第14話 侍女の買い物

 数日が経ち、その日の瑠衣は町で露店を出していた。

細かく彫刻が施された木工細工、美しく磨かれた鉱石や装飾品はそれなりに人気があり、子どもの瑠衣でもありがたいことに収入を得られている。

いつもならば、これが唯一出来ることと張り切るのだが、今日は全く見が入らずに、ぼーっと空を眺めて物思いにふけるばかりだった。

 

 あれから何度も考えた。

 やっぱり、このまま翔が死ぬのを待つのは嫌だと思う。翔が死ぬことを想像したくもない。だから、まずは翔が死なないようになんとかする事にした。


『そのためにやらなければならないことは、何だろう?』


 一つは自分の呪いについて知ることだ。呪いについて何も知らないままでは対処のしようがない。

 そしてもう一つは、戦える力の習得。翔が命を落とすのは、鬼神島おにがみじまという、この近くにある孤島。呪いを解く手がかりを求め、単身でそこへ乗り込み鬼に負けてしまう。翔の加入イベントは、すでに鬼に劣勢な描写からスタートするため、鬼神島でなにが起きたのかは分からないが、そこは攻略ダンジョンでもあったため、ついていけば何かしらの打開策を提案できるかもしれない。しかし、守られるばかりで受け身一つとれない今の瑠衣が、どう足掻いても戦場に乗り込むのは不可能だ。そうでなくても心配性な翔の許可を得るためには、あるていどの戦力を証明しなければいけない。


『とはいえ私には武道の才能が・・・とりあえず、本当に魔法が使えるのかどうかを早急に検証しよう。回復術だけでも完璧にこなせたなら、あるいは連れて行ってもらえるかもしれない。兄様が物語の通りに死ぬとしたら、たぶんもうあまり時間はないはずだから、最優先でやらないと!』


 ゲームでは、あの【今際の庭園】でのイベントの次章で加入できるようになるキャラの一人が翔だった。時間の感覚は分からないが、翔の口から鬼神島の話がでるのは時間の問題だと思う。


『魔法がある程度使えて役に立ちそうだったなら、なんとかして鬼を倒しにいく兄様について行く交渉をしよう。ついていくだけでも何かが変わるかもしれないし。最悪、私が身を挺してでも兄様を守ることもできなくはない! でも、この間のが気のせいでまったく使えなかったら・・・』


 過去に一度、興味本位で刀の稽古をつけて貰ったことはあるのだが、翔の妹ながら、瑠衣には剣術の才能は皆無だったよう。その時の事はほとんど覚えていないのだが、その形のならなさからか「瑠衣は俺が守るから問題ない」といった翔の、哀愁漂うはにかんだ笑顔が記憶に焼き付いている。以来、武術の稽古をつけて貰ったことはないので、剣術以外の適性もわかっていなかった。


「石とか投げたら当たるかな?」


 そこに転がっていた石を拾い、試しにすぐそこの花火屋の看板に向かって投げてみる。狙いは見事にはずれ、道行く人の足に当たった。


「ちょっと! 誰? 石なんか投げた人!?」


 大柄のおばちゃんが、怒りながらきょろきょろと回りを見る。


『・・・うん。石を投げるのはやめよう』


 瑠衣はうつむいて知らんぷりを決め込んだ。


「あら、ちょっとあなた!」


 おばちゃんが、何かに気づいてこちらに向かってくる。


「え? あ、いらっしゃい・・・ま・・・せ?」

「あなた、久しぶりねぇ。心配してたのよ!! どうしてたのよ、もうっ!!」

「え? あぁ、先日の!」


 目線を合わせないようにしていたが、石投げの犯人を責めに来た訳ではない様だったので顔を上げると、以前娘のプレゼントにと商品を買ってくれた客だった。


「先日の腕輪! 娘が本当に喜んでね。あなたの腕輪つけてると勇気が沸くって。あんなに内気な子が・・・この間なんて気になっていた殿方を誘って外出したのよ!! それをあなたに伝えたくてずっと探していたのよ! ほんとうにありがとうね!!!」

