第21話 兄妹喧嘩
「あなた、一応ここは潮家の敷地・・・不法侵入ですわ。」
演習場に向かう山道で、明日花は不審な人物に声をかけた。不審人物といっても、その人がそこにいる事は事前に教えてもらっていたので、大きな驚きはないのだが。
「歩いていたら迷った。」
「・・・はぁ。」
全く悪びれる様子もなく、棒読みで振り返りもしない翔に、ため息を吐きながら、彼がどうしてここに居るのかも分かっているので気に留めても仕方がないと諦める。
横に居る史郎が、「ね?」と明日花を見た。
史郎が明日花を訪ねてきたのはつい先ほどのこと。前々から、城内で瑠衣がしている事に探りを入れてきていた史郎に確信をつかれ、仕方なく演習場へ案内をする事となったのだが、「多分途中に瑠衣ちゃんを付けてきた不審者が居るから拾っていこう」と史郎に言われていたのだ。
「僕がちゃんと許可取って来るっていってるのに、これだもんね。少しくらい待てないのかね。」
「・・・この方の過保護さは身にしみておりますし、瑠衣からも聞いていますから、何も言えませんわ。」
そんな二人の小言を気にする様子もなく、翔は登っていた木からサッと降りて来た。
「向こうで何かやっている。行くぞ史郎。」
「いや、だから。明日花嬢がちゃんと案内してくれるってば。」
「・・・これでよく、長年旅を続けてこられましたわね。」
「普段はもう少しまともなんだよ。瑠衣ちゃんが関わると・・・コレ。」
「先生のご苦労が伺えますわ・・・。」
「ははは。初めて言われたよ。」
さっさと先を行く翔の後ろを、明日花と史郎が呆れながらついて行った。
『萌生には、先生方が感づいていることを伝えて、しばらく体術の特訓にするよう話してありまから、魔法が見つかることはないはずですわ・・・』
魔法の訓練が見つかれば、萌生を失いかねない。その時は、瑠衣を脅しの種にしてでも二人を説得しよう。そんな事はしたくないけれど、万が一の事を考えながら歩く演習場への道はなんだかいつもよりも長く感じた。
***
「はっ、やぁ、とぅ!!」
「・・・あっ・・・わぁっ」
萌生から突きつけられる拳を、瑠衣は何とか躱していた。しかし、躱しきれずに拳が掠め、そのまま体制を崩して倒れ込む。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。はぁ・・・今のは引きが甘かったですね。なんか、倒れそうになって上手く捻れないんですよね・・・。筋力不足を痛感します。ここを支える筋力が欲しい!!」
「仕方ないですよ。むしろ今まで経験が無いことを考えますと、成長は著しいです。」
「なら、いいんですけど。もう一本いいですか?」
「はい。・・・と、言いたい所なのですが。」
「??」
困ったように顔を上げた萌生の目線を追う瑠衣。そこには神妙な顔の翔が立っていた。
「兄・・・様・・・」
「瑠衣、何をしているんだ?」
「兄様、今日はお仕事では?」
「瑠衣こそ店を出しているようには見えないが?」
「・・・。」
「何を、しているんだ?」
「萌生さんに稽古をつけていただいていたんです。」
「何故?」
「・・・私も、戦場に立てるようになりたくて。」
「戦場だと?」
翔の渋面がより深くなっていく。
そのただならぬ気配におののいてか、明日花や萌生がそっと一本引き下がっていく。けれど、逆に瑠衣は引かず、言うなら今しかないと覚悟を決めた。
「兄様に、お願いがあります。私を、鬼神島に連れて行ってほしいのです。」
「・・・史郎、お前か? 余計なことを―――」
「違います。史郎さんは関係在りません。これは私独自の情報網を使って調べ上げたことです。」
嘘は言っていない。あの日も史郎は鬼神島については話さなかった。
「行かれるんですよね? 鬼を倒しに。どうか、同行させて下さい。」
「・・・許可はできない。・・・例えお前が自衛手段を得たとして、足手まといにしかならない。戦闘とはそんなに甘いものではない。」
「ですよね。じゃぁ・・・」
手をすっと上げて、翔のすぐ近くに転がる木に照準を合わせて、ファイアーランスを唱える。揺らいだ炎が翔の頬かすめながら、木を燃やした。
「お前・・・」
ジリリと焼かれた翔の頬に瑠衣がそっと触れ、ヒールを唱えると。頬の傷が消えていく。
「これでも、駄目ですか?」
翔の目をジッと見上げ、決意が揺るがないことを目で訴える。
翔は一度目を閉じてから、一つ大きくため息を吐き出してその問いに答えた。
「駄目だ。」
「どうしても・・・駄目ですか?」
「お前を鬼神島に連れて行く気はない。どうしてもというのなら、もっと違うところで経験を積ませてやる。だから、今回は諦めろ。」
「・・・。」
冷静に事を進める翔は、瑠衣に付け入る隙を与えない。それが正論であることは、その場の誰もが分かることだった。どう考えても、無謀な瑠衣の我が儘。それは瑠衣自身もよくわかっている。それでも引けないのだから、出来る提案は一つしかない。
「なら兄様。私と戦ってください!」
「冗談が過ぎるぞ瑠衣。これでも必死で抑えているんだ。もう・・・」
「兄様は鬼神には負けないのでしょう? なら、その兄様に勝てたなら、私も鬼神と引けを取らないと証明されますよね。なら、私も行っていいですよね?」
「いい加減にしないか瑠衣。」
「私はっ!!・・・本気ですよ兄様。兄様に認めてもらえるまで、絶対に引きません。鬼神島へ、行かなければなりません。兄様と一緒に。」
