第23話 決闘です!

 開始の合図共に史郎と翔の持つ木刀が音を立てて激しい打ち合いを始めた。


「随分打撃が軽いけど、僕の事を倒すつもりはないのかな?」

「黙れ。」

「そうカリカリするなって。師として一つだけ忠告しておくけどこの勝負、甘く見てると狩られるよ。」

「黙れと言っている!!」


 ――― パァンっ


 強い打ち合いのあと、翔は後ろに飛んで間合いを取った。


『妙だな・・・』


 普段より史郎の動きに無駄が多い。

 最後まで術師瑠衣を守るのであれば、体力の温存は必須のはずだが、史郎の刀は翔を誘導する事に全力なのだ。おかげで翔も思ったように身動きが取れないが、余計に動いている分、史郎の方が持久戦では不利になる。


『加えてやたらと煽りやがる・・・罠か?』


 考える間もなく、頭上に無数の鋭い氷の刃が降り注ぐ。瑠衣の魔法だ。

 全く、いつ魔法など覚えたのだろう。しかし取るに足らない軽い魔法。

 翔は木刀を一振りし、それを全てを砕き落とした。


 術師とも対峙してきた経験から言えば、盾が壊れれば後は魔法を躱して詰め寄るだけで簡単に制圧できる。瑠衣に策があったとしても、史郎を倒す事がこの茶番の全てである事には変わらない。

 何かを頑張ろうとしている瑠衣を支えてやりたい気持ちはあれど、鬼神島の鬼は、ここ数年討伐に出た人間を誰一人として逃がしていない凶悪な鬼だという。初めて戦闘に加わる人間が対峙するのはあまりにも無謀だろう。かといって、それだけの強敵相手に、瑠衣を守りながら戦う余裕があるかも定かではない。

 残念だが、今回は諦めてもらう。それが瑠衣の為なのだ。


『悪いな瑠衣、俺は手加減はする気はないっ』


「はぁっ!」


 刀を構え直すと、一呼吸おき、翔は史郎に向けて駆け出した。




 ***




 カンカンッ ガツッ ガッ


「木刀・・・折れないのかな・・・?」


 万が一にも瑠衣にが大けがしないようにと、木刀を使うことにしたらしいが、いつ折れてもおかしくない程の鈍い音がに苦笑しながら瑠衣は呟いた。

 前方で千本ノックのごとく狂ったように木刀を振るう翔と、無差別に振り下ろされるそれを丁寧に受け止め続ける史郎の、争いの音を耳に焼き付けながら粛々と自分の準備を進める。


『それにしても、やっぱり生で見る兄様の刀捌きは圧巻。あのスピードに付いていける史郎さんって本当に何者なんだろう? いや、師匠ってことは兄様より強いのか・・・。凄いなぁ。・・・ってか私、なんて人と戦おうとしてるのかしら? ほんと、無茶がすぎる話だわ。』


 なるべく落ち着こうとすればするほど、余計なことが頭をくるぐる回る。自分の事なのに、あまりに無謀すぎて、対岸の火事を見ているような気持になってきた。

 

「出来ればこのまま傍観していたい・・・」


 ボソッと口からこぼれる本音。

 それでも、逃げるわけには行かない。


 ほぐした麻紐と古布に、これでもかと油を染み込ませ、自分の周りに円を描く。

 石灰を包んだ和紙と、火薬を包んだ和紙を手元において、準備は完了だ。


「よし、できたっ!」


『また子ども騙しって言われそう・・・まぁ、それも私らしくていいんじゃない? 大丈夫。流石にこの流れから死人が出ることはないだろうし・・・今回も、イベントと思って楽しもう!』


 胸に手を当て、すぅっと呼吸を整える。


「史郎さん、ありがとうございました。」


 その声が聞こえたかは分からない。

 身体を廻る魔力に集中する。


 ――― ファイアーランス


 頭上から、瑠衣目掛けて放たれた炎の槍は周囲に降り注ぎ、敷いた布に着火した。高々と上がる炎が瑠衣を囲む。見事な炎の壁が出来上がった。




 ***




「なっ―――!」


 激しい攻防戦の最中、突然史郎の手が緩み、勢いで倒れそうになる体制を翔は立て直す。 一つ間を置いてからそのまま畳みかけると、いとも簡単に倒れた史郎の首もとに木刀を突きつけた。


