第50話 レナルドと瑠衣
時は少しさかのぼり・・・
「うぅ・・・レナルド様・・・これ、なんとかなりませんか?」
船の上でそううなだれているのは、城から抜け出したばかりの瑠衣。
レナルドと密に関係があるらしい漁師のおじさんから借りた漁船は、明日花達を追いかけるために猛スピードで海を行き、そこに乗る瑠衣は絶賛船酔い中だった。
「何かお持ちではないのですか? 薬でなくとも気が紛れそうなもの。それともスピードを弱めますか? その場合間に合わなくなる可能性がありますが。」
「それは困るので頑張ります・・・」
肩をおとしながら、そういえばと思い出し、翔から貰った金平糖の瓶を取り出して、金平糖を口に運んだ。
ほんのりとした甘さが気持ちをほころばせた。
「ふぅ。」と息をついて周囲を見渡すも、何処までも海。綺麗な海。
少し持ち直した瑠衣の横顔をレナルドが遠目からヤレヤレと呆れ顔で眺めているのが分かった。
「ところで、レナルドさん。お城、とても慌ただしかったですけれど、何かあったのですか?」
「あぁ、予定外のお客様が急遽来訪するとの知らせが届きましてね。バーロン様も海へ出られた後だったもので、対応に追われていたわけです。」
「予定外のお客様?」
「アレクシス様ですよ。」
当たり前のように出された人名にはまったく心当たりはなく、どこかの偉いお方なのだろうとさほど興味もなく「そうですか」と頷いた。
その反応にレナルドは眉をひそめて「まさかご存知ないのですか!?」と驚愕する。
「本当に、不思議な人ですね。私の事を知っているのに、兄の事を知らないとは。」
「兄ってことは王子様?」
「アレクシス様はこの国の第2王子です。国民からの指示も厚く、時期王に期待されている、この国一番有名な王子ですよ。本来なら妾の子どもである私が兄と呼ぶことなど許されないほどにご立派な方です。」
「そんな方が急遽訪問ってあります?」
「アレクシス様は規律を嫌う自由奔放な性格なんですよ。彼には彼の揺らがぬ正義があるようで、そのために自由に国を駆け巡っています。突拍子もないことを突如言うので、そこには皆手を焼いているみたいですが。」
「それは大変ですね。」
適当に相づちしながら、でもきっとその気取らなさと譲らぬ正義が国民には親近感があるのだろうなと勝手に見知らぬ王子の人物像を想像する。
興味が無いのが伝わったか、レナルドはその話を止めた。
「ところで、連れて出した代わりといってはなんですが、少し質問させていただいても?」
「もちろん、私でお役に立てるのでしたら。なんでしょう?」
「史郎様についてなのですが、あの方、おいくつなんですか?」
「え? 史郎さんの年?」
「あなた方の親代わりと聞いたのですが、それにしては随分と若そうですし、かなり腕が立つように見受けられましたから、いかほどに訓練を積んだのか気になりまして。」
「確かに、気になりますよね。」
質問に答えたいのは山々なのだが、「私も知りたい!」と思ってしまうのが正直なところ。
史郎の外見は、記憶の限り全く変わっていない。
最近では童顔で人懐っこい史郎よりも、無口で強面な翔の方が年上に見られる事も多いらしく、翔が不服だと漏らしているくらいなのだ。
「私、史郎さんのことはあまり知らないんです。年に関して言えば、不思議なことに物心ついたころから外見がずっとあのままです。強さについては、もっと知らないですよ。兄様の話では、出会った翌日には稽古が始まったそうですから、その時には既にかなりの手練れだったのではないかと思いますが・・・出会う以前の話はあまりしたことが無くて、何をしていた方なのかとかは全くと言っていいど知らないんですよ。」
「何か話せない理由でも?」
「どうでしょうか。そもそも私は気にしたことが無かったんです。ですからあえて聞きませんでしたし、史郎さんも聞かれなかたったから言わなかっただけではないかと。兄様なら何か知っているかもしれませんが・・・。」
「成程。因みにあの方は医者でもあるのですよね? 片や人を斬り片や人を助けるその行動は、矛盾しているようにもとれますが・・・普段はどのような感じなんですか?」