苛立ちが頂点に達した翔と、それでも食らいつく瑠衣が睨み合う。
こうなると、止められるのはただ一人だろう。
「んー。じゃぁ、決闘でもすれば?」
黙って事の成り行きを見守っていた史郎が言葉を放った。
「史郎!」
「史郎さん。」
救世主を見るような視線と、この世が終わりそうな睨みが同時に史郎に突き刺さったと思う。呆れたように史郎は言葉をつづけた。
「翔が勝ったら瑠衣ちゃんは潔く諦める。瑠衣ちゃんが勝ったら翔は瑠衣ちゃんを連れて行く。勝負は一本先取制でどう?」
「やります! やらせてください!」
「何を勝手に。俺と瑠衣じゃ勝負にもならん。」
「だろうね。だから、瑠衣ちゃんには僕が付く。ただし、僕は攻撃はしない。あくまでも術師の盾に徹するよ。そのくらいで一応勝負にはなると思うけど?」
「無意味なことだ。」
「でも、こうでもしなきゃ、今回の瑠衣ちゃんは諦めないと思うよ? それともここでずっと睨み合ってるつもり?」
「・・・。」
翔の視線が瑠衣に戻ってくる。だから、その目をじっと見つめ返した。
「本気なんだな?」
「はい。」
「・・・相手が何であっても、俺は手加減をしない。俺の前に立つというなら、死ぬ覚悟で来い。」
「・・・はい!」
翔の静かな怒りが、全身からにじみ出ていた。やり場のない怒りを、かみ殺しているのがその目で分かる。だからこそ、瑠衣は出来るだけ自然に笑顔を作った。
それは、瑠衣の意地でもあった。
「じゃぁ決まりだね。」
その後は史郎が場を取り持ち、テキパキと物事を決めていく。すべての事が決まると、翔と史郎は場を立ち去っていった。
勝負は明日の日没。
両者にとっても負けられない戦いとなることは間違いなかった。
***
「瑠衣・・・よく
翔の姿が見えなくなると、途端にその場に安堵の空気が流れ始めた。
ずっと成り行きを見ていた明日花が、久しぶりに息を吹き返したように口を開いく。それに答えようと振り返った瑠衣は、緊張が解けて貼り付けていた表情が一気に崩れた。
「そんなわけ、ないです!! 本来兄様はとてもお優しいんです。私、喧嘩なんかしたこと無いですもん。」
「いや、ちょっと何で泣いてるんですの?」
「こわかったぁー。」
「えぇ!?」
「だって見ました? あの目! 噂ではあの目で人が殺せるんですよ? はぁ・・・私、死ぬかと思いました。」
「の、割にはなんか嬉しそうですわね。」
「だって・・・側で見たことはあったけど、実際にあの目に睨まれたのは初めてだっので。私にもあんな目を向けてくださるんだなって・・・」
「・・・瑠衣って、本当に変な子ですわ。」
アドレナリンが出まくって、興奮冷めやらぬ瑠衣を後目に、持ってきたお茶とお菓子を用意する明日花と萌生。用意ができると、3人でお茶の時間を設けた。
濃いめの玉露が染み渡り、瑠衣の高ぶっていた気持ちを落ち着かせてくれる。
「で? あなたに勝ち目はあるんですの?」
「全くないですね。本気の兄様に勝つなんてとんでもない話ですよ。作戦らしい作戦も何にも浮かびません。例え試合に負けても勝負に勝てるといいんですけど。」
「何ですのそれ? 負けは負けなのではないんですの?」
「試合に負けても勝負に勝つ。つまり、翔様に負けたとしても、瑠衣様の願いが聞き入れられる状況ですね。瑠衣様の力量が翔様に認められれば可能かもしれません。」
「どちらにしても、厳しそうね。」
萌生の説明に、明日花は苦い顔をした。
「とりあえず、今から明日丸1日、萌生には暇を出しますわ。」
「明日花様、よろしいのですか?」
「よろしいも何も、あなた瑠衣につきあうつもりでしょう? それから瑠衣、今日は泊まって行くといいですわ。
「そんな、城内なんて・・・私はここで野営で大丈夫です。」
「そんな事して何かあったら、今度こそ私殺されますわ。私たちの為にも、ちゃんと部屋で寝休んでもらいますわ。」
「・・・そうさせていただきます。」
素直に頷いた瑠衣に満足した明日花は、お茶菓子をポンっと口に入れ、「あら、これ美味しいですわ」と微笑んだ。その顔につられて、思わず瑠衣も笑顔になる。
「瑠衣はそうやって、笑ってた方が可愛いですわ。さっきは、ちょっと
「え? 私そんなに怖い顔してました?」
「えぇ。兄妹はやっぱり似るものなんだなって感じましたわ。でも少し羨ましい気も。信頼関係があるからこそ、全力でぶつかれる。・・・素敵な関係ですわ。」
はにかむ明日花。そんな明日花を萌生が切なそうに見つめつつ、「私も感じました。」と明日花に続ける。
「私には詳しい事情はわかりかねますが、お二人には同じ想いがあるよう感じました。」
「お互いに引かないって意地ですか?」
「いえ、もっと根本にある想いです。お互いを大切に想い合う心というか・・・お互いが大切だからこそ、絶対に譲れない。そういうものが見えたからこそ、史郎様も間に入られたのではありませんか?」
その言葉に、瑠衣は見えていなかった翔や史郎の気持ちに触れる。あらためて、協力を申し出た明日花や萌生の想いをかみしめる。
「なら、やっぱり負けるわけにはいきませんね!」
瑠衣の心に闘志が宿る。
不敵に笑うその顔を見て、明日花と萌生は顔を見合わせ、そっと微笑むのだった。
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