第44話  どうぞご無事で

 史郎の触診は、いつも受けているから、そこに全く身が入っていないことがはすぐ分かってしまう。

 どうやら、診察の目的は他にあるようだった。

  

「あの、兄様に聞かれたらいけないお話が?」

「本当に、察しがいいね。 そう、翔に聞かれるとちょっと面倒だから。でも、顔色良くないのは本当だよ? だから翔がすんなり了承してるんだから。」

「そうですか? 私的には元気すぎるくらいなんですけど・・・」

「確かに、身体に問題はなさそうだね。・・・で、聞きたいんだけど、瑠衣ちゃん、また夢とか見たんじゃないの?」

「夢ですか?」

「そう。なんか前に翔が死ぬって言ってた時と雰囲気が似ている気がする。違うかな?」


 「無理に聞き出す気はないけどさ」といいながらも、瑠衣の目をとらえるべく細められた史郎の目は鋭く奥の奥を見通すようだった。


 今回は不確かな要素が多いうえ、そう何度も夢見するのも不自然だと思い黙っているつもりだったが、逃げられそうにない。

 仕方なく頷いてから「でも、今回は少し違うんです。」とはにかんだ。


「今回は、兄様の事を見た訳じゃありません。見たのは、異国のお姫様とその従者が船の上にいて、姫の従者全員の首が船に転がっている光景です。お姫様は為すすべもなく殺されそうになっていて、彼女だけはレナルド様が助けて逃がしてくれるんですけど・・・。でも夢で見たそれは、明日花様でも史郎さんでも兄様でも無いんです。全く知らない別人です。」

「翔じゃないんだ。」

「はい・・・。なんですけど、その、おかしな事を言いますが、それが今の私達だと、強く感じるといいますか・・・。だからやっぱり、私は兄様の首が転がるのではと、危惧しています。」

「この間みたいな確信はないんだね。ま、でも瑠衣ちゃんがそう思うならきっと、それは僕らのことなんだろうね。」


 どう言葉を紡いでも「思い過ごし」の一言で終わらせてしまえる事なのに、史郎の反応は意外なものだった。


「船かぁ・・・船って厄介。狭いし逃げ場ないし。知ってる? 明日花嬢達泳げないんだって。となると、海に飛び込むことも現状無理。どうしよっかなぁ」

「えっと・・・あの、史郎さん? 信じてくれるんですか?」

「まあ、前例があるから無視はできないよね。それに予感っていうのは、実は出鱈目でたらめじゃないんだよ。ちゃんと経験から導き出された理論的勘なの。潜在的にそう思った理由が瑠衣ちゃんの中にあって、警告してくれてるんだよ。」

「だとしても・・・私の経験なんてたかがしれてます。」

「いーのいーの。僕だって鵜呑みにする訳じゃない。そういう可能性があるって頭の隅に置いておくだけ。しかし、船上での戦闘は予想の範囲外だったから準備しておかないと。教えてくれてありがとうね。」

「いえ、そんな・・・」


 感謝されても困るというか、史郎の考えがさっぱり分からない。

 前回もそうだったが、どうしてこんなにもさらりと信用してくれるのだろう。

 疑問には思ったが、瑠衣がそれを聞く前に史郎は話を進めていく。


「それで瑠衣ちゃんはどうするつもり? もしそれが近い未来だとして、僕らの首が繋がっているうちに助けに来てくれる算段はついてるの?」

「いいえ。詳しい状況が分からない上に、これから離脱してしまう私に何ができるのかさっぱり分かりません。助けになりたいのに、自分が一番の足枷では、気が焦るばかりです。」

「じゃぁ、現時点では船に乗ったら明日花嬢以外はお終いってことね。成程。」

「成程ってあの、史郎さん? 言っておいて何ですが、首が飛ぶ前提で話を進めないでください。私はこれでも焦りと不安を、何とか押し止めてるんですよ?」

「じゃぁ・・・"" とか??」

「・・・それ、兄様の真似ですか? 似てないです。というか、史郎さんが言うとどうにも胡散臭いです。」

「酷いなぁ。和ませてあげようとしたのに。」


 突然声色を変えてみせた史郎に呆れツッコミを入れ、ジトーっと史郎を見つめると「冗談だよっ」と軽く笑いながら史郎は瑠衣の手を取った。


 診察するふりも、そろそろやることが無くなっているのだろうとは思うけれど、そこに脈は無いだろうという部分を柔らかく押さえながら、史郎の視線は遠く窓の向こうを見ている。


