第82話 神の議会

 綿雲で覆われたような、真っ白な空間。

 そこでは多種多様な容姿をした者達が、難しそうな顔で何かを話し合っていた。


 それが誰かは知らないが、何かは分かる。

 彼らは人ではなく、神。

 という事は、ここは神界なのだろうか?


「・・・? ・・・・・・・。」


 何故こんな場所に居るのかを問いたくても、何故か声が出ない。

 

 仕方がないので、瑠衣はそのまま、話し合っている神々の様子を眺めていた。


『全員、見たことのない神様・・・誰だろう?』


 緑髪のツインテール少女と出会ってからの記憶は一切なく、気づけばざわつく彼らの中心に立たされていた瑠衣。

 しかし、彼らは瑠衣などまるで居ないかのように見向きもせずで、発言すら出来ずにいる瑠衣は、まるで冤罪裁判にかけられる被告人のような気分だった。



「さて、よ。」


 突然、一番偉そうな、威厳のある最年長の神が、顎髭をフサフサと触りながら瑠衣に問いかけた。

 つまり、人間界の異物とは瑠衣のことらしい。


「この場は神議会しんぎかい。罪を暴く神聖な場である。」

「・・・・・・(罪を・・・暴く? 私の? 何の?)」

「自身に問いかけてみよ。」

「・・・・・・(問いかけって・・・まさか前世あの事?)」

「身に覚えがあるようだな。詳しく話してもらおう。手を引いたのは、あの忌々しい死神か?」

「・・・・・・(死神って、レンの事?)」

「やはりか。」


 どうやら、心に浮かんだ言葉は全て筒抜けのよう。

 かといって、こんな状況で心を無にすることもできないし、このままではある意味素直に質問に答えてしまう。


 相手の思惑が分からない以上、これはかなりマズイのではないだろうか。


 なるべく邪念は捨てて、質問には簡潔に、余計なことは考えないようにしようと強く思う。

 まぁ、そんな決意をしたって、心は操作できないのだけれど。


よ、お前が命じられていることは何だ?」

「・・・(私は別に、レンに命じられた事はないですよ・・・?)」

「では、ガーリエは何を考えている?」

「・・・(ガーリエ様にはお会いしたことないですし、よく知りませんね。)」

「人間の分際で我々に抗うか。そもそもお前は何だ?」

「・・・(それは、私の方が知りたいです。)」

「何故異物が生き永らえている? 何故死神なぞと―――。」



「あのさぁ、言っておくけどその人間は本当に何も知らないと思うよ。」


 意図の不明な問いが瑠衣に詰め寄るなか、背後からそれを制止する声が響いた。


 瑠衣を咎めるように見下ろしていた視線が一斉にそちらを向く。

 ある者は驚き、ある者は怪訝そうに、ある者は表情一つ変えずに、そうして振り下ろされた視線の先にいる人物が誰なのか知りたくて、瑠衣も恐る恐る振り返った。


『・・・史郎・・・さん?』


 そこにいたのは、史郎ではなかった。

 トレードマークのピンクゴールドの髪色こそ同じだったが、その髪は腰ほどまで真っ直ぐに伸び、サラサラと輝いていて、数多の女子を虜にしてきた童顔で可愛らしい顔も、鼻筋の通った大人っぽくキレイめな顔立ちに。

 服も、緩く着崩した着物ではなく、漢服を彷彿させる丈長のボリュームある着物を美しく着こなしている。


 明らかに史郎ではないのに、そこに立っているのは、紛れもなく神と呼ばれる存在でなのに、だけど不思議と安心感があった。

 

 のことをとてもよく知っている気がした。

 その姿を、何故か懐かしく思う。

 

 よくわからない感情に揺さぶられた瑠衣を、は一瞥して通り過ぎ、最長老の神の前に立つ。

 細められた青い瞳が冷たく光ると、近くにいたインテリっぽい神が、最長老を守る様にの前に立ちはだかった。


「確かにそう伝えたはずだけど、バルド神は、神のくせに耄碌もうろくした訳?」

「半人間の分際でバルド様になんという口を聞くかシュロ。口を弁えなさい。」

「義理を通さなかったのはあんた等だよね? 僕は今、すこぶる機嫌が悪いんだ。なぁ爺さん。 まともな審議も無しに、誰かさんの采配で魂刈って良くなったんなら、僕がお前の首かっくらっても良いって事だよね? 」

「シュロっ! 貴様まだバルド様を冒涜するつもりか?」

「相変わらずの忠犬ぶりだねフォル。」

「犬はどっちだ? 尻尾を振るしか能がないくせに、下克上のつもりか? お前こそ処分されぬよう立場を弁えたほうがいい。今すぐにだ。さもなくば―――」

「やってみる? 人間界じゃ、飼い犬に手を噛まれて死ぬなんてよくある話だよ。」

「貴様っ!!」


 つまり、最長老の神がバルド神、インテリ系の神がフォル神、そしてピンク髪の神がシュロ神という事だ。


 ゲームにはまるで出てこなかった知らない神たち。 

 喧嘩をするのなら、部外者である瑠衣は、正直お暇したい。


 ただ、誰かと勘違いされているとか、手違いとかだったなら良いのだけれど、史郎が瑠衣を連れていきたかった場所がここだとするのならば、この場に招かれたのはやはり瑠衣なのかもしれない。

