第51話 瑠衣の魔法

 まどろみの中、誰かの話し声が聞こえる。


 一人はよく知っている史郎の声。

 だけどいつもの達観した穏やかさでは無く、まるで子どもが持て余した怒りをぶつけるような荒い言葉遣い。

 もう一人はそれを気にも止めず、冷酷なほどに冷静に正論を返していた。


『あぁ。レン。そんな風に言ったら、史郎さんが可哀想ですよ。』


 話の内容は聞こえないのに、その光景を見ているわけでもないのに、何故かそんな風に思って、瑠衣はふと我に返る。


「え。何で史郎さんとレンが話をしているの!?」


 声が出たと同時に、瑠衣の目が覚めた。

 一瞬、何処だろうと思い、周囲を見回してそこが船だと理解する。


「おはよう。瑠衣ちゃん。」

「史郎さん、今レンと話してませんでした?」

「・・・? 瑠衣ちゃんの新しいお友達?」

「あ・・・いえ。」


 少し戸惑い困りながら、返してきた史郎に「すみません」と瑠衣は謝る。

 そして、寝ぼけている場合では無かったことを思い出した。


「史郎さん、兄様は!? 私、兄様が大勢の人に囲まれているのを見て、それで・・・それでっ!!」

「うん。落ち着いて。翔なら外で明日花嬢と萌生嬢に付いて、レナルド氏を睨みつけているから、安心して。」

「それは・・・良かったです」


 「平常運転ですね」と安心する瑠衣に「本当に」と史郎が答え、思わず二人で笑ってしまった。


「それで瑠衣ちゃん何で倒れたの? 身体には異常はなさそうだけど、今見たら少し目の印が強いね。発作?」

「・・・なのでしょうか?」


 それについては、瑠衣にもよく分からなかった。

 目に痛みは走ったけれど、発作ならばこんなに早くは治らない。


『いや、初めてではないか。すぐに症状がなおたのは2回目だ。あのときはレンが治してくれたってメロディーナが言ってたな・・・。近くにレンが居る?』


 その可能性は十分にある。

 なぜなら今はイベントの進行中。

 魂選別のためにレンは必ずどこかで見ているはずだ。


『待って・・・この目【死神の刻印】だって言ってた? まさか、レン・・・?』


 かといって、突然友人として死神を紹介するのもどうかと思う。

 いや、最近の傾向を考えればむしろありなのかも・・・?


 とはいえ、ひとまず今は、その事は胸にしまい込むことにして、いよいよ隠せなくなった事を相談することにした。


「史郎さん、実は私、魔石を持っていないんです。」


 魔法を使う時、必要となる魔力の供給源で、術師が必ず身につけている魔石。

 杖や指輪などに形を変えて一般流通しているものの、購入には術師の身分証又は立ち合いが必要で、それ以外での入手法は、魔石の発掘できる洞窟などへ出向き拾ってくるしかない。

 因みに萌生は、拾った欠片を根付にして持っているらしい。

 稀に偶然拾ってしまい、才能が露見することもあるらしいが、初めて魔法が使えてしまった日からずっと、瑠衣はそれを持っていないのだ。

 だけど、自分の力の根元がどこにあるのか、何となく気づいていた。


「僕も気になってたんだ。瑠衣ちゃんいつ魔石なんて手にしたんだろうって。そっかぁ、やっぱり持ってなかったんだ。・・・それで?」


 おそらくすでに同じ結論にたどり着いているだろうに、史郎は厳しい顔で眉をひそめ、続きを即す。


「前にですね、気になってその・・・何も身につけず魔法を使ってみたんですが、使えたんですよね。それって、魔石または、魔石に相当する何かが私の中にあるって事ですよね?」

「そうなるね。」

「鬼の時も、今もですけど、大魔法を放った後は左目の視界が一瞬ぼやけるんです。 今日は、少し痛みと発作もありましたけど・・・。関係あると考えるのは、妥当ですか?」


 その質問に、唇をむっと結んでしばし斜め上を見つめて史郎は何かを考える様子を見せた。

 しばらくして、下がり気味で困った様子の史郎の目が瑠衣の方を向く。


「・・・そこまで自己分析が出来ているなら、もういいか。そうだね、瑠衣ちゃんの魔法は、左目が根元。」

「気づいて・・・?」

「確信は無かったけどね。瑠衣ちゃんが魔法を使い始めてから、左目に流れる力が不安定なのは感じてた。瑠衣ちゃんが魔石を持たずに魔法を使っている事、誰か知ってる?」

「いえ、誰にも相談出来ず・・・」

「なら、この先も黙っておいた方がいい。普通と違うということはそれだけで弊害を生む。それから、目と魔法の関係が見えたからには、言っておかないといけないことがある。・・・分かるよね?」


