第30話 史郎さんの憂い

 明け方の酒場街は治安が悪い。

 一晩中飲めや騒げやで楽しんだ輩が暴走し、斬り合いをはじめることも少なくないが、そんなはた迷惑な輩も撤収し、やっと静かな眠りについた酒場街で、史郎は一人冷たい空気を肌で感じながら人を待っていた。


「何用だ?」


 ふいに聞こえた声に、振り向くと、そこには白銀の髪が揺れている。 


「お前。あの子の周り飛び回って何やってんの? 鬱陶しいんだけど・・・」

「何の事だかな。」

「鬼神島でずっと傍観してたくせに白を切るつもり? ・・・まぁいい。僕は、できたらあの子には大人しくしていてもらいたいんだけど。それが世のためだと、思わない?」

「それは私には関係ない事だ。私は、小娘一人に構っていられるほど暇ではない。」

「あーそう。神様はお忙しくていらっしゃる。」

「・・・話が以上ならば、失礼しよう。」


 去ろうとする背中に「待ちなよ」と放つと、その背中は素直に止まった。


「あの子が彼女に重なり始めた。夢を見たとか言ってさ。・・・先読みの夢を。」

「・・・・・・・・・。」

「何が起こっている? お前は何を知ってる? 答えろよレン。」

「さぁな。だた、一つだけ言わせてもらうとするのならば、物語は変わり世界は動き出した。この先の事は誰も知らない。」

「どういう意味?」

「言葉通りだ。その是非は各々でのみ諮られることだろう。」

「さっぱり意味わかんないんだけど。」

「生き永らえた人間にも伝えておくと良い。すでに彼奴は物語の渦中に入った。その選択は時に大きすぎる代償を払うことになるだろう。とな。私が言えることはそれだけだ。」

「つまり、僕に話すつもりは無いと。よくわかったよ。でも・・・だったら忘れないでね? 何をする気か知らないけどさ。事と次第によっては、僕は殺すよ? お前もあの子も。それが僕の仕事だ。」


 ――― 好きにするがいい。


 不適な笑みを残し、死神レンは消えていった。


「ちょっと店先で何騒いでるのー? って、あら、史郎ちゃん。 今、誰かと話してなかった?」


 すぐそこの店から、モニカが顔を出す。


「あぁ。僕がこの世で一番嫌いな奴とね。もう行った。」

「あら、レンが来てたの? もう、あんまり兄弟喧嘩したらお姉さん悲しむわよ。」

「僕はあいつと兄弟になったつもりはないよ。大体あの2人結婚してないじゃん。っていうか、結婚ていう概念が・・・って、そんな事、どうでもいいか。ねぇ、モニカ、何であいつなんだろう? あいつ死神だよ?」

「さぁ? でも、昔から2人は仲良かったもの。史郎ちゃんが知らないずーっと昔からね。」

「嫌な言い方。」


 まぁ、馴れ初めなんかを知ったところで、レンを理解できる日が来ることはないだろう。というか、死神と分かり合う日など来なくていい。


「・・・にしても何が言いたかったんだあいつ。意味不明な言葉残していきやがった。・・・ねぇ、モニカ、あいつ絶対僕を見下してるよね?」

「そんな事無いと思うけど? レンに見えてて、史郎ちゃんに見えてないものがあるってだけでしょ。仕方ないわ。だってレンは死神だもの。」

「モニカまであいつの味方か。所詮手駒は何も知らず言われた事だけやってりゃいいって事なのかね。あー・・・腹立つ。」

「まぁ、荒れてるのねぇ。もしかして、議会に呼ばれてたの?」

「正解。どこへ行っても僕を小馬鹿にする奴ばっかりだ。何をしてもしなくても、責め立てられる・・・・・・・・・もう慣れたけどね。」

「史郎ちゃんは苦労人ねぇ・・・店入りなさいよ。一杯奢るわ。」


 モニカの誘いにのって、BARに入る。

 適当に見繕ってもらった酒を片手に、史郎は一人物思いにふけるのであった。

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