第19話 魔法の練習
「ところで、瑠衣はいったい何をしていたんですの? まさか自害しようとしていた訳けでは・・・無いですわよね?」
明日花にそう言われて、先ほど自分の腕を小刀で切りつけていたのを思い出した。
「えっと・・・」
流石に素直に話す事に躊躇われていると、萌生が横から口を挟んだ。
「あの、さしでがましい様ですが・・・瑠衣様は回復術を試そうとなさったのではございませんか?」
「え!? あ・・・えっと・・・?」
「そうですね。では、失礼して。」
戸惑う瑠衣にそっと近づき、先ほど処置してくれた場所に巻かれている布をはずす。その傷にそっと手をかざすと、萌生は静かに「ヒール」と唱えた。癒しの光が傷を包み、昇天していく。腕は傷などはじめから無かったように綺麗に治っていた。
「萌生。あなた・・・」
驚く明日花にそっと微笑んで見せてから、萌生は瑠衣の方をみた。
「私にも、覚えがあったものですから。間違っていましたら申し訳ありません。ですが、私にできることがありましたら是非、手伝わせていただきたいのですが。」
「萌生さん・・・術師だったんですか?」
「いいえ。私は明日花様の侍女、身分は平民です。魔法が少々使えますが、陰陽寮へ所属はしていません。いわゆる、「陰陽隠れ」というものです。」
倭ノ国は諸外国に比べて術師が圧倒的に少ない。それは、未知なるモノに「神」という名前を付けて理解することを放棄する国民性のせいだ。
世界には魔法学校を建てて魔法の解明に勤しむ国があるのに対し、倭ノ国は未だに術師とは神の生まれ変わりや神の使いとし、魔法を信仰や神秘の象徴としている。そのため術師は陰陽寮にて大切に育てられるわけではあるが、同時に血筋に関係なく、突如魔法の適正を得た子どもが、妖怪や悪魔付きと怖れられて排除の対象になったりもする。「象徴」であるが故に解き明かされることのなかった魔法。理解できない力が人に与える恐怖は計り知れない。強すぎる力は、平穏を生きる人々にとっては排除の対象でしかないのだ。故に、魔法の素質を見出したとしても隠したまま普通の生活を送る人間が一定数存在する。そういう人間の事を「陰陽隠れ」というらしい。もちろん、見つかれば即陰陽寮行きである。
「ですから、私に使える魔法はそう多くありません。独学で何とか形になった程度です。ですがもしもお役に立てることがございましたら、お力になりたいと思いますが?」
「ちなみに、素質を知りながら届けなければ重罪になりますけれど、それも知ったうえで、私は萌生を届けていませんわ。つまり・・・そういうことですわ。」
萌生の隣で、話して大丈夫だと明日花も頷いたので、瑠衣は相談することを決める。少なくとも、萌生の持つ魔法に対する知識は、瑠衣より多いだろう。
「・・・実は、先日初めて回復魔法っぽいものを使ったんです。」
「その、術っぽいものというのは?」
「兄様が毒に倒れて、その回復を。苦しんでいる兄様を治したい一心で祈りましたら、兄様が光に包まれて・・・光の昇天とともに穏やかになりました・・・。あれが回復魔法だったのなら、傷を癒すことも可能なのではと思いまして。」
「実際に見ていませんので確定はできませんが、それはおそらくキュアをお使いになられたのだと思います。状態異常を回復させる魔法です。だからといって、ほかの魔法が使えるとは限りませんが・・・適正はあるのかもしれませんね。」
「ですか・・・。」
とはいえ、口で説明しても、推測の域は出られない。『もう一度自分で傷を作って、ヒールをかけるところを見てもらおうかな。』と、瑠衣が考えていたところに黙って聞いていた明日花が口を挟んだ。
「だったら、演習場へ行けばいいですわ。そこで、萌生に魔法の講義でも受けて、魔法も好きなだけ試してみたらいいですわ。」
「演習場・・・?」
「よろしいのですか? あそこは領主様の・・・」
「萌生が協力したいなら好きにしたらいいですわ。」
「ありがとうございます。明日花様」
とてもうれしそうな萌生の後ろで「まったく。」とため息をつく明日花。
「瑠衣様、よろしければ私が普段修行の場として使わせていただいている演習場へ案内させてください。そちらでなら、魔法を試すことも可能です。」
「よろしいんですか?」
「もちろんです。もし、瑠衣様が陰陽寮へ行くことを望まないのであれば、魔法の取り扱いは慎重に行わなければなりません。それらを含めて、私にわかる範囲でご説明させていただけたら幸いです。」
「ありがとうございます。それは、とても嬉しいです。私も、萌生様の事、絶対に口外しませんから。」
