第55話 コロボックル
馬車が止まったのは、大きな桜の木の麓だった。
遙か昔、ヨルデから航海へと出た一隻の船が倭ノ国を発見した際に持ち帰ったとされる桜の木。
樹齢は軽く千年を越えると言われているのだとか。
大人しくしていると約束したので、木の根元で何やら話し込んでいる史朗たちとは距離をとり、瑠衣は、ただ静かに桜の木を見上げていた。
開花の時期は終わり、すっかり葉桜となった木からは何か生命力を感じる。
そんな瑠衣の隣に、明日花がそっと寄って来た。
今がいったいどういう状況なのか分からない不安を紛らわしたい様子で、瑠衣の目線の先を追うように明日花もまた桜を見上げた。
「立派な木ですわね。」
「はい。倭ノ国には至る所に桜の木がありますが、こんな立派な一本桜をみたの初めてかも知れません。」
「私もですわ。」
見上げた大木に茂る、葉の緑が青空によく映えている。
この木々に、桜の花がついたのならば、それは圧巻の景色になるだろうと容易に想像がついた。
それは隣で桜を見上げた明日花も同じのよう。
「叶うのなら、いつかこの桜が花をつけた時にまた来たいですわ・・・。そういえば、以前読んだ恋物語にも、こんな立派な一本桜が登場したわ。嘘つきしかいない里にそびえ立つ一本桜。その木の下でだけ、登場人物は真実が口に出来るんですの。繰り返される裏切りと騙し合いに心穏やかではいられない作品でしたわ。」
「・・・あの、それ、本当に恋物語ですか?」
「ふふっ。興味があるのでしたら、今度お貸ししますわ。」
明日花が愉快そうに笑う。
今のあらすじから、何処に恋愛要素が絡んでくるのか非常に気になるので、倭ノ国へ帰ったら貸して貰うことを約束した。
そういえば、奈々が通っていた学校の校庭にも大きな桜の木があった。
満開の桜の木の下で告白すると成就するなんてありきたりな言い伝えもあって、春になると誰が誰を呼びだしたなど、噂話はたえなかった。
そんな話は奈々には縁遠いものであったけれど、そういう事に一喜一憂して心を躍らす事が出来る事がうらやましく、憧れだった。
『もし・・・満開の時にこの場所に来られたら、この一本桜は私の想いを聞き届けてくれるかな・・・』
恋をしているのは実の兄なのだから、成就などしないことは分かっている。
16歳で成人を迎えるこの国で、20を越えている翔は、本当なら嫁を貰って家庭を築いていたっておかしくない年頃だし、瑠衣も来年には成人する。
一緒にいられる時間は、たとえ翔が死ななくても、そう長くはないのだ。
けれど、もしも叶うのなら
『一分でも一秒でも長く、翔様の側にいられますように・・・』
そんなことを、心の中で願わずにはいられなかった。
「明日花様、準備が出来たようですよ。瑠衣様・・・も。」
萌生が2人を呼びに来る。
史朗たちが囲んでいた木の幹には、いつの間にか小さな扉が現れていた。
まるでおとぎ話に出てくるようなその扉が、キィっと小さく音を立てて開かれる。中から顔を出したのは、尖ったエルフ耳に三角帽子が特徴の小さな小人たちだった。
「わぁ、可愛い・・・」
恐る恐るこちらの様子をのぞき込む子や、興味津々の子。
十数人の小人たちが各こちらを観察する姿が愛らしくて、ぽそりと呟いた言葉に
「可愛いって瑠衣・・・あれは小人族ですわよ? いいですの? 見た目に反して、小人族はずる賢く危険なのですわ!! 気をつけませんと怪我しますわよ!?」
「そんな事も知らないんですの?」と言う明日花は何だか嬉しそうにエッヘンと胸を張っている。
「・・・確かに軽率でしたね。申し訳ありません。」
察するにそれが総意ようだったようなので、頭を下げるが、納得行かなくてモヤモヤした感情が渦巻いた。
小人族は確かに賢くて悪戯好きで、人間に悪意ない悪さばかりする種族である認識が高いが、目の前にいるのはコロボックル。
自然から生まれた彼らは、温和な性格で手出ししない限り敵意を向けてくることはないのだ。
それを、小人族とひとくくりにして野蛮と決めつけるのは腑に落ちなかった。
「まぁまぁ、彼らは余程の事がなければ攻撃してこないから。でも、この先が
先頭を行く史郎が、そう言ってコロボックルが開いた扉に入っていく。
大人ひとりがやっと通れる程の狭い扉を、列をなして順番に通っていった。
「あの・・・」
最後の一人となって、前を行った翔の後に続こうとして、ふと思いとどまり足を止め、瑠衣はそこにいるコロボックル達に話しかけてみた。
扉を通っていく人の姿を、ワイのワイのと眺めていたコロボックル達が一斉に動きを止めて瑠衣を見つめ返してくる。
小さなつぶらな瞳がキラキラと輝いて、やっぱり可愛い。
「先程は失礼な事を言いました。ごめんなさい。あの、お詫びというわけではないのですが、よかったらこれ・・・」
懐紙を手近な石の上に広げ、その上に金平糖を転がす。
懐紙を彩る、色とりどりの金平糖にコロボックル達は興味津々で近寄ってきてくれた。
食べ物だと分かるように、その一つをつまみ上げて口に入れる。
「甘い砂糖菓子ですよ」と微笑みかけると、見るからに食いしん坊そうなコロボックルが、金平糖を拾い上げ、恐る恐るカリっと1口かじった。
突如目を爛々と輝かせたコロボックルは、2口・3口と金平糖をかじりはじめ、それを見ていた他の子達も、それに続くように金平糖に手を伸ばす。
「お口にあって良かったです。よろしければ、他の皆さんにも差し上げていただけますか?」
この場所にどれだけのコロボックルがいるのかは分からないが、適当に金平糖を包んでその場に置く。
「それでは、私は失礼しますね。」
そろそろ行かないと、みんなに心配をかけてしまう。
というか、また余計なことをしてしまった。
『史郎さんにバレませんようにっ』と願いつつ、瑠衣は足早に扉の中へと入っていくのだった。
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