第15話 初めての内緒事
その夜、翔と瑠衣は宿で久しぶりに一緒に夕食をとっていた。しかし、瑠衣の頭は昼間にもらった手紙のことで一杯で食事どころではない。
「瑠衣? どこか具合でも悪いのか?」
「え? いえ、そんな事はないですよ。」
「しかし食事が全く進んでない。先日も発作を起こしたんだ。 無理はせず、何かあるなら話してくれ。」
「あ、すみません。本当にどこも悪くないんです。ちょっと、露天に並べる商品のことで考え事を・・・ごめんなさい。」
「何故謝る必要がある?」
事実を伝えるわけにもいかないので、心配かけまいととっさに取り繕うも、うっかり謝ってしまい早々に翔につっこまれた。
すぐにボロがでそうだったので、少しの沈黙ののち、瑠衣はさっさと話題を変えた。
「兄様こそ、体調はもう大丈夫なのですか? 毒に倒れた翌日から、ずっとお仕事に出られていましたよね?」
「あぁ、問題ない。毒はあの日の間に全部抜けた。心配かけたな。」
「それは、史郎さんに感謝ですね。」
本当によかった。
あの時は出来るとは思っていなかったから、失敗してもデメリットはないと思ってたけれど、もし術が暴発してたら瑠衣が翔の息の根を止めてたかもしれないのだ。
『力の習得は最優先事項ではあるけれど、きちんと安全に使える力であることが分かるまでは、安易に使わないようにしよう。特に魔法は・・・見つかったら厄介だしね。』
魔法の取り扱いは、この国ではかなり管理されている。一節によれば少しでも術師(魔法使いの身分)の素質が見出されれば、国営組織、
だから、確認作業とて慎重に執り行わなければならないのだ。
「随分と悩んでいるんだな。」
「え? 何にですか??」
「・・・店の品に悩んでいるんじゃないのか? また箸が止まっている。」
「あ、そうです。はい。あの、えっと・・・潮は珍しいモノがたくさんありますから、私の拙い装飾は見劣りしてしまうなと思って。何かこう、もっと奇抜な要素が必要なのかなと、そんなことを・・・」
誤魔化すためになんとか言葉をひねり出す。悩んでいるのは本当だし、これでなんとかやり過ごそう。
「・・・装飾品のことはよく分らんが、そういえば今日花火屋の珠に会った。瑠衣が作った刺繍を正式に採用したそうだ。近いうちに出来上がるから是非瑠衣に完成品を見てほしいと言っていた。」
「そうなんですね! 作った物が人に認められるのは嬉しいです。物を作っていて良かったなって思います。」
「ああ。瑠衣はいつもそう言っている。だから、お前はお前らしく作りたいものを作ったらいい。そしてそれを良しと思う奴が買えばいい。それが、瑠衣の求める一期一会の商売だろう?」
「確かに・・・」
「俺はそれで結果を出す瑠衣が凄いと思っている。・・・さ、悩みが少しでも晴れたなら、ちゃんと食べろ。じゃないと今度は空腹で倒れる。」
「流石にそれはないです! けど、ちゃんと食べます。」
翔にかかればどんな問題もこうして即座に解決してしまう。それが真の悩みでなかったとしても、るいの中にあった小さなわだかまりが一つ、どこかへ消えていった。
「あ! そういえば、花火屋さんさといえば、花火をいただいたんですよ!」
「花火を??」
「是非一緒にやりましょう! 」 と続けたかったが、翔の顔はあまり嬉しそうではない。
「そんなもの貰ってどうするんだ?」
「花火をするんですよ?」
「打ち上げてもらうのか?」
「いえ、打ち上げ花火ではないので・・・」
『あれ、話がかみあわない・・・』
そこでようやく、この国には手持ち花火が無かった事を思い出した。
『そういえば、普通に貰ってきたけど、もっと使い方とか聞くべきだったかな・・・?』
当たり前に受け取ってきてしまったが、「まぁ、いいや」と話を続ける。
「頂いた花火は、花火師とか必要なくて、一般人が自分の手に持って出来るんですよ。」
「それでは、危ないだろう。」
「危なくないように作られているんです。」
「本当に?」
「・・・多分? 試作品っていってましたからそこはまだかも・・・。でもたぶん大丈夫です。だって、珠さんと鍵さんの力作ですから。」