 史郎の言葉に、おずおずと頷く。

 術師の持つ魔石は、通常その魔力は自然回復するが、石に宿る以上の力を使用しようとすれば、その力は暴走するばかりか、最悪石は砕け散る。

 魔石に宿る力の量は、石の純度や大きさに比例するのだという。


 それと同等の効力を、瑠衣の目が持ち、術を使うと痛みが生じるのであれば・・・


「やっぱり駄目ですか? もう、魔法を使ったら。」

「少なくとも、大魔法は負荷がかかり過ぎているみたいだから禁止。使う度に発作を起こされて倒れられても困るし、失明なんて事にもなりかねないからね。通常魔法は、そう問題視しなくていいとは思うけど、目に少しでも違和感を覚えたら使わない事。・・・それから忘れないで欲しい、その魔法は普通とは違うってことを。」

「得体の知れない・・・呪いの力なんですね。」

「そう。それは、呪いの副産物だ。」

「でもそれなら・・・」


 キールの言葉を思い出す。


『呪いが呪いに変わる可能性・・・。呪いのおかげで魔法を使える戦えるようになったのだとしたら呪いは解けなくてもいい。無力なままで、兄様を失いたくない。』


「・・・翔の心配するのはいいけど。自分も大切にしてね瑠衣ちゃん。瑠衣ちゃんになにかあると、翔が駄目になって本末転倒だよ。」


 心情は駄々洩れのようだ。

 史郎にしっかりと釘を差されてしまった。

 念頭に置いておきますと、瑠衣は少し舌を出してはにかんだ。




 ***




 今後の動きを話し合うため、史郎が明日花達を部屋に呼んで来た。

 部屋へ入ってきた明日花とお互い無事で良かったと、軽く挨拶をすませて、後から入ってきた翔の元へ、瑠衣は駆け寄った。


「兄様、ご無事ですか!? お怪我などされてないですか?」

「それはこっちの台詞なんだがな・・・ったく、無茶をして。俺は大丈夫だ。」

「良かったです。私も大丈夫です。魔法を使うと疲れやすいみたいで、しばらく大きな魔法は使うなって言われてしまいましたけど・・・」

「それがいい。お前が戦場に出ないで済むのならば、それにこした事はない。」


 翔が頭をポンポンと撫でてくれる。

 その温もりがいつも通りで嬉しくて、思わず笑みをこぼしてしまった。


「さて、それじゃ全員揃ったところで話を始めるけれども。」


 仲良くする瑠衣と翔を無視して史郎が話を始める。

 その視線が痛いので、そこに座って大人しく話を聞いた。


 この船のたどり着く先にはおそらくそこにはバーロンが居て、何かしらの罪を押し付けてくる。

 船から上がった瞬間に犯罪者として拘束されることはまず間違いなく、このままでは適当な理由をつけられて全員処分されるだろうと、史郎はそう説明した。


「そうならない為に、こちらも強いカードを用意しておく必要がある。彼らが僕らを拘束出来ないようなね。」

「・・・想像もつきませんわ。」

「・・・。」


 強力なカード。

 つまりそれは、誰が見ても明らかな無実の証拠。

 証明すべきは加害者ではなく被害者であるという事実。


「あ・・・!」


 それが何か、瑠衣がひらめいた時、


「では、こんなのはいかがですか?」


 と、突如刺客として部屋へ現れたレナルドが明日花に切りかかった。

 すぐ横にいた萌生が覆い被さるように明日花を庇い、その背中が明日花が負うはずだった傷を一身に受ける。


 レナルドの動きに反応した翔が刀を抜き、瑠衣は咄嗟に前に出た。

 背後から振り下ろされようとした翔の刀に、レナルドが応戦するため剣を振って振り返り、その状況にピタリと制止する。


「これは・・・?」


 レナルドから戸惑いが漏れる。

 それもそのはず、翔とレナルドの間に、レナルドを守るために両手を広げた瑠衣が入り込み、翔の振るった刀の刃先を眼前ギリギりに受けていたのである。


 その瑠衣の異常行動に、全員が、時がとまったように動けなくなる。


「瑠衣・・・その男に、何か吹き込まれでもしたか?」

「あ・・・あ、えっと、ごめんなさい。この状況で兄様がレナルド様を傷つけることはしないと分かっているつもりでしたが、その・・・殺気が凄かったのでとっさに手が出てしまったといいますか・・・兄様が私を斬ることはないと思ったので。念のため?」

 

 別にレナルドを庇いたかったわけではないのだ。

 ただ、おそらくこれが一番手っ取り早く、史郎の策を実現できる方法。


「瑠衣、その方は萌生を、いいえ私を狙ってきた敵ですわよ? 庇い立てする理由が分かりませんわ。」

「ですがその・・・私もレナルド様に同感といいますか、これが一番良いんじゃないかと思いまして。」

「瑠衣ちゃん、それは僕の仕事。・・・はぁ。まぁいいや。」


 半ば呆れながら、硬直状態のレナルドの手から剣を取り、翔にも刀を納めるよう促した史郎は、翔にそのまま、瑠衣とレナルドを見ているように言うと、明日花にもたれ掛かる萌生の傷を診た。