「感謝します。ところで「様」は必要ありません。私は平民ですし、気軽に萌生と。」
「ですが、私は野良・・・」
「野良も平民の一部です。どうぞ遠慮なく!!」
「あ・・・はい分かりました。では、萌生さんとお呼びさせていただきます。私の事も―――」
「瑠衣様は、私と明日花様の命の恩人です。どうか瑠衣様と呼ばせていただきます。」
「いえ・・・それは」
「瑠衣様! で、よろしいですよね?」
「・・・あ、はい。」
ものすごい圧で言われ、思わず頷いてしまった。
しかし、これで少しは魔法に対しての情報を得ることができそうだ。
少しずつでも確実に、前に進んでいることに。瑠衣は安堵していた。
***
後日。
萌生と瑠衣は、明日花が萌生の為に用意したという演習場へきていた。
今は魔法の基礎について講義を受けていたところである。
萌生の話を要約すると、魔法の発動に必要なプロセスは、大きく3つあるらしい。
1魔法の元となる魔力を感じ取る
術師は魔石と呼ばれる魔力を宿した石を身につけ、その魔力を形に変えて魔法を使う。これは感覚的なもので、術師の素質が無い者は魔力を感じることもできないのだそう。血筋が大切とされている由縁はここにあるらしい。逆に魔力を感じ取ることが出来るのならば、理論上どんな魔術も使うことができるという。
2感じ取った魔力の形を変える
魔力の変換に必要なのはイメージ力。その魔法がどんな物なのかを理解して想像する事が大切だ。魔法には、正しい形と名称が付いている。
例えばこの世界で一番ポピュラーな火属性魔法『ファイアーランス』これはその名の通り炎の槍が空から降ってくる魔術。ファイアーランスと唱えながら、炎の渦を想像しても、何も発動しないか少量の炎が舞うくらいにしかならない。より本来の形に近く想像する事で、威力が高くなるらしい。
倭ノ国では使用する魔法の名称や形を門外不悉としている家系が多く、魔法書などが出回らない上に、カタカナ英語の名称だけが分かっても理解を深めることが難しいため、すでに周知されている基礎的な魔法を除き、大体の術師は1種類の魔法しか使えないらしい。3種類ほど使えると、陰陽寮の幹部クラスになるのだとか。
3形を変えた魔力を一気に放出させる
魔力を魔法に変換させることができれば後は簡単だ。狙いを定めて魔力を放つだけ。プロセスに沿ってできていれば、完成した魔法がそこに具現するという。
「では、実際にやってみましょうか。」
「あの、でも魔法って門外不悉なんですよね。そんな簡単にやってみていいんですか?」
「これからお見せするのは先ほどの説明にもあった初歩的な魔法「ファイアーランス」です。これは、術師の素質を見抜くために使われることもある、周知された魔法だそうですよ。私もこれしかできませんが。」
「なる程。つまり、萌生さんの真似をして、私も何か出れば魔法が使えるってことですね?」
「そういうことです。ではっ。」
一息、気合いを入れてから萌生は瑠衣に背を向けた。すぐそこに立っていた岩に向けて手をかざす。狙いを定めたようだ。
スッと周囲の空気が変わる。その集中は瑠衣にも伝わってきていた。
――― ファイアーランス!
萌生が唱えると、手の平の先に現れた赤い魔法陣から、3本の槍をかたどった炎が轟音と共に岩めがけて降りてくる。
「これが、ファイアーランス・・・」
その美しさと迫力に、瑠衣の全身がふるえた。
知らなかった訳じゃない。むしろよく知ってはいたけれど、格好いいなとゲーム画面を見るのとは訳が違う。『こんな魔法が使えたらどんなによいだろう』と画面越しに何度も思い焦がれた夢が今叶いそうでわくわくする。
「すみません。私、威力の調整とかは出来なくて・・・」
どうやら術に驚いて放心状態になったと捉えたらしい。萌生が頭を下げてくれる。瑠衣は戦闘経験のない箱入り娘のはずだから、その解釈も無理はない。
「大丈夫です。そうではなくて、あの。とても美しくて見惚れてしまいました。私もやってみていいですか?」
「もちろんです。次は瑠衣様の番ですよ。では、あちらの岩を魔物と思っていただいて、そこに炎の槍が降ってくるイメージです。」
萌生が場所を変わってくれる。
手をかざして術のイメージを構築すると、スーッと身体に魔力が流れるのを感じた。その感覚が「魔術師っぽい!」とついうれしくなってしまうが、よけいなことを考えると、すぐにでも魔力は散って術の形を保たないのが分かる。
「集中・・・」
瑠衣は興奮する意識を魔法に戻す。
『さっきのファイアーランス。とっても美しかったなぁ。でもなんだろう。本物はもっとこう、炎が揺らいでスピードもあったような・・・』
――― ファイアーランス!!
