第26話 鬼退治1
キンーッ キーン キンッ
鬼から伸びる6本の腕、それらが持つ刀や棍棒。2人で相手をしていても、一人3本の腕とかち合わなければならない。
もちろんそんな平等に攻撃がくるわけもなく、何処から来るかわからないそれを、翔と史郎は交わしながら逃げまどう以外なかった。
「どうした? もう終わりか?」
部屋の隅に2人を追い込み、鬼神が高らかに言う。
「くっ・・・埒があかん・・・」
どうしたこの状況を打開できるか、翔は思考を巡らしていた。
とはいえ、現段階で出来ることなどただ一つ。攻撃の入る場所を探して斬るだけだ。
鬼の攻撃を交わしながら史朗の近くへ走る。
「おい、史郎。こいつの本体は叩けるか?」
「ん? おそらくね。でもどこが本体かは・・・知らないけど。」
「なら・・・このまま喰らわれるくらいなら、魂だろうと何だろうと、まとめて切り刻む。どうせもう見切ってるだろ? 援護しろ。」
刀を構え、呼吸を整えなが背中合わせの史朗に言った。
「あ、そう? わかった。」
史朗は、特に緊張感もなく、いつものトーンで軽く刀を構えなおす。
その余裕ぶりに少しイラっとするが、史朗が余裕なのはいつものことなので気にしても仕方がない。
手伝いはする。出来ることに手は抜かない。けれど余計な事はしないし、自発的にも動かない。状況によっては翔を切り捨ててでも史郎は逃げる。
それは、翔が
「死ね、人間!!!」
鬼神が二人に向かって6本の腕を振り下ろした。そこに向かって飛んだ史郎は、振り下ろされる腕の僅かな時間差をすべて読み、たった一人だけでその攻撃を受け止めきった。
「キサマっ」
鬼がギロリと睨み史郎を視界に捕らえその攻撃を集中させる。それらを軽々と受け流し、史郎は笑う。
「僕はね、どちらかと言えば受ける方が好きなんだよ。頭の悪い鬼には気づかないかな? 誘導されてるって。」
挑発され「小賢しい」と、怒りを増幅させた鬼の攻撃力が増す。
「叩き潰してくれる!!!」
「ぐっ・・・。すぐキレるのはよくないと思うよ。脳みそ小さいのかな?」
鬼神の馬鹿力に、軽口を叩く史郎の細腕が押されている。
「あー・・・さすがに・・・そう長くは持たないかも。」
「あぁ、もう十分だ。」
小さく洩らした史郎の言葉に翔が答える。
時間にしたら1分たったかたっていないか、そんな短い間の出来事だった。
史郎が一人鬼と対峙するその隙に、翔は一直線に鬼の足元へ走っていた。
だから鬼が我に返り、もう一人の存在を認識したときにはもう遅かった。
「図体がデカいと隙もでかいな。」
そんな捨てぜりふを吐き、軽く飛ぶと、翔は鬼に刃を向けた。
―――
巨大な魔物相手に翔が得意とする技の一つ、乱舞。
鬼神の身体を脳天から足の先まで軽やかに踊るように、しかし確実に切り刻んでいく。素早い動きで、息つく間もなく下ろされる刃には、鬼神の再生能力も追いつかないほどだった。
『どこだ? どこが本体だ?』
宙を切っているだけの感覚の中、刀に神経を集中させる。どこに、どこかに・・・
ズブッ。
一瞬何かに手応えを感じた。
「そこかっ」
「ぐぅあぁぁぁっ」
突然鬼神の雄叫びがあがる。大きかった鬼神が一回りも二回りも小さくなって
――― ドオォォォン!
地響きとともに、その身体が崩れるように倒れた。
巻き込まれないよう慎重に、鬼神の身体を蹴って地面へ降りる。
「やったか?」
「いや、まだだ。」
決して油断していたわけではない。だが、技による体力の消耗によって、翔の反応が一瞬遅れた。
「おのれキサマ! キサマなど、四肢をちぎり取って喰らってやる。」
「ぐぁっ」
翔の足元に伸びていた鬼の腕が動き、翔を手中で握りつぶす。
「翔!! ・・・・・・・・・あ?」
「史郎、行け。」
今このまま戦っても、2人で死んでいくだけだろう。
そうなれば、瑠衣は翔を待ち続けるだろうか。いや、今の瑠衣ならば鬼を討伐しに来るかも知れない。そして同じように・・・
それだけは、避けたかった。避けなければならなかった。
「史郎・・・瑠衣を・・・頼む・・・」
鬼に握りつぶされながら、何処にいるかもわからない史郎に願いを託す。
「あーいやぁ、うん。僕もそうしようかと思ってたんだけどさ・・・諦めるにはまだ早そうだから、もう少しここにいようかな。」
返ってきた答えはなんだか煮え切らない。しかも何故か緊張感のない呆れた声。
「兄様、当たったらごめんなさい!!」
続いて聞こえてきた聞き覚えのある瑠衣の声に、とうとう幻聴でも聞こえたかと終わりを悟る。そんな翔の目の前を何かがかすめ、鬼に当たって砕け散った。
何かがが鬼の指に刺さり、翔を拘束していた指が一本切り落とされた。力が緩んだ隙に、状況も分からぬまま脱出すると、翔の横には、切り落とされた指が一本再生することなく転がっていた。