「何のつもりだ史郎?」

「降参。僕は倒されました。」

「お前今、手抜いただろ。」

「うーん。手を抜いたっていうか、最初からこういうつもりだったから。」

「ふざけるなっ。」

「ふざけてないよ。だって、翔の相手、僕じゃないでしょ。」


 ――― バァァァンンン


 轟音とともに、史郎の背後で炎が燃え上がる。

 円形に高く燃え上がった炎の中心で、瑠衣が何かを詠唱していた。


「瑠・・・衣・・・?」


 翔の力が緩んだ隙に、史郎が「よっ」と身軽に立ち上がると、翔の肩にポンと手をおいた。


「あの子、本気で翔とサシで勝負するつもりらしいよ。そんなわけだから、僕は退場させてもらうね。・・・って聞いてないか。」


 すでに何が起きたのかを本能で理解した翔は、戦闘態勢を立て直す。その背中に手をヒラヒラさせて、史郎は場外へと出て行った。




 ***




「おつかれさまですわ。先生。」


 場外へと出た史郎の前に手ぬぐいが差し出された。続いて飲み物も手渡される。

 可愛らしい敷物の上には、茶器やお茶菓子が並べてあり、そこだけ見れば花見の席かと思える観覧席に座り込む。


「ありがとう明日花嬢。場所の提供やら、瑠衣ちゃんのお世話やら、色々してくれたみたいで、助かったよ。」

「私は特別何もしていませんわ。何故か麻紐だの、古布だの、油だの、石灰だのを欲しがったので用意しましたけれど・・・。あの、先生? 実際瑠衣はどうなんです? 勝ち目はあるんですの?」

「さぁ? それは、瑠衣ちゃんの師匠に聞く方がいいんじゃないかな? 僕はあの子の実力知らないし。」


 史郎の視線が、試合を見つめる萌生の背中を向く。話は聞いていたらしい萌生がそっと振り返った。


「私は師匠などと立派なものではありません。ただ、基本的な魔法の扱いについて教えただけです。それに、昨日今日と瑠衣様に希望されたのは、ある技の躱し方のみ。それ以外の事は何もしていませんし、既に私の知らない魔法まで習得していますから・・・なんとも。逆に史郎様にお聞きしたいのですが、自分に向けて術を打つなど・・・戦場での術師は、ああいった戦略をとるのは定石なのでしょうか?」

「まさか。術師は魔法防壁ガードウォール一択だよ。僕もあんなの見るの初めてた。防壁じゃ、魔法が破られた瞬間終わるって分かっての事だろうね。」

「ですが、あの炎が消えたなら同じでは?」

「確かに。だけど、防壁は壁ギリギリまでは近づけるし、壁ごと壊して特攻できる。けど炎じゃそうはいかない。自然の物ってのは間合いが取り辛いからね。ま、実践じゃ十中八九使えないよ。大体、術師が侍とサシで勝負ってのが無謀だからね。「史郎さんは合図したら適当に退場してくださいね」って・・・何考えてるんだか。」

「さぁ、瑠衣様の思考回路は常識を逸脱していてなかなか理解ができません。」

「確かに瑠衣の考えている事ってよく分からないですわ・・・。」

「同感だね。」


 瑠衣は常識では量れない。それには全員が頷いた。

 

「でも、だから、この試合の結末は誰にもわからないよ。瑠衣ちゃんが負けるとは限らない。少なくとも、翔はこの馬鹿みたいな兄妹喧嘩に、本気になったみたいだからね。」


 瑠衣に対して真剣に向き合うその姿に、先ほどまであった、翔の中の迷いが消えているのが分かる。


『いい顔してるなぁ・・・』


 お菓子を食べてすっかりくつろぎながら、史郎は2人の戦いを見届けるのだった。




 ***




 ――― アイシクル!


