第40話 明日花の公務 2

 それから数日が立ち【国盗りの会】が始まってまもなく、明日花は史郎を城へと招いた。

 萌生やエネに協力をもらい色々と調べを進めて行くうちに、商店街の盗難事件が大きな組織犯罪の一部にすぎない事に辿り着き、それに気づいた頃、明日花に手鏡を売った露天商の変死体が町に転がった。

 領主不在のなか、これ以上は明日花の命が危険だと判断したエネから、史郎に相談するよう言われ、それが妥当だと思った明日花はそれに従った。


 部屋には明日花と史郎。

 萌生は外で人払いと見張りに目を光らせていた。


「・・・と、いうことがありまして、これがその手鏡に入っていた紙ですわ。」


 商店街での盗難事件について一通り説明し、明日花は手鏡と紙を並べた。

 その内容は、商店街で盗まれた物が書き出された目録。


「成程。何で僕が呼ばれたのかようやく分かったよ。こそこそ嗅ぎまわってるのは知ってた。だから調査を手伝えって話なら断ろうと思って聞いていたけれど・・・これは真面目に聞かないといけなさそうだね。」


 目録を手にとり一通り目を通した史郎の目が、スっとその色を変える。

 その時点で、大体の事情は把握した様子ではあったが「続けて」と向き直った史郎に、明日花は緊張しながらもその先に知った話続けた。


 目録にあった品を、最近読んだ別の事件の資料で見た気がしていた明日花。

 気になって調べたのは、国内で密かに流通し、死者が多数出て問題になっている妙薬【アサカ】に纏わる事件。

 明日花の記憶は正確で、現場で見つかった【アサカ】が入っていた容器が、目録にある品と同じ物であったのだ。

 さらに別事件の資料を読み漁っていくと、他の現場で発見された容器が目録と合致し、ただの盗難事件は一転して、国を巻き込む大事件と繋がった。


「ところでこの目録は、いったい誰が何のために作った物か、調べは付いてる?」

「はい。それはある貿易船に乗った品の目録。行き先は隣国、ローランドですわ。商店街で盗まれた物は、一度貿易品としてローランドのヨルデ港へ送られ、そして再びこの潮の港へ帰ってきていますわね。おそらくその中に【アサカ】を忍ばせて。」


 【アサカ】の流通経路を探るため、各所で貿易・交易に関する取り締まりは、昨今かなり強化されていた。

 そのため、輸出入の記録がきちんと残されている。

 出て行った盗品は、日時をずらしたり、装飾されたり別物に偽装されたりしながら、確実に潮へ輸入されている事が見受けられた。


「その貿易を一手に引き受けていたのが影虎様でしたわ。盗難について重い腰をあげないのもそのためだと容易に推測できますわね。」


 目録の横に事件資料や交易品の記録を次々と並べると、それをまじまじと眺め、史郎は「まいったなぁ」と苦笑する。

 

「この短期間に、盗難事件からよくこれだけの事を調べたね。調査隊に追いつく勢いだよ。さすが瑠衣ちゃんのお友達。・・・狐って案外賢いんだよね。嫌になる・・・」


 ここで指すお友達が、明日花ではなくエネだという事は、もちろん明日花は知らない。

 ボソッと付け足された一言が引っ掛かった。


「狐?」

「あぁ、いやこっちの話だよ。それで、ここまで調べ上げてどうするつもり? 影虎の悪事を暴いて罪を問うなら、今はお勧めしないよ。」

「えぇ。それは私のやるべきことではないと承知しておりますわ。本日先生をお呼びしたのは・・・別件こちらですわ。」


 懐から書状をとり史郎へと差し出した。


「先日路地裏で発見された変死体、亡くなられたのは手鏡を売ってくださった露天商の方なのですが、それを知った2日後、外出中に私の私室に賊が入り込みましたの。帰宅しましたら、部屋は荒れて畳まで返される大惨事。ですのに高価な物など含め盗まれた物は何一つなくて・・・おそらく手鏡を探したのだと思いますわ。肌身離さず持っていて、部屋には置いておりませんでしたので。

 そして昨日、ローランドからの遣いを名乗る者が登城しまして、頂いたのがこの書状ですわ。」


 その書状は、ローランド国ヨルデ領領主、バーロン伯爵からで、交友を目的として明日花を城へ招きたいという内容。

 さらに、船や護衛も手配するので、たとえ1人だとしても快適に安全に旅ができる旨がかかれていた。


「冗談みたいな内容だけど、署名に刻印に・・・正式な書類みたいだね。」

「えぇ。潮の有力者である影虎様なら、私が世間知らずのお飾り姫だと知っていることでしょう。こんな非常識な提案でも、お父様も不在の今なら、押し通せるという判断なのですわ。」