「・・・だとしても、それをどうするんだ? 友人でも死んだのか?」
「まさか。違いますよ。そもそも私、兄様と史郎さん以外に追悼するほど親しい人っていません。」
花火が供養のもの。その概念から出た翔の疑問に、あっさりと答えてしまったが、言っていて自分で悲しくなった。
旅の途中、瑠衣はその殆どを拠点で引きこもって過ごしていたので、友人どころか店の客以外に知り合った人など無に等しかったのである。
「それは・・・すまん。旅に出ず居られたなら、友人の一人でも出来ただろうに・・・」
「いえ、そういう意味ではなくてですね・・・」
『兄様も、そこに同情しないでください・・・』
物悲しい雰囲気が2人の間に流れる。
なんだか、花火で遊びたいと言える雰囲気ではなくなってしまった。
「別に、寂しくはないですよ? 私には、兄様が居てくださいますからね。あ、あと、史郎さんも。でも、この町は温かい人ばかりです。あ、風鈴さんとか、蘭子さんとか、もうお友達みたいなものですよね? 友達って、いたことないのでよくわかりませんけど・・・あ、いえ、そういう意味ではなく・・・と、とにかく今はとっても楽しいのでご心配なく!」
「確かにこの町は
「はい。あ、でも。それは兄様もですよ? 兄様この前言って下さいましたよね? この旅は私が幸せになる為の旅だって。私の幸せには、兄様が必要不可欠なんです。ですから、兄様こそあまり無理をしないでくださいね? 兄様が私を心配してくださるように、私だって兄様が心配です。・・・兄様がいなくなってしまったら、私困ります。」
「・・・・・・・・・。」
「兄様?」
「あぁ、いや。こんなにも直接的な言葉で瑠衣に身を案じられたのは初めてだったから、少々驚いた。」
「あ・・・そうでしたか? 私って薄情でしたね。これからはちゃんと言っていく事にします。大切な兄様が無茶していなくならないように。」
翔は心底驚いて目を丸くしていた。けれどすぐに優しく微笑んで言葉を紡ぐ。
「安心しろ。俺は死なない。」
「約束ですよ?」
「あぁ。約束する。」
強く優しい翔の言葉に、瑠衣も微笑みを返した。
『そう。兄様は死なない。絶対に死なせない。私が助ける!』
そのために、やらなければならないことがたくさんあるんだと、少しばかり沈んでいた気持ちに闘志が灯った。
***
「それじゃぁ、行ってくる。」
「お気をつけて。」
夜もふけた頃、仕事へ行く翔を見送る瑠衣。 いつものように頭を撫でる時間が、心なしか長い気がするのは、自身が持つ罪悪感のせいだろうと、静かに悟る。
『お願い、早く行って。』
今日だけは、どうしたってそう願ってしまう。
「ちゃんと寝てるんだぞ?」
「はい。おやすみなさい兄様。」
「・・・あぁ、おやすみ。」
やっと出て行った翔の背中が見えなくなり、ほっとため息をつく。思えば、翔に秘密を作ったことなど今まで一度も無かったかもしれない。
『初めての内緒事が「殺されるかもしれない相手に会いに行くこと」って、ちょっと難易度高すぎないかな?』
夕食後、刻一刻とせまるその時を、感づかれてはないかと背中には冷や汗が流れ続けていた。
――― 今夜、あの場所でお待ちいたします。
萌生から受け取った紙切れに書いてあった文字。残していった言葉から察するに、命の危険があるのは間違いない。あれは一種の警告だった様にも思う。けれども瑠衣は、行かないという選択肢を選ぶのはやめた。
『ゲーム内での
「いや、絶対! 大丈夫! 多分そういうイベントだ! 雨降って地固まる的な? あるじゃん、そういうイベント!!」
弱気に鳴りそうな心に言い聞かせてグッと気合いを入れ直す。
『もしもの為に、妙案も思いついたし。なんとか穏便に事が済んでくれますように・・・』
そんな祈りを込めながら、手持ちの行灯に火を入れて、瑠衣は夜闇の中へと繰り出していくのだった。
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