第20話 短命の呪い
現在瑠衣は、明日花の家、つまり領主の城の中にある書庫で読書をしている。
今日は演習場にて訓練の予定だったのだが、萌生が急遽都合がつかなくなった為、気を利かせた明日花が案内してくれた書庫には、たくさんの書物があり勉強のしがいがあった。とはいっても、魔法書のようなものはなく、魔石をはじめとする魔道具や、人魚や化け狐などの妖怪に関する資料などを読んでみていた。
『・・・っていうか、城の書庫を一般人に開放しても大丈夫なのかな』
明らかに見てはいけなさそうな分厚い資料集なども保管してある書庫。
せっかくの好意だが、あまり長いも良くないと思い広げていた文献を片付けはじめたとき、パッと目を引く書物を見つけてしまい、思わず手に取った。
――― 呪術と薬
『あぁ、今これを読まなくちゃいけないきがする・・・っていうか、読もう。』
こうして、読みふけっているうちにいつの間にか時間がたち、その暗さに文字が読みづらくなった頃、ようやく瑠衣は顔を上げた。
「まずい・・・さすがに入り浸りすぎた。」
急いで書物を戻して書庫を出ると、扉の前には明日花と史郎がいた。
「まさかと思いましたけれど、いましたわ・・・。」
「すみません。つい集中してしまって。気づいたらこんな時間に。ところで、何故史郎さんまでここに?」
「私の薬をいただいたんですわ。それであなたのこと思い出して。」
「明日花嬢が、そういえば瑠衣ちゃんが昼前に書庫に行ったきり出て来てないっていうからさ。また倒れてたら困るから一緒にのぞきに来たんだ。」
「それは、ご心配をおかけしました。」
「それで、うちの書庫は役に立ったんですの?」
「はい。とても興味深い書物がたくさんありました。ありがとうございました。」
ならよかった。と、微笑む明日花。
約束通り、魔法の訓練・勉強をしていることは史郎には話さないでいてくれているらしい。「本が好きだと言ったら書庫の本を読ませてくれた」と伝えると「瑠衣ちゃん本好きだもんね」と史郎は納得してくれた。
「じゃぁ、僕はそろそろ帰るけど、瑠衣ちゃんはどうする? 帰るなら一緒に出ようか?」
「そうですね。もうこんな時間なので宿へ戻ります。」
「そう。じゃぁ、瑠衣。またね。まだ読み足りなければいつでも来ていいですわ。」
「それは助かります。」
明日花に頭を下げ、史郎と共に帰路についた。
呪いについて一通り調べたが、「短命の呪い」というのは総称らしい。
徐々に呪いが体を蝕んでいくもの、死ぬ日が決められてしまう時限装置のようなもの、得た力の代償を命で払うもの、等々の総称だ。不幸ばかり合う呪いなどもこれにあたるらしい。
『よく考えてみたら、早死にする要因はいろいろあるもんなぁ。生活習慣が悪かったり、持病があったり、単純に無鉄砲すぎたりとか・・・私はいったい何で死ぬんだろう・・・?』
それを知らなければ解決策も見えてこない。
「ねぇ、瑠衣ちゃん。」
横を歩く史郎に声をかけられる。
「この近くにおいしいお団子屋さんがあるけど、寄っていく?」
帰宅すればもう夕食時、翔もいないのだし、普段ならすぐさま断るのだが、その誘いに思いつく。
『そうだ。
翔がいると、中々腰を据えて話ができない。これはいい機会だ。
「いいですね。行きましょう!」
「え?」
「えって何ですか!? 誘ったのは史郎さんですよ?」
「いやぁ、そうだけど。瑠衣ちゃんの事だから「何言ってるんですか? もうじき夕食ですよ」って言うかと思って、お土産もできるよって言おうとしてたから。」
「じゃぁ、最初から行く気なかったんですか? ・・・実は、史郎さんにご相談というか、聞きたいことがあるんです。お団子ご馳走しますから、少し私に付き合ってくださいませんか?」
逆に誘ってみると史郎さんはキョトンとした目で不思議そうにこちらを見ていた。
そういえば、瑠衣が史郎に自分から頼みごとをしたのは初めてかもしれない。いつも必ず翔を挟んでいた気がする。
