第54話 2台の馬車 (2)

「で、どうして瑠衣ちゃんはこっちの馬車に乗りたかったのかな?」

「えっと・・・」


 満面の笑みで、優しく尋ねてくる史郎にたじろぎながら、瑠衣は言葉を濁す。


『怒ってる・・・史郎さんが、怒っている・・・』


 普段ニコニコしている人の、含み笑いほど恐ろしいものはない。 

 影のあるその笑顔に恐怖を感じながら、視線をそらすしかなかった。



 レナルドに連れられて、アレクシスとの合流地点へとたどり着いた一行は、用意された馬車に乗り込んだ。


 馬車は4人乗りで、アレクシスと親しげに会話を繰り広げはじめた史郎が、当たり前の様な流れでアレクシスたちの同じ馬車に乗ることとなり、他4名は後続の馬車に乗ることで話は進んでいた。

 そんな時だった。


「瑠衣さん。前言を撤回しましょう。私は、そういう意味でも史郎様が気になってきました。」


 乗車の案内をしていたレナルドがぼそっと瑠衣に耳打ちしてきたのだ。


「強者とは思えない幼い見た目、公式の場ですら整えない身なりとは真逆のスマートな立ち回り。不思議な魅力のある方ですね。」

「な! なんて事をっ」

「ちなみにですが、兄上も私と同じ様な趣味がございますよ。」


 それはきっと、罠だったのだとおもう。

 けれど、その瞬間に頭が混乱し、瑠衣は声を上げていた。


「あ、あの。私、史郎さんと一緒がいいです!!」


 と・・・。




『レナルドさんが男色家で史郎を狙っているだなんて言えないし・・・多分あれは・・・本心じゃない』


 おそらくレナルドは瑠衣をこの馬車に乗せたかったのだ。

 それにまんまと引っかかって今ここにいるのだろうという事は、史郎の様子を見ても明らか。

 そしてそれは、史郎にとってあまり都合は良くないのだろう。


「何を言われたのか知らないけれど、相手の口車に簡単に乗ったらダメだよ?」

「はい・・・。」


 「まったく、仕方ないなぁ・・・」とため息混じりに、史郎はレナルドの方へ顔を向けた。


「で? どうして瑠衣ちゃん?」


 訪ねられたらレナルドが答える代わりに、カチャリと銃口が瑠衣の額に突きつけられた。


「こうする為ですよ。その手を挙げて下さい史朗様。瑠衣さんも、私は魔法を跳ね返せる道具を持っておりますので、可笑しな真似はしないように。」


 小型の銃を向けるレナルドにいわれたとおり、両手をひらひらとあげている史朗の横で、同じく手を上げて、そのつもりは無いことを伝える。

 だからといって、その銃が下ろされるわけではないのだけれど。


「つまりこれは、僕の事も信用しないって事かな? 僕らがバーロン卿と遊んでいる間に、それなりに調べはついたものと思ったけど?」

「あぁ。史郎殿から受け取った情報の信憑性は確かだった。信用はしているよ。ただ。君の粗暴な振る舞いも報告されている。それから、少々疑問も残っている。こんな狭い馬車で暴れられるのは困るので、念のためこうさせてもらった。問題なく終わるならば、我々もそれにこしたことはない。」

「あはは。僕は別に暴れるのが趣味な訳じゃないんだけどね。ま、そういうことならさっさと話を終わらせてしまおう。あー、レナルド君。丁度良いから瑠衣ちゃんにはそのまま銃口を突きつけられててもらえる? ここには五月蠅い奴もいないし、少しお灸を据えないとね。」

