第78話 ヴァンパイアとの女子会1
「お待たせ瑠衣っ。さ、準備できたから、女子会しましょー!」
無事、瑠衣が夜食にされることも免れ、あてがわれた部屋に腰を下ろし、やっと翔からここが妖魔界であることや、ローズがヴァンパイア族であることなどを説明してもらった頃、部屋のドアを突き破るかの如く突撃してきたローズが言いはなった。
「え・・・本当にやるんですか? お茶会。」
「もちろんっ。」
「瑠衣、構わなくていいからお前はもう休め。」
「あら、いいの? お腹空いてるんじゃない? あるわよ? お茶とお菓子。」
「食えたもんじゃねぇだろ。」
「失礼ね。人間が食べられるものを、ちゃんと持ってこさせたわよ。でも、意地悪言うなら翔にはあげない。 ね? いいでしょ、瑠衣。少しくらいなら、あなたの疑問に答えてあげるわよ?」
「えっと・・・」
「行く必要はない」という翔と「行きましょっ」とローズに挟まれて、2人の顔を交互に見比べる。
正直、座り込んだら疲労がどっと押し寄せてきて、とてもお茶会なんて気分ではないけれど、ローズには聞きたいことがあるのもまた事実。
「少しだけなら?」
「やめておけ瑠衣。」
「ですが、せっかく用意してくださったわけですし・・・紅様は、人間の食べ物など召し上がらないでしょう? 食べ物を粗末にしては罰があたります。勿体ないお化けは怖いんですよ?」
「なんだそれは・・・ったく、瑠衣が行くなら俺も同席するぞ。」
「だーめっ。女子会って意味わかる? 女子しか駄目なの。そんなに暇なら、仕事でもしてなさいよ。」
「断る。」
「そう? 瑠衣の命運は翔が握っているのに?」
「・・・。」
「持ってきた
「仕事は、いつもの通りでいいんだな?」
「ふふふ。私、翔のそういう弁えられる所大好き。えぇ。それで十分よ。」
「分かった。」
渋々、出かける支度を始める翔。
「兄様?」
「心配しなくてもすぐ戻る。が、茶会とやらが終わったなら、俺に構わず休んでくれ。ここにお前を追う輩が来ることはないからな。」
「でも・・・」
「お前は何も悪くない。何も気にしなくていい。気にするくらいなら休んでくれ。そのためにここへ来た。」
「・・・・・・はい。」
そんな風に言われたなら、そう頷くしかない。
「紅、瑠衣を頼む。」
「勿論よ。さ、じゃぁ行きましょ瑠衣っ。」
「え? あ、はい。」
ご機嫌なローズに強引に腕を引かれ、女子会の会場へと移動した。
連れて行かれた中庭には、赤黒い薔薇が咲くバラ園。
その中心に、長く使われていなかったであろう錆色の椅子とテーブルが、半ば植物にツルを巻かれながら佇んでいる。
それだけ見れば、なんだかとても幻想的な雰囲気なのだけれど、テーブルの上に置かれた真新しい茶器と和菓子。
そしてわざわざ椅子に敷いてくれたらしいペタンコの座布団がミスマッチで、上手く感動に浸れなかった。
「全部瑠衣の分よ。あぁ、悪いけどお茶は自分で煎れてくれる?」
「あ、はい。」
言われるままに、その場にあった2つの湯飲みにお茶を注ぐ。
ヴァンパイアは吸血行動を食事とするが、ローズは吸血行動すらしないヴァンパイア。
彼女の食事は、
『お茶は飲むのかな?』
お茶の入った湯飲みを、様子を伺いながらそっとローズの側まで運ぶ。
「飲まないわよ。それは、その辺に置いておいて。」
「あ、はい。」
やはり、心が読まれているらしい。
並んでいるお菓子は、どれも瑠衣の好物ばかりだし、お茶もそれなりに値が張るもの。
歓迎されているというなら、それは素直に嬉しいが、目の前にいる異種族の存在に、どんな感情で向き合えばいいのかまるで分からなかった。
「そんなに萎縮しないで? 瑠衣が何もしないなら、私だって何もしないわ。ただ興味があるからお話したいだけ。」
「でも、さっき兄様に・・・」
「だって、翔が来たら瑠衣が本当のこと教えてくれなくなっちゃうでしょ?