「普段・・・? 私はお仕事には関与しませんので、知っている史郎さんは殆ど主治医としての姿ですが・・・熱や発作の時はずっと付き添ってくれますし、私に合う治療法や薬を熱心に勉強してくれる、親身なお医者様ですよ。それ以外は・・・大体女の人の所へ。ご存じかもしれませんが、かなりの色男なので引く手あまたなんですよ。後は大体お酒を嗜まれてますね。仕事の無いときは大体、
「酒と女に溺れる生活ですか。」
「否定はしませんが肯定もできかねます。酔いつぶれて帰ってきたこと無いですし、それで生活に支障が出たことは一切ありませんから。きっとそれなりに自制出来るのでは?」
「そうですか。では、あなたは史郎様のことはあまりご存知無いのですね。」
「お役に立てず申し訳ありません・・・。でもあの、最近思うことがあって、色々考えるんですけど、要所要所でちゃんと世話を焼いてもらっていたんだなぁと、思ったりもするんですよ。時々会話の節々が説教っぽくなりますけど、私を思っての事だとちゃんと分かりますし、以前より話す機会も増えた昨今、とても気さくな頼れる近所のお兄さんって印象が強いです。」
「気さくで頼れる・・・」
「成程」と頷きながらレナルドは何やら考え込んでいた。
「あの、ところで何故、史郎さんのこと?」
「深い意味はありません。個人的興味です。」
「・・・個人的・・・あっ!」
――― レナルドは男色家のきらいがあり・・・ ―――
瑠衣の頭にはあの一文が蘇る。
突如、何かの映像が頭をよぎったが、それはダメだと脳が判断し即座に頭の中が暗転した。
「あの、史郎さんは、多分ちゃんと女性が好きだと思います。」
「・・・? それはそうでしょう。今の話からしても・・・・・・・・・。」
長い沈黙を経て、レナルドが「あぁ」と不快な表情を浮かべる。
「あなたはいったいどこでそんな事を・・・。心配はご無用です。私はただ人を探しているだけです。ヨルデの英雄、その血筋の人間を。」
「英雄?」
「敵対していた多くからヨルデを守ったと言われる倭ノ国の侍なんですよ。戦場で幾人の人間を斬り殺し、女を囲んで酒を煽る。そしてまた日が昇れば戦場へと帰って行く。彼は頭てっぺんからつま先まで常に返り血で赤く染まっていたそうで、ついた二つ名は
「・・・はぁ。それは英雄と言うより・・・」
話に出てくる男は、絵的には完全に殺人狂だ。
いくら敵軍を退けたとはいえ、英雄象には程遠かった。
『理想と現実とはこんなものですか・・・結局勝った者が正義です。』
「兄様はともかく、史郎さんから、狂人的な殺気を感じたことは、私はないですけどね。史郎さんは大体余裕を持っていて、賊と交戦した時なんかも、人の命は取りませんし。」
「そうですか。関係ないならそれでいいんです。・・・それより瑠衣様、一つ訂正を。確かに私は自分を男色家と思っていましたが、女性にも興味が持てることが最近判明しましたのでご心配なく。」
「まぁ、いったいいつ・・・やっぱり一目惚れですか? あ、でも、私は本人同士がよければ別にいいと思いますよ。ただ、史郎さんは女の人が好きです。今自信をもってお伝えできる情報は唯一それだけですが、もしかしたら男性もいけるかもしれません。・・・考えたくはないですが。」
「あなたも相当歪ですね。そのつもりは無いのでご心配なく。・・・さて、お喋りはこの辺に、見えましたよ瑠衣様。あの船です。」
レナルドが前方を指差す先に、大型船が停留していた。
まだ距離はあるが、ここからは慎重に行かなければ攻撃がこちらへ向かう可能性もあると、船の速度が落とされる。
「それで、瑠衣様はこの後はどうされるのですか?」
「そうですね・・・。今の私に出来ることは様子見です。」
助けたいのだ。
しかし、どうしたら助けられるのか、いまいちよくわからない。
「それでしたら、私は私の仕事に移らさせていただきます。瑠衣様はお好きになさってください。」
「・・・あの、レナルド様。一つお願いがあるのですが。」
「一応聞きましょう。何ですか?」
「私を瑠衣様と呼ぶのを止めていただけませんか? 騎士様に様づけされるような身分では無いのでどうにも心がざわつきます。」
「今、それですか?」
