第69話 柳太郎の正体
「以上が俺から話せる、神の裁きの一部始終だ。」
話し終えた翔がそう区切りをつけると、話にじっと耳を傾けていた瑠衣が、少し俯いて考えた後、一息ついてから「お話下さりありがとうございます」と言葉を選びながら礼を述べた。
「今まで話せなくてすまなかった。」
「とんでもない。兄様が謝ることは何もないです。お辛い事を話させてしまって、こちらこそ申し訳ないです。ただ・・・一つ疑問があるのですが、いいですか?」
「あぁ。何だ?」
平静を保ちながらも、内心は心を抉られる思いだった。
故意にごまかした部分を突かれたなら、本当に瑠衣の側には・・・
「今の話からすると、柳太郎さんを名乗っていた人は、柳太郎さんではあり得ないと言うことですね。でも・・・兄様との思い出を話すあの方は、嘘や作り話を話しているようには思えなかったんですよ。じゃぁあの人は、何なんですか?」
「・・・・・・・・・」
「兄様?」
「あ? あぁ、すまん。」
身構えていただけに、予想に反した問いかけに拍子抜けした身体を立て直す。
「アレか・・・アレは、おそらく柳太郎の怨霊が憑いた人間だろう。俺を殺す為に、神から身体と力を貰ったとか言っていたが、どうだかな。」
「神様が・・・宿主になっている人はお知り合いですか?」
「少なくとも俺の記憶にはない顔だ。この島は、【
「そうなんですか・・・無事戻るといいんですけど。じゃぁ、とにかく柳太郎さんをどうにかしないといけないんですね。そういえばさっき、兄様の前に全員の死体を転がしてやるって言っていた気がします。大切な物を全て壊してやるんだって。」
「あぁ、俺を苦しめるのが目的らしいからな。絶望の淵に堕ちた俺を舐り殺したいらしい。」
「とんだ逆恨みですね。兄様の平穏を壊したのは誰だって話ですけど。」
「・・・・・・・・・。」
何故瑠衣は、そんな風に言えるのだろうか。
愚行を、過ちを、屈託なく受け入れられるのだろうか。
瑠衣がそうしてくれるから、生きてこられた。
瑠衣の言葉一つに、犯した罪が許されるような気がして。
「あ、アンデット化しているのでしたら、レナルドさんにも不利な相手ですよね?? 明日花様たちが心配です。戻らないとっ・・・兄様?」
急に慌て出した瑠衣が、動かない翔を不思議そうに見つめて来る。
首をかしげながら、パチパチとさせた目からは、若干の戸惑いが見え隠れしているが、恐怖や不安は全くと言っていいほど映らない。
「瑠衣は、温かいな・・・」
「温かいのは兄様の方です。あ熱があるんですから。」
「・・・そうだな。」
何言ってるんですか? と言いながら、自分と翔の額に手を当てて体温を測ろうとする瑠衣。
その手を取って、翔は瑠衣の目をじっと見つめた。
「瑠衣、一つ頼みがある。」
「私に出来ることなら、喜んでお手伝いしますよ。」
過去の甘さが
それが、
***
そのころ、レナルドは柳太郎と対峙していた。
正体不明の柳太郎の術から、明日花と萌生を身を挺して守るレナルドの身体は、すでに満身創痍。それでも倒れるわけには行かない。
「グッ・・・、明日花様、萌生様、私の側から離れないでくださいね。分散したら、相手の思う壺です。」
「でも、あなたさっきから私達を庇い続けて身体が・・・。」
「私の魔法では治癒が間に合いません・・・レナルド様、これ以上は危険です。」
「姫様方に心配されるとは騎士の名折れですね。さて、どのように挽回しましょうか。」
攻撃をしようにも、距離をとられている。
この距離を縮めれば、攻撃は明日花たちへと向いてしまう。
しかも斬り合つけたとして、まったく歯ごたえがない相手だ。
手元に聖水が一瓶でもあれば違ったのだろうが、そんなものがあるわけもなく、事態は最悪の状態だった。
頼みの綱は、翔を探しに出た瑠衣。
瑠衣の魔法があれば、形勢逆転を狙うチャンスはある。
翔を連れて帰るのなら、体制を確実に整え直せるはずだ。
だから、今はとにかく、その可能性を信じて2人を守り通そう。
「君たち、頑張るねぇ。関係ないのに、もしかして翔が帰ってくるのを待ってるの? それともあの
「瑠衣が・・・ワニに・・・?」
柳太郎の言葉に、後ろから明日花のか細い声が聞こえる。
「そう。この島で不要になった
愉快そうに高笑いしながら攻撃を仕掛けてくる柳太郎。
『これは、まずいですね・・・』
言葉とは鋭い刃だ。
その真偽は問えないからこそ、要らぬ不安が湧き上がる。
友人を失ったかもしれない事実がショックなのか、明日花と萌生も黙っまま、場の空気だけがズンと重たくなった。
気持ちで負けた次点で、打つ手なしだというのに、それを回帰できる方法が浮かぶほど、レナルドはこの2人の事を知らない。
「瑠衣が・・・ワニに食べられるですって・・・? そんな事が、あると思いますの?」
沈んだ空気に、ボソりとそんな言葉が放たれた。
「・・・あの子は・・・手足に枷をつけて海に沈めたって・・・死なないですのよ?」
何の話かは知らないが、明日花がこの状況に諦めていない事は分かる。
守るべき者が勝ちを諦めていないのならば、騎士である自分がやることはただ一つ。
