第13話 夢の終わりに


 瑠衣がレンの待つ方へ歩いていくと「迎えが来た」と低い声が一言。レンは瑠衣に目配せするように足下を見た。


「迎え?」


 レンの足下は、雲が晴れたようにクリアで何もなく、人間界の様子がくっきりと映し出されている。薄暗く人気のない路地裏に横たわる瑠衣自身の身体と、そこに寄り添う史郎の姿が見えた。


「史郎さん。」


『ふらふらと歩いていたから、探すの大変だっただろな・・・あれ、何処?』


 自分でも見覚えのない町並みに戸惑い苦笑しつつ、それでも探し出せる史郎に

 一目おいて、心の中で感謝を述べた。


「お前が戻りたいと思えば、すぐに戻れる。」

「戻ったら・・・ここでの事、忘れてしまいますか?」

「さぁな。」


 あくまでも必要以上の介入はしないていでいくつもりなのか、返ってくるのは淡々とした短い返事。


「レンのおかげでメロディーナやキールと話せてとても楽しかったですし、これからするべきことが分かった気がします。助けていただきありがとうございました。」

「・・・。」


 黙ったままそっぽを向くレン。

 本当は、色々ことを知りたかったけれど、聞いてもきっと返事はないだろうと、それ以上は言葉に出せなかった。


「待って、瑠衣っ!」

 

 帰ろうとしたとき、後ろからメロディーナに呼び止められる。

 

「これ、お土産ね。持って帰れるのかは・・・知らないけど。」


 走ってきたメロディーナが瑠衣の手にそっと握らせたのは、四角柱のクリスタルに紐が付いたもの。中には透明な液体がゆらゆらと揺れていた。


「オベリスク・・・?」

「私の国のお守りよ。本当は、3日3晩清めた聖水を入れるんだけど、そこの泉の水を汲んでみたわ。まぁ想いは同じ、瑠衣を守ってくれますように。ってね。」

「もらっていいんですか?」

「えぇ。さっき私に気を遣ってくれたでしょう? あれ、結構嬉しかったから、そのお礼に。」

「ありがとうございます。」


 もらったオベリスクを大事に懐へしまい込む。涙が枯れるほど泣いたはずなのに、また目頭がジンとあつくなった。


「あ、あの・・・メロディーナ! もし、また会えたら・・・私の話を聞いてくれますか?」

「気が向いたらね。大変でしょうけれど頑張って。応援してるわ。」

「はい。メロディーナも、レンの英霊として活躍してくださいね。」


 二人は笑顔で手を振りあい「それじゃ」と別れを告げる。

 ほどなくして、瑠衣の身体は風にさらわれるように庭園から消えていったのだった。




 ***




 庭園から、人間界で眠る瑠衣の身体を見下ろす。


「・・・ねぇ、レン。」


 メロディーナはまだそこにいるであろうレンに呼びかけた。


「あの子のオーラは歪すぎる。均衡を保っているとは言い難い。無理にくっついている二つのオーラは、いつ崩壊してもおかしくない危うさがある。実際さっき崩れかけてた。それは事実よ。でもね・・・きっと、それが正解なのだと思うわ。」

「・・・正解?」


 少しだけ間をおいて返ってきた答えに、聞く気はあるのだと確認したメロディーナは話を続ける。


「私のいた国の古代遺跡にスピンクスっていう神聖物が居る。まぁ、知ってると思うけど、アレと一緒よ。頭が人間、身体がライオン。一見おかしな生物でしょう? でも、それが正解なの。それがスピンクスなのよ。あれと同じ。一見すると不安定な歪さや禍々しさは今にも彼女を壊してしまいそうだけれど、それを抱いて生きていくのが瑠衣なんだと思う。」

「・・・。」


 瑠衣と話していて、レンが瑠衣に固執する理由は何となく分かった気がする。

 経緯こそ分かりえないが、前世の記憶をもつという瑠衣の存在を知っているとするならば、それはこの戦争において重要な存在になりうるのだろう。手中に納めておくにこしたことはないはずだった。


『でも・・・何だろう。それだけではないような・・・』


 ちらりとレンを見上げるも、何処を見ているとも知れないその目が合うわけもなく、黙っていて手の内を明かさないこの死神に問うても答えが返って来るとも思わなかった。

 だから、メロディーナもそこを掘り下げるのはやめて言葉を続ける。


「さっき一瞬、瑠衣の中に光を見たわ。神々しいほどの強い光をね。」

「・・・光?」

「本当に一瞬だったけどね。あれは、周囲を導ける者の強い光よ。瑠衣はきっと何があっても自分で答えを導き出せる強さを持っている。そしてそれを支える星を導ける光がある。だから、きっとこの先も大丈夫。歪なままでもちゃんと光っていられる。周囲を照らしながら星たちと一緒にね。私はそう感じたわ。」

「・・・そうか。」


 普段よりずっと柔らかい声色で発せられた一言に、クスリと笑いがこみ上げる。


「まぁ、あんな壊れかけを側で支え続ける星たちは、大変でしょうけれどね。」

「それは問題ない。アレの周りにはモノ好きが集まるようだからな。」

「あなたもね。ふふっ。やっぱり特別な子なのね。レンにとって瑠衣は。」


 その問いかけに、返答はない。もはや返答の必要すらなかった。


『だって私も・・・好きになっちゃったもの。不思議な子・・・。』


 人間界を見下ろすと、意識を取り戻したらしい瑠衣が目を覚まして起きあがっている所だった。寄り添っていた連れに、心配・・・よりも怒られている様子に笑いがこみ上げてくる。彼もモノ好きの一人なのだろうか?


『強い光は、強い闇も引き寄せる。きっと、困難続きな人生を送るんでしょうね。

 それでもどうか、あの光が闇に飲まれることなく、輝き続けられますように・・・。』


 メロディーナのそんな祈りが、静かに風に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る