第22話 決闘前でもゆとりを持って

 翌日、昼時で賑わう街を歩いていた史郎は、意外な人物瑠衣を見かけて声をかけた。花火屋に丁寧にお辞儀をして去っていく瑠衣は、どこか楽しそうだった。


「やぁ、瑠衣ちゃん。昨日はよく眠れた?」

「史郎さん。こんにちは。お城のお布団、フカフカだったのでなんだかそわそわしちゃいました。でも、おかげでゆっくり休めましたよ。」

「そう。で、何してるの? また花火使って何かするつもり??」


 瑠衣の手に抱かれている紙袋には、手持ち花火のようなものがどっさりと入っていた。


「いえ。これは・・・この間の花火、兄様と遊ぶ前に使い切ってしまったでしょ? それを話したらまたくれました。実は今日は、以前から珠さんと約束をしていたんです。完成した手ぬぐいを見せていただけるという事で。」


「見てください!」と、嬉しそうに手ぬぐいを広げる瑠衣。

 この後翔と戦うにしてはあまりに呑気な様子に、どうも合点が行かず、史郎は眉をひそめた。


「随分と余裕なんだね。まぁ、楽しそうなのはいいことだけど。」

「・・・余裕はないですよ。」


 思いのほかか細い声が返ってきた。でも、瑠衣はまたすぐに笑顔に戻る。


「でも、余裕はなくても心にゆとりは持たないと。追い詰められては、気持ちで負けてしまいます。それでは兄様には勝てませんからね。」


 何故かファイティングポーズを取りながら、「負けませんよ!」とアピールする。

 その強い姿勢に、今まで流していた事をきちんと聞くべきだと思った。


「勝つつもりはあるんだね?」

「もちろんですよ。兄様に認めてもらえなかったら、自分で船漕がなきゃいけないですからね。それはちょっと遠慮したいですし・・・」

「なるほど。なんとしても鬼神島には行くつもりなんだ。それはいいけど、どうして鬼神島の事知ってたの? あの様子だと、僕が鬼の話を口にする前から、翔がそこへ行くこと知っていたよね?」

「あー・・・」

「魔法の事も。翔の毒、治したの瑠衣ちゃんだよね?」

「・・・」 

「いつもなら、真っ先に相談する翔にも、何も言ってないみたいだし。何隠してるの?」

「いえ、あの・・・兄様には知られたくなくて・・・」

「だったら僕に言えることはある? 全てじゃなくてもいいし、翔に言うなっていうなら約束は守る。「瑠衣ちゃん」ってだけで、手放しで協力できる翔とは違って、僕としてはこれ以上、何も知らずに協力はできないよ。」


 瑠衣は少し考え込んで、頷いた。


「・・・夢を見たんです。」

「夢・・・?」

「はい。あれは、海で溺れて・・・すぐの頃です。兄様が鬼神島へ行き、鬼に殺されてしまう夢でした。私は帰ってきた史郎さんからそれを知らされて・・・。うまく言えないのですが、夢で片付けるにはあまりにもリアルな夢で、どうしても気になってしまったんです。」

「もしかして、それで毒の時?」

「はい。あの時は兄様が近いうちに死んでしまうかもしれないと思っていたところでした。ですが取り乱すしかできなくて・・・。魔法が使えたのは偶然です。兄様の回復を心から祈ったにすぎません。・・・あの時それしかできなかったから、今度はちゃんと側でお守りしたいんです。私なんかの為に、兄様が命を落とすなんて駄目ですから。」

「え、でも翔は鬼に・・・あぁ、そうか。」


 史郎の頭の中で全てがつながった。この一連の事は全て、瑠衣の贖罪の気持ちから起こされていたことなのだと理解した。


 瑠衣が呪いにかかったのは、翔が少々危険な頼まれごとを引き受けた日で、いつもは大人しく家でまつ瑠衣が、その日だけは付いていくと聞かなかった。

 それでも翔は騒ぐ瑠衣を置いて家を出たらしいのだが、瑠衣は翔の後をこっそり付けて迷子になったのだ。見つかった時には既に呪いが付与された状態で、理由も分からなければ手の施しようがなかった。


 史郎からしてみれば、それは事故であり不運であり、瑠衣の過失などではないのだが、本人にしてみればそれは自身の過失なのだろう。


「あの日、私が我が儘を言わずに家で大人しくしていれば、呪いになどかからなかった。こんな旅も必要なくて、どこかで穏やかに暮らしていたかもしれません。兄様が命の危険に常に晒される必要は無かった。兄様が鬼に殺される必要なんて・・・ないんです。」

「それはどうかなぁ? 翔は周りとあんまり上手くやれないから、結局一つのところに留まれなかったと思うけどね。それにあいつ、刀くらいしか取り柄ないし・・・瑠衣ちゃんの呪いが無くたって、やっぱ今と対して変わらない暮らししてたかもしれないよ?」

「もう、史郎さんはすぐそう言うこと言う!」


 それが、史郎なりの気遣いであることもわかってか、瑠衣は口を尖らせる。

 そんな瑠衣を「あんまり気負いしないでね。」と史郎は優しく諭した。


「ところで、史郎さんはこんなところで何をしていたんですか? お昼ご飯ですか?」

「あぁ、瑠衣ちゃんの所に行こうと思っていたんだよ。ほら、僕瑠衣ちゃんの盾だからさ。瑠衣ちゃんの行動を理解していないと。邪魔しちゃ悪いし。」

「確かに! あ、じゃぁお昼ご飯を食べながら作戦会議しましょう? 実は思いついたことがあって。」 

「へぇ。瑠衣ちゃんは奇策を思いつくから、楽しみだなぁ。あ、僕は策について助言はしないよ。双方の為にね。」

「わかってます。 さ、史郎さん、何食べますか? やっぱり勝負飯といったら、おにぎりですか?」


  少し小走りに前を行く瑠衣の姿が、幼い頃の瑠衣に重なった。

 瑠衣の後をゆっくりと歩きながら、こんな風に笑う子だったのかと過去を振り返りながら少しだけ感傷に浸る。


「夢・・・ね・・・」


 その夢は瑠衣に何を見せたのだろう。きっと、話したことが全てではない。

 どうかその夢が、ただの夢で終わりますようにと、願わずにはいられなかった。

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