宙が紅く光り、炎の槍が再び轟音とともに降りてきて、目標としていた岩を粉々に砕いた。
「できた! できましたよ萌生さん。」
「お・・・おめでとうございます。」
飛び跳ねて喜ぶ瑠衣に対し、萌生は驚きを隠せないようだった。それもそのはず。瑠衣が放った術は、萌生の威力を遙かに越えていた。
普通、一度見たくらいで術の習得はできない。大体が小さな火花が散るくらいだと、後に萌生に説明してもらった。
「お見事です。瑠衣様は魔法の素質があることは十分証明されましたね。それも、おそらく感覚型です。」
「感覚型、ですか?」
「はい。その術が本来どんなモノなのかを感覚で理解してしまう方が稀に居るんです。そういう方々は、一度見れば大体の術は複製できたり、術名から術を完璧に理解してしまえたりするらしいですよ。おそらく、瑠衣様はそういう天才術師です。」
「そ、そんな大げさな」
「大げさではありません! この術をここまで理解するのに、私は5年かかっています。ヒールにしても、完璧に傷がふさがるまでに2年かかりました。私は独学ではありましたけれど、それが特別遅いわけではないんですよ。」
「あー・・・。」
「すごい!」と手放しでほめてくれる萌生に対して、恐縮する瑠衣。前世の記憶を通して「知っている」だけでそんな才能があるわけではない。なんだかズルをしているような気持ちになっていた。
「あれ・・・でも・・・」
『もしかして、特殊ゲージが必要な大魔法は別としても、その原理でいくなら私は全ての魔法が使えるんじゃ・・・』
そう思うと試してみたくなる。この演習場でならいくら魔法を試しても問題はないらしいし、使える魔法は多いに越したことはない。
「あの、もしかしたら偶然できてしまっただけかもしれませんから、何か他の術を・・・その、もしよろしければ萌生さんが名前しかしらない様な術を試させてもらえませんか?」
「なるほど。それは面白いですね。もし、瑠衣様が成功させられれば、私としても術の研究になります。では、「ホーリーブレス」というのは、どうでしょう?」
「ホーリーブレス・・・」
もちろん瑠衣は知っている。光の粒子がキラキラ風に乗って敵全体を攻撃する聖属性魔法。その優しい演出通りそんなに威力が高くはないが、この術から繰り出される大魔法が強力だったため、使用頻度no3入っていた術。頭の中のイメージは完璧だった。
息を整え、先ほど同様、目標をめがけ集中する。
――― ホーリーブレス!!
白い魔法陣から光のブレスが降り注ぐ。きらきらとした粒子は、周囲の木々に無数の傷をつけていった。
「・・・すごい。」
あっけにとられる萌生の横で、瑠衣は自分の手を見つめる。
自分は術を全て使える。そう確信した瞬間だった。
結局、魔術については萌生が教えられることはこれ以上ないという話になり、代わりに瑠衣は受け身や自衛方を教えてもらえないかと相談した。萌生は快く引き受けてくれ、演習場も好きに使っていいと明日花からの許可も出た。
『これでひとまず、第一段階はクリアかな?』
呪いのことを知らなくてはいけない。それから、鬼神島の事がどこまで進んでいるのかも気になるところ。
「はぁ。今日は疲れたなぁ・・・ところで・・・」
一つだけ、萌生に聞けなかったことがあった。
それは、魔石のことだ。術師が杖などにつけて必ず身につける魔石。魔力の供給源を、実は瑠衣は装備していなかった。
ではいったい、あの魔力はどこからやってきているのだろうか。
魔力が籠もるダンジョンなどでは、周囲の魔力を身体に取り込むことは可能らしい。けれど、演習場は山が切り開かれた場所。あの場所にあったのは、萌生が身につけた根付に付いている小さな魔石のみだった。
「さすがに聞けない。ただでさえ崇められそうになってたし・・・」
これ以上特別視されるのは危険と判断し、こちらもおいおい自分で調べることにしようと瑠衣は決めたのだった。
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