第57話 紅髪の豺狼

 ――― ギィィィイッ バタン。


 温室の扉が鈍い音を立てて閉められた。

 その外側で「放て!」と号令がかかる。

 バーロンの声だ。


 温室の屋根を突き破り、火矢が降り注いだ。


 それにいち早く反応し、走り出したのは翔。

 タイミングを見計らい刀をふるって矢尻についた火が着弾する前に消していく。


 その動きは惚れ惚れするほどに一分の無駄もない。


「バーロン様、こっちにはアレクシス王子もいらっしゃるのですよ!! 攻撃を止めて戸を開けてくださいませ。」

「はっ、白々しい奴め。アレクシス様ご来訪の知らせなど入っておらぬし誰もアレクシス様のお姿を拝見しておらぬ。裏切り者の世迷い事に誰が耳を貸すものかっ!! 放てっ!!」


 レナルドの声かけにも、攻撃の手は止まらない。


 それどころか、頭上の空一面を火矢が覆い尽くし、一斉にこちらへと向かって来ていた。


『わぁ・・・どっかの映画のCMでみたぞ・・・コレ。』


 あまりに気の抜けた感想だったと思う。

 ただその瞬間、降り注ぐ火矢のスピードが、まるでスローモーションでもみているかのように遅く感じるほど、瑠衣の頭は冴え渡り、知らずの内にフル回転していた。


 瑠衣の視線を追って火矢に気づいた萌生が、明日花を庇うように覆い被さる。

 明日花もまた、異変に気づき叫び声をあげていた。

 レナルドとアレクシスは何を思っているのかただその場に佇み、翔と史郎は空は気にしていても、目の前の火矢の火消しで手一杯。


 そんな様子がただの情報として頭に入ってくる。


 ここまでくれば、【アサカ】の正体も大体わかる。

 これだけの量だ。

 もしも火が付き煙を吸ったなら、きっといい幻覚を見せてくれるんだろう。 


『幸せな幻覚に依存して死にながら生きるより、私は今を兄様と生きたいなぁ・・・。ってことで、今必要なことは【アサカ】に引火させない事と、史郎さんに場を立て直してもらう事!!』


 そうとなれば、瑠衣の役割はただ一つ。

 史郎の小言を気にしている場合ではないと、結論づけて片腕をあげた。


「 ――― フィールドバリア ――― 」


 範囲防御魔法で、空中に防御壁を張り、降り注ぐ火矢を受け止める。

 火が消え、攻撃性を無くした矢が木くずとなって宙に浮いた。


「瑠衣ちゃんありがと。悪いけどちょっとの間そこ任せて良い?」

「はい。」


 返事を返すと、史郎はそのまま翔やレナルド達と話を始める。


『良かった・・・。』


 上手くフォローが出来たことに安堵しながら、空を見上げる。

 万策つきたか、次の手の準備中か、火矢一本も降ってこない。

 雲一つ無い快晴の空を、鳥が飛んでいくのを眺められるくらいに穏やかだ。


『戦場では、それがまた不安を煽るなぁ・・・』


 瑠衣がそんな事を思っていると


「よう、嬢ちゃん。」


 と、すぐ近くから声が聞こえた。


 捜してみると、肩にコロボックルが座っている。

 先ほどまでいた可愛い子とちがって、ふさふさな長い眉と髭をもった老人のコロボックル。

 少し潤んだ目からは優しそうな印象を受けた。


「なぁ、一つ頼まれてくれねぇか?」


 そう言うコロボックルは、その優しそうな見た目に反して、かなりハードボイルドな声をしていた。


「何でしょう?」

「風を吹かしちゃくれねぇか?」

「風・・・ですか?」

「あぁ、嬢ちゃんなら吹かせるだろ。奴らを根こそぎ吹き飛ばしてぇんだ。」

「すみません。出来なくはないと思いますが、今はこちらだけで手一杯と言いますか、上級魔法の使用は禁止されてまして・・・」

「なに、そこまでは求めちゃいねぇよ。嬢ちゃんはただ、最初の風を吹かしてくれりゃ良い。後は俺たちがやる。この場を吹っ飛ばせるんだ。嬢ちゃんにとってもわりぃ話じゃねぇだろ?」


 つまり、下級魔法でもそよ風を吹かせれば、その風はコロボックル達の自然を操る力によって、上級魔法なみの風に変わって外にいる敵をなぎ倒してくれると言うわけだ。

 この場をさっさと終わらせる為には、確かに悪い話ではない。


「ですが、お断りします。大丈夫ですよ。史郎さんと兄様がいますから、もうすぐにこの場は収まります。お騒がせして申し訳ありませんが、もう少しだけ待っていていただけませんか?」

「がっはっははは。なるほど同感だ。だが嬢ちゃん、それは違う。残念だが俺たちはあんたらに助けられるつもりも、助けるつもりもねぇ。もちろん、邪魔するつもりもねぇが、そりゃ結果論だからなぁ。嬢ちゃんに頼んでいるのは、コロボックル俺ら戦い支援。史郎、あの小童が動きだしちまったら、俺らにはもう奴らをぶっ飛ばす機会がねぇだろ? その前にコロボックルの領域この場所を汚した報いはうけてもらわねぇとな。雇い主は俺だ。礼ならするぜ。」

