第81話 道なき帰り道

「やられた・・・」


 朝一番で急患で呼ばれて、仕方なく出向いた帰り道、その帰路が封鎖され、史郎は家にたどり着けずにいた。


 封鎖されたといっても、これはある一定の者だけを対象としたものであり、街人たちは何不自由なくその道を往き来している。


 史郎の前にだけ存在する見えない壁は、あまりに特殊なもので、史郎は破る手段を持ち得ていなかった。


「どこまでも僕をコケにしやがって・・・覚えてろよな・・・。」


 なんて、悪態ついていても仕方がない。


 相手の目的は瑠衣だ。

 こうしている間に、きっと瑠衣は連れ去られてしまうだろう。


 奴らにどれほど立派な大義名分があるのかはしらないが、手の内で踊っているばかりではいられない。

 史郎にだってプライドはあるのだ。


 とにかく急いでモニカの店へ駆け込んだ。


「あら、史郎ちゃん。そんなに慌ててどうしたの?」

「お願いモニカ、力を貸して!! あの子が・・・」


 それは叶わない願いだと、言ってる途中で気づいてしまった。

 モニカの首に、見慣れない装飾具がついていからだ。


 モニカの白い首に付けるには、無骨すぎる黄金の大蛇の首飾り。

 史郎を助ける為に力を使えば、首飾りはその首を絞め殺す。

 そういう代物だ。


 相手は何としてでも史郎を瑠衣のもとにたどり着かせないつもりらしい。


「ごめんなさいね。それは出来ないのよ。それをしたら私、二度と歌えなくなっちゃうから。・・・酷いのよ? 私は史郎ちゃんなんか助けないって言ってるのに、念の為だなんて。おかげでしばらくは臨時休業ね。売り上げ分、補填してくれるかしら?」

「あいつらは、人間界の通貨は持ってないんじゃないかな。残念ながら。」

「お店つぶれちゃったらどうしましょ・・・」

「その相談は、後日乗ることにするよ。じゃ、僕は急ぐから。」

「あ、待って史郎ちゃん。」


 店を出ようとして、呼び止められた。


「私は手助けできないけれど、あなたを助けたいって子なら居るわよ。」

「え・・・?」


 モニカが目配せした先を目で追う。

 店の奥にエネが座ってグラスを傾けていた。


「冗談。あたしは別にそんな奴どうでもいいわよ。」

「あらぁ、素直じゃないわねぇ。」

「・・・力、貸してくれるの?」

「返答次第よ。あんた、瑠衣をどうするつもり?」

「悪いけどその質問には、答えられない。その答えは決まってない。」

「そう。じゃぁ質問を変えるわ。瑠衣を狙う奴らとあんたの目的は同じ?」

「同じだったらこんな事になってない。 ・・・と、思いたいけど、分からない。あいつらが何したいのか、何も知らない。教えてもらえない。僕はその程度の存在だ。だからその質問にも、正確には答えられない・・・」

「あんた、本当に下級神以下の扱いなのね。情けなっ。」


 知りたいことが知れなかった事に苛立ちを見せるエネ。


 しかしそんな事を気にしている場合では無いことも理解してくれているようで、「もういいわ」と言いながら大きくため息を吐き出して立ち上がると、史郎を一瞥して店を出て行く。


 ついて来いという事なのだろう。

 静かに見守ってくれていたモニカも無言で頷いていた。


「ありがとう。モニカ。」

「あたしは何もしてないわ。でも気をつけてね。あの狐は怒らせたら恐ろしいわよ。」

「はは、良く知ってる。」


 モニカは何もしていないなんて言うけれど、エネの存在をこの場に匿い、引き合わせてくれたのは間違いなくモニカだ。

 だから、礼の提案だけはしておこう。

 どうせ断られるだろうけれど。


「ねぇモニカ。「信じる者は救われる」って知ってる?」

「何を信じるの?」

「神だよ。信じれば神様が何でもしてくれるだなんて、他人任せな人間らしいでしょ。まぁ、だから・・・僕を信じてくれるなら、その忌々しい首飾り、今すぐ外せるけど、どうする?」

「・・・そうねぇ。終われば外してくれるって話を信じるか、ロクに神力を使えもしない史郎ちゃんにこの首預けるかって言われたら・・・そりゃ、史郎ちゃんを信じるわよ。さ、一思いにやっちゃって。」

「え!? いいの?」

「いいのって、自分で言ったんじゃない。休業中の費用を補填してもらえないなら、自分で稼ぐしかんないじゃない? 飲み屋街の長、がめついから取り立てて厳しいのよ。 あぁ、でも顔を傷つけないでよ? 商売道具なんだから。」


 首飾りは、神具と呼ばれる、神の力によって作られた装飾品。

 ならば史郎が壊すのは簡単だ。

 史郎の持つ特別な刀、普段は守り刀として持っている第三の刀で斬ればいいだけ。

 

