第18話 いつかあなたと友達に

『・・・怒濤の一日だったなぁ・・・』

 

 数日前を振り返り瑠衣は深くため息をついた。


 結論から言えば、翔は明日花を見殺しにはしなかった。崖から飛び降りた明日花の身体はロープが巻かれ海面ギリギリで宙吊りになっただけ。瑠衣が小船で救出しにいったとき、明日花は壊れたように高らかに笑っていたが、その顔は何か吹っ切れたようでもあった。


 その後、翔と史郎、明日花と萌生による話し合いの末に「後日正式に謝罪に伺います。今日のところはどうかご容赦を・・・」と、少々おかしくなった明日花の代わりに萌生が瑠衣に頭を下げた。穏便に済ませさえすればよかった瑠衣にとっては、ありがたい申し出。

「分かっていただければそれで大丈夫ですので、どうぞお身体をお大事に。」と、礼を尽くして退散してきたのであった。


 

「・・・と、言うことで面倒事は片づいたのだし本題に入りましょう。」


 パチンと軽く頬を叩いて頭を切り替える。ちなみに今は、夜間の勝手な外出による謹慎中で、宿の部屋で商品となる石を磨いているところである。


「あらためて、戦力の獲得のためにこの魔法(仮)について知らないとな・・・。」

 

 大魔法は場所が必要だし人目にも付きやすい。サポート魔法は実際戦ってみないとわからない。戦力が未知の状態で、一人で魔物に向かっていくわけにも行かない。


「となると・・・やっぱり回復魔法かな?」


 以前成功した回復系。それなら、自分でも試すことも可能だと思い、さっそく身体に傷を探してみるが、花火で受けた火傷も史郎の処置で綺麗に消え、身体にはすり傷一つない。


「ない、か。・・・まぁ、あったら兄様に指摘されてるはずですからね。」


 翔はどんな小さなかすり傷でも、すぐに気づいて史郎に治療させようとし、「そのくらいほっとけば治るよー」という史郎によく喧嘩を吹っかけている。


「・・・仕方ないです。」


 装飾品を制作する時に使っている道具袋から彫刻一本を取り出す。


「痛くありませんように・・・」

 

 『あと、これ傷残りませんように。』と祈りながら、できるだけ着物に隠れる腕に彫刻刀の刃を当て一思いに引いた。


「ちょっとあなた、何していますの!?」

「へ!?」

「失礼します。」

「あっ、え?」


 突然の来訪者に、痛みよりも驚きが先行した。瑠衣が状況を理解する前に、見事に傷が手当される。その迅速な対応には、血が滴る隙もなかった。


「あなた、本当に何をしているんですの・・・?」


 再び呆れたように溜め息をついたのは、明日花だった。


「これでもう大丈夫でしょう。」


 包帯を巻き終わった萌生が、一礼して明日花の後ろに戻っていく。


「あ、明日花様に萌生様。お見苦しい所をお見せしました。まさか、本日いらっしゃるとは聞いておりませんでしたので。えっと・・・ご機嫌いかがですか?」

「ご機嫌いかがって・・・あなたねぇ・・・」

「明日花様。一度落ち着いてくださいませ。」


 何か言いたげな明日花を萌生が制止する。「そうでしたわね。」と、明日花が息を整えている間に、「本当はもっと早くに来る予定だったのですが、どうしても瑠衣様との面会を翔様に許していただけず・・・。」と、突然の訪問を詫びられた。