 と、思いとどまってしまうのは、シュロの存在が気になり過ぎるから。


「下がりなさい、フォル。シュロもだ。お前に不義理を働いた事は謝ろう。」


 今にも闘争がはじまりそうだったフォルとシュロの間に、バルドの静かだが強く厳格な声が響く。

 それを聞いて、フォルはシュロを睨みつけながら自席へと戻り、シュロもまた背筋を正した。


「実はシュロお前と話した後に新たな報告を受けてな、早急にこの人間をここへ呼ばなければならなくなった。」

「新たな報告? その人間の監視は僕の仕事だと思ったけど?」

「そう急くな。別にお前を疑い、別の監視を付けた訳ではない。これは、歯車の監視者からの報告だ。心して聞け。現在その人間にかかっているのは、【終焉の砂時計しゅうえんのすなどけい】の砂を巻き戻させた罪だ。」

「・・・は?」


 今までの威勢はどこへやら。

 シュロから出たのは間の抜けた声だった。

 それもそのはず、瑠衣も同じ気持ちだ。


 【終焉の砂時計しゅうえんのすなどけい】とは、神界に存在し、この世界の終焉までの時を刻んでいる巨大な砂時計のこと。


 こぼれ落ちる砂の速さは、世界の移り変わりとともに緩急し、それを意のままに操ることは神にすらできない。

 勿論、砂時計を反転させることなど出来る者はおらず、砂時計は常に終焉に向かって砂を落とし続けるのだ。


 そんな砂時計だから、神界でも取り扱いには慎重で、砂時計にアクションを起こすどころか、触れることすら誰にも許されていないものなのである。

 

 ゲームの中では、過去に一度、

 神界にて大きな戦が起き、砂時計の砂が全てこぼれ落ちるところまで来たらしいのだが、凶悪な神を封じた事で砂時計は反転して再び長い時を刻みはじめたという逸話が語られていた。

 それが事実であったとして、砂時計を動かせるのは、事象であり、個の力ではありえない。


『それなのに何故・・・私が砂時計を反転させたって? 冗談。神にだって出来ないのに、一人間の私が何でそんな事出来ると本気で思ってるの? だとしたら、この方たちの頭は大丈夫なの?』


「あはは、それは同感。でも、一人間が【終焉の砂時計しゅうえんのすなどけい】について知っているというのも不思議なことだけどね。ついでに、神界の事情も随分と詳しいみたいだ。」


『あ・・・。』


 そうでした。

 今、心の声はダダ漏れなんでした。

 シュロの嫌みっぽい言葉に、現状を思い出して反省したが既に時遅し。

 疑いの目が再び瑠衣に降り注ぐ。


「儂とて、この人間異物が勝手にやったとは思っておらん。だからこそ、この場へ引きずり出す必要がある。この人間異物はそのために連れてきた。」

「まさかあんた等・・・来るわけないだろ。あいつは―――」

「ならばそれでも構わん。異物が一つ消えるだけだ。さて。この場に居るのであれば、これはお前に仕事だなシュロ。異物を処分しろ。ただし。出る情報は全て絞り出してからな。」

「なっ!?」

「神は殺せても人間は殺せませんか? 難儀ですねぇ半端者は。お可愛そうに、私が代わって差し上げましょうか? シュロ。」

「最初からそのつもりか。・・・おまえらが何でこの子に手を出したのか良くわかった。僕を玩具に出来るのがそんなに楽しい?」

「これは警告じゃよ。少々勝手が過ぎるようじゃったからのう、シュロ。身の程を弁えよ。」

「それはこっちのセリフだよ。いつまでも高みの見物ではいられないと知れよ、じじい共が。」

「おお、怖い怖い。しかし、それは今ではない。さ、やりなさい。」


 全く意味不明な展開を見せられている。

 理解できないし、したくもない。

 こんな痴話喧嘩ならよそでやって欲しいと心から思う。


 けれど、そうはならなかった。

 なぜか巻き込まれて、妙な茶番を見せつけられて、そして殺されようとしているらしい。


「はっきり言って不愉快なんだけど!?」


 声が出た。


 さっきまで全く出なかったのに、はっきりと瑠衣の口から声が出た。


 周りは心底驚いて居るようだったけれど、そんなことに気をやれるほど、瑠衣の心は落ち着いてはいない。

 むしろ、言葉にした分、苛立ちは増幅して押さえることが不可能になっていた。


「あんた達がそんなんだから世界が崩壊するんじゃん。んなこともわかんないの? 巻き戻した覚えもないけどさ、そんな事調べるほど砂時計の監視が強まってるって事は、落ちてる砂の量、まずいんじゃないの? 神界と人間界の力を一つにまとめて行かなくちゃならないって時に、身内イビリとか頭おかしい。世界を救うべく動き出したのが、何で死神一人なのかかって突っ込みは、設定ってことで片づけてたけど違うんだね。結局さ、レンが一人で立ち上がるしかなかったんじゃん。物事の本質も見抜けていない無能な神々の代わりに!! あんた等がどれだけ偉いのか知らないけどさ、所詮、名前すら出てこないモブ神なわけで、ぶっちゃけ、私より要らない存在なわけ。やれる事なんか無いんだからさ、せいぜい邪魔しないように息でも殺しててくれないかな? そうすれば世界は救われる。ユーメル神の信託を受けたレンが、世界救ってくれるから。」