「先生、萌生は?」

「問題ないよ。出血は多く見えるけど傷事態は深くない。これなら時間はかかるけど、痕も残らず綺麗に消える。・・・いい腕してるね。」


 治療される萌生の背中に、十字の傷が浮かび上がっている。

 ローランドにおいて、上流騎士にしか伝授されない、紅の十字架ブラッドクロス

 ゲームではレナルドの必殺技となっていたその大技は、横1、縦1.5の比率の、綺麗な十字架の傷を残す事が特徴なのだとか。

 その正確さと高い技術は、見様見真似で出来るものではないため、それはまぎれもなくローランド軍から奇襲を受けた証拠となりうる産物だった。

 

「欲しいものは手に入りましたか?」

「おかげさまで。末端騎士だっけ? 手加減ありがとう。で、目的は何?」

「あなた方の勝利です。私はバーロン様にはこの地から退いていただきたい。陸では今、急遽第二王子が来訪しております。あなた方の言い分を存分に披露するいい機会となるでしょうね。」

「なるほど? ・・・確かに利害は一致してそうだ。」

「勝利を確約してくださるなら、私はあなた方に全面的に協力しますよ。出来ないのでしたら、このまま皆さんをバーロン様の元へ引き渡しますが、いかが致しますか?」

「誰があなたの事など信用すると思いますの!?」


 状況をいまいち理解できていない明日花にとっては、レナルドは萌生を傷つけた悪以外の何者でもない。

 史郎が答える前に、怒りで声を上げた明日花を、史郎が制止し、レナルドに返答する。


「・・・いいよ。乗ってあげる。」

「先生!?」

「気持ちは分かるけど、今は黙って明日花嬢。この権利は僕にあるはずだよ。」

「・・・分かりましたわ。」


 史郎に言われて押し黙る明日花は少し悔しそうで、そんな明日花を萌生が「自分は大丈夫だ」と気遣い感謝していた。

 そんな姿が居た堪れなくて、瑠衣は明日花と萌生に紅の十字架ブラッドクロスとその効果的な理由を説明をしてあげると、それでも怒りは収まらない様だったが、納得もできた様子だった。


 それを横目でチラリと見ながら、史郎はレナルドに向き直る。


「全くどうしてか、うちのお姫様が君を気に入ってるからね。そのイリスの耳飾りに免じて、僕も君を信用しよう。バーロンの悪事を晒す準備なら、こっちはもう整ってる。後は君たちが場を用意するだけだよ。」

「交渉成立ですね。宜しくお願いします、史郎様。」


 差し出されたレナルドの手を、史郎はとることはせず、代わりに自分の腰にかかる刀を2本レナルドに差し出した。


「じゃぁ、これ持って瑠衣ちゃんと先に帰っててくれる?」

「おい、まさか本当にそいつを信用するのか?」


 これには翔が嚙みついたが、そんな翔からも勝手に刀を回収する史郎。


「どの道、瑠衣ちゃん連れて上陸するわけにはいかないでしょ。瑠衣ちゃん、レナルド氏と一緒にお城に帰って、?」

「あ・・・はい。」


 好き勝手する時間はお終いと念を押すように強調された、の圧に、タジタジになりながら返事を返す。

 確かに、さっきの行動はいささか余計な事だったと深く反省する。

 

 どの道、物語はイベントとは違う方向へ進んでいるのだ。

 安心はできないが、一つの大きな危機は脱したと考えていいだろう。

 翔の命にかかわるような大きな出来事が起こるまでは、文字通り大人しくしていようと、瑠衣は身体に入っていた力を抜いた。



 船は、瑠衣とレナルドが出るときに乗り込んだ城の庭へつづく浅橋に止まる。

 ここで、瑠衣とレナルドは下りて城へ戻り、ずっと城に居たという態を作るという。

 残った一行は、もうしばらく先にある、城の正門近くの橋に陸地へ流れつくように漂着するらしい。


「じゃ、手筈通りに。よろしくね、レナルド氏。」

「かしこまりました。史郎様。」


 そんなやりとりを残して、瑠衣とレナルドを下ろした船が少しずつ遠ざかる。

 それを見送り、「行きましょうか」と歩き出すレナルドの手には、預かった4本の刀。


「あの、刀4本も持って重くないですか? 手伝いますけど・・・」

「いえ。「瑠衣に荷物持ちさせたら殺す」と、あなたのお兄様にきつく言われておりますので、それには及びません。」

「・・・なんか、すみません。」

「いえ。それより急ぎましょう。史郎様たちが着く前に場を整えませんと、皆さんが拘束されてしまいますからね。」


 正直、何を考えているのかはさっぱり分からなかったが、史郎とレナルドとの間で会話が成立していたのだから、間違いはないはずと、考える事を放棄し、

 そう言って歩度を早めるレナルドの後ろを、瑠衣は小走りでついていくのだった。

 

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