急措置だって。難しい話はキールこっちに。」

「・・・全く。こんな事で呼び出される身にもなって下さい。質問は最小限でお願いしますね?」

「え? あ、心がけます。」

「ではまず、人間の輪廻の話からしましょう。」


 不思議な話ではあるけれど、この世界の主軸は人間と人間界なのである。

 夢の無い言い方をしてしまえば、人間界が滞りなく動いているかどうかを、観察し、運営する機関が神界であり、神々はそこで働く従業員みたいなもの。


 だから神は生まれた時にはすでに何かしらの力を持ち、やるべき事も決まっている。

 例えるならば、死神は生まれ落ちた瞬間から死神であり、自分が魂を刈り取るモノである事を理解しているという事である。


 そうした様々な力を持った神々が、この世界を監視し、人間界は平穏無事に動いているというわけだ。


 そういった背景は、おそらくゲームの製作者が人間であることに由来するのだろうけれど、それはいったん置いておいて・・・

 だから、世界には、知らず知らずのうちに築かれた倫理観や決まりごとが存在する。


 その代表格が、輪廻転生りんねてんせい


 この世界では、死んだ人間の魂は、死神と共に天へと上り、役目を終えた身体は大地に還るとされている。

 そして、浄化された魂は、再び大地より身体を借りて産声を上げる。


 これを行っているのが、神界の2つの領域。

 一つは死神が管理する、魂が眠る場所【生命の泉せいめいのいずみ】もう一つは生の神が管理する、器を生み出す場所【アーダの泥沼】。


 【アーダの泥沼】で造られた人間の器に、生命の泉に眠る魂を込めたたものが、人間界へと送り出されて母体に宿り、人間として世に誕生するのである。


 人間は、器と魂によって成り立っている。

 器とは、つまり身体のことだ。


「生身の人間は神界へは来れない事は知っていますよね?」


 確か、そんな事がゲームでも説明されていた。


 人間は肉体と魂を切り離さなければ神界には存在できないし、神はその力をもって人間界へ降り立つことは出来ない。

 それは、世界が均衡を保つためのルールだったはずだ。


「今のあなたは、器から魂を切り離し、神界に居る状態です。しかし、器から切り離された魂は、長時間そのままで居ることは出来ません。魂は、様々なものから干渉されやすく、時間の経過とともに、魂の形は崩壊していく。そうなれば肉体に戻れなくなったり、運良く戻れたとしても記憶を喪ったり人格が崩壊したりしてしまうものです。」

「つまり、魂となって神界へ来たけど、崩壊寸前だったからレンが魂のままでも居られる【死者の楽園】に入れてくれたって事ですか?」

「まぁ。それでいいでしょう。しかし「楽園」とは面白い事を言いますね。僕達は、死神レンの命と彼の作り出す仮の器がなければここから一歩たりとも出ることは出来ない。ここは「牢獄」ですよ。」

「あ、すみません。ゲームではそう名付けられていたものですから。でも。じゃぁさっき私の中に流れて来た記憶は・・・?」

「あなたの魂を刈り取った死神、仕事が雑なんです。おかげで回収忘れた魂が悪霊化していましてね、最近は僕らもその尻拭い手伝いまでさせられている始末です。」

「そ、それは大変ですね。」

「えぇ、とても。・・・あなたの魂も例外ではなく、かなり雑に刈り取られたようですよ。おかげで魂の一部は身体に残ったまま。不完全な魂は、欠けた部分を補おうとして、近しいモノを取り込もうとするんです。それが、死神レンの保有する記憶だったようですね。助けようとして近づいた際に記憶が魂に干渉して、あなたの中に入った様ですよ。」

「はぁ・・・なる程・・・?」


 何となく事情は分かったけれど、理解するほどに次の疑問がわいてくる。


『何で、レンが私の知らない、私と史郎さんの記憶を持ってるのさ・・・?』


 だけど、それを目の前のキールに問いかけたって、無意味だろう。


「私は、レンを呼び出すために新界に連れてこられたんですか・・・?」

「の、ようですね。先ほどあなたが対峙された、神義会、一応はあれが神界の方針を決める場所らしいのですがね、実のところ何の強制力も持ってはいないようですよ。の実力を持った神たちが、己の力を見せつけるために存在する場所・・・ですから、従うのは力の弱い神ばかり。力のある神々は元より彼らに従ってはいません。死神レンもその一人ですよ。」

「まぁ、確かにあの方たちは、あまり怖く無かったです。」


 怖さだけで言うなら、最近出会ったヴァンパイア、ローズの方がずっと怖かったし、あの場にはたくさんの神がいたけれど、「あ、神だ」くらいの感想で、初めてレンに会った時の様な、神々しくて息を飲むような感動は無かった。


「神界の中でも、生命を司る死神の領域は特殊なのよね。不用意に入り込めば、神であっても消滅しかねない場所がいくつもある。議会程度の神じゃ、、怖くて近づけないらしいわよ。だから瑠衣を連れて来たみたいだけど・・・結局無様な結末だったわね。ざまぁみろよ!!」


 ずっと黙っていたメロディーナが、横から嬉しそうにガッツポーズした。

 良く分からないが、かなりスカッとしているみたいだ。


「レンが私を助けてくれるとは思いませんでした。」

「あら、レンはいつだって瑠衣を助けてたわよ?」

「・・・そうなんですよね。」


 その理由が、分からない。


「あなたはそれを、聞きに来たんでしょう?」

「そう・・なんですけど・・・」


 何だか、急に恐ろしくなってきた。

 それを聞いたら、全てが変わってしまう気がして。


 ――― 連れて行けば、瑠衣は瑠衣で居られなくなる ―――


『兄様・・・私が、瑠衣でなくなったら、もう、傍にはいられないのかな?』


 急に沸き上がった不安を他所に、


「では、僕からの説明は以上です。後はあなたの問題でしょう。」


 キールがくるりと背を向けた。

 メロディーナも、ニコリとほほ笑んで、キールに続く。


 一人残されたその場所には、気づけばレンが立っていて、何ともつかない微妙な表情で、瑠衣の事を見つめていた。

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