「ま、あ。別に急ぎの用はないから寄り道しても構わないよ。」
「じゃぁ、決まりです! それで、お団子屋さんはどちらですか?」
「その路地を曲がったところ。最近出来たらしいんだけど美味しいよ。」
「それは、楽しみです。実は昼食を食べ損ねていたのでおなかすいてるんですよね。夕食に影響ない程度におさえられるかなぁ・・・」
史郎の案内に連れられ、瑠衣は団子屋へと足を運んだ。
***
「・・・というわけで、調べてみたら短命になる理由もたくさんあるわけですよね。そうなると、私の呪いはどういうものなのかなと思いまして。・・・史郎さん?聞いてます??」
面白いくらい、キョトンとした顔で困っている史郎。
確かに今まで、「全て兄様におまかせします。」と興味すらもっていなかったのに、突然呪いに対して調べ上げた事をペラペラと話し始めたら普通は引くだろう。
『飛ばしすぎたかなぁ』とも思うけれど、せっかくの機会を失いたくもないのだ。
「あ、あぁ。うん。ごめん。聞いてたよ。ちょっと、驚いちゃって。瑠衣ちゃん、呪いに興味あったんだね。」
「いえいえ、ごもっともな話です。確かに今まで呪いについて、興味というか、考えたこともなかったです。でも、これは私自身がちゃんと理解して付き合って行かなくちゃいけなものって、今更ながら気づいたんです。だから、教えていただけませんか? 今、私に何がおきていて、兄様や史郎さんが何をしているのか。」
「おねがいします。」と頭を下げると、史郎はさらに驚き目を見開きながらも「もちろんいいよ。」と言ってくれた。
「瑠衣ちゃんがその気になったなら、説明は医者の義務だからね。ただ、僕は専門家じゃないから、今までのいきさつと簡単な現状しか話せないよ。」
それで十分だ。と瑠衣は強くうなずいた。
「そう。じゃぁ・・・いきなりで悪いんだけど、瑠衣ちゃんのそれは呪いじゃない・・・かもしれない。」
「へ??」
本当にいきなりだった。
『え?どういう事? 瑠衣の呪いは公式設定でもあったはず何だけど・・・。』
混乱する瑠衣をよそに、史郎は続ける。
「とりあえず、一通り説明するね。」
「あ・・・はい。お願いします。」
「瑠衣ちゃんの目には、呪印が刻まれている。それは見た目からも間違いないんだよ。だけど、それが「呪い」かどうかは正直分かっていないんだ。なぜならその呪印は「死神の刻印」といってね、死神と契約した者に刻まれるものにそっくりなんだ。」
「死神・・・? 私死神と契約してるんですか?」
「いや、当時の瑠衣ちゃんは全く覚えがないって言っていた。それに似ているだけで断言はできないんだよ。神と契約した人間は、特別な力を得たりするんだけどね、瑠衣ちゃんは別に普通だし、なんなら普通より弱いくらいだからその刻印が意味するモノはまだ分かっていないんだ。でも、時々発作があるでしょ? あの発作の時には、その刻印から何かの力の流れを感じるんだ。だから、発作は呪印と関係があると見てる。」
「はぁ・・・つまり?」
「つまり、今の状況を言うならば、得体の知れない呪印から、得体のしれない力が時々流れ、瑠衣ちゃんは頭痛などの発作にみまわれている。それを、「呪い」と呼んでいる。ということだね。」
・・・つまり全てがよく分かっていないということだ。
「あの、ちなみに何故「短命の呪い」に?」
「分からないっていうのは、人にとっては大きな恐怖でしょ?「瑠衣ちゃんはよく分からないけど時々苦しまなくてはいけません。その際には命の保証はできません。」じゃぁ、何とも収まりがつかないというか、瑠衣ちゃんの気持ちのやり場が無いんじゃないかなって・・・翔が。」
「兄様が?」
「あいつの方がよっぽど気持ちのやり場に困ってたけどね。翔は、得体の知れないソレに「呪い」って名前を付けた。「これは呪いで、呪いによって瑠衣は苦しめられてる。だったら刻印が何であろうと、消す方法を俺が見つければいい。それでいいだろ?」 て、聞かなかったんだよ。」
