第47話 船の上にて

 ユラユラと揺れる船の一室で、史郎は静かに耳を澄ます。

 窓のない締め切られた部屋の中では、外から入ってくる音だけが情報源だった。

 微かな話し声や、歩く物音で、かなりの人数がこの船に乗っていることが分かる。


『やっぱり質より量できた。』


 暴れたかいがったと、ほくそ笑むと、「随分と楽しそうだな。」と不機嫌そうな声が聞こえる。

 目覚めた翔が頭を重そうに抱えながら起き上がったところだった。


「目覚めは悪そうだね。」

「最悪だ。・・・で?」

「こっちも最悪だよ。ここ、何処だと思う? 海のど真ん中。しかも昨晩ちょっと暴れてみたら、笑えない数の兵を連れて来たみたい。船が沈まないか心配だよ。あ、因みにに僕ら得物取られたみたいだよ。残ってるのはこれだけ。ね? 最悪でしょ。」


 冗談半分、手を広げて困りながら、脇にさした守り刀を見せるも、翔は冷ややかに睨み返すだけ。

 翔にとっては自分が置かれた状況そんな事など心底どうでも良いのだろう。


「はいはい。瑠衣ちゃんなら生きてるから心配いらないよ。よく眠ってた。ちゃんとベッドとお茶とお菓子を頼んでおいたし、良い世話役もついてる。」

「・・・そうか。」


 欲しい情報を渡したとしても、その一言で済まされる。   

 それでも「あいつは無理をするからな・・・」と憂う翔の表情は安心したのか悪くはない。


「いくら瑠衣ちゃんだって監視の目をかいくぐって、土地勘のない場所をうろついたりしないでしょ。ましてやここは海の上。羽根でもって生えなきゃ来れないよ。ちゃんと大人しくしてるって。」

「だといいんだがな・・・」


 瑠衣の不思議な力や思考・行動の変化に気づかない翔ではない。

 だから到底無理なことでも、何故かやってのけてしまうような気がして心配は尽きないし、何食わぬ顔で、この場に突然参上するような気がしているのだろう。

 それは史郎も同じだ。

 瑠衣に今、何が起きていているのか、その力の源が何たるかは未だに掴めていないが、その気になれば瑠衣があらゆる願望を成し遂げられる器である事は知っている。


『本当に、んだけどね』


 瑠衣の行動原理は、おそらく言って止められるもので無い。

 好きにして良いと言ったのは、肯定する事で暴走と失敗のリスクを削っただけ。

 何もしないでくれるなら、それに超したことはないのだ。



「あ、明日花様!?」

「ここ・・・は?」


 背後で、目覚めた萌生が飛び起きて隣に横たわる明日花をさすると、それに答えるように明日花がゆっくりと目を開く。


「おはよう、明日花嬢、萌生嬢。ここは、どうやら船の上みたいだよ。」

「船・・・? 何故ですの? 昨日、食事をして・・・・・・?」


 思い出そうとする明日花にそっと近づき、食事会で薬を盛られ眠らされた事や瑠衣が人質にとられたことを簡潔に説明した。


「瑠衣が・・・?」


 酷く顔色を悪くして明日花は肩をおとす。


「あの、瑠衣は助けられるのですよね?」


 今にも泣きそうな明日花の顔をじっと見つめ、顎に手を当てながら「ふむ」と首を傾げ、史郎は少々低い声で明日花に語り掛けた。


「手駒ひとつにそんなに揺れてどうするの? 明日花嬢。」

「何を言って、瑠衣は手駒なんかじゃっ!」

「手駒でしょ。明日花嬢は姫で、僕らはその命で動く手駒。そう言う意味では、瑠衣ちゃんなんか人質になることに結構乗り気だったよ。」


 まぁ、瑠衣は異常に物わかりが良いところあるので、明日花の反応が正しいと思うけれど、これから首領とやり合う事を考えると、あまりに脆弱すぎる。


「じゃぁ聞くけどさ、瑠衣ちゃんの命の代償は明日花嬢の志すべてだよ? 瑠衣ちゃんを助ける為に、全部あきらめて帰れるの? 明日花嬢の覚悟ってそんな薄っぺらいものだったっけ?」

「それは・・・」

「ひとつの功績の下にはたくさんの血が流れるものだ。それを一々気にしていたら、何もできない。明日花嬢は嫌でもそういう世界に足を踏み入れていくんだろうから、血を見るのが嫌ならもっと強くならないといけないよ。優秀な長の下には、優秀な部下が集まるものだからね。」

「強く・・・」

「ま、それはこれから頑張ってもらうとして何にせよ、今すべき事は使えなくなった駒一つに嘆く事じゃないね。例え目の前で誰かが殺されようと、最後のひとりになろうと、何が起こっても冷静に戦況を見定めて、明日花嬢は敵に弱みを見せないこと。こんな時だからこそ、姫様には不敵に笑っててもらわないと。そういう、契約だったでしょ?」


