第25話 璃子と鬼
眠ってしまった柴丸を、そのまま床に寝かせて扉を閉めた。そんな瑠衣の横を、廊下の奥へむかって、紅い着物の少女がすぅーっと通り過ぎていく。
『ごめんなさい。私はあなたを倒さないといけない。兄様を助けるために。』
心を決めて追いかけると、それを阻むように棚や戸が倒れ込んでくる。
「こっちだよ!」とも「こないで!」ともとれる彼女の姿は瑠衣を試しているよう。それらをなんとか避けて進み、追い詰めた突き当たりの部屋の襖を開けると、狙っていたように眼前に弓矢が飛んできた。反射的に思わず目を瞑って頭を抱え込む。
「・・・?」
避けられる距離ではなかったのに、何事も起こらない。恐る恐る目開けると、そこにあったのはよく見知った人たちの背中。レン達が、禍々しい気を纏う
「はい、瑠衣。また会ったわね。さっき見てたでしょ、私のこと。」
メロディーナが振り向いてウィンクしてくる。
「メロディーナ、よそ見をしている場合では無さそうですよ。」
レンを援護しいていたキールが、メロディーナに向けて放たれた矢を魔法で防ぐ。「じゃぁねっ。」と残念そうにメロディーナは戦闘へ戻っていった。
かわりに彼らの後方、つまり瑠衣の一番近くに居た、スラッとした長身のピエロがそっと近寄ってきた。
「アル・・・」
彼の名前はアル。レンに導かれた正体不明の道化師だ。アルという名前すら本名ではなく、誰かが勝手につけた名前らしい。彼には作中に台詞が一言もない。代わりにパントマイムによって意思疎通を図れるという設定があり、膨大な彼の「・・・」を、誰かが訳すことで会話が紡がれていた。そんな異質なキャラだったので、アルには声優が付いておらず、魔術師なのに、見せ場の魔法の詠唱ボイスすらないという不思議なキャラであった。
初めて会うのに、その名前を呼んでしまった瑠衣にも動じる様子はなく、アルは深々と腰を折る。まるで、何かのショーを始めるかのように、にこやかなピエロ顔が瑠衣を見つめた。
「えっと・・・」
戸惑う瑠衣に、アルはどこからかジャグリングボールを取り出して回しだす。
綺麗な弧を描いて回されるボール達が、いつの間にか一つ減り、二つ減り・・・最後の一つになった時ボールはいつの間にか綺麗なガラス玉に変わっていた。
「!?」
目をそらしていないのに、変わるタイミングが全く分からなかった。すっかり魅入ってしまう瑠衣に、アルが指を一つ上げて首を傾げてから、瑠衣の帯を指さす。
その先には、以前メロディーナからもらったオベリスクのお守りが下がっていた。
「え? あ、これですか?」
促されるままそれをアルに渡すと、オベリスクを傾けて、中に入っていた水をボールの中に移していく。ガラス玉に穴があるわけでも、そもそもオベリスクの蓋を開けてもいないというのに、ポタポタと液体がガラス玉に移動していった。
アルは少しの液体の入ったガラス玉と、中身が半分になったオベリスクを両手に乗せて瑠衣に差し出す。戸惑いながらも瑠衣がそれを受け取ると、再び深く腰を折りその手を部屋の戸へ向けた。
『もう、行きなさい。』
そう言っているのがわかる。
「あの、璃子さんは・・・?」
『あの、すでに怨霊と化した哀れな娘は、死神レンが浄化する事でしょう。これはあなたの仕事ではない。あなたにはあなたのやるべき事があるのでしょう?』
不思議だった。アルは口を開いてすらいない。最初からずっと変わらない、ピエロの顔がにこやかな笑みを浮かべているだけだというのに、まるで頭に流れ込んでくるように、彼の言いたいことが分かってしまうのだ。
『私に出来るのはここまでです。あとは、あなた次第でしょう。健闘を祈ります。』
もう言葉は交わすまいという事なのか、アルはもう一度深く腰を折るとそっと瑠衣に背を向けて戦闘に戻っていった。
悍ましい気を放ち、悪態をつきながら暴走する璃子の攻撃を、レンがその剣ですべて凪払う。魔術師3人の魔法が璃子を攻める光景を目の当たりにして、ふと疑問が浮かぶ。
『なんで・・・みんな魔術師?』
そう思った瞬間、忘れていた
一刻も早く翔の元へ行かなくてはいけない。でなければ、手遅れになる。
「あの、ありがとうございました。」
そこで戦う4人に一礼して、瑠衣は小屋の玄関へと急ぐのだった。
***
「・・・行くのかね?」
小屋を出ようとしたとき、そんな声が聞こえて振り返る。そこに立つ柴丸は、喜怒哀楽すべてを纏ったような、複雑な顔をしていた。
「はい。このまま私が行かないと、兄様が死んでしまいますから。私、それを止めに来たんです。・・・ごめんなさい。私は今日鬼を倒します。」
