第43話 優秀な餌

「あの小娘の素性は割れたのか?」


 煌びやかな甲冑を着た大柄の男、ヨルデ領騎士団長のラーグが部屋に入ってきた兵に問いかける。

 跪いた兵は顔を上げることなく「いえ・・・」と項垂れた。


「おやおや。私はあなたの諜報力力量を見誤っておりましたかな?」


 ラーグの横で、杖をついた長身の男、副団長のクリスが訝しげに長く伸びた髭を撫でた。


「申し訳ございませんクリス様。しかしあの小娘、いくら調べでましてもこの数ヶ月の記録しか無いというのです。」

「言い訳は無用。」


 ピシャリと言い放ったクリスが持っていた杖に仕込んでいた刀を抜き兵に突き刺す。

 兵は一度目を見開いた後、ぐったりとそのばに倒れこんで息絶えた。


「有益な情報がないのなら、喋らなくて結構ですよ。」


 冷ややかに納刀するクリスを、ラーグが呆れ顔で目を細めた。


「お前はもう少し辛抱できんのか? バーロン様の御前だぞ。」

「私の駒をどうしようと私の勝手でしょう。」


 たしなめるラーグに、フンと鼻を鳴らしたクリスは奥の座に座ってその一部始終を傍観していたバーロンに向き直った。


「さて・・・使えない駒の尻拭いに私からひとつ報告が。あの娘ですがね、厨房の雇われと随分意気投合したようです。それから特注の茶葉の正体にもおそらく気づいたのではと。」

「茶葉に・・・?」

「まぁ、あれは倭ノ国に自生しているもの、料理人としての腕を絶賛されるほどとの事ですので、野草にも詳しいとすれば納得はいきますが・・・その目ざとさと取り入りようは鼻に付きます。」

「やはりただ者では無いようだな。」

「えぇ。面白そうな素材です。是非お茶でもしたい。」


 うっとりと言うクリスとは逆に、面白くなさそうに息をついてバーロンは腕を組んだ。

 ラーグも怪訝な顔でクリスを一瞥し「いかがいたしましょう」とバーロンの命を待つ。


「だとしてもだ、娘の価値は変わらぬ。予定通り拘束し、奴らを手中に握る。方法はクリス、お前に任せる。全てが終わった後ならば、貴様の玩具に加えても良い。」

「有り難きお言葉です。承知いたしました。」

「だが、良しと言うまでは、くれぐれも殺すでないぞ?」

「お任せください。心臓が止まらぬよう細心の注意をさせていただきますとも。」

「頼もしいことだな。ラーグ、お前は私と共に来い。万が一にも奴らが暴れるようなら身の程をわきまえさせなければなるまいて。」

「はっ。」


 命を受けてラーグとクリスが跪く。

 その時、何かの気配を察知したラーグが短剣を窓の方へ投げつけた。

 パリンと音を立ててガラスが割れ、重厚なカーテンがそっと風でたなびく。

 ゆっくりと近づきカーテンの裏を確認するも、そこには誰もいない。

 ただ、床には勲章がひとつ、明らかに故意に置かれていた。


「宣戦布告のつもりか、姫の私室に潜り込んだ礼か・・・」


 ラーグが拾い上げた勲章はバーロンの私室で厳重に保管されているはずのバーロンの勲章。

 それを見て、バーロンが「ふはは」と高笑いをあげた。


「この私の私室に潜り込むとは、舐めたまねをしてくれる。潮の使者からの報告通り、ただ者では無いようだな。お前達、たかが5人だと侮るな!? 完膚なきまでに叩き潰してくれてやる!!」


 怒りに身を震わせながらもバーロンは「相手にとって不足なし」と高笑いを続けるのだった。




 ***




 茶番ともいえる明日花の外交は、その後もつつがなく進み、残すは食事会のみとなった夕刻。

 案内を待つ間、疲れと緊張で倒れそうになっている明日花を必死で励まし支える萌生の姿を、瑠衣はどこか他人事のように眺めていた。

 

