第48話 それぞれの戦い

「おい、史郎何ヘバってる?」

「うる・・・さいなぁ。お前だって、さっきから速度落ちすぎだよ。」

「悪かったな。俺の師は、どうやら西洋の剣は扱えないらしくて指導してもらってないからな。」

「だぁっ・・・腹立つ!! だってこんなん、重いし、切れ味悪いし、感触悪いし!  あぁ、持ってるだけで腹立つ奴がちらつくんだよ。寒気してきた。素手のがまだましだ。」

「勝手にすればいい。邪魔者が居なくなって清々するな。あぁ、骨くらい拾ってやる。」

「それが師にとる態度か、よっ」


 甲板に出てた4人を、事態に気づいた騎士たちが囲み抗戦してしばらく、息が上がり初めた史郎と翔の言い合いを、明日花は萌生と共に離れた場所見守っていた。


「あの2人、大丈夫なんですの?」

「あれだけ息のあったお喋りをされているのですから大丈夫でしょう。」


 萌生はそう言うけれど、旗から見て大丈夫そうには見えない。

 狭く間合いのとりづらい場所で、なれない武器を持っていることを考えれば十分すぎるほどに戦っているけれど、2人に対して敵の人数が圧倒的に多すぎる。

 その証拠に、ジリジリと追い詰められて、既に一行がいる場所は甲板の隅。

 元々逃げ場はないとはいえ、あまりに不利な状況だった。


「いやはや、楽しそうですな。」


 いよいよ海に飛び込むしかないとなった頃、よく通る声が聞こえ、騎士たちの攻撃が止んだ。

 開けられた道の間を、煌びやかな鎧を纏ったバーロンが、ラーグとクリスを連れてゆっくりと歩いてくる。


「昨日は物足りなそうでしたので、数を揃えてみたのですが、お気に召しましたかな? 史郎殿。」

「いやぁ、本当に。こんなにいるとは思わなくて、約束果たす前に死ぬところだったよ。」

「おや、約束を覚えておいででしたか。あなたが暴れていると聞いたのでね、薬が効きすぎて記憶でも飛ばしたのかと心配しておりましたが。あぁ、ご心配なく。ネズミならば約束通り優雅な時を過ごしてもらっていますよ。」

「それは良かった。けど、先に暴れたのはそっちの兵隊だからね。突然剣を抜いて部屋になだれ込んで来たものだから、応戦するしかなかったの。だからはい。もう降参。」


 史郎が剣を床板にさして手を挙げた。

 翔にも剣を捨てるよう指示し、納得いかない様子の翔が無造作に放り投げた剣は背面に広がる海にポシャんと沈んでいった。


「どういうこと、ですの? 」


 目の前で繰り広げられる史郎とバーロンの会話に不信感が湧き上がる。

 横で会話を聞いていた萌生も同じ事を考えているのだろう。「まさか」と顔をしかめ史郎を見ていた。


「さって、そんな訳でまだ明日花嬢から話を聞けてないんだ。流石の僕も、言葉なくして女の子を落とせはしないんでね。少し時間をくれるかな?」


 そんな2人を無視して、史郎はバーロンとの話を続ける。


「構わん。だが、あまり時間をかけてくれるな。うっかりネズミを踏みつぶしてしまうかもしれんからな。」

「急いては事を仕損じるって言葉知らないの? だいたい、こんな雰囲気も何も無いところで口説くのは趣味じゃないんだけど・・・まぁ、やるだけやって見ましょうか。」


 バーロンにむけて両肩を上げた史郎が、くるりと向きを変えてこちらを見る。

 その表情は不気味なほどに笑顔で、只ならぬ気迫が、明日花に降りかかった。

 異様な空気を察し、萌生が庇うように手を広げてくれる中、史郎もまた、翔に何かを目くばせしながら、ゆっくりと言葉を選ぶように話す。


「さて明日花嬢。瑠衣ちゃんがバーロン卿に連れて行かれちゃった話はさっきしたよね。それでね、返してもらうためには条件があるって言うわけ。」

「・・・その条件とは何ですの?」

「それくらいは分かるでしょ? 僕はね、それで瑠衣ちゃんが返ってくるなら条件をんでもいいと思ってさ、約束したんだよね。だから、教えてくれないかな? 鏡の在処を。」

「史郎様、裏切るおつもりですか?」

「裏切るねぇ。もともとそんな仲良しじゃないでしょ僕たち。知ってのとおり、明日花嬢より瑠衣ちゃんが大切なだけ。明日花嬢と話をしたいから、そこを退いてくれるかな? 萌生嬢。」