「それはよかったですね。私もうれしいです!」

「でも、よかったわぁ。知人がねあなたが黒服隊につれていかれたのを見たっていうから心配してたの。」


 コソっと耳打ちして教えてくれる。

 黒服隊は、領主の直属部隊の名称だ。普段からその辺りを警備している部隊とは違い、その仕事は広く公開されるわけもなく、一領民の知るところではない。ただ、彼らは祭事の際などに闇より黒い着物を纏って領主の周りを固めることがあるらしく、その様子はあまりに高圧的で脅威なのだとか。そのためか、見えない実体と、名前、立ち姿から噂に尾ひれはひれがついていて、領民の中では夜闇で人を裁く暗殺専門部隊だということになっており、闇に紛れ込む彼らを万が一にも見てしまったら命はないとまで言われているようだ。ちなみに実際は・・・


「仕事着が黒ずくめだから黒服隊って名前なだけで、彼らは領主の指示の元、領土と国をまたぐ高度な仕事をする専門部隊だよ。まぁ、中には暗殺部隊もあるから、噂を完全に否定はできないけどね。領主の意向で編成も普通に変わるから、案外町の警備隊に交じってその辺をウロウロしてたりもするよ。」


 ということらしい。そう史郎が教えてくれた。

「黒服隊につれていかれた」と思っていたのなら、きっとおばちゃんは瑠衣が死んだと思っていたことだろう。

 

「それはご心配をおかけしました。少し風邪で寝込んでいたんです。」

「そうだったの。そうよね。だって、黒服隊が領民に、誘拐を目撃させるなんて下手な事しないわよね。変だとおもっていたのよ。」

「そういうものですか?」

「だって、あの黒服隊ですもの。まぁなんにせよ、また会えてよかったわぁ。」


 おばちゃんは、瑠衣の手を握ってブンブンと降り、かたい握手? をしてくれた。


「へぇ。ここのアクセサリーって、そんなに効果があるのですか?」

「えぇ、そうなのよ、よかったらあなたも・・・って、あら、あなたは―――」


 勝手に宣伝部長になってくれそうなおばちゃんは、声の主に振り返り急にシュンと大人しくなる。


「あ、突然話に入り込んでしまい失礼いたしました。ちなみに今は勤務外ですので、私もただの領民です。」


 声の主はそういって丁寧にお辞儀をするが、その行動がさらに圧力を感じ、おばちゃんは小さくなるばかりだった。


「そ、そう? でもそうね。私、夕飯の準備の時間だしそろそろ失礼させてもらうところでしたの。あぁ、あなたにお礼ができて良かった。それじゃまたね!!」


 慌ただしく逃げ去っていくおばちゃん。露店には瑠衣と、黒い執事服の紳士だけが取り残された。


「まだ昼前だというのに、夕食の準備とは、今日はお祝いか何かですかね?」


 茶化すようにそう言う紳士。いや、紳士というより、男装麗人と行った方がいいのかも知れない。男物の執事服を来ているが、中身はれっきとした女性なのだ。

 着物が主流のこの国で、彼女が何故そんな格好をしているのかは誰も知らないが、彼女が何者なのかしらない領民は、この辺りにはいないだろう。瑠衣に限っては、それはもうよく知っている。先日部屋に突然現れた相手。彼女は明日花の侍女の萌生だ。


 聞いた話によると、萌生は明日花の身の回りの世話の他、護衛の役割も果たす武道家らしい。その奇抜な格好に加えて、氷の姫君の唯一の腹心という立ち位置に噂ばかりが先行し、彼女の評判はあまり良くないそうだ。


「失礼は私が代わりに謝ります。どうか、勘ぐってあげないでください。とても良い方です。」

「これは失礼。今のは私なりの冗談だった訳ですが・・・。それより、話の邪魔をしてしまったようでこちらこそ申し訳ない。どうもここの町民との距離感は難しく、いつもこうなのです。」