「言われずともそのつもりですよ。」


 笑顔をふりまきながら言う史郎に、レナルドが冷たく返した。


『あぁ、史郎さんが、やっぱりものすごく怒ってる・・・』


 突きつけられた銃口よりも恐ろしい史郎の無垢な笑顔に身震いし、小さく縮こまりながら気配を消した。


 その横で、史郎とアレクシスはとても重要そうな取引を交わすし始めた。


 その様子をみるに、どうやら2人は事前にやり取りをしていたらしい。

 顔を合わせるこそ初めてのようだったが、この件については殆ど情報共有がなされている状態のようだった。


 2人の間で書状が行き交い、国王の名や国交の話にまで発展していく。

 その内容は気になるが、易々と聞き耳をたてていい話では無さそうだ。


 といっても、静かな馬車の中では、その会話に自然と耳が傾いてしまう。

 意識をそこからはずすべく、瑠衣はレナルドに話しかけた。


「あの・・・レナルドさん。先ほどのあれは、嘘って事でいいのですよね?」

「さて、どうでしょう。・・・といいますか、私は、銃口には全く動じないのに、あんな一言で動揺される瑠衣さんが不思議でなりませんよ。」

「私が史郎さんを心配したらおかしいですか?」

「いえ、そこではなくて・・・」

「まぁ、おかしいですよね。女性の扱いには慣れている人ですもの。人付き合いが得意でもなんでもない私がどうこうしなくても、史郎さんは適当に人をあしらえますよね。」


 冷静になれば、本当に無駄なことをしていると思う。

 男女だろうと男男だろうと、当人の好きにすればいいのに。 


「・・・分からないんですよね。兄様ならともかく、どうして咄嗟に「史郎さんと一緒が良い」なんて言葉が出たのか。レナルドさんは、どうして私が、あれでこちらに来ると思ったのですか?」


 質問すると、レナルドは明らかに面倒くさそうに首を傾け、天井をあおぐ。

 その様子をじっとみていると、返ってきたレナルドと目が合った。


「別におかしな事は何もないと思いますよ。大切なご家族の心配をする事に、強さも力量も関係ありません。赤子だって、親を案じて泣き黙るくらいですから。」

「・・・そういうもの、なんですか? 」


 【大切な家族】


 その言葉に心がざわつく。

 それは過去に何度も言わされてきた言葉だ。

 なんとも薄っぺらく、役割に縛り付ける呪いの言葉。


 そこに血のつながりがないだけで、私は人にもなれなかった。

 けれど、今は違う。

 史郎はそんな事を望んでいない。

 大切にしてくれる。

 本当にかけがえのない・・・。


「血がつながっていなくても、ちゃんと家族になれるんですね。」

「・・・あぁ、これは申し訳ない。」

「なぜ謝るんですか? レナルドさんの言うとおりかもしれません。私、史郎さんのこと大切です。だから、嫌な思いはしないで欲しいなっておもいます。私もずっと、そうやって守ってきてもらったので。」

「それは・・・よかったですね。」

「はい。ありがとうございます。なんだかすっきりしました。兄様も史郎さんも、私の大切な家族ですっ。」


 心からそう言える事が、なんだか嬉しかった。



「・・・全く、銃口を突きつけられてても、瑠衣ちゃんは平常運転だね。」


 いつの間にか会話を終えていた史郎の、ため息混じりに嫌みが横から飛んでくる。「反省の「は」の字もないね」とジロリと目を細めた史郎の視線が痛い。


「それにしても、瑠衣ちゃんとレナルド君は仲良しだね。素敵な秘密でも共有してるの?」

「まさか。一方的に暴かれ、懐かれているだけです。正直、瑠衣さんの異常さには若干ひいています。失礼ですが史郎様、育て方をお間違えでは?」

「え、レナルドさん、酷い・・・」

「そうか、これは保護者である僕の責任になるのか。じゃぁ、もう一人の保護者に「瑠衣ちゃんが人目もはばからず、男と親密な会話を楽しんでたよって」報告しないと。交友関係はあっちの担当だから。」