 明日花は震える手で強く拳を握り、目を閉じてから笑った。


「そのとおりですわね。・・・でも先生方は、私を斬ることはあっても、瑠衣を見捨てることはありませんわね。 ですから私は、全員そろって帰還できると信じていますし、それを望みますわ。」

「これは手厳しい。高く付くよ?」

「望むところですわ。」

「じゃぁ―――」

「・・・え?」


 史郎が明日花の耳元にコソッと耳打ちすると、それを聞いた明日花の顔が緊張で引きつった。

 話終えて明日花から離れ、自分の口元に人差し指を当てた史郎は、蒼白した明日花にむかって「内緒だよ」と微笑む。


「ほら、そんな顔しちゃだめだって。いい? 今の明日花嬢の仕事は、不敵に笑微笑み隙を見せない事だよ。」

「明日花様、大丈夫ですか?」

「・・・えぇ。大丈夫よ萌生。」


 離れた史郎の代わりに、話し中遠慮していた萌生が明日花に寄り添う。

 萌生の存在に、明日花の乱れた心が治まっていくのが見て取れた。

 その様子を後目に、史郎は外の情勢を探っている翔の元へ戻る。


明日花あんなのの教育とは、ずいぶんと余裕だな。」

「仕方ないでしょ。乗ってる船が泥船だって分かってるなら、対策はしておかないと沈んじゃう。巻き込んでおいてなんだけど、共倒れはごめんだ。まぁ、初めてにしてはよくやってるよ明日花嬢は。」


 不服そうな翔をなだめ、史郎と翔は得られた情報を共有する。

 この船には、バーロン自らが乗り込み、隊長のラーグに加えて昨日は不在だったクリス、そしてその手下となる騎士が、数えるのも馬鹿らしいほど乗ってい様子だ。


「あぁ、それから得物の場所はわかった。甲板の床板の下だ。」

「そう。やっぱり積んでは来たんだね。瑠衣ちゃんあの子の所じゃなくて良かったよ。」

「あぁ。」


 状況も分かったところで、やることは決まった。

 「さて」と2人は同時に息を吐き出す。

 一瞬目を会わせた後、突然翔が史郎の胸ぐらをつかみあげ、そのまま扉の方へとその体を放り投げた。

 史郎の体は、見張りの騎士と壁一枚の扉にぶつかり、床に落ちる。


「痛っ・・・いきなりな―――」

「お前のせいで瑠衣が捕られた。」

「はぁ!? ただ寝てただけの奴に言われたくないんだけど? 恨むなら役立たずの自分を恨めば?」

「奴らと何を話した?」

「んな事言う義理ないでしょ。っていうかさ、あれは僕が拾った所有物で、お前にどうこう言われる筋合いないから。」

「貴様っ!!」

「事実でしょ!?」

「ちょ、ちょっと2人とも、今は仲違いしてる場合では・・・」


 激しく掴みかかり争い始めた2人を明日花が止めようとした時、部屋の扉が開き「何を騒いでいる」と騎士が部屋になだれ込む。

 その先頭の騎士の腰に掛かる剣を、扉のすぐ側にいた史郎は「借りるね」と勝手に拝借し振り回す。

 騒ぎに気付いて部屋に入ろうとして来た騎士をなぎ倒しながら、倒れた騎士の剣を手にした翔も参戦し、そこらに居た第一陣を全員伸す。


「息の根は?」

「あぁ、いいんだ。殺さない方がいい。血が流れた分こっちが不利になる。バーロン卿は武力で町を支配してる割に頭が切れる人間だ。っていうかお前、手加減しろよな、結構痛かったんだけど?」

「あぁ、本気で腹が立った。悪いとは思ってない。」

「あのねぇ、こんな事に負傷者だしてる場合じゃないんだけど」

「煽ったのはそっちだろ。瑠衣は手駒でも貴様の所有物じゃない。」

「あー、はいはい。悪かったよ。」


 伸びている騎士の首もとに剣を突き刺そうとする翔を史郎は止め、ついでに小言を挟んでから明日花の方を振り返る。

 慣れないやり合いに、少し取り乱してはいたが、先ほどの説教のかいもあってか、冷静に務めようと呼吸を落ち着けていた。


「明日花嬢、大丈夫?」

「えぇ。もちろんですわ。」


 ぎこちないが、ふっと笑って見せた明日花に、史郎も優しく微笑み返す。


「じゃぁ、ここにいても仕方ないから行こうか。とりあえず刀返してもらいたいしね。僕、西洋の剣って嫌いなんだ。萌生嬢は明日花嬢に危害を加えそうな奴だけに集中してくれる? 僕たちの支援はいらないから。」

「かしこまりました。」

「翔、くれぐれもやりすぎるなよ。」

「あぁ。」


 その場の全員が立ち上がり、目を合わせて静かに頷く。

 騎士から拝借した剣を片手にした史郎と翔につづき、明日花と萌生が部屋を出て行った。

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