『つかみ所のない人だなぁ・・・』


 共に過ごしている期間は長いはずなのに、その横顔が何を考えているのかさっぱり分からない。

 お調子者のような、真面目なような、見えているその素性は、ただ単に見せられているまやかしの様にすら感じる時がある。

 以前より話すようになって、その道化ぶりは少々気になっていた。


 ふいに瑠衣の手がパッとはなされ、史郎の視線が瑠衣に戻ってくる。

 何だかサッパリとした表情で史郎は「じゃぁさ」と切り出した。


「瑠衣ちゃんは瑠衣ちゃんの好きにしていいよ。大人しく捕らわれていてくれてもいいし、この先にやるべき事が見つかったら僕らに構わず動いてくれていい。」

「そう言っていただけるのはありがたいですけれど、いいんですか? そのせいで史郎さんの策が台無しになったりしたら・・・」

「それは大丈夫。瑠衣ちゃんが僕らの邪魔になることは多分ないよ。それに、僕は瑠衣ちゃんの状況把握力は買ってるんだよ? 旅の道中何があったって、冷静に見極めて行動してて、いつも偉いなぁって思ってた。だから、瑠衣ちゃんを安心して餌に使えた部分はある。翔はそんな僕含めて腹たててるけどね。」


 ただ、翔に身を任せて大人しく過ごしていただけの人生を、そんな過大評価されてもと思うが、自由にしていい許可を得られた事は素直にありがたい。

 まだ、何をすべきかは見定められていないけれど、その時が来たら思う存分動こうと思えた。


「ただし、自分の命を最優先にね。まぁ、瑠衣ちゃんの価値は正しく理解しているみたいだから、無闇に手を出しては来ないと思うけど、危険を感じたらちゃんと自衛するんだよ。明日花嬢に花火打ち上げたみたいにさ。」

「そうできたらいいですけど、花火は持っ来てません。」

「あはははは。それは残念。瑠衣ちゃんの花火好きは、きっと敵も知らないから、打ち上げたらきっと驚くのにね。残念。」


 花火なんて持っていないのは知ってるはずなのに、そこに突然笑いだした史郎に意味が分からず、瑠衣の中に【花火】という単語が何かの暗号かもしれないという疑いが生まれる。


『作る? いや、火薬ないしなぁ。あったとしても作れないけど。えーなんだろう、花火・・・』


 そんな瑠衣の考えなどつゆ知らず、史郎は「あと一つ聞いていい?」と、話を先に進めていった。


「夢でお姫様を助けた人ってどんな人なの?  何か一人だけ名前出てたけど、知り合い?」

「あ、いえ知り合いではないですが、レナルド様ですよね? 実は先程お会いしたんですよ。」

「会ったの!? じゃぁ、その人は実在するんだね。」

「みたいです。巾着を拾ってくださって。特徴はキラキラで・・・あっ、右耳にイリスの耳飾りをしているんです。お母様の形見なんだそうですよ。桜色の。」

「桜色のイリス・・・の、耳飾り? そう・・・。」

「私達を助けてくださると思いますか?」

「さぁ? 彼の行動原理しだいだろうね。でも、現実でも夢のようにお姫様を助ける人であってくれたら嬉しいね。」

「そうですね。」


 現時点では、レナルドが敵か味方かもわからない。

 レナルドは、どの時点で姫の姿に感銘を受けるんだっただろう?

 そんなタイミングが、この外交にあっただろうか?

