第24話  鬼神島にて

 3日後、瑠衣達3人は無事に鬼神島へと到着していた。今は翔が、島に唯一住む管理人に会うということで、桟橋で瑠衣は一人で海を眺めていた。


「んー・・・何か忘れている気がするんだよなぁ・・・。」


 穏やかな水面を見つめながら考える。


『そもそも、どうして兄様は鬼に負けるんだろう?』


 死者の魂を回収する傍らで、悪しき魂を浄化する役割を担う死神レンは、英霊を育成するためにも数あるダンジョンへ足を運ぶ。鬼神島も、そんなダンジョンのひとつだった。


「でも確かに、このダンジョン攻略のとき、翔をパーティーに組んだ記憶が・・・何でだっけ? ・・・ん?」


 何かを思い出せそうだった時、視界の端に紅い何かが過る。紅い可愛らしい着物を来た子どもが、走り去って行った。


「待って!!」


 なんだか見過ごしてはいけない気がして、瑠衣はその後ろを追いかけた。

 けれど、その場を自由に駆け回る少女に追いつけず直ぐに見失ってしまう。


 「あれ? この辺りだと・・・うわぁっ―――っ」


 キョロキョロと辺りを見回して、見事に足を滑らせて転げ落ちた。

 結構急な土手道から落ちて「痛っ」と目を開けると、目の前は紅。紅。紅。


 「綺麗。」


 時期でもないのに、一面に彼岸花が咲き誇っていた。その奥で、見覚えのある銀の髪が揺れる。いつもの黒いローブ姿ではなく、人間界用の器に身を映したレン。

 胸部を覆う青い鎧に脇差の西洋剣。腰に巻いた黒い布は風を受けて旗めいていて、立ち姿はまるで西洋の騎士姿。けれどやはり、人間離れした美しさは隠しきれないのか、そこだけ異様に世界がキラキラしている気がする。


「―――そう。向こうも警戒しているって事よ。一筋縄ではいかないわね。」


 そんな聞き覚えのある声は、メロディーナ。何かの調査の報告を、レンにしているようだった。

 物語が順調に進行していることが伺えて、心が憂う。


『悪いけど・・・兄様は死なせない。連れてはいかせないからね・・・レン』


 周辺調査を終え、消え去る背中に、瑠衣は心で訴えかけた。




「おや、まさかとは思いましたが、こちらでしたか。」


 背中から、誰かの声が聞こえて、ハッと我に返る。振り返ると、見知らぬ老人がにこやかに佇んでいた。

 そういえば、桟橋で待っているはずだったのに、勝手にこんな所へ来てしまっている。そしてここは何処なのだ?


「瑠衣さん、でしたかな? お兄様方が探しておられますぞ。」

「えっと、あなたは?」

「失礼。わしはこの島の管理をしとる柴丸しがんというもんじゃ。」

「あ、お世話になります。」


 瑠衣がペコリと頭を下げると、柴丸も軽く頭を下げる。


「あ、あの。この島に子どもっていますか? 小さな女の子を見たのですが見失ってしまって。一人じゃ危ないと思ったんですど・・・」

「それはそれは・・・しかし、島民は皆移住してしまっての、今はわししかおらんのですわい。」

「そうですか。確かに見たと思ったんですけど・・・もしかしたら、花の精とかだったんでしょうか。こんな綺麗な場所に連れてきてくれました。この彼岸花と同じ紅い着物の女の子でしたから。」