 初めて尽くしの異質な場所で、明日花はこれでも必死でその場に立っているのだと思う。

 それがどれだけ大変な事なのか、無縁の世界でぬくぬくと守られている瑠衣には想像も付かないことだけれど、覚悟だけでどうにかなるようなものでは無い事はわかる。

 その努力が報われると良いなと思いながらも、瑠衣の頭の中はレナルドとこの先の事で一杯になっていた。


 まとまらない思考に頭の中がぐちゃぐちゃになって、落ち着こうと折り紙なんかをして、集中力を取り戻す。

 

「・・・瑠衣は、何をしているんですの?」


 そんな瑠衣に、明日花が当然の疑問を投げかけてきた。


「懐紙を折って、蛙にしてみました。明日花様、よかったら差し上げます。」


 出来上がった蛙を差し出すと、明日花は受け取り首を傾げる。

 突然の折り紙の蛙に困惑する明日花に、お尻を指ではじくとちゃんと飛ぶ事を伝えて実践し、テーブルの上でしばらく3人で蛙を飛ばしあうと、少しだけ空気が和んだ気がした。


「で、これを私にどうしろというんですの?」

「そうですね・・・明日花様の御守りの代わりにどうぞ。」


 手慰み程度に作ったものに大して意味など無かったが、それっぽい理由を思いついたのでそのまま明日花に贈ることにした。

「何故蛙・・・?」と戸惑いの増す明日花の横で、萌生が何かに気づいて顔を上げる。


「御守り・・・あの、失礼ながら瑠衣様、カエルと帰るを・・・?」

「当たりです。 蛙と帰るをかけてみました。無事カエルの御守りってことでどうでしょう? 他にも、病が跳ねカエルとか、福をむカエルとか、蛙ってちょっとした縁起言葉ですよね。よく見ると結構可愛いし。」

「あなたの呑気さは相変わらずですわね。その器が羨ましいですわ。その余裕を少し分けてほしいですわ!!」

「なんかすみません。変わらず緊張感無くて・・・」

「・・・いいえ、きっと瑠衣はそれでいいのですわ。このカエル、有り難く頂いておきますわね。よく見るとこの顔、少し瑠衣に似ていますし。気が張り詰めすぎたときにはこれでも眺めて、あなたの呑気さを思い出すとしましょう。」

「確かに、少し瑠衣様に似ていますね。のんびりとしているかんじが見ていると和みますし。」

「あ・・・りがとうございます?」


 蛙に似ている事に、どうリアクションを取ればいいのかは分からない。


「しかし瑠衣様のその余裕は何処から来るのですか? 落ち着きようが段違いといいますか、来るべき時の為に、秘訣があれば是非教えていただきたいです。」

「秘訣なんてそんな・・・萌生さんのポーカーフェイスの方がずっと凄いですよ。私は、皆さんが背負う責任のようなものが何もないから気楽なだけです。あえて何かあげるとすれば慣れですかね。元々定住していませんから、私にとってはここが何処でもさして変わらないんです。兄様と史郎さんと一緒にいる事が、私の日常の風景なので。」


 部屋の角では、翔と史郎がずっと話を続けていた。

 内容は聞こえないけれど、真剣な表情で史郎と向き合う、普段は見られない翔の横顔にキュンとしてしまう。

 気が散るのでなるべく見ないようにと思いつつも、視界の端に翔を映しては、ずっと確かな安堵を感じていた。


「なるほど。あのお二人が瑠衣様の精神的支えなのですね。確かに、大切な人が側にいるというだけで、強くなれたりしますよね。私も、気を引き締めて明日花様をお守りしたいと思います!」

「萌生・・・ありがとう。私も、守られてばかりの情けない主ではいられませんわ!!」


 覇気が戻ってきた2人が手を取り合うのを『良かったな』と微笑ましく見守っていると、突然部屋の扉がノックされ「失礼します!」と扉が開いた。


 まだ少し早い来訪者に、部屋の空気がざわつく。

 開いた扉の向こうから、緊張感が漂う部屋を、小柄なメイドがおどおどと見渡していた。


「あの・・・瑠衣様はいらっしゃいますか?」

「・・・私?」


 か細い声で呼ばれた名前に驚き、史郎と目くばせしながらメイドの元へ向かう。

 

