第72話 褒美と言う名の・・・

 長旅を終え、潮の町へと帰ってきた瑠衣は、再び宿暮らしに戻りつつ、平穏な日常を過ごしていた。


 今日は明日花に呼ばれて、城へとやってきた所。

 萌生に案内されて、部屋の障子戸の前に立つ。


「分かりましたわ!!」


 障子戸向こうで跳ねるような声が聞こえた。


「あぁ、なんて簡単なこと。あの島は誰の島でも無いのだから、誰の言うことも聞く必要はないと、ただそれだけの事だったんですわ・・・。」


 ブツブツと何かを唱えている明日花。

 何でも、鐘鳴り島で翔に「腐っても領主の娘なら、自分の頭で考えてくれ」と言われたことを気にしていたらしい。

 明日花は、案外真面目なのだ。


「失礼します、明日花様。瑠衣様がいらっしゃいました。」

「あら、もうそんな時間? 待って、今片づけますわぁっと・・・!!」


 バタバタバタ と、何かが崩れ落ちる音がして、萌生がとっさに戸を開く。

 そこには大量の書物埋まった明日花姿が。


「明日花様! 大丈夫ですか??」

「えぇ。大丈夫ですわ。それより萌生、心配してくるのは嬉しいけれど、客人の前で不躾ぶしつけに部屋を開けないで欲しいですわ。」

「あ・・・失礼しました。」


 まったく、と息をついた明日花は急いで散らばった書物をかき集めている。

 手を出すのははばかられたが、足元に落ちた数冊くらいなら拾ってもいいかなと、瑠衣はそれを手に取った。

  

「人柱」「人身御供」そんな文字が羅列しているのを見るに、【神の裁き】に関する調べ事と察する。


「どうして人身御供なんてあるんでしょうね・・・」


 そんなものが無ければ、翔は両親を失わずに済んだ。

 親子3人、仲良く暮らしていたはずなのに・・・


「それは分かりませんが、そういう歴史がある場所には、悪神が降り立っている事が多いようですよ。」

「あ、鐘鳴り島は悪鬼神が祀られているんですよね?」

「はい。その昔、あの島に降り立った悪鬼神は、人知を超えた力を使って島民を次々に殺め、圧倒的な支配を行い、島を乗っ取ってしまったそうです。そこで島の民は、神と戦を起こしたと言われています。」

「神様と戦・・・倒せたんですか?」

「流石にそれは不可能ですわ。それで負けを認めた島民は、神の命に従い祠を作り、悪鬼神を丁重に祀り、その場に生贄を捧げることで怒りを静めてもらうこととしたと。記録にはそう書いてありましたわ。どこの島も、似たような歴史を持っていますわね。」

「そんな歴史が・・・。でも、それって本当に神様の望みだったんですかね?」

「どういう意味ですの?」

「と、言いますと?」


 2人の目がキョトンと瑠衣を向いた。


「あ・・・いや、だって、子どもの死骸なんて貰って嬉しいのかなって思いませんか? 生娘を嫁にとかならまだ分かるんですけど、あの島では子どもを、しかもワニのいる池に落として喰われるのを見届けたって言うじゃないですか。それの何処に、神様は価値を見出しただろう? って。」

「ですが、悪鬼神は人を殺めて回っていたわけですし、子どもがワニに喰われる様を見るのが趣味だったとしてもおかしくはないのでは?」

「嫌な趣味ですね。でも、確かに。まぁ、結局神様の考えていることなんて、人間には分からないですのんね。でも、会えたら話してみたいですね、対等な会話が望めるならですけど。」


 生け贄だった翔が生き延びたことを容認した神様。

 あの場所に住まわせてくれた神様。復讐心を燃やす翔を、何を思って見ていたのか、あるいは見ていなかったのか・・・


 話せるものなら、聞きたいことはたくさんある。

 

「それですわ!!」


 突然、明日花が嬉しそうに声を上げた。

 良い事が思いついたらしい。

  

