第41話 旅のお供に古鍵を

「というわけなのですわ。」


 事の成り行きを話し終わり、明日花がそっと息をつく。

【アサカ】については史郎から話を聞いていて、その存在は知っていたのだが、その時は「【アサカ】っていう変な薬が出回ってるから手を出しちゃだめだよ~」程度の、軽い注意を受けただけだったので、そんな恐ろしい品であったことに心底驚いた。


『そんな危ない薬なら、もう少し真剣に注意しようよ史郎さん・・・何かのついでにポロッと言ってただけだった気が・・・』


 とはいえ、病弱な身体に加えて、合わない薬の副作用にも散々苦しんできた瑠衣が、興味本位で妙薬に手を出さない事は、それに付き合ってきた史郎が一番よくわかっているのだろう。

 たとえそれが、目の呪いをも治す薬だと言われたとしても「じゃぁ買います。飲みます。」とは絶対ならない。

 自己判断で薬を飲むなんて事は、瑠衣には恐ろしくてできないのだ。


「お話聞かせていただいてありがとうございました。おかげでなんとなく、置かれている状況を理解出来ました。」


 明日花に礼を述べて、お茶を啜る。

 話を聞いた限りでは、瑠衣の知っているイベントと結びつくモノは何もなかったけれど、「陰謀の渦中に足を突っ込むような物」の意味がようやく分かり、いつ誰が命を落としてもおかしくない状況である事がしっかりと確認できた。


『それにしても、国の重要案件の調査って・・・先日の黒服隊といい、史郎さんって凄いんだ。ってことは、兄様も同じくらいのお仕事を・・・やっぱり兄様は凄いなぁ。』


 知れば知るほど、史郎のことはもちろん、翔のこともさほど知らないと気づく。

 何もかも知った気で、全てを諦め世界を閉ざしていた日々は戻らないが、少しずつでも知っていきたい。

 そして声を大にして言いたい。

「世界で一番強くて恰好いいのは兄様なんですよ!!」と。


『っていうか、この間の黒服隊の服着た兄様めちゃくちゃ恰好良かったんだよなぁ。ローランドってヨーロッパ系の国だったはずだし、もしかして貴族服みたいなの着る機会とかあるかな・・・見たい。絶対に、格好いいはず。えー、ドレス着て一緒に踊りたい!! ワルツ・・・あ、駄目。心臓が持たないです兄様。。。』


 頭の中で翔の妄想が炸裂する。

 湯飲みに入ったお茶に映る自分の顔が、ニヤケているのに気づき、顔の筋肉をキュっと引き締めてから、顔を上げた。

 正面に座る明日花は、そんな瑠衣とは正反対になにやら思い詰めた顔でこちらを見つめていた。


「まさか、瑠衣まで来る事になるとは思っていませんでしたの。あなたを危険に巻き込んでしまいましたわ。ごめんなさい。」

「とんでもないです。こうする事を提案したのは史郎さんですし、来ることを決めたのは私ですから明日花様が気にする事ではありませんよ。それに、皆さんが命懸けているところ、こんなことを言っては不謹慎ですけれど・・・私、楽しいんです。料理もですけれど、今までやってこなかった事を沢山させていただいて、知らない事も知れて、お仕事してる兄様を見ることもできますし。こんな機会でもなければ兄様は、私を仕事場になど連れて行ってくれませんから、私はむしろ感謝してますよ。」


 申し訳なさそうに下げられた頭を、あげて欲しいと必死でお願いすると、うつむいていた明日花の顔が、ゆっくりと正面に戻ってきた。


「それに明日花様、私は長く旅をしていたんですど、こういう船旅って初めてなんです。船に乗るときはいつもこう、薄暗い埃まみれの狭い部屋で一人息を潜めて乗っていたので・・・。自由に船内を歩き回れるのも、海の上に浮かんでいる景色を見るのも、こうして船の中でお茶を飲むことも、全部初めてで。ですから、本当の事を言ってしまうと、出航からずっとわくわくし通しで、明日花様の公務の事とか忘れてたんですよね。お友達とお出かけしているような、そんな気持ちで悠長に構えていました。ですから、謝罪するのは私の方といいますか、詳しい事情を知らされていなかったとはいえ、明日花様の大切な公務にお供させていただく身として、もう少し緊張感を持つべきでしたよね。」

「瑠衣、あなた・・・ふふふっ。何ですのそれ。私はこの船の上でずっと不安と緊張で身を切るような思いでしたのに、お友達とお出かけって・・・呑気なものですわ。」


 安心したのか、明日花の肩に入っていた力がふっと抜けるのが見てとれ、その微笑に「ほんとですよね」と瑠衣も笑って返した。


「本当を言えば私もね、来てくれたのが瑠衣で良かったと思っていますわ。そうね、せっかく友人と隣国へ行くのだもの。面倒事が順調に片づいたなら、土産物を選びに街探索にでも行きましょう。付き合ってくれますわよね?」