 降り注ぐ氷の刃が翔のもとに降り注ぐ。

 何度も何度も、どれだけ氷刃が降り注いでも、翔はものともせず全て打ち砕いていく。そのスピードは舞い上がる砂が地に戻るより早い。


「そろそろコレにも飽きてきたな。他に手は無いのか瑠衣?」


 そう言いながら再び振るう刀に、望み通り氷ではない物を忍ばせ切らせてみる。

 氷に交じって投げられた、石灰と火薬を包んだ和紙が破れ、中から白い粉が辺りに降り注ぎ、翔の姿を包み隠した。

 砂と粉と火薬が舞うその上から瑠衣は容赦なくファイアーランスを放つ。

 凄まじい炎と爆発、そして爆音が辺りに響いた。


『これで、勝てるといいんだけど・・・』


 爆発を見届けながら、瑠衣が様子を伺う。

 漫画やアニメのド定番、粉塵爆発。何となくうまく爆発は起こせる気がした。翔は爆死したりはしない。それも分かっていたから、全力で爆発をおこしてみたにだけれど・・・


「そうも行かなさそうだなぁ・・・。」


 爆煙の向こうで、ゆらりと立つ影が見える。


『さすが、身軽さが売りの兄様。あの爆発も避けちゃったわけだ。・・・困ったなぁ。』


 戦闘が長引けばそれだけ不利になる。だから、この一撃にかけるつもりだったのだけれど、どうやら失敗に終わったらしい。

 炎の壁も火力が落ちはじめ、次はこちらの番だと翔がタイミングを見計らっているのがわかる。

 応戦しなければと体制を整えるも、連続使用した魔法の代償は思いのほか大きかった。身体が重くしんどい。

 とりあえず、持っている爆竹やら煙幕やらを炎に投げ込み防御壁の延命を謀るが、そんな瑠衣に追い討ちをかけるように、左目にズキリと刺すような痛みが走る。


「ぐっ・・・」


 だけど、ここで終わらせる訳にはいかないとすぐに翔に向き直る。近くに置いておいた木の杖を手にとり、身体を支えるようにその場に立つ。最終手段の準備である。


 ――― ビュン。


 と吹いた風で、瑠衣を囲っていた炎の一部が細くなる。その一瞬をついて、翔が炎の壁の中へと入ってき来た。


「時間切れの様ですね。」

「瑠衣、お前はよくやった。術の的確な操作、道具を使った威力強化。申し分ない力を見せてもらった。だが、お前では俺には勝てない。今降参すれば、俺はお前を傷つけずに済むんだが?」

「しませんよ。勝つまでは。」


 あくまでも引かない意志を見せた瑠衣に「フッ」と笑いながら一度木刀をおろす。ゆっくりと間合いをとり、タイミングを見計らう翔を、瑠衣もただじっとみつめ集中していた。


 時がとまったように静かな一瞬だった。


「・・・残念だ。」

 