「私。あれからずっと考えていましたわ。鐘鳴り島の悲劇を繰り返さない方法はないのかと。正直、悪神を迎え、誰かが命を落とすような儀式をしている集落や島が、潮領にもまだいくつかあるみたいなんですの。彼らは神の裁き以降、それは熱心に人柱を立てている事も多いみたいですわ。」

「それはまぁ、二の舞にはなりたくないですもんね。」

「えぇ。でも・・・それによって、犠牲になるのは女子どもといった弱い立場の者ばかり。誰も率先して池に飛び込もうと言う者はいないのが現状。それはつまり、人間側は儀式を心から求めているわけではないということですわよね?」


 確かにその通りだと思う。

 きっと熱心なのは確実に人柱にならない人たちか、その恩恵を預かれる者たちだけ。

 後はきっとやめる勇気の無い人達。

 そして大半は後者だろう。


「え、だからって、神様と腹を割って話そうなんて言い出さないですよね?」

「そのまさかですわ。実は、潮領には、領主の座を交代する際に、【神の輝石かみのきせき】という宝石を受け継ぐのですわ。その宝石は、領地の神々と意志の疎通が可能になると言われていますの。【神の裁き】の際にも、お父様がその石の力で鐘鳴り島の悪鬼神と交渉し、あの地に人を立ち入れない様、国王に進言したそうですわ。」

「へぇ・・・」

「あら、瑠衣、信じていませんわね? 確かに、【神の輝石かみのきせき】は代々の領主しか知りませんから、私も噂程度の話しか知りませんわ。ですが、領主になる為の試練の中に「神々に認められる」という枠があるのは事実ですのよ。ですから、神との対話を求める上で、領主の座を目指すというのはあながち間違っては・・・いいえ、私にとっては、それが一番の近道ですわ。」

「・・・・・・なる程。」

「そのためにも、まずはお父様に認めてもらわないといけませんわね。」


 そう言って胸の前でガッツポーズ取る明日花と、その横で「ご立派です、明日花様!」と涙ぐみながら頷いている萌生からは、時期領主とその側近というイメージは全く沸かないけれど、ローランドでの外交している姿は、流石、立派な姫だった事を思い出す。


「あ、そうでした。私、確かローランドの件で呼ばれたんじゃなかったでしたっけ?」


 そう、すっかり雑談してしまったけれど、数日前、宿泊中の宿、琉球りゅうきゅうに仰々しい書状が届いた。

 瑠衣宛てに届いたそれには「ローランド外交の件で登城するように」と書かれており、何かの間違いかともおもったが、翔も史郎も不在であり、差出人が明日花だったため、参上したのである。


「えぇ。そうでしたわ。お待たせしてごめんなさいね。・・・萌生。」


 粗方片付いた部屋の、明日花の向かいに、萌生が座布団を持ってきて席を作ってくれる。

 すると萌生は、頭を下げて部屋から出て行ってしまった。


 何の話か、明日花の緊張が伝わってきて、やらかしてきたことが頭の中を駆け巡る。


『なんだろう、咎められる覚えしかない・・・あ、もしかして魔石なしの術がバレたとか? ・・・陰陽寮放り込まれる・・・?』

 

 ネガティブな事しか思い浮かばず立ちつくしていると、席に座るように即されて、瑠衣は覚悟を決めるように背筋をのばして座布団へと座った。


「さて、瑠衣。」

「はい。」

「先日のローランド外交についてですけれど」

「・・・はい・・・」

「あなたの働きに、領主より褒美が与えられることになりましたわ。」

「・・・・・・・・・はい?」

「こちらにその内容が書かれていますから、目を通して判をお願いできますかしら?」

「え、何で? あ、いえ、えっと・・・え?」


 おもむろに手渡された書状を確認する。

 土地・家・金銭・・・書いてある内容がまた、想像の遙か先をいっていて、ちょっと意味が分からない。


「あの、こういうのは史郎さんとやってもらっていいですか・・・?」


 そもそも、瑠衣がローランドへ行ったのは、ついて行きたいと希望したからで、依頼を受け、立ち回ったのは全て史郎。

 だけど、明日花は首を振る。


「書状の一番上、瑠衣の名前になっていますでしょ? それは間違いなく、瑠衣への褒美ですわ。先生には、先生の望むものをすでに報酬として支払っていますから心配ありませんわ。」