「・・・お礼。何でも良いですか?」

「あぁ、出来ることならな。」

「では、もしも史郎さんにお咎めを受けることになったら、助けてくださいます? 余計なことをしてしまって、次は無いって言われてるんです。」

「がっはっはっ。嬢ちゃん、小童が怖いか? 安心しな、小童にゃ黙っててやる。」


 コロボックルが、瑠衣の肩から石の上に降り立ち手を上げる。

 最小限の魔力で、最小限の声で、瑠衣は彼の掲げた手に向けて術を放った。


「 ――― サドゥンガスト ―――」


 一陣の小さな風が吹いた。

 それをコロボックルが両手で受け止める。

 コロボックルの前で、風が滞留するのが見えた。


「よし やるぞ」

「わるい は ゆるさない」


 気づくと瑠衣の周りにはたくさんのコロボックル達がいて、それぞれが思い思いの手振り身振りで、滞留する風に力を送っている。


 徐々に大きくなっていく風が、周囲の草をなぎ倒し始めて、

 話し込んでいた史郎達も、異変に気づいてこちらを振り向いた。


「え!? あ、ちょっと長老いつのまに?」

「よぅ。随分久方ぶりじゃねぇか小童。」

「あぁ、ごめん色々忙しくて。いや、でも今はそんなことより状況を説明して欲しいんだけど?」

「んなもん見たとおりだよ。これでも俺達はんだ、悪く思うなよ小童。せいぜい風向きがお前の方へ向かないことを祈っておけや。」


 そう言うコロボックルの姿は巻き上がる大きな風によって目視することはもう出来ない。


「行くぜてめぇら、奴らに一矢報いてやれっ!!」


 なんとも愉快そうな雄叫びとともに、旋風が放たれる。


「いっけー!」

「やれ やれー!!」


 周りのコロボックルも随分と楽しそうだった。


 肥大化した竜巻のようなその風は、草を巻き上げなぎ倒し、真っ直ぐ閉ざされた扉へと向かっていくと、頑丈な扉をこじ開け空へと舞い上がらせた。


 庭園を取り囲む塀をいとも簡単に破壊してなお、風の力は衰える事無く、そこに露出したバーロンの兵たちをも容赦なく飲み込んでいく。


 高く飛ばされた人間が、空から振ってくる地獄絵図。

 それをコロボックル達は満足そうに眺めている。

 流石にこればかりは翔や史郎にだってどうにもならない。

 風に巻き込まれない様、各々で身をかがめてそれが収まるのを待つ以外になかった。



『・・・・・・・・・なんで・・・?』


 その光景に、どうしてか瑠衣はデジャブを覚える。

 戦場など出たこともないのに、たくさんの人が残忍な殺され方をした光景が、頭をよぎった。

 ある人は腕があらぬ方向へ曲がり、ある人は下半身がなくなって、ある人はもう首だけになったのに涙を流している光景。


『嫌だ、そんな事はさせちゃ駄目っ!!』


 震えて引き下がろうとしている身体に鞭をうって、思考を巡らせる。

 助ける為には落下を止めるしかない。

 それができるとしたら・・・


「 ――― グラビティコントロール ――― 」 


 重力を操る魔法を放ち、急速落下する人をなんとか浮かせる事に成功した。


 だけど、元々これはそんな技ではなく、対象周辺の重力をあげて動きを封じる技。

 正直、上手くいってほっとした。


 突如、急速に力を落とし始めた旋風が、その役目を終えて消えるのを待ってから、宙に浮いた人たちを安全に地面へ下ろす。

 その殆どが意識を保っていないため、怪我の重度や安否すら不明だが、被害は最小限で済んだであろうことに安堵したのもつかの間、今まで何処へ隠れていたのやら、顔を真っ赤にして怒り狂ったバーロンが、こちらへ襲いかかってきた。


「貴様ら、殺してやる!!」


 我を忘れて居るのか、安っぽい台詞を叫び剣を振り上げるバーロン。

 それに誰よりも早く反応したのは史郎だった。


 バーロンがなりふり構わず振り回す剣をさらりと交わしながら、冷徹に振られる刀に手加減の文字はない。


「キミだけは僕がこの手で殺してあげるよ。温室を汚したキミだけはね。」


 静まり返ったその場所で、史郎の静かな怒りが響く。

 圧倒的な力の差に無力にも倒れたバーロンの喉元に、容赦なく刀が突き刺さった。


紅髪こうはつの・・・豺狼さいろう・・・」


 誰かがそう呟いた。


 倒れ込むヨルデ兵の中心で、それを率いた屍に刀を突き立て満足げに微笑む狂気的な姿に揺れるその異質な色の髪は、日に照らされて紅く燃えるような色に染まっている。

それは確かに話に聞いた光景を彷彿させるものだった。

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