「退きません。」


 史郎と明日花の間に立つ萌生が、史郎に対して闘志を宿したとき、突如船が大きくぐらついた。

 不意を付いた、立っていられないほどの揺れに、萌生と明日花の距離が開く。

 それを見て、史郎はニヤリと笑った。


「勝機は我にありって感じだね。そっかぁ、なら前言撤回。善は急げだ。こんな事に時間を割いてる場合じゃないね、翔?」

「・・・ちっ」

「明日花様っ、させません!!」


 揺れが収まり、萌生と翔が同時に動く。

 一刻も早く明日花のそばに戻ろうとする萌生を、酷く怪訝な顔で翔が阻止した。

 萌生の拳が翔に向かい唸り蹴りが飛ぶ。

 その素早く強い打撃も翔には敵わず、抗戦の末萌生は床に伏せるように制圧された。


「萌生っ!」

「あら萌生嬢、思ってたよりは強かったんだね。でも残念、お疲れ様でした。そこで翔と待っててね。・・・さて、明日花嬢?」

「・・・っ」


 史郎がこちらに向き直ったその一瞬、明日花は怖くて声が出なかった。

 いつも明るくひょうきん者で誰にでも分け隔てなく優しい史郎と、目の前で満足そうに微笑みながら高圧的な殺気を身にまとう男が、本当に同一人物なのだろうかと疑えるほどに違っている。


「明日花嬢はさ、頑張ったと思うよ? だからもういいじゃない。公務ごっこはこの辺で終わりにしよう。妙薬については調べている人間が他にもいるし、そいつ等に任せたらいい。あんな手鏡、明日花嬢は知らなかった。見なかった。出会わなかった。最初から、そんな物は潮には存在しなかった。ね? 皆でヨルデに遊びに来て、皆で一緒にお家に帰る。ほら、誰も傷つかない。」

「・・・誰も、傷つかない?」


 やっとの思いで言葉を絞る。


「・・・たくさんの潮の民が、傷つき命をおとしたんですよ? それを一番近くで見てきたはずあなたが、それを言うのですか!?」

「うーん・・・そういわれてもなぁ。あくまで仕事で関わりがあっただけだし、死体なんて毎日山ほど転がってる。正直、僕個人としてはどうでもいいかな。明日花嬢はどう? その無鉄砲さと意地の代償に皆殺しを望む? それこそ無責任な話だよね。」

「皆・・・殺し・・・?」

「明日花嬢が話してくれないと、僕が皆を処分しなきゃいけないんだよね。目の前で萌生嬢を斬り殺される所を見るか、すべて忘れるか、選んでいいよ。君が彼女の主なんだから。」

 

 何が真実で、何が嘘なのか分からなかった。

 落ち着いて戦況を見定めるなど、この場でどうして出来ようか。

 戦況をまるで読めない自分の力不足さを痛感する。

 けれど、それでも目の前で今にも人斬りしそうな史郎は明日花の味方だ。大切な駒だ。失っていない。

 彼は裏切ってはいない。

 ならば、やるべき事はすでに教えて貰っている。


「私・・・は、一度はそこにいる男に殺されているんです。その時萌生は私と共に死ぬ覚悟でいてくれましたわ。今ここに居る私たちは、瑠衣に拾われた骨の様なもの。お忘れですか先生。あなたに事を頼んだ時、どうせ死ぬのなら潮のために足掻いて死にたいとそう申したはず。私はもはや、死などおそれてはおりませんわ。」


 本当は怖くて仕方ないけれど、そんなときこそ・・・明日花は不適に笑う。

 これが正しいのだと信じて、精一杯の祈りを込めて。


「そう、残念。」


 腰に唯一残されていた守り刀に、史郎は手をかける。

 刃のない守り刀と聞かされていたその刀先は、美しいほどに細く鋭く研がれて光り輝いていた。


「じゃぁ、良く見てなね。君の一声で萌生嬢は死ぬんだから。あぁでも、僕は上手いから、痛いのは一瞬だけ。安心してね。」

「史郎様、あなたという人は・・・」

「そう睨まないでよ萌生嬢。あ、そうか。全員処分が約束だった。翔と殺りあえないのは残念だけど、このまま2人とも片づけよう。じゃ、そのまま動かないでね。」


 きゅるんとした、可愛らしい笑顔は狂気のそれにも見え、サラリと揺れるピンクを帯びた髪が、滴る赤にも見える。

 ただその場を楽しむような狂気的な気迫で迫る史郎は、もはや殺人鬼か何かのようで、その存在に圧倒された明日花は、瞬きすらできずただ呆然とその様子を見守るしかなかった。