私は別に、どうだっていいの。妖魔界の秩序が守られているなら、
翔の口や態度が悪かろうが、瑠衣が私の名前を知っていようが、いいのよ。
蝶の羽ばたきにも及ばない小さな事よ。気にするだけ無駄だもの。だけど、あなたは私の行く末すらも知っているみたい。それは少しだけ、そよぐ風が強そうね。」
細められた目から、黄金の光がじっとこちらを見つめて来る。
口元は微笑んでいるのに、それが逆に恐怖を煽って体が強ばってしまう。
それを見たローズはとても愉快そうに笑って、すっと立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「ねぇ、教えて。神々はどうやってここまで来るの? 彼らの目的は何? どうしたら、私はその死神を殺せるの?」
「あ・・・っと・・・」
耳元で、憂いを吐き出すように囁かれるその言葉と強ばった体が、言うことを聞かず、言葉が出てこない。
「あら、教えてくれないの? そうよね、世界が壊れたら困るものね。 でも、それならあなたの血に聞いてみようかしら?? ・・・・・・なんてね。それはしないわよ。知っているでしょ? 私は人間の血は飲まないのよ。ふふふ。」
「う・・・えと・・・・その・・・」
「瑠衣?」
『怖い・・・怖い・・・怖い怖い怖い怖いこわ・・・・』
それ以外が考えられなくなって、目に涙が滲む。
体が震えた。
これが、妖魔界の女王。
彼女は何もしていない。
そう、何もしていないのだ。
ただ、喋っているだけ。
けれど、もうその内容すら頭には入ってこない。
あるのは恐怖だけ。ただ、その存在が恐怖だ。
「そのくらいにしときなさい。瑠衣が恐怖のあまり気を失いかけてるじゃない。」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえて、遠くへ行きかけていた意識が戻ってくる。
同時に、動かなくなっていた体が、血が巡ったように感覚を取り戻した。
「エネ!?」
「あんたも、何萎縮してんのよ。こんな時のための修行でしょ。蹴り飛ばすくらいしなさい。」
「エネーっ!!!」
良く知った声に振り返ってその姿を確認した途端、何かがぷつりと途切れ、自分でも驚くくらいに勢いよく立ち上がって泣きながらエネに抱きついた。
「あの後、来た人に変な事されなかった? 怪我してない!? 大丈夫!?」
「そっちの心配なの? あんたは全く、まぁちょっと腕をやられたわ。ったく、作家の利き腕を折るなんていい度胸してるわよね。」
「嘘っ、ごめん。私が責任持って治す!! 腕出して!!」
「落ち着きなさいって。もう治癒はすんでる。それにあんたのせいじゃないわ。あの来客は私に用があって来ただけだから。」
「え?」
「焦らせて悪かったわね。お詫びにお茶とお菓子を用意したから、好きなだけ食べて。しばらくここにいるんでしょ? 必要な物があれば持ってくるわ。あと、履き物も持ってきた。あんた、何も裸足で出て行かなくても良いでしょ。」
「ごめん・・・なんか気が動転してて。履き物履いてないこと、兄様に言われて気づいたの。でも、そっか。私を探してる人たちじゃなかったんだね。・・・なんか、拍子抜け。」
肩にのっていた、実体のない何か重くて暗い影が消えていく。
先程までの恐怖感がすっかりなくなって、なんだかさっぱりとした気分になった。
『ん? 先程までの恐怖・・・?』
「あ、あれ? そういえばローズ様は!?」
直近の恐怖の根元であったローズの姿が、気づけば何処にもない。
「あんたが私に突っ込んでくる途中に、ぶっ飛ばしたせいで、今コウモリの姿になってそこにいるわ。」
エネの視線を追うと、確かに1匹のコウモリが上空をふらついていた。
「わっ、ローズ様!! 申し訳ありません。」
「自業自得よ。放っておきなさい。それより、お茶にしましょ。」
「あ、お茶冷めちゃったかな?」
テーブルに戻って湯飲みを触る。
熱湯で注がれたお茶は、まだうっすらと湯気をのぼらせていた。
広げられた和菓子から、餡のぎっしりつまったどら焼きを取って席に着き、お茶と一緒に一口。
苦みの強いお茶と、優しい甘みのどら焼きが合わないわけがなかった。
「美味しいっ。これ全部、エネ用意してくれたんだよね? 私の好きなものばっかり、ありがとう。」