「もちろんです。楽しみにしてますね!」



 それからしばらく、街に出たら何をしたいかと談笑に花を咲かした。

 華やかなドレスに舞踏会、甘いスイーツに、光り輝く装飾品。

 ローランドは中世のヨーロッパを模した国であるため、女の子の憧れがぎっしり詰まっている。

 ヨルデがどこまでその恩恵を受けているかは定かではないが、衣食住の文化が倭ノ国と違うのは確実。

 新しいものに目がない明日花も、そのカルチャーには興味津々な様子で話が弾んだ。


「最後に瑠衣にお願いがありますの。仕事をひとつ、頼まれていただきたいのですわ。」


 一通り語り終えて、残っていたお茶を優雅に飲み干した明日花がそういいながらテーブルにそっと小箱を差し出す。

「開けてみて」というので手に持ち開けてみると、中には錆びた古鍵が1本無造作に入っていた。


「家の書庫の鍵ですわ。」


 当たり前のように言ってのける明日花に、首をひねる。

 許可を貰って、時々調べ物に立ち寄ることはあるけれど、頻度はそう高くはないし、だいたい城の書庫の、明らかに代わりがなさそうな古鍵を差し出されても困る。

 困惑している瑠衣を見て、明日花はクスクスと笑っていた。


「旅の無事を祈願する、おまじないの様なものですわ。遠くへ出向く際には古鍵を身につけているといいって聞いた事がありますの。錠は鍵がなければ開かないでしょう? 困難が訪れても、鍵が錠の元へと戻る力が、守ってくださるんですって。」

「そうなんですか? 初めて聞きました。」

「あら、そうですの? 他に代わりのない複雑なものや、年期のはいった古鍵であるほどいいそうですわよ。ですから家の中で最も古い書庫の鍵を拝借してきましたの。これをあなたに持っていて欲しいんですわ。」

「私に? お守りでしたら、明日花様がお持ちになるべきかと思いますが。」

「ふふっ、そうね。本来はそうなのでしょうけれど、私はどうしても瑠衣に持っていて欲しいんですわ。だってわたくし、この鍵を無くしたくないですから。」


 「目まぐるしい予定の中で、うっかり落としたら大変ですもの」と言う明日花は、その鍵がどれほど貴重なものかを力説してくれる。


 そもそも城の内部にある書庫は、敵襲の際に一時的に身を隠せるように設計された場所でもあるらしい。

 そんな書庫の鍵は、代わりがないばかりではなく壊すことも難しいそうで、鍵なしで書庫を開けようとするならば戸ごと破壊するしかないのだとか。

 しかしその戸ももちろん頑丈で、壊す事、壊した後に元に戻すことにかなりの費用と時間を要するそうだ。

 そんな書庫の戸をきっちりと閉めてきたという明日花。


「普段は人の出入りはないので大丈夫ですわ。」

 と言うが鍵がなくなった事が知れれば城内は大騒ぎだろう。

 そんな大切な鍵を、自分が無くしたくないから預かってほしいなど、そんなだから我が儘姫と言われるのではなかろうか。


「それなら萌生さんに・・・・」

「いいえ! これは瑠衣が持つべきなのですわ!!」


 これだけは譲れないのか、物凄い剣幕で声を上げる明日花。


「私、どうしたら平穏無事にこの公務が終わるのか、ずっと考えていましたの。そして出た結論は、瑠衣が無事でいることですわ。瑠衣さえ無事でいてくださるのなら、先生もあの人も安心して全力で仕事をしてくださるでしょう。そうしたら私はしっかりと守られて、ほら、あなたが適任でしょ? 全てが上手く行きますわ。」


 『「ほら!」じゃないわっ』と叫びたい気持ちを奥歯の奥でかみ殺してにっこりと笑う。

 言いたいことは分かる。

 なんせ翔は瑠衣に何かあれば明日花を斬ると断言しているわけで。


「いえ、でも動き回る予定の私と守られる明日花様では、明日花様の方がなくす可能性は少ないのでは? 万が一にも私がその鍵をなくしてしまったらと思いますと、荷が重すぎます。」


 明日花はともかく、瑠衣がなくしたら打ち首ものなのではないだろうか。

 ここは丁重に辞退したいところ。

 けれど明日花、考えを曲げる気はサラサラないようだ。

 押し問答の末、明日花が立ち上がる。


「それなら安心して頂戴。いい隠し場所がありますわ。」


 「動かないで」といわれ大人しくしていると、背後に回った明日花がグイグイっと瑠衣の髪を引っ張ったあと、ニッコリと顔をのぞかせる。


「ほら、これで、たとえ身ぐるみはがれたとしても、鍵は見つかりませんわ。」

「あぁ。なるほどそうですね・・・素晴らしい発想だと思います。」


 自信満々に鏡を見せてくる明日花の、その強い押しに半ば諦め苦笑いを浮かべるしかできない。

 これ以上の説得は無駄だと悟り素直に鍵を押し付けられるしかなかった。


「失礼します。明日花様、萌生です。」


 丁度その時、部屋の外から萌生の声が聞こえた。


「それでは瑠衣、お任せしましたわよ! あぁ、くれぐれも誰にも話さないで頂戴ね。人に話すと、御守りの効果が減ってしまうんですって。私とあなたの秘密ですわ。」


 満面の笑みでそう言ってから、明日花は萌生の入室を促しす。


「あ、瑠衣様もこちらだったんですね。翔様が瑠衣様を探して炊事場の方へいってしまわれました。」

「兄様が?」


 だったら茶器を片付けに戻れば会えるかなと、テーブルに広がっていた食器を手早く片付けると、明日花にお茶のお礼を述べてから瑠衣は部屋を後にした。

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