 何を言って良いのか、いけないのかなんて一々考えてもいられない。

 ただ、心の内を吐き出すように、気づけば暴言を並べていた。

 

 沈黙の中、神々たちの冷たい視線が刺さる。

 怒っている、とはきっと違う。

 瞬きと同時に瑠衣の存在を消せる彼らにとったら、こんな怒りなど、虫が鳴いている程度だ。だとすると、「他に言うことは?」 とでもいいたいのだろうか。


 言いたいことは山のようにある。

 いまならあらゆる罵詈雑言を感情のままに神に浴びせられる。

 

 だけど、冷たく光る神々の目の中で、一つだけ驚きながらも心配そうに瑠衣を見る青い瞳が、瑠衣の発言をとどまらせた。


『史郎さん・・・』



 ――― 神界は、ロクな場所じゃないよ。地獄の方がまだましかもしれない。だから、絶対に連れて行かない。

 ――― でも、史郎さんが辛い目にあっているなら、私は傍にいたいです。

 ――― 傍にいられたら、そっちのが心配。だから、瑠衣ちゃんはここに居て。帰る場所があるだけで、僕は十分だから。


 突如として、頭の中に妙な会話が流れ込んでくる。

 そんな会話、一度もしたことはないのに、情景がはっきりと頭に浮かんだ。

 あれは2人で新緑浴をしていたとき・・・?


『違う・・・私史郎さんと出掛けた事なんて・・・何? 気持ち悪い。この記憶は嫌っ!!!』


 身体が記憶を拒んでいた。

 穏やかな記憶とは裏腹に、体の中を抉るように感じる痛みに恐怖を覚える。

 けれど拒絶しようにも、一方的に滝のように流れ込んでくる知らない記憶。

 そんな記憶に押しつぶされるように、自分の存在が揺らいでいく。


 翔が死んだ。

 その報告をしにきた史郎も目の前で息を引き取った。

 世界から色が消えた。音も消えた。


『だから、世界なんて消えて無くなったらいい。この世界は、私から史郎さんも兄様も奪った・・・何も救ってくれなかった。』


「違う違う違う、そんなの知らない。兄様は死んでないもん。史郎さんだっているもん。それは、ゲームの話で・・・」


『イラナイ。こんな世界なら、イラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ・・・』


 頭が痛い。

 胸が苦しい。

 身体中が切り裂かれたように痛い。

 

 これは発作なのだろうか?

 よくわからない。

 そんなことはどうでもいい。

 

 ただ、心が痛い。

 痛くて痛くて息が出来ない。

 身体の奥の奥から、何かが吐き出されそうだった。


 頭を抱えてしゃがみ込むと、その腕に誰かが触れた。

 

 騒然とした中で、誰かが何か言っている気がしたけれど、その声は瑠衣の耳には届かなかった。


『約束・・・した・・・ヤク・・・ソク・・・? イッショ・・・』


 知らない記憶に支配され、身体が、真っ黒な靄に包まれていく・・・。



「――― 死の間際ですら、私を呼び続けたというのに情けない。気をしっかり持て。それはお前ではない ―――」


 身体を包む靄から、脳に直接響くように声がはっきりと聞こえた。

 

 その凛として綺麗な声が、朦朧としていた意識を引き寄せてくれる。


「ここは、惨劇の世界ではない。お前も、お前の兄も、敬愛する者も、皆お前と共にある。だから、余計な記憶に惑わされるな。それは今のお前には必要の無いことだろう。」


 この声は・・・レン。

 よく見れば、周囲にかかる靄は、レンが纏うあの闇。


「議会を前に「無能な神々」とは、なかなかにいい育ちをしたものだな。」

「・・・レンは何を知ってるの? 私は何をしたの? どうして私は・・・?」

「それらを話すには、ここは煩い。場所を変えるとしよう。」


 レンの霧に覆われて見えてはいないが、そこはまだ、議会の中心なのだ。


「では、娘は返してもらうとしよう。私の消滅が望みならば、事の本質を見抜いてみるといい。小娘を使わな得れば私を呼び出す事すらできない、「無能な神々」達に、はたして出来るかは不明だがな。」


 外にいるであろう神々に、そう言い放つレンの声が聞こえる。

 神々たちの混乱とざわめきが、薄っすらと瑠衣の耳にも届いた。


 少しだけ、足元が揺れる。

 包まれた靄で周囲は見えないが、レンがどこかへ移動したのだろう。


 しばらくすると、次第に靄は晴れていき、明るく開けた場所に変わっていく。

 そこはもう、議会といわれた場所ではなく、広い野原のような場所だった。

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