「あの、私が瑠衣ですが、いかがなさいましたか?」

「シェフ・・・ジェフリー様が、えっと、至急確認したいことがあるそうなのです。一緒に来ていただ来たいのですが。」


 メイドがたどたどしく用件を伝えてくる。

 緊張しているのか、重ねた手が震え、そらされた目は潤んでいる様に見えた。


「先ほど十分にお話したのですが、何用でしょう?」

「え!? あ、申し訳ありません。私はその、よく分からなくて・・・と、とにかく来てほしいそうなんです。お願いします。一緒に来てくださいませ!!」


 震える手で、ぎゅっとエプロンつかんでいる必死なメイドから、とにかく連れてこいと言われているのが見て取れた。


「・・・わかりました。少々お待ちくださいね。」


 メイドと話していてもらちがあかなさそうなので、断ってから一度部屋へ戻る。

 扉を閉め振り返ると、すぐそこに史郎と翔が側で立っていた。

 食事の最終確認のために呼ばれたと報告すると、史郎と翔の表情が明らかに曇る。


「えっとね瑠衣ちゃん・・・」


 何から話そうかと言葉を詰まらせる史郎に、説明はいらないと首を振るった。

 十中八九これは罠。それはあの震えるメイドを見ても明らかだった。


「残念ながら、私はお食事とれなさそうですね。でも、先ほどの試食でお腹いっぱいなので、丁度良かったかもです。それに、兄様に金平糖いただきましたから、お腹が空いても大丈夫ですね。」

「瑠衣、お前・・・っ」

「そんなに驚かないでください兄様。兄様が言ったんじゃないですか。「あいつを餌にする気か!」って。大きな声でしたから、外まで聞こえてたんですよ?」

「確かに言ったが・・・」

「私、兄様と史郎さんとの連携だけは、明日花様や萌生さんに負けたくなかったので、無いなりの頭で一生懸命考えたんですよ! この中ではどう考えたって、私が一番引き離しやすくて叩きやすいですからね。早々に離脱するんだろうなって。でも、すぐのは殺される可能性は低いんですよね? だからこそのお約束。あってますか?」

「・・・。」

「あはは。これは瑠衣ちゃんに一本とられたね。そう、敵は餌に食い付いた。瑠衣ちゃんはこれから人質になる予定だよ。もちろん、瑠衣ちゃんが殺されないように色々用意はしてきてる。ま、絶対に安全ってことはないけどさ。」


 黙ってしまった翔の代わりに、史郎があっけらかんと状況を晒す。

 それに「私も全力で生き延びますね」と明るく返すも、翔は心配と不満に顔を歪めていた。


「もう、兄様そんな顔しないでくださいよ。それに、これって良いことですよね? 相手様は兄様方の想定内でしか動けてないってことでしょう? 私は今回の策は知りませんけれど、食いついたって事は、餌として優秀だったってことですよね? なら、お役に立ててうれしいです。私は、兄様を何よりも信頼していますから、何も不安はないんです。だから、大丈夫ですよ。」


 心配をかけないように出きるだけ明るく振る舞う。

 本当は怖い。

 離れている間に翔が死んでしまうとしたなら・・・それを思うと恐ろしさに身がすくむ。

 打開策はまだ得られていない。

 それどころか油断すれば脳裏を過ぎる無惨な光景。

『大丈夫』だと何度も自分に言い聞かせ、呼吸を整えるのに精一杯だった。


「あーぁ。瑠衣ちゃんの半分、いや四分の一でもいいから翔が素直で努力家だったら、僕の人生もう少し楽だったかもなぁ。」


 そんな状況を知ってか知らずか、茶化すように言う史郎の言動が、くすっと笑えて緊張をほぐしてくれる気がした。


「けど、無理は禁物だよ。ちょっと顔色が悪い気がするんだよね。気になることもあるし、離脱する前にちょっとあっちで診させてもらえる?」

「いいですけど、私元気ですよ?」

「いいから診て貰え。」


 何故か翔まで診察には前向きだ。

 気づいていないだけで、身体に異変が出ていただろうか?

 それとも不安が顔に出過ぎてしまっていたのかなと頬を擦りながら、窓際に用意された椅子に腰掛けると、史郎は目を中心に顔周りを軽く触診し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る