 史郎の言う通り、レナルドの行動原理は知っておく必要があるだろう。


「さって。そろそろ翔がしびれを切らしているから、戻ろうか? 」


 そう言って広げた道具をようやく片付け始めた史郎に「他に伝えたいことある?」と聞かれて、瑠衣は首を横に振った。

 離れた場所から、強い視線で翔の元へ戻ると「大丈夫か?」と心配してくれる。


「随分と時間がかかったな。」

「そうですか? でも特に何もなかったですから安心してください。」

「本当か・・・?」


 すっかり話し込んでしまったので、翔の心配は晴れないようだ。

 そこへ片付けを終えた史郎が何食わぬ顔で合流し「本当に、問題は無さそうだよ」と助け船を出してくれた。


「ちょっとこの先の事を話してただけ。お姫様のように丁重に扱ってもらうように頼むから、ゆっくりお茶でもして待っててねって。ね、瑠衣ちゃん。」

「そ、そうなんですよ兄様。史郎さんが、変なことを言うんです。普通人質って、檻の中に拘束されるものでしょう? なのにお姫様みたいにって、なんですか?」


 翔の疑いの眼差しが降り注ぐ中『本当に何を言い出すんだろうこの人は?』と首を傾げる。


「あ、でも物語で捕らわれのお姫様って、大体が素敵な殿方に助けられて、結ばれて幸せになるんですよね。そんな気分を味わいながら助けを待てたら、ちょっと楽しそうですね。」

「お前、これがどれだけ危険かわかって―――っ」

「あはは。じゃぁ、僕が助けたら瑠衣ちゃん僕と恋仲になってくれる?」

「ふぇ!?」

「史郎っ!!」

「だって、お姫様助けたら結ばれるんでしょ?」


 にっこり笑っている史郎が、別段それを求めているわけでないのは確かだ。

 恐らく、翔に心配させまいとする瑠衣の話に乗ってくれただけだろう。

 驚いて妙な声をあげてしまったが、コホンと咳払いを一つして「そうですね・・・」と真面目に考えるまねをして見ることにした。


「んー・・・でも、史郎さんって恋人って感じじゃないですよね。近所のお兄さんっていうか?」

「あら残念。っていうかそれ何回か聞いた。」

「そうですね。まぁ、そういうことです。」


 満面の笑みを作って、バッサリと史郎をフってみると「瑠衣ちゃんって僕に厳しくない??」と言いながらも、史郎は笑ってくれた。

 史郎との掛け合いが、最近妙に楽しくなってきている自分が居る事は否めない。


 そんなやりとりの動向を、睨みつけるように見ていた翔も、ついに諦めたのか、少しだけ表情を緩めた。


「瑠衣、史郎は有言実行の男だ。姫というくらいだからな、きっとお前の為にふかふかの布団と最上級の茶と菓子が用意してもらえるだろう。そこで十二分に休んでいるといい。」


 自業自得だけれど、無茶振りされた史郎が「難易度あがってない?」とおどけたのを無視して、翔の手が瑠衣の頭にポンと乗る。


「・・・」

「・・・」


 言葉にならない思いのかわりに、瑠衣の頭に置いた手が、クシャリと髪を撫でる。 その柔らかな指使いを感じながら、瑠衣も言葉無く翔の顔をじっとみつめた。

 その鋭い目つきを皆は怖いと言うけれど、瑠衣にとってはいつも見守ってくれる強くて優しい目。


『・・・大好き。』


 ふっとそんな想いが笑みとともに沸いた。


「兄様と約束しましたから、私は大丈夫ですよ?」

「・・・そうだな。」

「約束、守ってくださいね?」

「あぁ。必ず。」


 瑠衣の頭を撫でる手が、後ろ髪を引かれながら離れていく。


「見送られるのは慣れませんけれど・・・兄様、史郎さん、ご武運を。」

「あぁ。瑠衣もどうか無事でいてくれ。」


 翔の隣で史郎も黙って頷いた。

 それに頷き返して明日花達の方を振り返る。


「明日花様、萌生さん。私は急用ができましたので、一端席を外しますが、どうかお気になさらずに。明日花様、明日花様の所作はそのままで気品がありますから、お食事は気負いせず楽しんでくださいね。」

「急用って・・・瑠衣、気をつけるのですわよ?」

「瑠衣様・・・お気をつけて。明日花様の事は、私が必ずお守りします。」


 何かを察し、心配してくれる明日花と萌生に出来るだけ自然な笑顔で微笑むと

「行ってきますね」と瑠衣は扉を開けてメイドの元へ。


 カチャリと閉まったその扉の音が、始まりの合図のようにも聞こえて、瑠衣は身を引き締めながら、おろおろと先を歩くメイドの後ろをついて歩いた。

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