「それは、大変ですね。」


 なんとか、平静を装うが内心はこうだ。


『私だって、関わりたくないよ。っていうか、やばい、明日花こっちのことすっかり忘れてた!!』


 殺そうとした相手が、のうのうと領地で露天を広げているのだ、様子見するこうなるのは当たり前だと俯瞰的に理解してしまえるほど、瑠衣にとって明日花の件は、すでに過去の産物と化していた。


「先日はどうも。急にお訪ねして申し訳ありませんでした。お元気そうですね。」

「残念ながら悪運が強くて。」

「・・・そう警戒なさらないで下さい。こちらの商品にはとても強い力があると噂になっていたので、一度この目で見てみたかったのですよ。あなたが店主だったのは・・・偶然です。」

「そうですか。ではごゆっくり。」


 絶対に偶然であるわけがないが、萌生はポーカーフェイスが決まっていて、その表情は全く読みとれない。

人通りもある場所で、萌生を無碍にはできないし、なんとかして切り抜けなくてはと、ふいに切って落とされた幕に、瑠衣の額にジリリと嫌な汗が流れた。


「何かお手伝いが必要でしたら言ってくださいね。」


 とにかくここは接客するしかない。と、頭を切り替える。

 頭のなかに、さっきのおばちゃんを思い浮かべ「萌生はあのおばちゃんだ!」と心の中で念じて、接客に専念する事を試みた。


「実は、これから私にとって大きな勝負が待っているんです。一世一代の勝負と言ってもいい。それに、私は勝ちたいのです。勝たなくてはいけない。・・・というわけでして。何か良い物はありますか?」


言いながら顔に手を当てて真剣に商品を見比べる萌生の姿に、少し呆気にとられた。


『あれ? 本当に買い物に来たのこの人・・・?』


「あの?」 

「あ・・・その、勝負の中身にもよるかと思いますが。」

「中身ですか?」

「例えば、こちらは告白の成功祈願など恋愛成就。こちらは人間関係のトラブルなどに。金銭には賭事がうまく行くとされているこちら。自身の全体の運気をあげるにはこの石がおすすめです。」

「なるほど。結構細かく分かれているのですね。どれを選べばいいのか、実に悩みます。」

「他にも形や色に意味を見出す人もいますね。とはいえ、石が願いを叶えてくれるわけではありません。願い石は少しだけ背中を押してくれる・・・占いなどと同じです。結局は、自分が気に入った物を身につけるのが一番かと思いますよ。」

「自分が気に入ったもの・・・では、こちらはどんな意味が?」


 そう言って萌生が指さしたのは、隅っこにおかれていた黒い宝石の根付け。宝石の中からは青・緑・黄、多彩な光が反射しあい、きらきらと光っていた。


「あ、それはブラックオパールですね。チャンスを招いたり、勝負に対する強い幸運が引き寄せられるとされているものです。」

「それこそ望んだものです。それに、唯一無二な輝きがとても気に入りました。これをいただいても?」

「もちろんです。」

「・・・あなた商売上手ですね。本当は初めからコレ売るつもりだったのでは?」


 代金を払いながら、冗談のように言う萌生の顔は少し朗らかで、すっかり心を許してしまいそうだった。


「そんな事はないですよ。私には見えなかったというか、石があなたを呼んだのかも知れません。石って持ち主を自分で選ぶとも言われているんですよ。」

「へぇ。それはまた、興味深いお話です。是非もう少し聞きたいところですが・・・」


 腰につけた懐中時計をそっと見る。


「残念ですが、そろそろ戻らないと。話の続きはまた今度お聞かせ願えますか。」

「あ、はい。いつでも。」


 そういって笑い返したその一瞬、瑠衣は彼女が何者なのかを忘れて油断してしまった。だから、去り際に彼女がささやいた言葉に、再び背筋を凍らせることとなった。


「まぁ、あなたが生きていれば。ですがね。」


 そして、瑠衣の手元には、代金と共に1枚のメモが握らされていた。

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