第49話 それぞれの戦い2
「ラーグ、そのピンク頭を私に譲ってもらえませんかな?」
「こ奴が気に入ったかクリス。邪魔されてはかなわん。好きにしろ。」
主将同士の戦いになるのかと思ったけれど、クリスの一声で、史郎の相手はクリスに決まる。
しかもクリスはタイマンを望みの様で、ラーグ率いる騎士たちは、根こそぎ翔の方へと向かっていった。
『これは、早く切り上げないと文句言われそう・・・』
作り出された状況に翔の小言が浮かんで、史郎はため息交じりに刀を抜くと、クリスもまた杖に仕込んだ剣を抜いた。
「改めまして史郎殿。訳あって昨日は姿をお見せできませんでしたが、あなたのお噂はかねがね。私の取り揃えた先鋭隊をお一人で伸してしまったようですねぇ・・・」
「へぇ、君が彼らを選んだの? 見る目無いね。」
「面目ないですね。ところで、随分と面白い玩具をお持ちのようですね。」
「玩具?」
「あの娘の事ですよ。実に愉快な不良品です。」
「不良品とは、聞き捨てならないね。」
どうやらクリスはお喋りが好きな様子。
ねっとりとした棘のある言葉には、つい、史郎の表情も歪む。
その様子に、クリスは愉快そうに剣を振るった。
「彼女は驚くほどに冷静でしたよ。心根の優しいお嬢さんでね、自分を襲いに来たメイドの為に余計な世話まで焼いてくれました。」
「あはは、もしかして、あの子の目の前で斬ろうとした? なんかそういうの、黙ってられないみたいだよ。自分を海に沈めた奴を友達とか言っちゃうくらいだもの。」
「彼女が言っていましたよ。自分の家族はとても強いのだと。その強さがあの子から感情の一部を奪ったのでは? 少しお話をさせていただきましたけれども、最後には自分から背を向けて、大人しく捕らわれてくてましたよ。」
「あぁ、そう言うこと・・・確かにね。ずっと守られて来たからか、危機回避能力には乏しいし、人として可笑しい所はあるかもね。
「だとしたなら、やはりあの娘は壊れている。」
穏やかな口調で会話を続けながらも、クリスの剣捌きは鋭く正確に史郎の隙を突ことしてきている。
それを受け流しながら、史郎もまた穏やかな口調で言葉を返した。
「残念。あの子が強くいられるのは、欠陥でも、虚勢でもなくて、純粋に強いからだ。一人残して来ても勝手に追いかけて来ちゃうんだから困ったものでしょ? 無力だなんてことはなくてただ、自分の内にある力に気づいてないだけ。それでも潜在的には使い始めているから・・・。ま。要するにさ、つまらない相手にいちいち興味は示さないってことだよ。」
「つまらない相手、ですか。」
「そう。だって、君の剣からはなにも感じない。空虚な心を埋めるものを探そうとして、つまらなくなって、無暗に人を斬り殺しているだけでしょ。そういう剣とやり合っても、張り合いがなくてつまらない。
「分かったような口をききますね」
「気持ちは分からないでもないからね。でも残念。その先に埋められるものなんてきっとないよ。ま、僕らをどうにかして、瑠衣ちゃんを玩具出来たなら、少しは変わるかも知れないけど。」
「なら、負けられませんな。」
「残念。もう、キミの負けだよ。」
直後、クリスの剣先がパリンと欠けた。
そうしてできた隙に、史郎はクリスを蹴り上げて床にねじ伏せ、押さえつけたまま、クリスの両肩を
「悪いね。機会があれば嵌め治してあげるけど。今は大人しくしててくれる?」
「・・・あの娘は、あなたの心を埋めましたか?」
「違う。でも・・・大切な事は教わってるかな。」
「そうですか・・・」
戦意喪失の意志なのか、そうして黙ったクリスの足を、その辺に千切れ飛んでいたロープで結び、クリスの杖を海に捨てた。
「史郎っ、片付いたなら手伝え。」
「あれ? 苦戦してるんだ。まだまだだなぁ。」
「黙れ。
「あはは。とんだ狂人だ。・・・っと?」
史郎が翔の元に助太刀に入ろうと振り返って、何かの気配を察知する。
「退け翔っ。」
「あぁ。」
同じ様に気配を察知していた翔が手を引いて飛び退き、明日花や萌生、史郎と合流した。
すると突然、船を囲うように巨大な水柱が立ち上がる。
それらはうねりながら、まるで大蛇のごとく船に絡みついた。
水柱に捕られた船体は、大きく揺さぶられて敵兵と史郎達を分断する。
その揺れの激しさと、飛沫をあげて襲い来る水の攻撃に敵兵が足を取られ倒れていく。
「何が起こっていますの?」
「翔がグズグズやってるから、勝利の女神がご立腹なだけだよ。心配ない。」
「これは・・・瑠衣様なのですね?」
「そう。だから僕らに危害を加えるつもりはない。せいぜい船が沈没する程度だから。うん・・・やりすぎ。」
「あれだ。」
状況を説明して苦笑する史郎の横で周囲に目を凝らしていた翔が、渦潮が消えたと同時に接近してきた一隻の船を見つけ、それが瑠衣の乗って居るものだと確信する。
その距離は、今はまだ少し遠いが、直に飛んで飛び移れない距離に来るだろう。
甲板にはご丁寧に敷布まであった。
「なるほど。じゃぁ、二人とも、目瞑ってなね。」
タイミングを見計らい、萌生と明日花の肩を抱き抱え囁くと、史郎はそのまま船から飛び降りた。
***
明日花と萌生が、史郎に抱えられて船から消えた。
それに続こうとする翔の行く手を、阻むように一本の剣が投げられ床に刺さった。
振り返るとラーグが逃がすものかと翔に剣を向けている。
「どうやら貴様の妹も只の娘では無かったようだな。」
「当たり前だ。」
「まぁ、そんなことはどうでもいい。昨日から獲物を取られてばかりで酷く退屈でな。貴様でいい。相手になってもらうぞ。」
「そんな暇はないが・・・いいだろう。貴様ならそう簡単に死なないだろうからな。」
激しく揺れ動く戦場で、逃がしはしないとするラーグにむかい、翔は納めていた刀を抜く。
向かい合った後、先に仕掛けたラーグが剣を振り上げ容赦なく翔を叩き斬った。
それをヒラリとかわした翔に今度は真横から剣が振られる。
「遅いっ」
翔はその場で軽く飛び、ラーグの振る剣の上にひらりと乗った。
その行動に怯んだラーグを後目に、振られた剣の反動を使って翔が宙を舞う。
2回ほど空中で回転しながらラーグの背面に降りてきた翔は、そのままラーグの首筋に峰を打った。
「かはっ」と呻いて倒れ込むラーグを
目の前にして、周囲にいた兵が騒然とする。
それらを睨みつけ牽制すると、もう誰も翔に襲いかかろうとはしなかった。
「そいつが起きたら伝えておけ。どのみちそんな腕じゃ
それだけ言って、翔も船から飛び降りる。
ほぼ同時に、船がミシミシとしなり真っ二つに割れたのだった。
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