「いや、あんたの好き嫌い知らないし。適当よ。ってか、あんた苦手な食べ物なんてあるの?」
「・・・無いかなぁ。あ、でもね、嫌いっていうか、お酒はダメなの。小さいときに家にあったお酒を一口舐めて、大変なことになったんだって。だから、成人してないけどすでに禁止されてる。」
「あら、じゃぁ飲み会出来ないじゃない。残念ね。」
「うん。「一滴たりとも口にしたら駄目!!」って感じだからさ。珍しい料理とかは、私が口にする前に兄様が全部確認してくれるんだよね。町で一人で行っていいお店とか食べていい料理とかも決まってたりして。」
「相変わらず過保護すぎて面倒くさいわね。」
「あはは。でも、兄様も史郎さんも、これに関しては怖いくらい厳しいから逆らう気も起きない。」
「そこまで徹底されてるって、飲んだらどうなるわけ?」
「それが教えてもらえないの。その話はうちでは禁止。そうだ! 今度エネから2人に聞いてみてよ。」
「そうね。機会があったら聞いてみようかしら。」
「わぁ! 分かったら私にも教えてねっ。」
優しい甘さの和菓子と、美味しいお茶と、気の置けない友人との他愛ない雑談。
一息ついて、すっかり和んでいた瑠衣は、再び忘れていたことを思い出す。
「待って、私たち2人でこんなにのんびりしていていいんだっけ?」
「何か問題なわけ?」
ケロッとしているエネの背後から、人型に戻ったローズが怪訝そうに口をとがらせる。
「問題でしょ! せっかく数百年ぶりにお茶会を開いたのに、2人とも私抜きで楽しそう。私もいれてよ!!」
「すみませんローズ様・・・あ、紅様。」
「あぁ、いいわよ。今はローズで。っていうか、オタマも」
「無粋なことしたあんたが悪いんでしょ。招いた客脅してどうすんのよ。後、今の私はエネ。」
「あんなの、軽い挨拶じゃない?」
「人間相手にする挨拶じゃない。」
「でも人間が私に持っているイメージはあれなんでしょう? 瑠衣ってばずっと期待はずれみたいな顔してたから期待に答えないとと思って。」
「確かに、ローズ様がフレンドリーなのは気になってましたけど・・・」
「あら、私はいつもこんな感じよ?」
「そうね。どちらかというと、談笑の途中に「気にくわないわ」とか言って首を跳ねるタイプ。それでどれだけの種族が滅んだか。」
「怖っ・・・」
その強さは納得だ。
しかし、孤高の女王のイメージには程遠い。
「私の事を、妖魔界の秩序を守ってるなんて持ち上げる奴もいるけど・・・腹立つ奴らを片っ端から消してたら、みんな私を怖がって誰も相手してくれなくなっちゃっただけなのよね。」
「気づいたら、女王になってたって事ですか?」
「そ。私だって、神が突然侵略してきたなら流石に焦ると思うわよ? 大切な私の心臓を無粋な輩に渡せといわれたら、少しは怒るかも。でも、普段から牙を剥いてたって、疲れるだけじゃない。」
つまり、ローズくらいになると、わざわざ威厳を吹かす必要も、強さをひけらかす必要も無いというわけだ。
「力があるからこその余裕・・・なんか、格好いいですね!!」
「そう? でも、瑠衣も同じようなものでしょ?」
「いえいえ、私はもう、思ったことが全て顔に・・・ポーカーフェイスの作り方を研究中です。」
「あんた、そんな事してるの? 瑠衣は大丈夫よ。感情豊かに振りまいて、親近感を感じさせておいて、本当のところはすごく冷静に物事を見てる。本当に隠したい部分は、絶対に人には晒さないタイプでしょ?」
「あの、エネさん? それってすっごく腹黒くて感じ悪い人なんですけど・・・私の事そんな風に見てたんですか?」
「あら、悪い事じゃないでしょ。賢い生き方だと思うわ。」
「確かに。萎縮して泣いてたと思ったら、私の事吹っ飛ばすし・・・。中々いないわよ、私の事をコウモリに変えられる子。今度瑠衣を相手にするときは、もう少し本気を出さないと駄目かもしれないわね。」
「勘弁してください。私なんて、兄様とエネに守られてやっとここにいるんですから。」
「あら、ご謙遜を。でもまぁ、そういう事にしておきましょう。」
エネの登場と共に心落ち着いた瑠衣は、しばし彼女たちとの談笑を楽しんだ。
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