「兄様・・・」
全く知らなかった。そんな翔の気持ちすら、知らずに踏みにじっていたことが悔やまれる。無関心とは本当に恐ろしい。
「実際、呪いがあろうがなかろうが、身体が弱すぎる瑠衣ちゃんがいつまで生きていられるのかは分からなかったし。今でも発作が命を脅かさないという確証もない。だから、呪いか呪いじゃないかなんて、些細な事なんだよね。そんなわけで、翔が命名したその日からその目は「短命の呪い」ということになったんだ。ありがたいことに、瑠衣ちゃんも深く突っ込んでこなかったからそのまま今日に至る感じだよ。」
「そうだったんですね。」
「じゃぁ、兄様と史郎さんは、原因も含めてこの呪印の消去法を探してくれているんですね?」
「あ、いや僕は違うんだ。こんなことを瑠衣ちゃんに言うのも気が引けるんだけどね。僕はその目に関しては、傍観中。だから、方法を探しているのは翔だけなんだ。もちろん発作が起こればちゃんと診るし、翔に言われれば手伝いはするけどね。呪術は専門外だし、翔みたいに瑠衣ちゃんの事だけ考えられる訳じゃないからさ。」
「そうだったんですか。妙な薬とか持ってくるのいつも史郎さんだったので・・・」
「そりゃ、薬の調合と経過観察は、翔に任せられないからね。っていうか、僕のこと、冷たいとか思わないの?」
「自分を棚に上げて、そんなこと思いませんよ。それに、私にとっては史郎さんは兄様や私のことをいつも診ていただいている、本当にありがたい存在です。冷たいなんてそんな。感謝しかないですよ。」
「そう、そういわれると・・・逆に申し訳なくなる。」
「何でですか? でも、そうですね・・・気になっていたんですが、何故私たちを拾ったんですか? 旅にも同行してくださって心強いですけれど、兄様も成人していますし、史郎さんは色々忙しそうですし、そろそろ見限ってもよさそうなのに・・・ずっと居てくださるのは何故です?」
「んー・・・拾ったのは、成り行きみたいなモノだったんだよ。一緒にいるのはただ・・・君たち兄妹を見ているのが楽しいから、かな。心配なのも事実だし。もう少し眺めていようかなぁ。って。んー・・・こういうの、親心っていうのかなぁ・・・」
史郎はどこか遠くを見るように笑った。
『そういえば、史郎さんの家族って・・・』
と、思ったけれど、そこに触れるのはやめておこうと思った。
「史郎さんがお父さんって言うのはのは、何かしっくりこないですね。」
「そう? じゃぁ何さ?」
「んー・・・近所のお兄さん?」
「ちょっと遠くない?」
「そうですか? 私としてはしっくりきます。って、わぁ! すっかりこんな時間ですね。」
気づけば辺りが真っ暗だった。
「そろそろ帰らないと、兄様が心配しますね。」
「あぁ、そういえば、今日は戻らないらしいよ。伝えといてって言われたの忘れてたね。ごめんごめん。」
「そうですか。今日は一緒じゃないんですね。・・・あっ!」
「そう。今日は仕事じゃなくて、瑠衣ちゃん目の方だよ。何でも、左目から人間の魂を抜き取る鬼ってのが居るらしくてね、それに詳しいひとに話を聞きに」
――― ガシャン
瑠衣は持っていた湯飲みを落とした。落ちた湯飲みの破片を拾おうとして、手が震えて指を切る。
「ちょっと瑠衣ちゃん大丈夫??」
「あ、ごめんなさい。ちょっと・・・その・・・」
『私は馬鹿だ。レンは何故倭ノ国にいた? 誰を見定めていた? 今際の庭園でのイベントの次章で、倭ノ国で加入できるようになるのは翔だけ。だとするならば、ここはすでに進行中の翔のイベントの中・・・』
その事実に、店員と史郎が後始末をする様子を見つめながら、ただ呆然とすることしかできなかった。
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