「今だ。やれ。」

「―――ファイアーランスっ」


 史郎の持つ刀が躊躇無く振り下ろされるなか、微動だにせずそれを受けた翔の小さな声が響き、あわせるように萌生が術を放った。

 その矛先は史郎でもバーロンの軍でもなく、先ほど史郎が捨てるべく突き刺した剣。

 槍をかたどった炎が着弾する直前に、史郎はその場を飛び退き、呆然としたままの明日花を抱き寄せ爆風から守った。

 同様に萌生は翔にかばわれ安全圏に避難している。


『何が起きているんですの?』


 史郎の刀は確かに振り下ろされたのに、2人に当たった途端に透過しすり抜け、2人の身体には傷一つ付けなかった。


 理解の追いつかない明日花を抱えた史郎は「良くできました」と満面の笑みを浮かべ、やはりいまいち状況を理解していない萌生の隣にそっと下ろしてくれる。

 そして史郎は、騒然とするバーロンの軍には目もくれず、術が床に空けた穴に近づいていった。


「大正解。ここだけ音がおかしかったから、多分ここかなって思ったんだよね。」


 何事も無かったかのようにそう言って、覗き込んだ穴から刀を4本取り出しそのうちの2本を腰に納め、残りを軽く翔に投げた。


「そうか、あのネズミの死骸をお望みか。ならば今すぐにでも」

「あー、いやいや待って待って。ほら、バーロン卿、あなたが欲しかった物はこれでしょ?」


 史郎の手に、先ほどまで確かに明日花が持っていた手鏡が握られていた。


「え? 無い・・・先生、いつの間に・・・?」

「あはは。女の子って、大切なモノを帯の中に隠すよね。はじめから知ってたよ。帯の閉め方が普段と違ってたから。」

「・・・それを、返してくださいませ。」

「それは出来ないな。これは、バーロン卿に。」


 史郎が手鏡をバーロンへと放り投げた。

 それを受け取り、確かめるように手鏡を開いて、バーロンはニヤリと満足そうに笑う。


「あんな手鏡、もう僕らが持ってる意味はないから、これで手打ちになるのならそれに越したことはないよ。わざわざ反乱を起こしたのは、得物取り返したかっただけ。だって―――」


 みなまで言う前に、カシャカシャと金属音が鳴り響く。

 バーロンの兵達が一行を取り囲み、一斉に抜いた剣を向けて来ていた。

 

「約束は反故。だよねぇ。」

手鏡コレさえ手には入れば、貴様等に用はない。茶番は終わりだ。だが、安心するといい。貴様等の大切なネズミはもうしばらく玩具として生かされるだろう。まぁ、死んだ方が幸せかも知れぬがな。くはははは。」


 大口を開けて嘲笑うバーロンに、史郎は「気づいてないんだ?」と、呆れた様子で口を開く。


「・・・めでたいねぇ。うちのお姫様が、大人しくお城で眠ってると本気で思ってるんだ? あの子の本性は悪戯物トリックスターだよ? 」

「戯れ言を。」

「そう思うなら外を良く見てみなよ。この船に何が起きているのか分かるから。」


 それを聞いて、明日花と萌生も、背伸びをして外を見回した。

 船の周りには、渦潮が発生している。

 けれどそれが、何を意味するかはよく分からないでいると、若い船乗りが慌てた様子でその場に走り込み、バーロンの前で跪いた。


「ほ、報告します。周囲に見慣れない漁船が一隻、乗っているのは潮の娘と思われます。」

「小癪な・・・。船もろとも撃ち沈めろ。」

「それが・・・船の周囲を謎の渦潮が大量発生し囲んでいて、身動きがとれない状況です。漁船は一定の距離を保ったまま、周囲を回っているため照準が合わないと・・・。」

「くくく・・・ね? 面白い子でしょ? ありがとうね。ちゃんと生かしておいてくれて。」

「貴様っ・・・ラーグ、クリス。こ奴らを処理しておけ。何としてでもあの羽虫を撃ち殺し、跡形もなく消し去ってやる!」


 「やれ」とバーロンが吐き捨てるように命じて立ち去っていく。

 隊長のラーグを筆頭に、周囲にいる数十の騎士が闘志を燃やして襲い来るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る