 困っていた所、史郎から今なら翔がいないと教えてもらい急いで駆け付けたらしい。


「そうですわ。今日は先日の愚行について謝罪にきたんですわ。あなたのせいで、考えて来た事が全て吹き飛んでしまいましたけれど。」

「それは申し訳ありません。こちらも色々訳ありでして。とりあえず・・・どうぞお座りください。何のお構いもできませんが。」

「そう、ではお邪魔させていただきますわ。でもその前に・・・」


 廊下にたったままの二人が膝を折り三つ指をつく。


「謝ってすむことでもないとは分かっていますけれども、これはケジメとしてさせていただくわ。あなたの命を狙ったこと、本当に申し訳ありませんでしたわ。」


 それは美しすぎる土下座だった。


『わぁ、なんて気品のある美しい土下座。高貴な方が土下座をするとこんなにも綺麗なんですね・・・じゃなくて!!』


「顔を上げてください、困ります! というかこちらこそ兄様が・・・いえ、私もですけど、大変失礼いたしました。お怪我とかしていませんでしたか? 今更ですけど・・・」

「あら、あなたがしたのは防衛、手を出したのはこちらですわ。にもかかわらず、先生が迅速に治療に当たってくださって・・・感謝していますわ。」

「それは、よかったです。」

「・・・。」

「・・・。」


 気まずいがとにかく二人には部屋に入ってもらい、瑠衣は明日花と萌生に背を向け、静かにお茶を用意した。


「どうぞ。お口に合うか分かりませんが、私が育った島の「海花みはな」という花のお茶です。」


 透き通ったマリンブルー色した液体がコポリとゆれる。海花は、その名の通り綺麗な海色の花で、そこから抽出されるお茶はほんのり甘みがある。島の特産品で瑠衣の大好きなものだった。

 差し出されたそれを、まずは萌生が飲んでから明日花もそれに続いた。


「美味しいですわ。あなたは海花島出身でしたのね。私、海花茶は好きですわ。」

「そうでしたか。それはよかったです。明日花様がお好きというのであれば、島民が喜びますね。」

「でも、海花茶は流通が難しくてかなり高価だと聞いたことがありますわ。」

「そうですね。私たちのような者にはなかなか高価で手が出ません。ですが、時々行商人が安く売っていたりするんです。それでも普通の茶葉より高価ですけれど。」

「そうですのね。・・・あなた、自分を殺そうとした相手に、よくそんな貴重なものを振舞えますわね・・・」

「あ・・・えっと・・・」


 ため息まじりに明日花に言われ、返す言葉に困る瑠衣。

 嫌味なのか、何なのか。お互いの距離をどうとっていいのか、双方が測りかねている状況だった。


「あの、こんなことを私が言うのもなんなんですが・・・私、ああいうの慣れているんです。だから、明日花様に対して特に思うことはありません。むしろ、少し感謝しています。」


 微妙な空気を何とかしようと瑠衣は静かに口を開く。

 意外な言葉だったのだろう明日花が顔をしかめた。


「感謝?」

「はい。なんていうか私、自分の命にあまりに無頓着に生きていたみたいなんです。でも、あの時初めて「死にたくはないな」って思いました。生きるためにどうすればいいのかを自分で考えたのは初めてで、なんかとても新鮮でした。」


 「おかげで前世の記憶も手に入りましたし」とはいえないけれど。


「それもこれも、明日花様が的確に私を狙ってくださったおかげなんです。兄様の目をかいくぐって私を殺しに来れる人って、そういませんから。おかしな話ですけれど、尊敬します。」


 ふふふっ。と笑う瑠衣を、何を思って見ていたのか。張りつめたような明日花の視線がふっと和らいだ。


「あなたって人は・・・私は今日、あなたに殺される覚悟で来たんですのよ?」

「そんな、滅相もない。」


 そのつぶやきにあわてて首を振る瑠衣に目くばせしながら、次は自分の番だというように呼吸を整え、明日花は自身のことを語った。


「私は、領主の娘として何不自由なく暮らしてきましたわ。外からみたらそうなんでしょうけれど、私にとってはそうではなかったですわ・・・」


 明日花には、母親と遊んだ記憶がないそうだ。病弱だった母親はいつも床に伏せていて、父親はずっと仕事で何日も帰らなくて。寂しかった。はじめはそれでも、気丈に振る舞っていた。周りには侍女が居て、みんな優しくしてくれた。

 けれど、父が公務で年の殆どを都で過ごすようになった頃、母が亡くなりその寂しさは他のものでは埋めることができない程に大きくなってしまったという。


「どうにかしてお父様に側にいてほしくて、我が儘を言いましたわ。お父様は何でもしてくれたし買ってくれましたけれど、代わりに家には全く帰ってこなくなりましたわ。そのやるせなさに、私は侍女達に当たり散らして・・・」