 通称【神殺しかみごろし】と呼ばれるこの刀が斬れるのは神、及び神の力で創られた物のみ。

 その刃が人間を傷つけることはない。


 けれど対象が神であるのならば、他意があろうとなかろうと、少しでも身体に触れてしまえば、そこには癒え事のない傷がつく。

 正に神を殺す為だけにある刀だ。


「ほら、早くしないとエネちゃんの気が変わっちゃうわよ?」

「あ、うん。そうだね。じゃぁ、手元がぶれると危ないから、動かないで居て。」


 頷いて、目を瞑ったモニカの喉元へ、音なく抜いた刀の刃先をゆっくりと近づける。


 うたの神、モニカ。

 美しい歌声で他者を魅了する、攻撃的な力を持たない平和的な神。


 争いを好まないモニカは、震えこそしないけれど、お腹のあたりで組んでいた手にきゅっと力が入れて、恐怖を紛らわしている。


「終わったよ。じゃ、行くから。」


 刃先が当たっただけで、首飾りはスッと外れて音もなく消えていく。


 モニカに傷をつけていないことを確認してから、

 解放されたことに気づかず緊張の糸を張り巡らし続けるモニカに一方的に別れを告げると、史郎は足早に店を後にした。




 ***




 相変わらず不機嫌なエネの後を追って、着いたのはエネの家の敷地だった。


 着いたと同時に、エネの身体が人型から、9つの尾をもつ狐の化け物の姿へと変わる。


 宙に向かってきりさくように、力を込めた爪を振り降ろすと、そこにあったらしい見えない何かにピシリと亀裂が入り、粉々に砕け散っていくのが見えた。


「ほら、これで通れるでしょ。この森を、何があってもただ真っ直ぐに走り抜けなさい。そうすればあの家に出られる。ただし、途中で足を止めた瞬間に、迷い込んで一生出られなくなるから、そうなっても恨まないでよ。」


 【人喰いの迷い森ひとくいのまよいもり】そんな言葉が頭をよぎった。


 意思を持って生きるというその森は、森全体が強大な妖力を持った、一つの妖魔。

 真に欲するものを求める者にだけ道を開き、少しでも迷いがあれば森に喰われて二度と光を見ることはないのだという。


「なんで、力を貸してくれる気に?」

「別にあんたの試じゃない。作家の利き腕折った落とし前はつけてもらわないと。やられっぱなしじゃ居られないわ。」

「そう。・・・今度薬を調合してくるよ。その腕、実はまだ治ってないでしょ?」

「あんたの薬なんて恐ろしくて使えないわよ。そんなものいらないから、さっさと行って。」

「そうだね。じゃぁ――」

「・・・・・・瑠衣異物を消すって言ってたのよ。あいつら。」

「!?」


 エネに背を向けた瞬間に、先程までとは打って変わってしおらしいか細い声が耳に届いた。

 振り返ると、その姿はふた周りほど小さい子ぎつねになっていた。


 壁を壊すために、妖力を消耗したせいだろう。


「この世界の問題に、神の決議に、私が手を貸すのはルール違反だって分かってる。けど・・・私は今度こそあの子を黙って見殺しにしたくないのよ。」

「約束は出来ないよ。僕も一応神だから。」

「知ってるわ。頼んでいるわけじゃない。あんたに手を貸したのはあたしの都合。けど、これだけは覚えておいて。あんたがもし、瑠衣を連れて戻らなかったら、あいつらと同じ選択をするのなら、差し違えてでもあんたを殺すから。」

「奴らにとっちゃ願ったりかなったりだね。異物を根こそぎ処分できて。それは・・・嫌だなぁ。奴らの手のひらの上で一生を終えるなんて考えただけで虫唾が走るよ。」

「異物を根こそぎ?」

「それを説明している時間はないから、僕はもう行くよ。エネは部屋に入って休むといい。そんな姿で倒れていたら駆除される。それじゃ・・・瑠衣ちゃんが悲しむから。」

「・・・喧しいやかましいわ。」


 いつもの調子で悪態をつくエネの姿が、子ぎつねであることが少し微笑ましかった。


『案外可愛い所があるんじゃない・・・』


 再びエネに背を向けて、目の前に広がる仄暗い森を見据えて軽く息を吐き出した。


「ありがとね。」


 その言葉を、エネが聞いていたかは分からないが、そんなことはどうでもよくて、ひたすらに前を向いて、真っ直ぐに突き進んだ。


 どれだけ走ったか、分からない。


 突然目の前が開け、見えたの町はずれの瑠衣の家。

 その玄関先には倒れた瑠衣の姿。


 その身体はまるで人形が転がっているかのように血の気が無かかった。


 瑠衣の身体を抱き上げて部屋へ運ぶ。


 まだほのかに温かく、辛うじて息もある。

 敵はまだ、そう遠くへは行っていないだろう。

 

 瑠衣の身体を布団に寝かせて、史郎は直ぐに立ち上がる。

 この感情を何と表現したらいいのだろう。

 適切な言葉を、探す必要すら無いのだけれど。


「くくく・・・怒りも通り過ぎると笑えてくるんだなぁ・・・この子を消すのは僕の仕事なのに。産まれたときからそう決まっているのに。はぁ、返してもらわなくちゃね。」


 誰に言うでもなく、湧き出る怒りを震える拳で握りしめ、史郎はその場を後にした。

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