「みたいだね。で?」

「もし、この誘いに乗ることで潮の為になるのでしたら、行きたいと思っておりますわ。どの道、手鏡がある以上殺されるのを怯え待つだけですもの。散々迷惑をかけてきたんです。死ぬならせめて、潮の為に何かを遺して死にたいですわ。ですから、もしこの状況を、この命を活かすことが出来るのでしたら、【アサカ】事件の調査のために使っていただけないかと思いましたの。それが、先生をお呼び立てした本当の理由ですわ。」

「・・・つまり、僕に連れて行けって事?」

「はい。」


 事件の資料を読み込んだとき、度々史郎の名前を目にしていた。

 ほぼ全ての事件の、検死を担当した医師の欄に史郎の署名がなされていたからだ。

 それで、史郎が調査隊の一員であることを知った。


「先生。私を連れてローランドへ行って下さいませんか?」

「話はよくわかったよ。けどね明日花嬢、先に一つ言わせてもらう。自分を過信しないことは大切だけれど、必要以上に過小評価するのも駄目だよ。明日花嬢は潮の姫だ。それは能力に関係ない事実。姫が異国で死んだら、戦争だってありえる。そうしたら残るのは無益な争いと無残な屍だけ。自分がそういう存在だって事は忘れてはいけない。それに僕は医者だよ。死ぬこと前提に話されちゃね・・・」

「そう・・・ですわね。失礼いたしましたわ。」

「でも。その心意気は買うよ。姫が自ら囮になるなんて許される策ではないけれど、書状こんな物を送りつけてくるくらいには、向こうも余裕はないようだし、叩くなら今かもしれない。」

「では!?」

「勘違いはしないで。やるなら個人的にだよ。明日花嬢が僕に護衛を依頼するなら、条件次第では受けてあげる。けど僕は流れ者。明日花嬢は、僕を金で買うことになる。兵を金で買うって事はそこに個々人の信頼関係はないからね。」


 よく考えるんだよ。と言う史郎に、明日花はふふふと柔らかく口角を上げた。


「そういうことでしたら是非、先生にお願いしたいですわ。条件をお聞かせ願えます?」


 即決するとは思わなかったのか、戸惑った様子の史郎は少し言葉を詰まらせた。

 

「条件・・・は、ね、お願いが3つある。1つは、明日花嬢は他の何を犠牲にしても国へ帰る意志を持つこと。捨て身じゃ守りようがないし、姫に死なれたら僕ら切腹するしかないからね。もう1つは、この件についての事の運びを、全て僕に一任してほしい。どの道、明日花嬢は隊の編成や外交の管理までは出来ないでしょ? かといって用意されたものにそのまま乗っかるのは愚策。だからその手配、僕にやらせてほしい。最善はつくすつもりだけれど、明日花嬢にしたら影虎が僕に変わるだけだから、信用できないっていうなら仕方ないけど。」

「わかりましたわ。残念ながら現状、先生以上に信用を置ける人間はおりませんので、この命の行く末を託すことに異論はありませんわ。」

「あ・・・うん。」


 史郎は呆気にとられている様子だった。

 それは正しい反応だと思う。

 時々往診に来てもらったり、瑠衣と親交がある手前、史郎とはそれなりにつき合いはあるし、史郎以上に頼れる人間が居ないのも確かだが、2人は決して、手放しで信用できる間柄ではないのだ。

 それでも、明日花が即決して命を史郎に託すことができるのは、以前瑠衣から

「史郎さんって負け戦をしないんです。だから、史郎さんが前向きな時は多分大丈夫って事なんですよ。」

 と、聞いたことがあったから。

 その言葉を信じるのならば、史郎が先陣を切る事はむしろ願ったりかなったりである。


「あの、先生。それでもう1つは?」

「あぁ、もう1つは・・・報酬。個人的に探しているものがあってね。多分、それを今明日花嬢が持っているんだよ。だから、それが欲しい。護衛の報酬はそれでいいよ。【アサカ】の方は、今回はおまけ。解決すればそっちの雇い主から貰えるし。あくまでも、招待を受けて隣国へ出向く護衛を引き受けるという事にしておいた方が後々楽だから。」

「わかりましたわ。私が持っている物がお役に立つのでしたら何でも好きに持って行って下さい。その報酬お約束させて頂きますわ。でしたら先生、私の親衛隊隊長ということで、ヨルデでの公務の同行及び護衛をお願いできますわね?」

「了解。その仕事、引き受けさせてもらうよ。とはいえ、たぶんこれは一筋縄じゃいかないから、型破りに好き勝手させて貰う事になると思う。悪いけど色々目を瞑ってもらえると嬉しいかなぁ。」

「それならご心配なく。私は型というものを知りませんわ。ですから先生の動きやすいように。」

「助かるよ。」

「では、よろしくお願いしますわ。」

「こちらこそ。」


 あらかじめ用意していた正式な仕事の依頼書にお互いが署名をする。

 こうして、史郎と明日花の間に、雇用関係が成立したのであった。

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