「あんたをあの花畑で見つけたとき、不思議とそんな気がしましたよ。今日で全てが終わるのじゃと。それを璃子も望んでいるんじゃと。」
「・・・だから、たくさんヒントを下さったんですね。おかげでやるべき事がわかりました。ありがとうございました。」
「そうかい。・・・なぁ、瑠衣さん・・・あの子は、苦しまずに逝けるじゃろうか?」
それは、祈りのようにか細い声。
「・・・さっき、とても優しい死神が迎えに来てたのを見ました。だから、ちゃんと浄化されて、生まれ変われますよ。」
「・・・そう・・・か。」
柴丸はフッと微笑んで見せた。
「手間をかけさせてすまなかったの・・・さぁ、大切な人のところに行くんじゃろ?急いだ方がいい。引き留めて悪かったの。」
「あ、あの!」
部屋へと帰ろうとする小さな背中に居たたまれず、瑠衣は呼びかける。
「あの、璃子さんはただ、大好きなおじいちゃんと、もう少し一緒に居たかっただけなんだと思います。だから、悪い事なんて何もしてないんです。悪いのは鬼。鬼がそんな優しい心を利用した。だから私は鬼を倒します。璃子ちゃんは、ただただ、おじいちゃん想いの優しいお孫さんだっただけです。」
「鬼は、人の心に宿るもの」例えそうだったとしても、鬼を生みだしたのが璃子だったとしても、そんな事を責める意味はない。そんなものは、それを背負って生きていく人が決めればいいことだ。けれど、柴丸がそれを背負うことを、璃子は決して望んでなどいないだろう。
「・・・と、私は、そう思います。」
「・・・ありがとう。・・・さぁ、急いだ方がいい。瘴気が濃くなってきた。気をつけていくんじゃぞ。」
「はい。それでは失礼します。」
振り返ることはしなかった。そんな余裕はなかった。一歩外に出て感じた、禍々しい瘴気。遠くから響く、地鳴りにも似たおぞましい叫びに、瑠衣の身が震えた。
「怯んでる場合じゃない。本当に急がないとっ」
頬をパチンと叩き、震える身体に渇を入れる。気を抜けば笑い出しそうな膝を賢明に動かし、瑠衣はとにかく走った。
***
「―――くそっ」
その頃、翔と史郎は、自分たちの背丈の数倍はある鬼に苦戦を強いられいた。
高度な再生能力を持つらしい鬼は、何度切ってもすぐに再生して終わりが見えない。
「いったいどうなってやがる。」
「コレは・・・悪夢だね。」
まったく歯ごたえのない相手を前に、二人の額にはジリっと嫌な汗が流れた。
特に史朗は、その正体に気づき、吐き気を覚えていた。
「言いたくはないんだけど、僕らが切っているのは鬼本体じゃない・・・。」
「あぁ。あれは何だ?」
「あれはおそらく・・・人の魂だよ。」
言いながら、その巨大な鬼の図体から目をそらす。
「魂・・・? まて、じゃぁあれはあいつが喰らってきた人間の魂の固まりだというのか?」
「そういうことだね。理不尽に魂を抜かれ、黄泉に行くことも出来ず、鬼によって縛られ続けている人の魂。もっとも、もう彼らに意志はなくただ鬼の一部になり果てているんだろうけれどね。」
魂を浄化することができるのは、死神の持つ神具のみ。
こういった、浄化されずに現世を彷徨う
翔と史郎がその刀でいくら
『なるほど。だから、
やっと、瑠衣の異常行動の終着点にたどり着き、納得した史朗。「でも・・・」と次の疑問が頭をよぎる。
『だったら、何で一緒に来なかった?』
それは、あの時まだ、瑠衣がその事に気づいていなかったからなわけだけれど、そんな事は知る由もないわけで。
「くっくっく。もう終わりか人間ども。活き巻いていたわりに肩慣らしにもならなかったな。」
苦戦する二人をあざ笑う鬼。
「さぁ、次はこちらから行くぞ。逃げまどうがいい。愚かな人間よ。存分に痛ぶった後、俺様の一部にしてやろう。カーッカッカッカ」
高らかに響く声。
今までが遊びだったと言わんばかりに、スッと立ち上がる。ボコボコと蠢きながら変形した身体は先ほどよりも一回り大きく、腕は6本に分裂しそれぞれの武器をもつ。その姿は、先ほどまでとは比べものにならないほどの邪気を纏い、二人を見下ろしていた。
史朗は刀を構えて姿勢を整えながら、隣に立つ翔を見る。 勝機の見えない戦いに、焦りを募らせているのが見て取れた。
『何にしても、早く来ないと本当に、「大切な
襲いかかってくる鬼と対峙しながら、そんな心配をする史朗だった。
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