第74話 瑠衣の休日

 今日の瑠衣は、明日花と萌生と共に、甘味処、菓宝堂かほうどうへとやって来ている。

 お目当ては勿論パンケーキ。

 しかも、今日は明日花がご馳走してくれるらしい。


「あ、あの・・・本当にいいんですか? ごちそうになってしまって・・・」


 菓宝堂かほうどうへ客として来ていた所を、「瑠衣の友人なら是非ご一緒に!!」と、半ば強引に仲間に入れられた風鈴が、タジタジと明日花の方を見る。


「勿論ですわ。私が無理に誘ったんですもの。好きなだけ召し上がって欲しいですわ。」

「はい・・・ありがとうございます。」


 そう言いながら、どうしていいのか分からないといった様子で、瑠衣の方をチラチラと見て来る風鈴。

 目の前に居るのが領主の娘だなんて知ったら、卒倒してしまうんじゃないだろうか。


 以前は公に顔を出すことが少なく、氷の姫君なんて言われていた明日花も、最近では市場調査に町を練り歩いている。

 その関係で、顔が知れ渡りつつあり、プライベートな時は変装・・・というほどでもないけれど、いつもの上質な着物から、少しラフな庶民が好む着物を身に着け、髪も装飾をつけずにおさげにしている。


『なのに、あの喋り方だから、違和感がぬぐえないんだよなぁ・・・』


 変装した明日花を見るのは、瑠衣も初めてなので、どう接していいのかまだ掴めていない。

 因みに、萌生もいつもの執事服ではなく、着物を身に着けている。


 2人とも、着ている物は庶民的なのに、姿勢が良く、身のこなしも綺麗なので、一々所作が美しいくて、全く身分を隠しきれていないのだが。


「あー、とりあえず、紹介しますね。私が宿泊していた宿、琉球の中居さんの風鈴さんです。で、こちらが・・・・・・・・・」


 そういえば、名前を聞くのを忘れてた。

 変装しているのだから、偽名とかあるのかもしれない。

 困った。


 仕方がないので、萌生に視線で助けを求めると、気づいた萌生が「あぁ!」と頷いた。


「初めまして。私は萌生です。それからこちらが明日・・・いえ、サツキ様です。」


 萌生は萌生のまま、明日花は「さつき」という偽名で通すらしい。

 覚えておこう。


『サツキ・・・? めい・・・さつき・・・あ! 多分、命名したのはエネだ!』


「えっと、初めまして。風鈴です。宜しくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

「よろしくですわっ。」



 無難に挨拶を終え、雑談へと進んでいく。

 初めは緊張していた風鈴も、だんだんと表情を崩してくれたので一安心。

 妙な事に巻き込んだ事は、後日お茶菓子を持参して謝ろう。


「それじゃぁ、瑠衣さんは萌生様のご指導を受けているんですね?」

「そうなんですよ。いつまでも兄様に守ってもらってばかりとも行かないし、自衛手段は身に着けたくて。」

「瑠衣さんの旅ってそんなに危険なんですか?」

「悪い人は何処にでもいますから。野良なら尚更、犯罪に巻き込まれやすいんですよ。彼らにとっては野良子私たちは人というより物ですから。人さらいにあって売られたり、奴隷として働かされたり、偉い人の鬱憤のはけ口にされたり。」

「全く想像できない世界ですわ・・・・・」


 まぁ、そうだろう。

 別に、分かってくれなくていい。

 ただ、そういう、人種が存在している事も、明日花には知っておいて欲しいと思ってしまう。

 それは、友人としての思いなのか、次期領主への期待なのかは、自分でも良く分からないけれど。


「そうならない為に、身なりには気を遣うんですよ。身ぎれいにしていないと、教養がないって思われて、悪い人に目を付けられちゃうので。そこは兄様が本当に厳しくて・・・」

「あ、それなら先生にお聞きしましたわ。翔が身なりを正すことに厳しくしたおかげで、瑠衣は人前ではその髪を絶対に乱さないんだって。(・・・だから、悪い事をしたわね。あの時は)」


 明日花がコソコソと謝ってくれる。


「成程! 私もそれ、ずっと気になっていたんですよ。瑠衣さんって、いつお部屋を訪ねても、髪をしっかり結っていて、本当に、急な雨に濡れて帰ってきた日も、風が強い日も、お風呂上りも、寝起きも、いっつもきちんとされているんで、不思議だったんです。あれ、どうやってるんですか?」

「どうって・・・声を掛けられたら鏡で見て手早く直しているだけですよ?」


 そんな話をしていると、お待ちかねのパンケーキが運ばれてくる。

 相変わらずぺったんこなホットケーキに、苺のソースがかかっている。

 そして、このパンケーキ、ちょっとだけ進化した。

 そう、シロップにハチミツが追加されたのである!!