 そんな声を残し、翔の身体が瑠衣の視界から消えた。瑠衣はそれを探すことなく目を閉じる。頭の中で、翔の動きを予測してカウントを取る。

 瑠衣の背後に回った翔が、木刀をひきそのまま瑠衣めがけて打ち付けた。


『今だっ!!』


 その瞬間、瑠衣が振り返って杖を振り上げる。


 ――― ガツッ


 振り下ろされた木刀と振り上げた杖が見事にぶつかり鈍い音を鳴らした。


「何っ!!」

「わわっっ!!」


 両者とも短く声を上げたが、ここで物をいうのはやはり経験の差。

 それでも動じず攻撃態勢を崩さない翔と、打撃に耐えられず、杖を手放し足をもつれてさせた瑠衣。

 倒れこんだ瑠衣の眼前には木刀が突きつけられる。


「勝負、あったな?」

「・・・そのようですね。」


 もつれて挫いてしまった足にはズキズキと嫌な痛みが走っていた。この足で、この体力で、もう出来る事はなかった。

 これ以上の悪あがきは誰のためにもならないと、瑠衣は素直に負けを認めた。


「もう、万策つきました。兄様はやっぱりお強いですね。勝てません。」

「瑠衣に負けるようでは俺も終わりだ・・・。ほらっ」


 座り込んだままの瑠衣の肩に手を回し、軽く抱きかかえる翔。


「あの、兄様・・・これはお姫様だ・・・こ・・・」

「足を怪我しているな?」

「挫いただけですから心配いりません。あの、恥ずかしいので降ろして頂けませんか? 自分で歩けますから!」

「嫌なのか?」

「・・・嫌・・・ではないですけど・・・」

「なら、構わないだろう。最近お前のお蔭で気が休まらない。今くらい大人しく抱えられてくれ。」

「・・・はい・・・。」


 翔の胸に、瑠衣は赤面した顔をうずめる。

 皆の所までそう遠くはないはずなのに、ゆらゆらと揺られるその優しい時間がとても長く感じた。




 ***



「お疲れ様。二人とも。」

「史郎。瑠衣の手当を頼む。足を挫いたらしい。」

「あぁ。本当だ。これ、腫れてるね。」

「瑠衣、お疲れ様。残念でしたわね。あ、先生、氷水ですわ。そして瑠衣にはこれですわ。」

「ありがとう明日花嬢。」

「ありがとうございます。明日花様。」


 タライに入った氷水を瑠衣の足元に置き、お茶とお茶菓子のセットを瑠衣に手渡し、明日花は片付けをしてくれている萌生の方へと歩いていく。

 食べやすいお菓子を選んでくれたようで、口にポイッと入れるとその甘さに瑠衣はホッと落ち着いた。


「史郎。瑠衣の足はどれくらいで治る?」

「骨は折れてなさそうだし、2日も大人しくしていれば治ると思うよ。熱さえ出なければね。」

「そうか。なら瑠衣。2日部屋で大人しくしていろ。くれぐれもな。」

「・・・はい。」

「鬼神島へ向けて出るのは3日後。足が治らなかったり熱出た場合は置いていくからな。」

「え?」

「話は以上だ。俺は先に戻る。瑠衣はゆっくり帰ってくるといい。史郎、後は頼む。」

「はいはい。」


 自分の耳を疑い、唖然とする瑠衣に背を向け、それ以上は何も語らず翔は立ち去っていく。


「え? 史郎さん。兄様、今なんて・・・?」

「連れてってくれるって。よかったね。これで自分で船漕がなくてよさそうだよ。」

「本当にホントですか??」

「まぁ。認めざるをえないでしょ。瑠衣ちゃんに攻撃見切られたら。でもよくわかったね。翔の攻撃が。特訓したって聞いたよ?」

「それは・・・賭だったんですよ。兄様が私に正面から何度も斬り込んでは来ないかなって思ったから。でも、怖くて思わず目瞑っちゃったので、もう適当に杖振るしかなかったんですけど、当たったのでビックリして転んじゃいました。」

「適当ねぇ・・・」


 史郎は怪訝な顔をしていた。

 それは最もだと瑠衣自身も思った。

 適当にやって回避できるほど、翔は弱くない。


 だけど、翔の覚える技の中で、背後に回る技が一つしかないことも、翔の技のモーションもエフェクトも、全てが完璧に頭にはいっている事も、言うわけにはいかない。


『まさかリアルでタイミング取れるは思わなかったけど・・・やってみて良かった。でも、もう二度とやらない。』


 一人はにかんだ瑠衣を横目に、史郎はしゃがみこんで、氷水に浸かっていた足の具合を見て、布を巻いてくれた。


「まぁ、いいや。何にしても、翔は一回鍛え直さないと駄目だなぁ。最近弛んでるよね。このままじゃ本当に鬼に殺されちゃうかも。」

「縁起でもないこと言わないでください・・・」

「でも、瑠衣ちゃんが守るんでしょ? 瑠衣ちゃんには、僕たちには見えない何かが見えているみたいだからね。期待しとくよ。」

「・・・はい。」


 全てを話す事は出来なかったのに、それすらも容認して手伝ってくれる。激を飛ばしてくれる史郎。大人だなぁと思う。


「よしっ。これで大丈夫。他にどこか痛むところは?」

「大丈夫です。」

「そう。じゃぁ、ほら。あの二人がさっきからずっと瑠衣ちゃんと話したそうだから。」


 史郎が振り返った先に、後片付けを終えた萌生と明日花が、じっとこちらの様子を伺っていた。


「明日花様、萌生さん。兄様が認めてくださいました!」

「それは、おめでとうございます。」

「良かったですわ。試合に負けでも勝負には無事勝つとはこういう事だったんですわね!」

「はい! お二人のおかげです。これでやっと、スタートラインに立てました。ここからが本番ですから、私頑張ってきます!」


 駆け寄ってきた2人と喜びを共有しながら瑠衣は楽しく会話を弾ませた。

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