「でしたら辞退します。このような物を頂く働きをした覚えはありません。知り得た情報を口外したり、両国に不利益になるような事はしませんから、どうか勘弁してください・・・。」

「別に口封じに褒美を積んでいるわけではありませんわ。いいですの? エネがあなたに頼んだ食事作りやマナー講習、私が命じた鍵の番は、先生の管轄外ですわ。ですからまず、あなたには報酬が生じますの。金銭に関しては、私が先生と相談して決めた正当な報酬ですわ。」

「では、史郎さんも知ってるんですか?」

「えぇ、もちろん。」

「え、じゃぁ、この土地と家は?」

「以前エネから、瑠衣が家を欲しがっていたと聞いていたから、初めはそれを報酬にする予定で、お父様に相談しましたの。そうしたら、この街のはずれに建っている別宅を、褒美として金銭とは別に与えるようにと。ですから、土地と家は領主からの正式な褒美ですわ。」


 確かに、冗談で「家くれないかな~」って言ったような気がする。

 口は禍の元って奴だろうか・・・


「あの、どうにも理解できないのですが、何故領主様が? そもそも私は流浪人ですから、家を貰っても・・・」

「それは、理解していますわ。でも、旅人が家を持っていけない決まりは無いでしょう? 潮にいる間だけ住むのでもいいのだし、要らなければ売り払って金銭に変えてもらっても構いませんわ。」


 どうやら、明日花の意志はそれなりに固いらしい。

 何としてでも受け取らせようという気迫を感じた。


「エネから「瑠衣も家欲しいってさ」って聞いた時、私は嬉しかったんですのよ。少なくとも瑠衣は、この街を嫌ってない。ここにに居てもいいと思ってくれているんだって。それが、とっても嬉しかったですわ。瑠衣は、私の初めてのお友達だから。・・・お父様の真意は私にも理解できませんけれど、もしかしたら、それも理由なのかも知れませんわね。」

「え?」

「瑠衣に会うまで、私には、萌生しかいませんでしたわ。あの頃の私だったなら、きっとローランドの海に沈んでたでしょう。いいえ、それすら良いように改ざんされてきっと、潮領の足を引っ張りましたわ。でも、あなたに会って、あなたを取り巻く人たちの協力を得て、少しずつ変われた気がしますわ。あなたと居ると、知らない世界を知ることができる。だからね瑠衣、私は、あなたにこの街に居て欲しいと思ってるんですわ。・・・今回の事、勝手な行いを、お父様にひどく叱られましたの。でも、話していたらね、案外とお父様は、私の事もちゃんと見てくださっていたみたい。何もかもがお見通しでしたわ。だからきっと、瑠衣のことも。」

「明日花様の為に、この街に住むようにと・・・そういう領主様のご命令ということですか?」

「さぁ? 私は必ず瑠衣に別宅を渡すようにと言われているだけだもの。」


「必ず」ねぇ・・・

 意図が見えないことが逆に怖い。

 

「領主様は他には何か仰っていませんか?」

「特にはないですわ。でも、ここだけの話・・・お父様はね、必要な能力に長ける者なら、出自は問わない方なんですわ。そして、狙った獲物は逃さないんですの。黒服隊隊長の風見なんかはまさにそれで、元々はお父様の車を襲った山賊の一味だったらしいのだけれど、その才を見抜いて連れ帰って、上手く乗せたみたいですわ。風見がね「気づいたら逃げられねぇとこまで連れてこられちまったから、隊長やらされてるだけだ」って毒づいてますの。そんなお父様が今、目を付けている人材の中に、先生や翔がいるのは確かですわ。破格の報酬で結構な仕事を振っているらしくてね、黒服隊の新人と勘違いしてる人間も出始めているほど。だから、瑠衣の事も気になるんじゃないかしら?」


