第71話 背比べ

 海岸にやってきた船は領主の船で、【国盗りの会くにとりのかい】から帰宅途中に漂流者の一報を受け、究極航路を変えて助けに来てくれたという話だった。

 

 領主と、その直属部隊である黒服隊の面々が小さな海岸を埋め尽くす様子は圧巻で、『黒船が来た時ってこんな気持ちだったのかなぁ・・・?』なんて、ぼんやりと考えてしまった瑠衣。


 その後は、明日花と領主のぎこちない会話があったり、松風を発見しだい一発の拳を振るう風見の姿があったり、それを必死で止める黒服の隊員の姿があったりと、その場には何だか騒がしくもどこか暖かい空気が流れていた。


 それはとても微笑ましいのだけれど、そんな空気に、赤の他人が入る余地はなく、離れた場所から人の動きを眺めながら暇を持て余していた瑠衣。


 何とも言えない感情が込み上げてきて、居たたまれなさに苛まれていると、一仕事終えた翔がそれに気づき、声をかけてくれた。


 そんな翔にお願いして、瑠衣はもう一度神殿へと足を運ぶことに。

 

 先程見つけた背比べに「ただいま」なんて言ってみながら、先程はじっくり見られなかった場所にも目を光らせてみる。


 目的物があるわけでもないのだけれど、まるで宝探しでもしているような、ワクワク感で心が踊った。


「隠れ住むのに、私が泣きわめいたりして迷惑だったんじゃないですか?」

「いや。瑠衣は泣く赤子じゃなかったからな。1日の大半は眠っていたし、起きているときは終始機嫌よくしていた。素振りしていても、物怖じせず周りを走ったりしてたしな。・・・そうか、思えばあの頃既に、お前は俺の刀の前に平然と立っていたな。」

「なんか・・・すみません・・・」

「何故謝る? 瑠衣は昔から、凄いってことだ。とにかく瑠衣が迷惑だと思ったことは今の一度もない。」

「なら、よかったです。」


 微笑みながら頭を撫でてくれる翔に微笑み返す。

『温かい人だなぁ・・・』と感心しながらされるがままに撫でられていると、どこからか響く物音がゆっくりと近づいてくるのが聞こえた。


 一瞬身構えるも、それは杞憂に終わる。

 

「全く・・・面倒な後始末全部押しつけて、こんなところで2人でイチャついちゃって。縁もゆかりもない子達が、島を自由に歩き回っちゃダメでしょ。」


 物音の正体は、溜め息混じりに言葉を吐き出した史郎だった。


「面倒事を全部押しつけたのはそっちだろ? 終わってから帰って来やがって。後始末くらいで文句言うんじゃねぇ。」

「僕がいなくても事が済んだのなら、それはいい事じゃない。それとも瑠衣ちゃんより僕に看病してもらいたかったのかな? お熱の翔君は。」

「てめぇ・・・殺すぞ。」


 言い争いをしている2人を『仲良しだなぁ』と眺めながら、瑠衣は神殿の奥の祭壇に目をやった。


 ここに祀られている神はどんな神だろう。


 生け贄を欲するような神なのだから、やはり恐ろしい悪鬼神なのだろうか。

 けれどそれなら、何故この場所に住まうことを許してくれたのだろう。

 翔を、瑠衣を生かしてくれたのだろう。


『・・・あの、神様、いらっしゃいますか?』


 心の中でそう問いかけたとしても、当たり前だが応えは帰ってこない。

 それでも瑠衣は、そのまま言葉を続けた。


『私は覚えていないですけれど、ここに住まわせてくださってありがとうございました。おかげでみんなでここに来れました。この先も、兄様と史郎さんと仲良く過ごせたら良いなって思います。それと・・・』


 想いを詰まらせて目を開けて、それから再び目を閉じる。


『神様違いかもしれませんが、私を翔様の元に、瑠衣の中に居させてくれて、ありがとうございます。おかげで私はとても幸せです。・・・もし、私がしたことが罪に問われるのなら、兄様は関係ありません。兄様は何も知らないんです。私が勝手にやったことだから、その十字架はが一人で背負います。だから兄様に手を出すのをやめて欲しいです。それでも・・・それでも世界は兄様を奪おうとするのかもしれないけれど。』

 

 こんなことを神にお願いしたって意味がないのは分かっている。

 むしろ瑠衣は神に抗おうとさえしているのに、お願いなんて、ムシの良い話だろう。

 それでも、願うだけならタダだ。

 場合によっては、宣戦布告だけれど。


『神様、私は、世界より兄様が大切です。この世界が滅びる定めならば、その最期の日まで、私は兄様と一緒に生きて、死にたいんです。だからどうか、私から光を、翔様を、奪わないでください。お願いします。』