「っ!! 駄目ですっ。それは駄目です!!」

「あ、今までで一番焦ってる。やっぱり瑠衣ちゃんには翔からちゃんと言って貰わないと駄目かなぁ。」

「ごめんなさい史郎さん。もう喋りませんから、大人しくしてますから、どうか兄様には何も言わないでください。お願いします。」


 それを報告されたところで、年頃の妹が誰と親しくなろうと、翔にとっては捕るに足らない事かも知れないけれど、やっぱりあらぬ誤解を生みたくない一心で平謝りする。


「なんてね。・・・ま、いいよ。何だかよく分からないけどさ、今回は僕の為だったみたいだし、許してあげる。」

「史郎さん・・・話聞いてたんですか?」

「そりゃ、こんな狭い空間で話してればね。むしろ聞かせてたんじゃないの?」

「そんな策士じゃありません。っていうか、だって、史郎さんたち難しい話してたじゃないですか・・・」


  よく考えてみたら、翔に戦う生き方を教えたのは史郎なのだから、そのスタイルは必然的に史郎に寄っている。

 つまり、翔が得意とする諜報活動を史郎が不得意な訳がない。


「結構な策士だと思うけどね。瑠衣ちゃんは」と、隣で笑っている史郎は、今この瞬間もあらゆる情報を仕入れて精査しているに違いないのだ。


『言動には気をつけよう・・・』


 なんて思いながら、翔と史郎の前では、いよいよもって言論の自由は無いのかも知れないことに背筋がゾワっとした。



「さて、契約は無事に交わされたと思ったけれど、その銃が下ろされないと言うことは、まだ何か用があるのかな?」

「えぇ。史郎様、一つ確認させていただきたい。今、あの手鏡はどちらに?」

「手鏡? あれならバーロン卿にあげたよ。」

「何故・・・ですか? あれがなければ、温室にたどり着けないのでは・・・?」


 返答次第では引き金を引くといわんばかりに、レナルドが指をかける。

 その銃口は瑠衣からゆっくりと史郎へと照準を変えた。

 やれやれと肩の力を抜く史郎は、動じるどころか少し満足そうに見えた。


「何故、か。そんなの必要ないからだよ。あんなものがなくたって、僕は温室へたどり着ける。それとも、知りたいのは中にあった鍵のありかの方? それならすでに取り出したよ。もっとも、彼はそれに気づいていないけどね。おかげで僕らはあっさりあの場から解放された。鍵は明日花嬢に預けてあるよ。」

「おかしいですね。鍵と鏡は一体化しているはずです。まがい物で納得するほど、バーロン様は呆けてはいないと思いますが?」

「確かに鍵を取り出したなら、あの鏡は元には戻らない。あの鏡の紋様は絡繰りで、鍵はその一部だからね。でも、僕はあれを作った人間を知っているし、その仕組みも知っている。だから、鍵の代わりになる部品を用意させることは容易だったよ。もっとも、かなり昔に作られたものだからね、死んだ作者の息子に頑張って貰ったけど。」

「その口車に乗れとおっしゃるのですか?」

「別に信じなくても良いよ。この場で証明は不可能だから。けど、鏡無き今、君たちだけではあの場へたどり着くことは不可能だ。その銃口の先にあるモノの意味をよく考えた方がいいと思うけどね。」

「・・・なるほど。」


 今にも弾を吐き出しそうだった銃口が、レナルドのつぶやきとともにおろされた。


「初めから、こうなることを見越して鏡を・・・あなたには、一体何手先まで見えているのですか?」


 ホルスターに銃を戻しながら、悟ったようにレナルドが史郎に問いかける。


「別に何も見えちゃいないよ。ただ浅はかな人間をたくさん見てきただけさ。つまらない人間は、さも当然のような顔でつまらない行動しかしない。可哀想なことにね、そういう因果なんだよ。ま、僕もまた、そんなつまらない存在なわけだけどね。」


 いつもの軽口の調子で、他国の王族に対して「可哀想な人」と言ってのけた史朗に、レナルドはもちろん、傍観していたアレクシスの表情も一瞬ゆがんだ。


「さって、くだらない雑談はそろそろ終わりにしようか。もう着く頃でしょ?」


 史朗の言葉に逐一棘が光る。

 それもきっと故意なのに、素知らぬふりをして、ひとりにこやかに笑っている史朗。


 馬車で行われた契約も、会話も瑠衣には詳しくは分からなかったけれど、この場が「史朗の一人勝ちである」ということだけは、はっきりと分かった瞬間だった。

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