「すみません。どうにも我慢の限界で・・・心を乱す要因を省きたいです。」
「つかめない人ですね、では、瑠衣さんでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます。」
何だかスッキリした瑠衣は「では」とクルーズ船の方をじっと見据えた。
今はまだその船体しか捕らえられず、中の様子は一切分からない。
『とりあえず、ここに来たことを知らせよう。もしかしたら、何か返ってくるかもしれないし・・・気づいてもらえれば、とりあえず兄様が私の心配しなくて済むはず。』
瑠衣はそっと目を瞑り、内なる力に集中し穏やかな海に巨大な渦潮を描き出す。
狙いをクルーズ船に定め、一気にその力を解放した。
「――― ワールプール ―――」
遠くに見える船が、真下に出来た渦潮に飲まれるように大きく揺さぶられる。
そこから広がる波が、瑠衣達の乗っている船をも揺らした。
「あ・・・やりすぎた・・・」
優しく船を揺らすつもりだった瑠衣は、思ったより威力が高かったことに戸惑う。
抗戦中でない事を祈りつつ、しばらく様子を見ようとその場に腰を下ろした。
「なるほど、術師でしたか。」
背中から、そんな呟きが聞こえてきたが、瑠衣は気にせず、クルーズ船に目を凝らす。
「あれは・・・」
「多勢に無勢とはまさにこのことですね。」
クルーズ船に乗り込む準備を進めていたレナルドが、突然立ち上がった瑠衣につられてそれを見て呟く。
2人の目線の先では、翔が一人数十の兵と戦っていた。
その中心にはラーグも居る。
明らかに翔は劣勢だった。
「兄様本気じゃない・・・」
防戦一方で、なかなか攻めに転じない翔。
それが普段の翔の戦い方ではないのはすぐに分かる。
その違和感と、翔の後ろで身を縮める萌生と明日花の姿を見て、瑠衣は気づいてしまった。
『船で姫を守って死ぬのがレナルド様なら、今、明日花様を守っている兄様が・・・死ぬ。』
襲い来る敵兵達の剣が翔の肩を掠める。腹を掠める。首元を、頭を掠める。
全てを寸前でかわしているが、想像が現実になってしまいそうな今、その姿は見るに耐えない。
「あぁっ、駄目、何で・・・」
途端に感じた翔の喪失への恐怖に体が硬直し震える。
『嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だっ』
「瑠衣さん? 大丈夫ですか?」
「・・・だい、じょうぶです。」
『・・・兄様を助けるためにここに来たんだもん、しっかりしなきゃ。』
顔面蒼白で今にも倒れそうな瑠衣に対してレナルドが心配する声に、何とか答え首をブンブンと左右に振り、瑠衣は体制を立て直す。
考えるまでもなく、瑠衣に出来ることは魔法を放つことだけ。
目の前の光景に対する戸惑いが、怒りが、悲しみが、憂いが、膨大な力に変わって湧き上がる。
それに全身全霊を込めて魔法を構築した。
描いたモノは、全てを飲み込む海の怪物。
船も、敵兵も全て海に沈んでしまえばいいと、翔だけが助かればいいのだと、その瞬間の瑠衣は確かに願った。
――― 水底にて眠る海の獣よ 我の怒りを以て 彼の者達を喰らいつくせ ―――
『兄様を助けるっ!!』
「――― リヴァイアサン ―――」
海水がうねりを上げて高く登り、船体に絡みついた。
うねった水柱が大蛇のごとく船に巻き付き、大きく船体を揺らしながら海に引きずり込んでいく。
海の怪物、全てを喰らい飲み込みつくすリヴァイアサンの姿に、船が揺さぶられ、撓む。
あまりの激しさに、船上の状況を外部から確認することは出来なくなってしまった。
それでも目を凝らす瑠衣の左目が、チクりと刺すように痛む。
「あっ・・・」
続いて目の前が白く霞む。
ぼやけた視界に、痛み始めた頭を押さえてしゃがみ込んだ。
吐きそうなくらいのめまいと痛みが襲い掛かっていた。
「瑠衣さん?」
「私のことは・・・それより・・・兄様・・・」
『兄様・・・兄様・・・翔・・・様・・・』
倒れている場合ではないのに、激しい痛みに耐えかねて、瑠衣はそのまま気を失ってしまった。
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