 つまり、瑠衣を住まわせることで翔と史郎を囲い込み、今の瑠衣中心の明日花の交友関係も存続させようという事か。

 明日花の話が確かなら、領主側にも利益は相応に在るわけだ。


 しかし、それがわかった以上こちらとしても簡単には頷けない。

 保留にして、翔達に相談するのが一番だが、それは無理な話だろう。


 何故なら今、翔と史郎は黒服隊の応援の仕事で遠征している。

 出掛けに、いつ戻るか分からないと言っていたが、領主が絡んでいるのならば、その期間はおそらく瑠衣が首を縦に振るまでだ。


『めんどくさい事になったなぁ・・・』


 明日花がどこまでかんでいる分からないが、明日花としても領主から必ず受け渡すよう圧をかけられているらしいし、下手を打てばこのまま耐久戦になりそう。

 なんとかお茶を濁して帰る方法を探る。

 様はこの場で、明日花に納得してもらえればいいのだ。


「・・・話はよくわかりました。が、私としても手に余るものを所有したくはありません。自由にしていいと言われても、領主様から賜ったものを、そう簡単に手放せはしないものですよ。」

「受け取りは頑として拒否するということですの?」

「いえ、野良の小娘が領主様からの褒美を無碍にしたなんて知れたら、それこそ命が危ないです。なので、ひとまず1年ほどの借地契約でどうでしょう?」

「借地契約?」

「一定期間土地をお借りさせていただくという契約です。そうすれば契約期間中、私は家を自由に使うことが出来きますし、期間が満了した時点で潮に留まる先が見えていたら再契約を、旅に出ていたら解約を、すればいいと思うわけです。恐れ多いですが、借地料を徴収しないで頂ければ、実質屋敷を賜ったようなものですし、お互いの利益は損なわれないのではないかと。再契約の際に買い取りや借地料の見直しも検討できるよう契約書をまとめていただければ、双方にとって実に平和的解決になるのではないかとおもいますが、いかがでしょう。」

「借地契約・・・確かにそれなら瑠衣が潮に居る間の住処を提供できるし、必要ならその先も住んでもらえばいいわけですものね。」

「はい。明日花様の力でなんとか領主様にお言づて頂けませんか? 屋敷に住めることは願ってもいない事ですが、この旅は命に関わる探し旅です。私の為に全てを犠牲にして下さる兄様に、口が裂けても「旅はもういいからここに住もう」とは言えません。」

「そう・・・でしたわね。」


 明日花には、呪いとその解呪法の探し旅のことはざっくりと話している。

 生死をチラつかせるのはあまり誉められた事ではないが、今回はあまりに分が悪いので恩情に訴えかけることにしよう。


「わかりましたわ。意図しない褒美で困らせるのは礼を欠いてるとも思いますもの。お父様には私の方から瑠衣の意向を伝えて、借地契約の書状を用意しますわ。」

「ありがとうございます。」

「では、早急に準備して整いましたらまた・・・」

「あ、急がなくて良いですよ。私は未成年で野良の子です。信用の薄い子どもが領主様と契約を交わすとなれば立会人が必要でしょう? ですから契約は保護者である史郎さんが帰って来ないと結べません。でも、いつ帰ってくるのか分からないんですよね。なので、領主様には。」

「・・・? えぇ。わかりましたわ。では、話の続きは先生がいらしてからと言うことで。」

「よろしくお願いします。」


『よし、勝った!』


 これで翔と史郎人質は解放されるはずだ。

 何処からか沸いてくる謎の勝利の安堵に身を包みながら、瑠衣は城を後にすることが出来たのだった。

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