第86話 世界を壊す存在

 ――― 兄様が死んだ。

 人間界に屍が積み上がって、神々が滅んで、なぜか最後に私とレンだけが立っている。

 私の体はもう、千切れ飛んでいて、その激しい痛みと世界中の阿鼻叫喚の声が耳に響く。


 五月蝿い・・・ウルサイ・・・黙れ・・・黙れっ!! ――― 



 レンの話を聞くほどに、白昼夢を見るように流れ込んでくる記憶。

 妙にリアルな追体験に揺さぶられる感情、こみ上げる吐き気を我慢できず、瑠衣は膝をついた。


 なんて愚かな存在なのだろう。

 なんて醜い存在なのだろう。

 脳裏をよぎるどす黒い不穏な物体から、目を背けてしまいたい。


 「そんなの私には関係ない」と、言えたらどんなに楽だっただろう。

 

 だけどできなかった。

 だってこの世界でも、同じ選択をしたから。


 翔が死ななければ、世界は救えないと知って尚、翔が死なない道を選んだ。

 翔が死ぬくらいなら世界なんてイラナイと、確かにそう思い、翔を救う選択をした。


 それは『瑠衣自分がこの世界を壊す存在』と、そう理解するには十分すぎる選択だった。


 出来るだけ息を整える。

 ザワツいた感情に引っ張られないように意識をしっかりと繋ぎ止める。

 ここでそれを手放したのなら、同じ事を繰り返してしまうかもしれないから。

 

 心に宿る真っ黒いものを押し込めるように、瑠衣は笑って顔を上げた。


「なぁんだ。それなら早く殺してくれたらよかったのに。何も知らないうちに、赤子のうちに、始末してくれたら良かったのに。あ、でもそうしたら、不条理な世界を私が呪ってしまうかもしれないもんね。それで力が暴走する危険性は・・・確かにあるのか。自分が何であるか知った上で、消えて当然って理解した上で、素直に殺されてくれって事だね? 成程、成程ね。うん、分かったよ。・・・いいよ。誰も恨まない。何も呪わない。だから、私を消して。」

「・・・お前はそれでいいのか?」

「いいもなにも、それを望んでいるんでしょ? 私が兄様を助けていい事あった? 世界、救えそう?? 順調だったレンの計画が崩壊して、ガーリエ様の元に縛られ続けている魂を解放出来そうな人がいなくなっちゃって、困ってるんじゃないの?」

「・・・」


 押し黙るという事は、きっとその通りなのだろう。

 当たり前だ、それは翔のステータスを生かした専用イベントなのだから、他に代われるキャラなどいるはずもない。


「VTPはループものではないんだよ? たまたま一度は時を巻き戻す事が上手くいったかもしれないけど、本来の道筋から大きくはずれたことをしてる。多分2度目はないよ。・・・申し訳ないけれど、私はレンが世界を救う未来以外を知らない。その上で、それを阻止するような行動をとってる。

 ここで私が消えて、問題が解決するのかはわからないけど、少なくとも邪魔者は居なくなるわけだし、私の動向を気にしなくてよくなるだけで、だいぶ動きやすくなるんじゃないの?」

「そうだな・・・お前の言うとおりだ。」


 肯定するその一言が、心に響く。

 水面に落ちた一滴の滴のように、波紋を広げて身体中を震えさせた。


 自分は、いったい何を求めてつらつらと言葉を並べていたのだろう。

 否定して欲しかったのだろうか。

 慰めて欲しかったのだろうか。

 哀れんで欲しかったのだろうか。

 

 きっと、どれも違う。

 

 求めていたのはこの八方塞がりの壁をぶち壊す何かだ。

 そして、そんなものは存在しないと、たった今、証明された。


『勝手な都合で造られて・・・勝手な都合で捨てられて・・・勝手な期待を背負わされて・・・応えられなければ処分される・・・。どこに居たっておんなじだ。どんなに頑張ったって、そんなものは誰も求めていなくて、結局私に求められているのは・・・』


 軽く目眩がした。

 心がゆっくりと沈んでいく。

 だけど不思議なことに、どこか安心感に似たものを感じていた。


 ――― だって、私は、それでも兄様を救いたい。生きている限り、兄様を救う選択を止めることはできないから。


「じゃ、決まりね。 レン、私はどうしたらいい―――」


「―――あの、口を挟んで申し訳ないのですが、一言いいですか?」


 揺らぐ自分の気が変わらないうちに、先を急ごうとした瑠衣の言葉を止めたのは、

 突如その場に現れたキールだった。


 ここはレンの作る空間の中、同じ空間に住まう彼らはどこかで今での話を聞いていたのだろう。


 世界の行く末担う彼らは、確かに知るべき事象。

 聞き耳をたてられた事には、今更腹は立たないが、死に急ぐ瑠衣には、その横入りは少々煩わしい。


「それは少々、視野が狭い話なのでは?」


 しかめっ面を浮かべる瑠衣に対して、そう口を開いたキールは明らかに

 「何故自分がこんな事をしなければならないのか」と言いたそうな怪訝な顔をしていたが、それでもいつもの口調で、淡々と話続けるのだった。

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