「・・・そうかい。」


 風に揺られて、彼岸花がサヤサヤと揺れるのを、しばし2人で見つめていた。


「柴丸さんが育てているんですか?」

「いいや。季節に関係なく、ここには彼岸花が咲く。この島のこの場所だけは、何故か鬼の瘴気が届かないんじゃ。」

「へぇ・・・不思議ですね。彼岸花が鬼を寄せ付けないんでしょうか?」

「さぁの。わしには鬼の事はよく分からん。」

「・・・そういえば、柴丸さんは鬼が怖くないんですか?」

「わしは人間の方が怖いよ。所詮鬼など人間の心に宿るものじゃ。島に住まう鬼だってそう、生み出した子の願いをただ叶え続ける哀れな鬼じゃよ。」

「・・・もしそうなら、鬼って案外優しいのかもしれないですね。」

「・・・。」

「・・・。」


 変な事を言ってしまって、妙な空気が流れてしまった。

 たくさんの人間を亡き者にしている鬼を優しいだなんて、それを目の前でずっと見て来たであろう柴丸に、間違っても言ってはいけなかったのではないかと反省する。

 次の言葉に迷っていると、「瑠衣ちゃーん!」と、どこからか史郎の呼び声が聞こえ、助けられた。


「お兄様方がいらしたようじゃ。向こうから上に登れますから行きましょう。」

「あ、はい。」


 先導してくれる柴丸の後をついて瑠衣は歩く。緩やかな斜面になった場所を上り、無事に史郎と合流できた。


「僕、瑠衣ちゃんが何してても驚かなくなってきたかも。この間まであんな大人しい子だったのに。慣れって怖いよね。でも、瑠衣ちゃんが視界から消えると騒ぐ奴がいるんで、ほどほどにお願いね?」


 物凄い笑顔で遠回しに窘めてたしなめてくる史郎にタジタジになりながら頭を下げ、世話になるという柴丸の小屋へと向かうのだった。




 ***


 


 鬼が居る場所には、日没後、干潮時に現れる道を渡らなければならないのだという。それまでの間、小屋で休憩をとらせてもらうということで、客間に案内されたのだが、翔と史郎は肩慣らしに行くと出かけてしまい、部屋には瑠衣が一人でぽつりと座っていた。


「・・・暇だなぁ。」


 あまりに暇すぎて、鬼神島のダンジョンマップを書いてしまった。ところどころ思い出せないにしても、ゲームと違ってアイテム回収するわけではないので問題ない。


「うん。いい出来かもしれない。」


 何かあっても、コレを見れば最短ルートでボス部屋鬼の所までいけるはずだ。


 やれる事もなくなってしまったので、立ち上がる瑠衣。

 柴丸が食事を振る舞うと言っていたのを思いだし、手伝わせてもらおうかと部屋を出た。

 台所へ行く廊下を進むと、居間の戸が少しだけ開いている。中から線香の香りが漂っていた。

 気になってのぞいてみると、殺風景な部屋の真ん中に小さな仏壇。その前で柴丸が線香を立てて手を合わせていた。


「孫娘なんじゃよ。もう10年も前に亡くなったんですがね。生きていたらあなたのような別嬪さんになっていたかもしれんの。」


 瑠衣の気配を察していたのか、そう言って柴丸が振り返った。


「あ、すみません。覗くつもりではなかったんですが」

「いいんじゃよ。璃子りこは生まれつき盲目で持病もあってな・・・親に見放されてこんな場所までやってきての。ほとんどを床で過ごしていたが、気だての良い子じゃった。」

「璃子ちゃん。可愛らしいお名前ですね。」

「あぁ。素直で優しくて、可愛い子じゃったよ。」

「あの、私もお線香をあげてもいいですか?」


 瑠衣の申し出に、柴丸は少し驚いた顔ををしたが「やってあげてください」と、その場を開けた。

 仏壇に飾られた姿絵には、床に臥せながらも稟とほほ笑む少女が描かれている。

 線香に火を灯して一筋の煙が昇っていくのを確認し、手を合わせてそっと目を閉じた。


『初めまして。璃子さん。私は・・・』


 ――― 独りぼっちだった私を看取ってくれたおじいちゃんを独りぼっちにしたくなかった。だからお願いしたの。そしたら出来たの。ただ、それだけだよ。


「え?」


 耳の奥でか細い声が響いて、驚いて目を開ける。変わりばえのない殺風景な部屋。いつの間にか柴丸の姿も見えなくなっていた。


「今の・・・あなた?」


 写真に問いかけて見るも、当たり前だが返事はない。


「瑠衣さん。お兄様方が帰ってきたようじゃ。もうすぐ日没、よろしければ食事の準備を手伝ってもらえますかな?」

「あ、はい。もちろんです。」


 廊下から聞こえた声に返事をし、瑠衣は部屋を後にした。




 ***




「食事の面倒まで見てもらって悪かったな。」

「いいえ。これくらいしか出来ませんで。今お茶のお代わりを・・・」


 柴丸が立ち上がる。「いや、もう十分だ」という翔の声も聞こえなかったのか、台所へと向かってしまった。


「風が変わってきたね。行くならそろそろ出た方がいい。」


 史郎が立ち上がる。その姿に、ふと違和感を感じて瑠衣は史郎の腰回りに目をやった。史郎も翔と同じく二刀流。だから左右に刀があるのはいいとして・・・何故か右に1本、左に2本、計3本の刀を差していた。