瑠衣が生きている可能性を少しでも手繰り寄せる手助けをしよう。
「私も明日花姫に同感ですね。よく知る訳ではありませんが、瑠衣さんは、殺されかけたすぐ後に、
すると萌生もレナルドに続いて口を開いた。
「食べるかは分かりませんが、確かに瑠衣様なら「お友達になった」とかいって、この場につれて帰ってきそうです。「そんな物を連れてこないで頂戴!」と、叫ぶ明日様が目に浮かびます。」
「有り得ますわ。あぁ、流石にワニと仲良くなる方法は学んでいませんわね・・・どうしましょう・・・。」
「大丈夫です明日花様、その時は私が命に代えても瑠衣様をお止めします。」
「萌生っ!! そうですわよね。私には萌生がいますわ。一緒に瑠衣を倒しましょうね!?」
『この方たちは、瑠衣さんの友人だったのでは・・・?』
はて。
そんな疑問はさておき、瑠衣の普段の振る舞いのおかげで、すっかり志気が上がったが、それを柳太郎はよく思わない。
「あーつまらない。ありもしない希望なんかに盛り上がっちゃってさ。もういいよ。お前ら全員用済みだ。」
怒りを含んだ低い声が、現実を突きつけた。
一際大きな波動の塊が、柳太郎の手の中で生成されていく。
おそらくそれは、萌生の術では防ぎきれないだろうし、2人を守りながら避けることは不可能だ。
柳太郎の手から術が放たれた瞬間、命が終わる事を覚悟する。
それでも、最期まで騎士であらねばならない。
『兄上・・・どうか全てを明らかにしてください。』
「―――ガードウォール!」
心の中で最後の祈りを唱えていると、
そんな声とともに、眼前で柳太郎の術が消失した。
「・・・あの、流石の私も、襲ってくるワニとは友達にはなれません。というか、何故私を倒すことに? もしかして、私って明日花様にワニを
呟かれた言葉は、待ちに待った声。
「あ、でもワニを食べたことはありますよ? 淡白なお味なので、色々な味で楽しめるんです。筋肉質で、食べ応えもあって、美味しいですよ。機会があれば是非。」
この状況で、こんなことを言ってのけるのは、きっと瑠衣以外に居ないと、この場の全員が思ったことだろう。
「瑠衣!」
「瑠衣様。ご無事でしたか。」
「ご心配をおかけしてすみません。兄様が助けてくださったので無事でした。レナルドさん、回復しますね。」
「えぇ、お願いします。 ところで瑠衣さん、翔様は?」
「兄様は・・・あそこに。」
瑠衣の張った防御壁の外側で、柳太郎と対峙する翔が見える。
「あの、レナルドさんにお願いが。どうか何も聞かずに、この場を兄様に任せて下さいませんか?」
「つまり、手を出すな。と? それは、翔様が?」
「・・・はい。」
視線の先の翔と柳太郎は、互いに見合い、何かを語っている。
話が聞こえなくとも、その間柄が昨日今日で築かれたものでないことは明白だった。
「そもそも、私は一時的にこの場を引き受けただけです。それを指揮した翔様が戻った今、あえて戦いに首を突っ込んだりするような戦闘狂ではありませんよ。助太刀不要と仰るのでしたら、ただの客人として大人しくさせていただきます。」
「ありがとうございます。全力でお守りしますから!」
剣を鞘に戻してその場に座り込み、その戦いの行く末を見守ることにする。
翔と柳太郎は、お互いを見計らって、斬り合いを始めた。
「ねぇ、瑠衣。いったいどうなっているんですの? あの方、昨日とは別人ですわ。」
「柳太郎さんは、【神の裁き】によって亡くなった方だそうです。死してなお、魂は天へ昇ることなくこの場に止まった結果、アンデットになってしまい、今は他人に憑依している状態だとか。」
「そう・・・なの。」
萌生と明日花が顔を見合わせて、そっと首をふっている。
聞きたいことは山ほどあるだろうが、突き詰めていけば、この島の歴史は変わってしまうかも知れない。
だから、それを問う事は止めたようだ。
ならば、外国人であるレナルドが口を挟む余地は尚更ない。
約束通り「何も聞かずに」しばし、翔と柳太郎の過熱する争いに目を向けた。
しばらくの間、誰も口を開くことなく、ただ目の前で繰り広げられる激しい死闘を見届ける。
どちらも一歩も引かないように見えて、いつの間にか翔が優勢となり、追い詰めた翔の一撃が綺麗に入る。
同時に「ぐっ」と顔をゆがめた柳太郎が膝をついた。
「お前の負けだ。その身体から出ていけ、柳太郎。」
「人殺しが・・・」
「あぁ、そうだな。俺は、俺の大切な物を守る為ならいくらだって殺すだろう。今までも、これからも。それが何であろうとも。・・・二度と失うつもりはない。」
「貴様だけは・・・絶対に許さない。何度だって、お前をいたぶりつくすまで・・・蘇ってやる!!」
その、悲痛な叫びと恨み言は、地を割るように空間に響く。
柳太郎の身体から、何か禍々しい瘴気が立ち込め消えて行った。
「なら、何度だって殺してやる。お前が成仏するまでな・・・。」
そう言い放ち、翔は刀を納めるのだった。
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