 言いたいことを一通り願って顔を上げる。

 

 背中からの視線にふと我に返って振り返ると、翔と史郎がじっとこちらを見ていた。


「随分と熱心に、願い事か? 言っておくが、ここの神は願い事なんか叶えちゃくれないからな。」

「あ・・・いえいえ、住まわせてくださったお礼です。覚えてないですけど、神殿に落書きしちゃったみたいですし。」

「偉いねぇ、瑠衣ちゃんは。誰かさんとは大違いだ。で、気は済んだかな? 良ければそろそろ戻りたいんだけど。船に乗り遅れたら困るからね。」

「あぁ、こんな場所に長居するもんじゃない。」

「あ・・・はい。」


 名残惜しいけれど、仕方がない。

 もう一度だけ、背比べの文字を指でなぞって・・・


「あの、やっぱり帰る前にもう一つだけやりたい事が・・・」


 勇気を出して2人を引き止めた。


「背比べは・・・成長の記録ですから、一回じゃ駄目だと思うんです。やっぱり、こう、こんなに大きくなったねって、見るものだと思うので、だからその・・・測ってほしいです!!」


 子どもっぽいとまた笑われてしまうかも知れないけれど、この場所に来られる日がもう無いのなら、ここに来た証を残しておきたいと思ったのだが、それを聞いた2人はポカンと呆気にとられているようだった。


「あ・・・えっと・・・駄目ですよね。 昔、どっかの村の子が家の柱にたくさん傷を付けてたんですよ・・・毎年決まった日に背を測ってもらってるって。お父様は年中忙しいけれど、その日は絶対早く帰ってきて一緒に食事をして、背を測って、大きくなったなって撫でてくれるんだって。だからちょっと憧れがあって。駄目ならいいんです。忘れて下さい!!」


 2人があまりにも無言でこちらを見据えるから、駄々を捏ねているようで恥ずかしくなって、だけど勢いよく言った手前、後にも引けなくなって、情に訴えつつフェイドアウトしてみる事に。


「さ、帰りましょう!」と、恥ずかしさに俯きながら出口へと歩き始めた瑠衣のその腕を翔が掴む。


「誰も駄目とは言ってない。全くお前は本当に・・・。」

「子どもでいいです私まだ子どもだし。」

「・・・。」

「じゃ、2人ともそこに並んで。」

「いや、俺は・・・。」

「いいから。」

「そうですよ、兄様も一緒にやりましょう?」


 渋る翔を、史郎と共に強引に壁に寄せて並ぶと、史郎がどこからか拾った鋭い石の破片で、壁に傷をつけてくれた。


「はい、できた。で? 頭撫でればいいの?」

「あ、いやそれは恥ずかしいからいいです。」

「そ? じゃぁ、翔の頭でも撫でようかな。大きくなったねぇ、翔君。中身はさっぱり成長してないけど。」

「・・・殺す。」

「だからそういうところが成長してな言っていってんの。」

「それは、史郎さんもでは? すぐ兄様を煽るんですから。」

「あはは。瑠衣ちゃんは大人だね。じゃ、もういい? 今度こそ帰・・・」

「史郎さんの分がまだですよ? 兄様、お願いします。」

「え、僕もやるの?」

「史郎のは要らんだろ。」

「いりますよ! っていうか、どうして昔のはないんですか? 史郎さんの。」

「あー・・・翔が、僕のは要らないっていったからね。瑠衣ちゃんは、翔絶対主義だったし。はぁ・・・あの頃は肩身が狭かったなぁー。」

「それは、ごめんなさい史郎さん・・・」

史郎お前、嘘ついて瑠衣を困らせるな。違うぞ瑠衣、ただ単に当時はこいつの身長に、俺も瑠衣も届かなかっただけだ。謝る必要は全くない。」

「あ、確かに。私達こんなですもんね。でも、なら今は届きますから、史郎さんの分も。折角ですから家族3人分、並べていきましょうよ。あ、名前は私が書きますね!!」


 並んだ3本の新しい傷に、翔・瑠衣・史郎と書き足す。

 人が立ち入る事を禁じられた島だと言うけれど、いつかまた、この場所に来られたら良いなと、落書きに後ろ髪を引かれながらも、瑠衣は翔と史郎と共に、神殿を後にしたのだった。

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