「兄様! 大丈夫ですか?」
「瑠衣・・・お前・・・」
何から聞いていいのかわからない。
ただそこには、泥だらけで息を切らし、翔を心配する瑠衣の姿が、確かにあった。
「瑠衣ちゃん、今投げたの何?」
「あぁ!!! 兄様が掴まっていたので思わず持ってたアレを投げてしまいました!あの、アレの使い道ってアレで良かったんでしょうか??」
「知らないよ。アレが多いし。ってかアレって何?」
「さっき、知り合い・・・? にもらった綺麗なガラス玉です。使い道教えてくれなくて・・・まぁ、喋れないっぽいんで仕方ないんですけど。あーあ、投げて粉々ですね。」
「何それ。瑠衣ちゃんの知り合いって、変なのしかいないの? まぁ、類は友を呼ぶっていうし、仕方ないのか。」
「ちょっと、史朗さんそれは酷くないですか?」
さっきまでの緊迫した空気などどこへやら。緊張感の欠片もない2人が言い合いを始める。どうでもいいが、最近2人の仲が良すぎやしないだろうか。
「キサマ等ァァァァァァアアアア!!!」
「ガードウォール」
怒り狂った鬼が攻撃を仕掛けてくるが、瑠衣が即座に魔法防壁をはり、その攻撃をくい止める。これで少しは立ち話ができそうだ。
「瑠衣、何故ここに? それにその―――」
「気持ちはわかるけど、それは後だよ翔。あの馬鹿力に防壁がいつまで持つか分からない。」
聞きたいことは山のようにあるが史郎がそれを制止する。確かにそれは今じゃないと、翔は疑問を飲み込んで瑠衣に向き直った。
「瑠衣、勝機があるとすればそれはお前だ。さっき投げたものについて詳しく教えてくれ。」
「えっと、ガラス玉に、この中の水を入れたみたいです。」
瑠衣が差し出したオベリスクの中に揺れる液体を、史朗が見る。
「これ・・・聖水だ。よく持ってるね。こんなもの。これもお友達がくれたの?」
「はい。これ、聖水だったんですね。 あ! じゃぁそれがあれば兄様たちも鬼を攻撃できますね。よかったら使ってください。」
「瑠衣、鬼の正体を知って?」
「あっ・・・っと?」
「よく知ってたね。僕たちが鬼に攻撃出来てなかったこと。」
「あ・・・いえ、えっと・・・倒れた柴丸さんが、寝言で言っていたんです。鬼はアンデットだって。そう、それで、急いで追いかけてきたんですよ。私、一応聖属性の魔法も使えるのでお役に立てるのではと思いまして!!」
「そう、だったのか。」
「ふーん。」
慌てようから、瑠衣の弁解は全く持って嘘だというのは伝わってくる。けれどそれを追求する事はしないでおこう。瑠衣がそうだと言うのなら、それでいい。
そんな事より、鬼は今この瞬間も魔術防壁を壊そうと、攻撃を続けてきている。いよいよもって時間はなさそうだ。
「瑠衣。悪いが聖水は使わせてもらう。」
「もちろんです。どうぞ。」
渡された聖水を、翔と史朗が刀にふりかける。
これで、聖なる加護がある間は、
「んじゃ、行きますか?」
「あぁ。これで終わりにしてやる。」
「・・・あの、すみません。ところで私、はどうしたらいいですか?」
史朗と共に意識を集中させているところに、申しわけなさそうに瑠衣が割り込んだ。その言葉に、史朗が笑いを吹き出しす。
「ちょっ、ちょっと瑠衣ちゃん? 今それはないでしょ。これからって時に、このタイミングで今、そんなこと言う?」
「なっ。2人は目だけで意思疎通できるからいいですけど、私は一応、実践初めてなんですよ? 邪魔とかしたら悪いですし・・・」
その言葉に「すっごい今更、ってか心配するとこそこ??」と、さらに笑いを誘って目の際に涙を浮かべている史朗。
翔は、笑われてさらに困っている瑠衣に近づいてその頭を撫でた。
瑠衣があまりにも自然に戦略を練り、戦闘に加わってきていたから、素人だなどとはすっかり忘れていたのだ。
「瑠衣は瑠衣の出来ることをしたらいい。何も心配せず、やりたいように思い切りやれ。それで大丈夫だ。」
「好き勝手にやって大丈夫なんですか?」
「あぁ。瑠衣の思うようにやるといい。」
「まぁ、あれだよ。瑠衣ちゃんなら、多分僕たちに合わせられるから大丈夫って事。こういうのは、経験よりセンスだから。その目が節穴じゃないことは、僕も翔ももう知ってる。だから僕たちは安心して瑠衣ちゃんに背中を預けられるよ。」
「そういうことだ。」
何も心配しなくていいと伝えると、瑠衣は「はい」と素直に微笑んだ。
「んじゃ、気を取り直して・・・行きますか。」
「あぁ。」
「はい!」
――― ミシミシ・・・パリンッ
鬼が魔法防壁を壊す。その音を合図に、再び戦闘が開始された。
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