「史郎さん、どうして三本差しなんですか? もしかして、三刀流?」

「いやいや、瑠衣ちゃん。すごい今更だね。僕今までもずっと三本差してたんだけど。あと、三刀流ってなに? どこで持つのさ。」

「あー・・・あはは。」

「僕は普通に二刀流だよ。この一本はお守りだから抜かないの。だけど、持ってないといけないんだ。」


 左の一本を大切そうに触って教えてくれる。


「因みにこいつは、その刀だけは寝るときでも手離さない。」


 翔も追加情報を教えてくれる。

 抜かない刀を差し続けるって、邪魔じゃないのかな? と少し疑問に思いながらも、それだけ大切な刀なのだろうと理解した。


「行くか。・・・瑠衣、大丈夫か? 無理は―――」

「大丈夫です。」


 翔の言葉を遮り瑠衣が立ち上がったところで、廊下から ガシャーン と音がして、さらに何かが倒れる音がした。廊下に出てみると、割れた茶器の横で柴丸が倒れている。


「大丈夫ですか?」


 思わず駆け寄った瑠衣の腕を、柴丸の手が引いた。


「あ・・・あぁ、璃子。璃子や、そこに居たんじゃな。」

「柴丸さん?」

「行かないでおくれ・・・璃子・・・わしを一人にせんでくれ・・・行って・・・しまった・・・璃子・・・」

「瑠衣ちゃんを誰かと勘違いしてるみたいだね。鬼の瘴気に当てられたかな。とりあえず体に異常はなさそうだから、部屋に寝かせておこう。」


 譫言を繰り返す柴丸を軽く診てから、史朗と翔が部屋へと運ぶ。その間も柴丸は瑠衣の腕を離さなかった。


「璃子を・・・行かせては・・・」


 まるで何かに抵抗するように、ゆっくり絞り出される言葉。震える手から伝わるとても強い力。瑠衣はそこから彼の意思を読みとる。


 ――― 詮鬼など人間の心に宿るものじゃ。島に住まう鬼だってそう、生み出した子の願いをただ叶え続ける哀れな鬼じゃよ。


 おそらく、鬼を生みだしたのは璃子なのだろう。だって本人がそう言っていた。

 例え鬼を倒しても、璃子がいる限り鬼は生まれ続けてしまう。鬼自体が璃子なのか、鬼が抜き取った魂こそが璃子の原動力なのかはわからないけれど、璃子がこの世界に存在するためには、きっと鬼が必要なのだろう。


『それをずっと、伝えようとしてたんだね。』 


 ――― 璃子、わしを一人にせんでくれ


 ――― おじいちゃんを独りぼっちにしたくなかったの。


 2人の想いに切なくなって、瑠衣は柴丸の震える手を優しく撫でた。思いが通じたのか、すっと握られていた強い力が抜けていく。


「あの、兄様。私はここに残ります。」

「それでいいのか?」

「はい。柴丸さんを一人にはできませんし、このままでは時間も無くなってしまいますから・・・ここで兄様たちの帰りを大人しく待ってることにします。」

「そう、か。」


 面食らいながら、明らかにホッとしている翔。その横で、史朗は「おやおや」と瑠衣を勘ぐっているようだった。


「なら、ここは瑠衣に任せる。史朗、出るぞ。」

「あぁ。じゃぁ、念のため薬を置いていくね。よろしく瑠衣ちゃん。」

「お気をつけて。」


 出て行く2人をいつも通り見送る。


「あ、そうだ。」


 翔を先に行かせ、史朗がそっと瑠衣の元に戻ってきて耳打ちする。


「道が出来るのは、北側の灯台の麓だよ。出来るだけ魔物は狩っておいてあげるけど・・・夜道は危ないから、気をつけてね。」 


 後から追いかける気でいるのは見え見えのようだ。

よく見れば、渡された薬も、即効性の傷薬や毒消しなど、明らかに戦闘用。

「じゃっ。」と軽く手を挙げて、先を行く翔を追いかけていく史朗に「あはは・・・」と苦笑する瑠衣だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る