第67話 共に過ごした場所
落ちた池の中は、確かに巨大なワニの魔物が居て、瑠衣と翔をあたりまえのように襲ってきた。
しかもこのワニ、泳ぐ速度が尋常じゃない程に早い。
池の底には人骨と思われる骨で埋め尽くされて。
地獄の底のような光景と、襲い来るワニに恐怖で怯んでしまった瑠衣は、その身体を強く抱き抱えて泳いでくれた翔が居なければとっくに餌になっていただろう。
「・・・い・・・瑠衣っ!」
いつの間にか、意識が飛んでいたらしい。
聞こえる声を頼りに息を吹き返すと、咳き込みと同時に水が吐き出された。
「う”・・・兄・・・さ・・・ゴホッ・・・うぅ・・・」
「よかった・・・。お前までここで失うか・・・と・・・」
安心したのか、翔もその場に倒れ込む。
2人並んで寝転がったまま、暫くは動けず、息を整えるのがやっとだった。
「軽率な行動を取って申し訳ありませんでした・・・。」
「謝ることはない。瑠衣が無事ならそれでいい。」
やっと感覚を取り戻した体を起こすと、翔もまた身体を起こし、頭を撫でてくれる。
「兄様、泳ぐの上手ですね。ワニも早かったけど、兄様も早くてびっくりしました。前は、カナズチだって言ってたのに・・・」
「あぁ。流石に同じ轍は踏まない。」
小さいとき、瑠衣は海で溺れたことがある。
その時近くに居た翔は泳ぐことが出来なくて、オロオロしていたところを通りかかった人が助けてくれたのだのだという。
「間に合ってよかった・・・。」
翔が心底安堵をしている様子の情けなさが込み上げて来る。
翔を助けるどころか、危険に晒してしまった。
どう挽回しようかと考えていると、あることに気づく。
確認のため、頭を撫でている翔の手を両手で捕まえて、手のひらをフニフニしてみると、やはり翔の体温が高い様子。
「兄様、手が温かすぎませんか?」
心配になり、翔の頭を引き寄せておでこをくっつけると、やはり熱が出ている。
それもかなりの高熱だった。
「すごい熱っ! いつからですか??」
「心配するな。このくらい平気だ。というか急に顔を近づけるな。」
「あ、ごめんなさい。つい・・・じゃなくて、休んでください。少しでもいいから。」
「たかが熱で戦えない程軟弱じゃない。」
心配しすぎだと笑うが、頭を抱えているところを見るとやはり辛いのだろう。
高熱なのに水に入って・・・肺炎にでもなったら困るが、確かにこんな状況で休めと言われて休む戦人はいない。
這ってでも戦場へ出向くのが彼らの性。
ならば、強制的に休ませよう。
「兄様・・・ごめんなさいっ。」
「何故あやまっ」
――― サイレントスリープ
「る・・・」
ドサッと倒れ込む翔の身体を支えて、横たわらせる。
睡眠魔法。サイレントスリープ。
攻撃すると睡眠効果が切れるし、しなくても効果は2ターンで解けるから正直使い勝手が悪くゲームでは全く使わなかったけれど、役に立った。
これならそう深い眠りに落ちる事もなく起きるだろう。
これ以上身体を冷やさないようにと、手ぬぐいで翔の身体を拭いていく。
よく見ると破れた着物から露出する肩や腕、それから足など至る所に傷を負っていた。
治癒魔法は傷が急速に治る変わりに、倦怠感や眠気など、身体に疲労症状が起こる。
この術酔いと呼ばれる症状を避けるため、たとえ治癒魔法といえど、乱用は避けなくてはならないし、急を要す場面でない限りは、医者の許可がない限り魔法での治癒は行われないのが
四の五の言ってる場合じゃない。
できうる限り、翔の身体に残る傷を回復させる。
病気を治すことは出来ないが、怪我が治るだけでも、身体の負担は大分楽になるはずだ。
一息ついて、瑠衣は初めて周囲を見渡した。
そこは
枯れ草を少しだけ頂戴して、火をつける。
空間を覆う岩肌の、天井の隙間から差す木洩れ日のような光で、辛うじて活動には困らなかったが、これで少しでも暖がとれるなら一石二鳥だ。