「これが、なんですわね!!」

「これが・・・」

「すごい、美味しそうです!」


 明日花・萌生・風鈴が、未知との遭遇に、各々声を上げる。

 その反応に、自分が作ったわけでも無いのになんだか嬉しくなってしまう瑠衣。

「食べてみて!」と、得意げに言いながら、瑠衣もパンケーキを頬張った。


「美味しいですわ!」

「美味しいですね!」

「美味しいです!」

「ですよねぇ。ホント、美味しい!」


 感想は、もちろん美味しい一択。

 だって本当に美味しいのだ。

 皆でキャッキャしながらパンケーキを食べていると、周りのお客さんが「それは何だ?」と話しかけて来る。

 そのお客さんは、パンケーキを注文してくれた。


 パンケーキ広報担当を勝手に名乗っている瑠衣としては、売り上げに貢献できることは、とても喜ばしいかぎりである。


 パンケーキをあっという間に平らげて、しばし歓談タイムに入った頃、店の看板娘、蘭子が席にやってきた。


「瑠衣ちゃん! おかげで今日の分完売したー!!」

「わぁ、蘭子さん。おめでとうございます。」


 倭ノ国に、洋菓子を広めようとしている蘭子の担当事業でもあるパンケーキ。

 材料などの関係もあって、値段が高く、認知不足で誰も手を出さなかった時を知っているだけに、完売と聞いて思わず拍手して蘭子と抱き合った。


「本当に美味しかったですわ。あなたの様な若い力が、潮領を、そしてこの国を支えていくんですわね。」

「ありがとうございます。えっと・・・あ、あなたはもしや?」

「あー・・・私の友人の・・・明日花さつき様です。」

「さつき・・・そうでしたか。蘭子です。よろしければ、今後とも御贔屓に。ところで・・・瑠衣ちゃん。また、相談あるんだけど?」

「いいですよ。」


 席をはずそうかと思ったけれど、隠す事ではないと蘭子が言うので、そのまま皆で話を聞いた。


 なんでも、新しい味のパンケーキを開発中だがうまくいかないのだとか。


「ソースの味を変えても、似たようなのになっちゃうのよね。もっと、大胆かつ、広く受け入れられる物が良いなと思って。」

「・・・だったら、いっそ、生地の味を変えたらいかがですか?」

「生地?」

「はい。例えば・・・」


 何かないかなと思ったら、隣にちょうど風鈴が居たので抹茶味のパンケーキを思いつく。


「抹茶味のパンケーキに、餡を添えるってのはどうですか? あ、でもそれだと、蘭子さんの思想からズレちゃいますか?」

「抹茶と・・・餡? なにそれ。瑠衣ちゃん天才。倭と洋の融合! 最高じゃない。 何で思いつかなかったんだろう。あ、でも、餡はうちの十八番だからいいけど、お茶・・・お茶に詳しい人を探さないと。誰か知らない?」

「それなら、こちらにいらっしゃる風鈴さんが良いですよ。お茶の知識凄いんです。淹れて下さるお茶もすごく美味しいですし。」

「いえ・・・私はそこまで。でも、このパンケーキにお茶を組み合わせるという発想は、興味があります。お手伝いできるのなら是非!」

「本当!? やったぁ。」


 蘭子と風鈴が手と手を取った。


 よかった。

 これで、和風パンケーキを食べられる日も近そうだ。


 また、私利私欲でアドバイスしてしまったけれど、パンケーキに関しては毎度の事になりつつあるので気づかないふりをすることにする。


「でしたら、の上に、白玉ものせたらどうかしら?」

「私は、果物を乗せるのもありな気がします。明日花さつき様」

「いいわね。流石瑠衣ちゃんのお友達! 思いついたら何でも言ってみて? 色々試してみて、絶対美味しいものに作り上げて見せるから、期待していてね。」


『今度のパンケーキは、豪華なものになりそう。楽しみだなぁ。』


 菓宝堂かほうどうの蘭子と風鈴のお茶、そして流行に敏感な明日花と萌生。

 この4人が合わされば、最高に美味しいものが出来るに決まっている。


 ワイワイと話を弾ませる4人を眺めながら、瑠衣はまだ見ぬ新作パンケーキに思いをはせるのであった。

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