 誰も近寄らなくなった明日花の側には萌生だけが残った。

 そんな、孤独で胸が千切れそうだったある日、町におもしろい旅人がきたと噂で聞いたらしい。気まぐれに屋敷に呼んでみると、現れたのが史郎だった。

 話を親身に聞いてくれ、旅の話しもしてくれて、それがとても楽しくて、是非この街に留まってもらえないかとお願いしたら、史郎は同行している旅人について語った後、はっきりと断りを入れたという。


「・・・その子は明日花嬢と同じくらいの年ですけれど、いわゆる「不治の病」なんですよ。あ、もちろん感染するようなものではないのでご安心を。ただ、僕は彼女の主治医として同行していますから、彼らが旅立つときには一緒に行かなければなりません。残念ですが。」


 両親が他界して、探し旅をする兄妹。同じ年頃の少女がどんな人物なのか知りたくなった。もしかしたら、同じように孤独と戦っているかもしれない。不治の病にかかって、私以上につらい思いをしているに違いない。明日花はそう思った。


「でも、調べれば調べるほど、あなたは私とは全く違いましたわ。あなたの側には家族がいて、あなたの一言で街の人が笑って、あなたの仕事で人が救われて、あなたの・・・。嫉妬しましたわ。どうして私からは人が離れていくのに、あなたには人が寄っていくのか分かりませんでしたわ。勝手な言い分。分かっていますわ。でも、あの時の私には分かりませんでしたの。だから、理由なんて、先生の事なんて本当はどうでもよくて、ただただあなたを・・・憎んでしまったんですわ。」


 自分よりも不幸でなければならない人間瑠衣に、自身のなりたかった姿を見つけ、その瞬間、その存在を許すことができなくなってしまったのだと、明日花は顔を歪めた。


「「私を誰だと思っているんですの?」 そう言えば、誰もが恐れ、従いましたわ。けれど、あなたのお兄様には全く聞きませんでしたわ。あなたのお兄様に殺されると思ったとき、お父様にも見捨てられたと知ったとき、私の人生がいかに「くだらない物」だったかって事に気づきましたわ。そして、そんな私をそれでも守ろうとしてくれる存在が居るということも。」


 明日花がちらりと萌生を見て微笑む。


「だから、くだらない人生を生きてきた明日花には、あそこで死んでもらうことに致しましたわ。私は、私の理想の明日花になるために、これから人生をやり直すつもりですわ。もう一度死ぬときは誇れる自分でありたい。守られるのではなく、守って死ねる人生を歩みたい。そう思えましたわ。あなたのおかげですわ。」


 明日花が深々と頭を下げた。


 『あぁ・・・この人もまた、色々なものを背負って生きてきたんだなぁ。』


 だからといって、やったことが許されるわけではないけれど、結果的に誰も命を落とさずに、大きな教訓を得られたのならそれは、そういうイベントだったたんだろう。それでいいのだと瑠衣は思う。


「私たち、お互いに死に損なってよかったですね。」

「・・・そうですわね。あなたが命を落とさなくて本当によかったですわ。」

「私もです。」

「それから・・・あなたがその・・・お、お友達って言ってくれたとき、私とても・・・嬉しかったですわ。私にはそういった者がいませんでしたから。だからあの、おこがましいことだということは重々承知しているけれど、その・・・いつか、あなたが良いと思ったら・・・本当に、お友達になってくれないかしら・・・?」

「私なんかで宜しければ喜んで。明日花様とお友達になるのは、何だか楽しそうです。」

「本当ですの!?」

「なんなら、史郎さんとのことも応援しますよ。あの人には早く身を固めてもらいたいので。」

「・・・それは、遠慮しておきますわ。」


 ふふふ。と二人笑いあう。


「それじゃぁ・・・あの、瑠衣さん・・・と呼んでもいいかしら?」

「瑠衣でいいです。」

「そう? では、私の事も気軽に明日花と呼んでほしいですわ。」

「・・・それは、色々と問題がありますので、明日花様と呼ばせていただきます。」

「そう? ・・・残念ですわ。」


 渋った明日花を萌生が隣で諭してくれる。

 こうして無事友人関係となった瑠衣と明日花は、明日花たちが持参したお茶菓子を広げてしばしお茶の時間を楽しんだのだった。

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