『後は兄様が目を覚ますのを静かにま待とう。流石にちょっと疲れたな・・・』
翔の隣に座り、揺らめく炎が照らす岩洞内を見渡す。
廃れた祭壇はなんだか幻想的で、なんだかノスタルジックな気持ちがこみ上げてきた。
「あれ?」
ぼーっとみていた壁に、何かの文字が書かれている。
ゲームの世界ならば、島の秘密の一つでも書いてあるかも何て思い、間近で見てみたが、それはただの落書き。
だけど、瑠衣には島の秘密なんかよりずっと価値のある落書きだった。
「こんな物がまだ、残ってたのか。」
「あ、兄様!! 起きたんですね。身体はどうですか?」
「瑠衣のおかげで大分良い。傷も治してもらったようだな。心配かけた。」
「あ、そうです。たくさん魔法を使ってしまいましたが、術酔いは大丈夫ですか?」
「あぁ、その心配はない。あれは、魔法の回復速度に慣れていない奴がなる。俺は戦場で治癒されるから、耐性がついている。」
「それは、違う意味で心配です・・・」
「お前が気にする事じゃない。・・・しかし、瑠衣に魔法で眠らされるとはな。」
「だって、そうでもしなきゃ、休んでくださらないでしょう? 私なんかの不意打ちがあたるくらい弱っていたって、自覚してください。」
「全くだな。」
翔の顔色は、だいぶマシになったように見えてひと安心。
お互いに微笑んだ後、二人の目線は自然と落書きへと戻っていく。
子どもが背比べをしたのだろう、横線と名前が彫られている。ガタガタの字で「かける」「るい」と。
「あの、これ・・・」
「あぁ。俺と瑠衣の物だ。どこで知ったのかお前がやりたがってな、この後、瑠衣がしばらく背比べにはまって大変だった。ほら、こっちを見てみろ。この線は全部瑠衣が引いた線だ。」
見ていた場所から、視線を足元まで落とした所に、確かに無数の傷が刻まれていた。
「食事用に採ってきた木の実や魚、かまど用の石や木の枝を全部並べて計るから、腹が減っているのに「まだ駄目っ!!」って食材を抱え込まれたりしてな。あともう少しって所で、帰ってきた史郎が空気を読まずに魚とかを出して来る。そういや
「あのっ!! じゃぁ、私ここに居たんですねっ?!」
「あ、あぁ。そうだな・・・ここは、両親が亡くなった後に俺たちが住んでいた場所だ。」
「そう・・・ですか・・・・・・私・・・ちゃんとここに・・・。」
傷だらけの壁がじんわりと涙で霞む。
『ほら、兄様は嘘なんてついてない。私はちゃんとここに居たじゃん。』
「瑠衣?」
「あ・・・ごめんなさい。実はさっき、柳太郎さんに言われたんです。私の存在そのものを知らない、兄様は仲のいい3人家族だったって。そんなの気にしないって思ってたんですけど、やっぱりちょっと不安だったみたいです。それを聞いて安心しちゃいました。」
「それは・・・」
「いいんです。別に兄様が話したくないことを、無理に聞こうとは思いません。ただ、兄様が辛かった時に、ちゃんと側にいられたなら良かったというか・・・ここに、兄様と私が一緒にいた証拠が残っていたことが、何だかとっても嬉しいです。あ、でも大変な時に幼い私が一緒では、かえって迷惑でしたかね。」
「・・・瑠衣は、俺が辛い時ずっと側にいてくれた。お前の存在が、俺の支えである事は今も昔も変わらない。」
面とむかってそう言われると、ちょっと恥ずかしいけど、翔にとってそういう存在であれることは素直に嬉しかった。
丁度腰のあたりくらいにある落書き。
『良かった。あなたはちゃんと、兄様の所にいてくれたんだね。私も、今兄様の側に居るよ。あなたは幸せだった? 私は、とっても幸せ。』
拙い「るい」の文字を撫でながら、なんだかとても愛おしい気持ちがこみあがっていた。
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